【約八百字】森の中(寝言の話)

 木が尋ねました。


『きみはどこへいくんだい』


 男の子は答えました。


「僕は何処へも行きやしないよ」


 木は不思議になりました。


『それじゃあそのにもつはなんだい』


 男の子は背中の鞄を背負いなおしました。


「僕の全てさ」


 木にはよくわかりませんでした。


『きみはどこからきたんだい』


 男の子は自分を指差しました。


「僕はずっと此処に居たよ」


 木は訳がわからなくなりました。


『わたしもずっとここにいた。だけどきみのことはしらないし、わすれたおぼえもない』


 男の子は笑いました。


「それはそうだ。君は其処に居るが向こうにも居る。此処に居るが彼処にも居る。僕と違って君は何処にでも居るし何処にも居ない」


 木には男の子が得体の知れない化け物に見えてきました。


『きみのいうことはおそろしい』


 男の子は笑いました。


「僕には君の方が恐ろしい。君のお陰で僕は僕を知ることが出来る。でも、君の所為で僕は道に惑う」


 木にはなんの事だかわかりません。


『きみとはなしているとあたまがこんがらがってしまうよ』


 男の子は笑いました。


「僕もさ」


 男の子はふと、大人のような顔をしました。


「それでも僕は君と一緒に居なければ生きて行けない。たとえどんなに違っていても、同じになれなくても、僕が僕である以上、君と生きていかなくてはいけない」


 木は身体を揺すりました。

 葉っぱの一枚一枚が擦れて、さざめき、コショコショと笑いあうような音が振り落ちます。

 他の木も、笑い出しました。

 笑声は、どんどん、どんどん広がっていって、拡がっていって、森全体が男の子を笑うように、男の子を確かめるように、音を響かせます。


「僕は行くよ、次の場所へ」


 男の子はもう木を見てはいませんでした。

 木は笑い続けます。

 それが自分の仕事だと言わんばかりに、たくさんの木は一人ぼっちで笑い続けます。


――了――


あとがき

 タイトルの通り、寝ぼけている時に思いつきました。

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