悪夢

……絵里を助けたあの日から、酷く懐かしい夢を見る。


それは、まるで走馬灯のようだった。

私の一番見たくない過去を、消したりたいような味わってきた思いを、嫌が応でも突きつける。


まるで底なし沼のように、囚われてしまえば落ちそうな恐怖。


「……はっ!」


夢から解放されたと同時に、私は飛び起きる。

そして熱を確かめるように、ギュッと自らの身体を抱き締めた。


こんな夢を見た時には、いつも※※※が側にいたのに……。

そこまで考えて、はたと我に返る。


私は一体、誰といたというのか。

……思い出せない。


思い出せないのが、もどかしい。

それ以上に、ヒタヒタと私の中にある闇が迫って私を飲み込んでしまいそうなそんな恐怖が私を苛む。

堪らなくなって、衝動のままに私は夜着のまま窓から外に飛び出した。

そして、そのまま神域地に向かう。


清浄な気に囲まれると、それだけで心が洗われるような気がする。

懐かしいその心地に、私は身体を委ねた。



「……こんな時間に外を歩き回るなんて、危ないわよ」


ふと感じた気配に声をかける。

振り返れば、思った通りの人物がそこにはいた。


「水池こそ」


観念したように、彼は木の合間から姿を現す。

随分とここに来るのも慣れたようで、かつては傷だらけであったが、今の彼にそれはない。


「私は大丈夫よ。それより、こんな時間にここまで来てどうしたの?」


「ばあちゃんの家で寝てたら、ここの気配が変わった気がしたから。どうしたのかと、様子を見に来たんだ」


「まあ……。貴方、随分と気に敏感になったのね」


その言葉に、暁君は複雑そうな表情を返す。


「そんなことより……こんな夜中に気を取り込まなきゃなんない、何かがあったのか?」


「別に。単に、心を落ち着かせたかっただけ」


先ほどまで感じていた恐怖も焦燥感も、ここの心地よい気に身と思考を委ねていたら随分とマシになったような気がする。


「……ねえ。貴方は、消し去りたい思う過去だとか感じた思いというのはある?」


私の唐突な問いに、暁君は一瞬驚いたように目を瞬いたが……けれども、すぐに苦笑いを浮かべていた。


「どっちもある」


意外な答えに、少し驚きつつ彼を観察するように眺めた。


「なんだよ?」と私のその視線に問い返すけれども、未だ私の目は彼に釘付けだった。

そんな私に、彼は苦笑いを浮かべる。



「お前があっちでどんな壮絶な環境にいたかは知らないけど……それなりに、こっちも色々あるんだよ」


「そう……」


私は、目を瞑った。

耳の奥から、昔の私の泣き叫ぶ声が聞こえてくるような気がした。


「とてもたくさん、怖い思いも嫌な思いもしたわ……」


いつも、独りだった。

誰も、私のことを助けてなんてくれなかった。

知らない世界に、独りで生き抜いた。

城を放逐されて、独りの力で生き抜いた。

世界を救えと言われ、独りで戦い抜いた。

世界を救えば、化け物と呼ばれ独りになった。


孤独、孤独、孤独。


危険と隣り合わせの中、その侘しさと虚しさは巨大化し私を苛んだ。

独りだということから目を逸らしたくて、私は無害だと役に立つのだと人の役に立てるようにと動いて。

けれどもあそこではあくまで私は異邦人で、そして化け物だった。


「何で私ばかりこんな目に、っていつも憤っていた。ううん……今尚、そうなのよ」


結局、今もそう。

私は、いつか皆に置いてかれる。

そして、私自身の力は異世界にいた時と変わらない。


私は……二つの世界の狭間に立っていて、だからこそ独り。


この世界に戻って来て、その事実を突きつけられる度に、私の心に大きな穴が空いたような心地になる。

そして、その穴からは私を苛む声が闇となって私を襲う。

捕まれば、落ちるだけ。



「……我ながら、随分感傷的になっているわね」


頭を抑えて、笑う。

彼は、何も言わなかった。

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