噂話

事件から、一週間と少し。

……やっと、文化祭の日がやってきた。

絵里はあの事件の日から、やけに機嫌が良くて口を開けばユウの話をしていた。


……それはもう、耳にタコができるほど。

美麗秀句の限りを尽くした言葉に、私は羞恥に悶絶しっぱなしだった。


自分の美化された話を、友人からこれでもかと聞かされる恥ずかしさときたら……。

早く文化祭がきて、絵里のこの興奮が落ち着いてくれればと何度思ったことか。


さて、執事&メイド喫茶を開く我がクラス。

私は裏方を希望したため、制服のままひたすら調理室で料理をつくる係だ。

料理には、ちょっとだけ自信がある。

何せ、異世界では自炊が基本だったのだから。

同年代の子たちとは重ねてきた経験と年季が異なる。


黙々と料理を作ること、数時間。

交代の時間がやってきたので、私は次のシフトの子たちに引き継ぐと人通りの少ないところにむかった。

誰もいない教室に入り、術を解く。

ユウの姿もとい本来の姿に戻って、私は自分の教室を目指した。


教室までの道のり歩く間、何故かずっと視線を感じた。

それも、結構な数の。

各生徒の親族やら他校生、果ては地元の人たちまで結構な数の外部の人たちがこの文化祭に足を運んでいる。

部外者の私が一人がここに来ても、何らおかしいことはない……筈だ。

そう自分に言い聞かせ、そそくさと進む。


自分のクラスに辿り着くと、待っている人たちが五・六人いた。

奏君目当ての人たちがきっと沢山来るから、このクラスは忙しいだろうと美由紀は言っていたが、本当に随分と賑わっている。

調理中、次々と追加の要請がかかっていたから割と繁盛しているのだとは分かっていたが……。


とりあえず順番を待つため、クラスの外に並べられた椅子に腰かけた。

俯き、目を瞑って時を過ごす。


「おかえりなさいま……」


待っている人たちの対応をするための子が声をかけてきたので、顔を上げた。

接客業にとてもむいているような、明るくて溌剌としたその声の主は、何故か途中で言葉が途切れて固まってしまった。


「……あの、何か?」


「ひ、しつれいしまひた。あの、おひとりさまでしゅか?」


ところどころ噛んでいた彼女に、何とも言えないような気持ちになる。

それを表に出さないようにしつつ、私は口を開いた。


「ええ。どれぐらい待ちますか?」


一応また調理室に戻らないといけないから確認しておかないと……と思って、彼女に問いかけた。


「えっえっと……いまからだと……」


「さ、先にどうぞ!」


彼女が答えるよりも前に、先頭に並んでいた人たちから声がかかる。


「そんな、申し訳ないわ」


自分のクラスを訪れるのに、お客さまを押しのけてまで入るつもりはない。

それに、彼らだけでなく私の前にはもう四組並んでいるのだ。譲ると言ってくれている方々以外の他の面々は、私が先に入ったら嫌な思いをするだろう。


「いえ、全然!ぜ、是非……」


「ありがとうございます。ですが他にも並ばれている方がいらっしゃいますし」


「「お先にどうぞ」」


遠慮していたら、何故か他に並ぶ面々からも譲られてしまった。

そんなに焦っているように見えたのかな……と疑問に思いつつも、皆に礼を言って中に入る。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


中に入った途端、執事に模した男子生徒とメイドに模した女子生徒に傅かれた。


「あの、奏君と絵里さんはいらっしゃいますか?」


「大変申し訳ございませんが、当家は……」


そう言いつつ顔を上げた彼らは、何故か言葉に詰まりジッとこちらを見つめる。

私もどうして良いか分からずたっぷり数十秒無言のままに見つめ合うような形になってしまった。


「か、奏と絵里ですね。少々お待ちくださいませ」


すっ飛んで奥に入ったかと思えば、すぐさま二人を連れて戻ってきた。


「ユウさん!」


奏君と絵里が嬉しそうにこちらに駆け寄って来る。


「随分繁盛しているみたいね」


「お待たせしてしまいましたか?」


心配げな絵里の問いに笑って首を横に振った。……実際、待っていないし。


「どうぞ、こちらの席に」


絵里の誘導で、私は比較的手前の席に座った。


「この前は、助けていただいて本当にありがとうございました」


絵里はそう言いつつ、私の前にクレープケーキのセットを置く。そして、私の前に座った。


「こちらは、ほんの気持ちです」


「そんな……本当に、気にしなくて良いのに」


「いえ。あの時ユウさんが来てくれなかったらどうなっていたか……本当に危なかったんだと思うと、感謝してもしきれません」


彼女は、頰を赤らめて言う。いつもの彼女よりも、断然可愛らしい。普段はどちらかというと、頼れる姉御肌な性分だから余計そう感じるのだろう。


「……暁君に聞いたけど、随分前から怪しい感じはしたのでしょう?そういう時は、すぐに誰かを頼りなさい。貴女は、女の子なのよ?何かあってからじゃ、遅いのだからね」


一応、彼女に釘をさした。あの男は現れないにせよ、いつ何が起こるかは分からないもの。


「はい……」


「……それにしても、ユウさんが強いなんてビックリしました。武術は昔からやったいたんですか?」


奏君が絵里と私の話に入りつつ、絵里の横に座った。普段ならここで視線が痛く感じるのだけれども、今日はそんなことはない。


「貴方たちぐらいの年齢からよ」


「へえ……昔から興味があったんですか?」


「そんなことないわよ。単に、必要に駆られたからだわ」


曖昧な返しに、けれども二人は興味津々といった程だ。

それから、二人と他愛ない話を続けた。

大抵、二人からの質問に私が答えるというような形で。


「……それにしても、随分と繁盛しているわね。この店、人気なのね」


ふと周りを見て、しみじみと呟く。そろそろ持ち場に戻った方が良いかしら?


「何言っているんですか。ユウさんが、いらっしゃるからですよ」


「……え?あ、長いこと席を占領しちゃっていたものね。ごめんなさい、そろそろお暇させていただくわ」


「いや、そうじゃなくて。うちのクラスにいらっしゃって、学校中に話が駆け巡ったんですよ。見たこともないキレイな人がこのクラスにいるって。その話を聞いて、ユウさんだ!って呼び込みから戻って来たんですから」


絵里の言葉に、空いた口が塞がらない。

キレイや人?

いや、ないでしょ。ナイナイ。

家でもそうだったし、異世界の顔面偏差値は異様に高かった。

暴力っていう力についてはトップクラスを自負しているけれども、容姿の評価は……はっきり言って全くもって自信がない。

私の価値はそこにないと、力が私のそれだと誇れるからこそ気にならないのであって、それと自信があるのはまた別の話だ。



「……誰か、別の方と混同していないかしら?」


「それこそまさかですよ」


キッパリと言い切られて、益々言葉を失ってしまった。


「あんたが随分と店の売上に貢献してくれているのは賛成なんだけどな。奏、お前そろそろ働きに戻れよ」


暁君が近づいてきて、強引に奏君を引っ張って行く。


「えー」


奏君は不満そうに抵抗していたが、やがてズルズルと引っ張られていった。


それから間も無く、私もお暇させて貰った。絵里の話はさておき、このまま厨房を投げ出すのは忍びなかったからだ。

その判断は間違いなかったようで、戻った時には大歓迎された。



……結局、文化祭が終わって絵里の興奮が冷めるどころか、クラス中に絵里の興奮が伝播していた。

厨房からクラスに戻ると、絵里と美由紀がそれはもう盛り上がっていて、それに奏君と受付の子が一緒になってユウの話をしていたのだ。

尾ひれ背びれがついて、ユウという人物がどんどんすごいことになっていた。


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