片鱗

「……優香ー!セロハンテープ取って!」


「はいはい」


……さて、ここは学校。

今はクラスで再来週に開催される文化祭の準備をしているところだ。


私がいるクラスでは、定番の執事&メイド喫茶を行うことが決まっている。

放課後には、教室内に室内の飾り付け用の小道具が所狭しと並んでいた。


「もう、こんな時間か……。皆、そろそろ撤収の準備をして帰ろう」


奏君の言葉に、皆が作業を止めて片付け始める。

確かに、陽が沈んで空が暗くなっていた。


奏君が先頭に立って皆を引っ張るおかげで、このクラスは他のクラス以上に皆が協力して準備をしている……とは、美由紀からの情報だ。


「絵里、今日は家まで送るよ」


「大丈夫だって」


「でも……やっぱり、心配だし」


セロハンテープを絵里に渡しに行くと、絵里と美由紀がそんな会話をしていた。


「どうしたの?」


「あ!優香。実はね……ここ最近、絵里がストーカーにあってるみたいなの」


「ストーカー!」


「優香、声が大きい。美由紀も、本当にそんな気にしないで。やっぱり、私の気のせいなんだよ」


「気のせいって……ここ最近、ずっと誰かが後をつけている気がするんでしょ?毎日感じるのに気の所為ってことないと思うの。特に、最近は帰りが遅い時間だから心配だよ……」


「確かにそうね。帰り道、人通りが少ないところを通った時とかに何があるか分からないし……」


私が一緒に帰って、犯人を突き止めて締め上げようかしら。

私も一緒に帰る……と口にする前に、別の声が話を遮った。


「話は聞こえたよ、三枝さん。そういうことなら、僕たちがボディーガードとして、暫く家まで送るよ」


それは、奏君と暁君だった。


「え!いいよ……悪いし。そんな気にしないで。大丈夫だから」


絵里は、二人の登場に恐縮していた。

私が向けられている訳ではないが、クラスの女子からの視線が痛い。

当の本人である絵里は、もっとだろう。


「遠慮しないで!大切なクラスメートのことだろう?何かあってからじゃ、遅いし!」


……と、奏君が押し切る形で絵里は奏君と彼に付き合う暁君の二人にボディーガードをしてもらって帰ることとなった。


奏君の親切な申し出には感心したものの、何かがあったら確かに遅い……と、私も彼らの後をつけることにした。

すぐに行動を起こせるように、元の姿に戻って。

やっぱり、姿を変えている時よりも変えていない時の方が、間合いだとか感覚に馴染みがある分、十全に動けるし。


彼らの後方を、気配を隠しつつ歩く。

彼らと絵里は、前方で楽しそうに会話を繰り広げつつ歩いていた。

……まるで、私こそがストーカーみたいだ。


その感想に苦笑し、けれども彼らの様子を微笑ましく眺めつつ、感覚を広げる。

私と同じく彼らの後をつけている者はいないか……果たして、怪しい動きをするものはいないか。


太陽は完全に沈み、空は闇の帳が降りている。

住宅街の地域であるこの区域は、空が暗くなると人通りも少なくなり、シン……と辺りは静まりかえっていた。


夜道でこのような人通りのない道を、絵里は普段通っているのか……絵里が危害を加えられる前に、美由紀から今回の件の話を聞けたことは僥倖だ。



尾行一日目は、何もなかった。

けれども、同じように尾行すること三日。

ふと、私の感覚内に一人の人物が引っかかった。

ふらりと、三人に近づく気配があった。

すぐにでも出れるよう、私も三人との距離を狭める。


「……ねえ、その男たちは何?」


三人の前に現れたのは、絵里たちよりも年上そうな男……だいたい、二十代前半ぐらいの男か。

ヒョロリとした体型に、メガネをかけている人物。

どこにでもいそうな、けれどもその目には僅かに狂気の炎が揺らめいている。


「君には僕というものがありながら……なんで、そんな男たちと一緒にいるの?」


突然現れた男に絵里は震えつつ、けれどもその男を睨んだ。


「……あんた、誰?私は、あんたなんて知らない!」


「知らない?……そんな嘘はいけないよ。僕は、絵里、君のことならなんでも知っているよ。君の未来の夫であり運命の男なんだから……」


ふらり、ふらりと絵里に男が寄る。


「来ないで!」


「それ以上近づくな!」


震える絵里の前に、奏君と暁君が出た。


不審者である男は、奏君をギロリと睨みつける。


「君こそ、誰だよ……僕と絵里の邪魔をするなあぁぁあ!」


突然叫び出したかと思ったら、男はポケットから細いナイフを出して突進しだした。


……まずい。


私は全力で走り、奏君と男の間に立つ。

数メートルの距離だったが、久方ぶりの全力疾走のおかげで男が奏君を傷つける前に、立ち塞がることができた。

そのまま、ナイフを掴む男の手を捻り上げる。

絵里を怖がらせたことが許せなくて、つい力が入ってしまった。

男は、苦痛に顔を歪めナイフを落とした。


「あ……貴女は!」


奏君が私に気がついて声をあげる。


「二人とも、彼女を連れて先に行ってくれるかしら?ここから先は、彼女の目に毒だから」


「けど、それじゃ貴女が危ないんじゃ……!」


暁君に視線をやると、彼は心得たとばかりに頷いた。そして、奏君と絵里の手を掴んで私を通り越してさっさと進み始める。

二人は少し抵抗しているようだったけれども、暁君は気にせず強引に進んでいた。


彼らの姿が見えなくなったらところで、私はニコリと男に向かって微笑みかけた。

男は何故か顔を赤らめて視線を逸らす。

……こんな状況だというのに、随分余裕そうだ。


「……さて、邪魔者は消えたことだし。二度と貴方が彼女に近づきたいと思わないように、少しじっくりと話し合いましょうか」


殺気を少し解放してそう言った私に、やっと自分の置かれた状況を男は理解したらしい。

男はまるで恐ろしいものを見たとでもいうかのように震え上がり、逃げ出そうともがき始める。


「……私ね、女の子を怖がらせるような男って大嫌いなの。だから……逃がさないわよ」


悲鳴をあげないように男の口を抑え、そう宣言した。







話し合いという名の鉄拳制裁を行なった後、三人がどうなったのかと私は彼らが進んだ先に向かった。


「ユウさん!」


少し進んだ先に、三人はいた。

どうやら様子から察するに、戻ろうとしていた奏君と絵里を押し留めてくれていたようだ。


「大丈夫ですか?怪我は……」


奏君が心配げに、私を見つめる。

そんな視線を、異世界にいた時も含めて久しく感じていなかったので、思わず苦笑いを浮かべる。


「ないから大丈夫よ。それよりも、三人とも怪我はない?」


三人は異口同音に肯定した。


「そう。なら、良かった……。あの男はもう貴女に近づかないから、安心してね」


「え?」


私の言葉に、絵里はキョトンとしている。


「聞くのが怖いけど……一体何をしたんだ?」


彼女の横から、暁の質問が飛び出してきた。


「ちょっと鉄拳制裁をね。もう二度と絵里には近づきません、って泣きながら言ってたから大丈夫でしょう」


「泣きながらって……一体どんな鉄拳制裁なんだよ……」


呆れたように言った彼の耳元に寄り、囁く。


「少し脅しながら、男の関節を一つずつ外したの。あんまり強情だったから、嵌め直してもう一回外したの。最後の方はすぐに悲鳴をあげようとするから、それを出させないようにするのに苦労したわ」


割と可愛い処置だと本気で思っていたけれども、暁君は空笑いをしていた。


「あの……貴女の名前は?」


「私は、ユウ。暁君の知り合いで、この前貴女の話を耳に挟んでね。もし、そのストーカーが実力行使をしようとしてきたら私が対処しようと思って、つけさせて貰っていたの」


「ユウさんは、合気道とか柔道とか何かやってたんですか?」


奏君の問いかけに……ではなく、彼のキラキラ輝く瞳を向けられて、思わず苦笑いを浮かべつつ、口を開く。


「武術は一通り、ね。……とにかく、貴女が無事で良かったわ」


そう言って笑いかければ、夜でもそうと分かるほど彼女の頰は真っ赤に染まった。


「あの……何かお礼を……」


「いいのよ。私が勝手に心配しただけだから」


「でも、それじゃあ……」


「いい大人が、学生の貴女からお礼を受け取る訳にはいかないわ。その気持ちだけで十分」


そう言い切っても、彼女の顔は晴れない。


「それなら……あの、再来週の土曜日、お時間ありますか?」


「え?え、ええ……」


「私たち、同じ学校なんです。それでその日は学園祭なんですけれども……貴女を招待させてください。助けていただいたのに、何もお礼できないなんて、心苦しいです。せめて、そこで精一杯おもてなしができればな……って。なんて、そんなんじゃお礼にならないですよね」


いつも明るく朗らかな彼女にしては珍しく、俯いてシュンとなっていた。


「い、いいえ。学園祭……素敵じゃない。私のような者がお邪魔してしまって良いのかしら?」


「勿論です!お待ちしているので、是非!」


「僕もです。今回は、貴女に助けていただいてしまったので……是非、お礼をさせてください」


「その気持ちだけで、本当に十分なのだけど。……さあ、皆。時間も遅いし、そろそろ帰りましょう」


奏君、暁君そして私で絵里を送った後、私を家まで送るといった奏君を暁君のお祖母様のところに行くからと言ってなんとか宥めつつ諦めて貰って、やっと家路に着いた。


「……どうするんだよ、土曜日」


暁君と二人になったところで、そんな問いかけが彼の口から出た。


「行くしかないでしょう……。あそこで行かないと言い張ったら、逆に私が悪者みたいじゃない?」


「まあ……」


「シフトの空いてる時間に、顔を出せば良いわ。何とかなるでしょう」


「だと良いな」


辺りには暁君しかいない。私は、魔法で姿を変える。


「それじゃ、また明日ね」


「ああ。……なあ、水池」


「なあに?」


「……悪かったな」


突然の彼の謝罪の真意が掴めず、私は首を傾げた。


「何が?」


「お前の手を煩わせて。助けるつもりが、全然役に立たなかった」


彼の言葉に、私は思わず吹き出す。

……そんなことを気にしていたのか、と。

可愛いじゃないか。


「あー任せっぱなしにされると気分悪いけど、今回のは自発的に動いたし。こらぐらいの労力は、何でもないわよ。何せ私は元勇者だからね」


そう言うと、彼もまた苦笑いをしていた。

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