第29話 混ざり合う音



 日比野社長の戦略が功を奏し、みちるさんの仕事量が増えてきていた。


 いつも、みちるさんがオレの帰りを待っている側だったけど、ここ最近は逆にオレがみちるさんの帰りを待っている。



 今夜のスケジュールが雨で中止となり、時間ができたから、久しぶりに少し時間をかけて料理でも作ろうと、帰りに食材を買い込んだ。



 ザーザーと降る雨の音をBGMに、野菜を刻んで、ミキサーにかけたところで、ミキサーの回転する音と、玄関のドアが開く音がした。




(みちるさん、帰ってきたんだな————)




 背後から足音が近づいてくる。





 ————ぎゅっ



 振り向くタイミングを逃したオレの背中に、みちるさんは額をつけて、抱きついた。




「ただいま……」


「おかえりなさい……どうかしました?」


「ううん、なんでもない」



 表情が見えないから、わからないけど、何でもないという割に、オレの背中から離れようとはしなかった。



「ねぇ、ハルカ……私の事、好き?」


「え?」



(やっぱり、様子が変だ……)



 ちゃんと顔を見たい。




 みちるさんの腕を強引に剥がして、みちるさんの顔を見た。



 今にも泣き出しそうだ————



「好きに決まってる」



「……私も、ハルカが好き」



 みちるさんは、無理に笑って誤魔化してる。



 だけど、どう考えてもおかしい。



「何があったの?」


「だから、なんでもないって……もう、何も聞かないで」



 今は言えないのか、言いたくないのかわからなかった。



「わかかりました。じゃぁ、とりあえずキスしてもいいですか?」


「……うん、して」







 雨の音が、強くなってきた————








 * * *





 翌日、すっかり晴れた日の夕方、ばったりと局の廊下でマミコさんと出会った。



「あらー!あなた、ハルカちゃんじゃないの!」


「え!あぁ、初めまして!」


 マミコさんと話したのはこれが初めて。


 マミコさんはテレビで見るより背が高くて、化粧も派手だけど、オレと会えたのが嬉しかったらしく、優しく笑ってくれていた。



「アタシずっと、あなたに会いたいと思ってたのよ!それで、この間番組のアシスタントあなたにって、お願いしたのに、断られちゃったから、ショックだったのよー?アタシあなたのファンなんだからねぇ!」



「え!そうなんですか!?そんな話何も聞いてないんですけど……もしかして、みちるさんがやってるあの番組ですか?」


「そうよー!あの番組よ!なんだか知らないけど、アタシとあなた共演NGになってるらしいのよー」



「共演NG!?まさか!そんなことは————」



 後からユキ姐に、確認したら、社長が断って、代わりにみちるさんを推したらしい。


 だけど、問題はそこじゃなかった。



「あなたの代わりに来た栗原ちゃん、あの子あなたと同じ事務所なんでしょう? 事務所が変わって、ずいぶん歌が上手くなったわよね! 明るいし、一生懸命やってるわ……! あまりにいい子だから、有村とくっつけようと思ってるんだけど、あなたどう思う?」



「————はい!?」



(有村って、もう1人のMCの!?)





「いいと思うのよねー」






(いや、いいも何も……オレの彼女なんですげど!?)




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