供述
道場に行った後、私は神社に向かった。
もう、ほぼ毎日ここに通っているようなものだ。
「……ようこそ、いらっしゃいました」
お祖母様が、いつも通り玄関で出迎えてくれる。
押しかけている身なので大仰にしないで欲しいと言ったこともあるが、結局お祖母様の態度は一貫として変わらない。
今となっては、もうそれについて諦めている。
「あら、今日は暁君は来ていないんですね」
「じきに来ますよ」
「あら……。暁君ってほぼほぼ毎日こちらにいらしてますよね」
お祖母様と仲良しなんだな、という軽い気持ちで言ったのに、当のお祖母様は哀しそうに微笑んでいた。
「……あの子は、自分の家に居づらいのです」
言われた言葉に、上手く返すことができず固まってしまう。
「少し、お話に付き合っていただけますか?」
お祖母様の問いかけに、私は頷いた。
彼女の言葉には哀愁が漂っていて、その瞳は真剣そのものだ。
そうして彼女の口から語られた言葉に、私は言葉を失う。
「……申し訳ございません。突然、私事の話をしてしまいまして」
黙ったままの私に、お祖母様はそう言って頭を下げた。
「い、いえ……。何故、彼は私にこの話をしなかったのでしょうか。私の力の一端を、彼は見ているのに」
「……それは、分かりません。ただ、その一端は私にあるのでしょう」
「どういうことですか?」
「初めてお会いして貴女様を神域にご案内させていただいた時に、貴女様の力を一端を拝見させていただきました。それを見た後、私はあの子に言い聞かせたのです。決して、無闇矢鱈に貴女様に頼るなと」
その言葉の真意が分からず、問うように彼女を見つめる。
「そうでしょう?貴女様の御力を正確に推し量ることはできませんが、恐らく貴女様が持つ御力を以ってすれば、大抵のことが叶うはずです。だからこそ、貴女様の力に頼り切ることをしてはならぬと。自らの力で叶えるべきことは叶えろと言い聞かせました」
「そんなこと、初めて言われました……。私の力は特別だからこそ、他者を救って当たり前なのだと言われ続けてきましたから」
「貴女様が御力を振るう労力に対し、何ら対価をお渡ししないとは何ともおかしなことでしょうか。えてして、そういうことを言う者は、人を助けることは当然だという大義名分を掲げて、他者に犠牲を強いるものです」
強い者は、弱い者を守る義務があるのだろうか。
力を持つ者は、持たない者を助ける義務があるのだろうか。
それは、幾度となく自らに問いかけた疑問だった。
それを押し付ける者たちは、お祖母様の言う通り……それが当たり前なのだと言い張る。
言い張って、私の犠牲や労力は見て見ぬふり。
私だとて、人だ。
傷を負うこともあれば、命の危険に晒されることだってある。
力を使えばそれだけ身体に負担がかかる。
本当に、弱い者を守らなければならないのだろうか。
本当に、力を持たない者を助けなければならないのだろうか。
弱き者たちや力を持たない者たちは、それらを盾に私に動けと迫る。
そしてその働きは当たり前のものとして感謝されることもなく、彼らは次の……新たな願いを口にしていた。
人の願いに際限はない。
叶えられれば、また新たな願いが生まれ、そしてそれが叶えられればまた次の……と、どんどんそれが繰り返されるだけ。
弱き者や力を持たない者たちは、それそのものを盾として……鎖として、私を縛り付けた。
魔王を倒した勇者なのだから当然だと言われ働かされる私は……まるで彼らの奴隷ではないかと、自身を嘲笑ったものだった。
だからこそ、姿をくらまして仙人修行に身を置いたという過去がある。
「……だとしても、暁君のそれは自分でどうにかできる話ではない。なのに、何故……」
「……さあ。それ以上は、分かりません」
「お祖母様は、何故その話を私に……?」
「貴女様の仰る通り、あの子にどうにかできる話ではありません。あの子はずっとその罪を背負っていこうとしています。私は、あの子のその姿が見ていられないのです。……もしも対価が必要だというのであれば、私が持つものであれば何でも差し出します。だから、どうか……あの子を救ってやってくれないでしょうか」
「……。返事は、彼の言葉を聞いてからにします」
お祖母様の必死な願いに、私は肯定も否定もしなかった。
けれども、お祖母様の表情に憤りも不安もない。
私はそんな反応に驚く。
今まで断ろうものなら、必死に追い縋られるか、怒りをぶつけられるか、意味のない罵倒を受けるかのどちらかだったというのに。
「左様でございますか」
ただただ、お祖母様は、あるがままを受け入れるかのように静かに頷いていた。
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