第31話 初めての感情





 昨日、みちるさんに何が起こったのか。

 有村さんの話によると、収録中に話題がオレのミュージックビデオの話になって、あのキスシーンの再現をさせられたとの事だった。


 アイドルに何をさせてるんだと思ったけど、その場の空気がもうやるしかないノリだったという。


 有村さんももちろん本当にするつもりはなく、みちるさんもしてるように見える位置から撮影するだけだと思ったが、撮影していたカメラマンが足を踏み外してしまい、カメラごと転倒。



 完全に事故だったけど、ほんの一瞬、唇が触れてしまったらしい。



 みちるさんが驚いて泣いてしまった為、その部分は完全に編集でカットされる事になっているらしいが、有村さんはみちるさんは相当ショックだったんじゃないかと、気にかけていてくれていたみたいだ。






 事故だったんだから、仕方がないと、何度も自分に言い聞かせながら、宿舎に急いで戻った。


 何度打ち消しても、もやもやとした感情がオレを支配していく。



(仕方ない。事故だから仕方ない。でも、みちるさんの唇が他の男と————許せない)




 この感情に名前をつけるとしたら、それはきっと、独占欲。



 ずっと、誰かのために、色んなものを諦めて、手放して、自分のことは二の次だったオレが、初めて絶対に誰にも渡したくないと思った唯一の存在。





「おかえり、ハルカ!今日は少しハルカの方が遅かったね————」



 宿舎の玄関前で、鍵を開けようとしたら、先にみちるさんが中からドアを開けて、オレを出迎えてくれた。



「……ハルカ?」



 オレは何も言わすに、一歩踏み出して、玄関の中で、彼女を抱きしめた。



「え?どうしたの?」



 背中越しにオートロックの玄関ドアが、電子音と同時に鍵が閉まる。




 ただただ、抱きしめたくて。


 オレのものだって、確かめたくて。



「ハルカ……?」



「……どうしようみちるさん……オレ————」




 こんなにぎゅっと抱きしめているのに、いつか誰かに奪われてしまったらどうしよう……なんて、考えてしまう。








「————栗原みちるはオレの彼女だって、みんなに言いたくて仕方ないです」







 誰にも、渡す予定もないのに————




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