第21話 わがまま



「みちるさん、今、ちょっといい?」


 宿舎の自室に戻ったところで、ようやく落ち着いたところで、ハルカの声がした。


 こんな事は初めてだった。


 撮影帰りの車内でも、ハルカとは一切会話がなかったし、今日の出来事はあまりにも衝撃が強すぎて————


(————私、今日、何かしたかな?)


 悪い事ばかり考えて、ドアを開けるのが怖かった。


 なんの話かは、わかるような……気がしてる。

 あの日のことだと思う。


 今日は、手を繋ぐシーンはあったけど、仲の良い友達としてのシーンのみだったし、感情を隠すことはなんとか出来ていたはず。


 だけど、明日は……キスシーンがある。


 あの日のことは忘れて欲しい……なんて、言われたら、私はどうしたらいい?



 悪かった……なんて、謝られたら、なんて応えたらいい?



 いつの間にか、ほんとに自分でもわからないけど、あんなに嫉妬して、大嫌いだったのに、いつの間にかハルカといる事で癒されていたのに……その唯一の癒しを壊してしまったのは、私の方なのに……



 私の前でだけは、男の子でいて欲しいなんて、そんな自分勝手なわがまま、言えるわけないよ————




「何? 私今、疲れてるんだけど……」



 顔を合わせるのが怖くて、ドア越しに返事をしてしまった。



「明日の事で、話があるんだ。ちょっとでいいから、出てきてくれませんか?」



(あぁ、もう逃げられない……)




 一度深呼吸をしてから、震える手で、ドアを開ける。



 ————ガチャ





 いつもの真っ黒のパーカーと、ボサボサの髪。


 ドアの前にいたのは、ハルカではなく、遙だった。




「嫌だったら、殴ってください」



 そう言って、間髪入れずに、私は抱きしめられた。




「え、何? なんで?」



「あの日、あの後、何も言わなくて、ごめんなさい……オレ、1日じゃ足りないみたいです」


「え?」



「自分勝手なわがままだって、わかってるけど……」




 遙の声が震えてる。




「これからも、みちるさんの前では、男でいてもいいですか?」




( ————あぁ、やっぱり、もう逃げられない)




「うん、いいよ」




 私もぎゅっと、彼を抱きしめた————



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る