面倒

「……暁ー。どうしたんだよ?今日疲れてるのか?」


幼馴染の問いかけに、俺は適当に相槌を打って返す。


頭の中は昨日の出来事でいっぱいだった。

……水池、優香。

クラスでも大人しくて、いるかいないかよく分からないような奴。

……そんなに奴の筈だった。


何だよ、あれ。

いきなり姿が変わったかと思えば、不思議な術を使って。

正直、夢を見ていたと言われた方が未だに納得できる。

異世界に召喚されたって……まあ、目の前のこの幼馴染ならありえるかもしれないが。


「うわっ、暁。あれ、見て」


奏に揺すられて、我に返る。


「何だよ、一体……」


奏の視線の先……そこにいたのは、先ほどまで考えていた人物そのものだった。


しかも、本来の姿で立っている。


どこで調達したのだか、真新しいこの世界の服に身を包んでいた。

ジーンズに白のトップス、黒の薄手のカーディガンを羽織って……何てことはない、シンプルな服だというのに、着る者が着る者だとこんなにも目が惹かれるのか。


隣に立つ人物……奏のおかげかせいか、キレイな奴というのは見慣れているというのに、それでも意識が持っていかれそうになる。


男も女も誰もが注目しているというのに、誰も声をかけない。


彼女の美しさもそうだが、その神秘的な雰囲気が近寄りがたさを感じさせるのだろう。


「……暁君!」


彼女と視線が合うと、彼女はにこやかに笑って俺に近づいてきた。

隣からの視線が痛い。


「偶然ね、こんなところで会うなんて」


いや、隣だけじゃない。

周り中からの視線が、集まって痛かった。


「……ああ、そうだな」


居心地の悪さに、思わず溜息を吐く。


「服、買ったんだな」


「そうなの。予算が足りなくて、これしか買えなかったのだけれども」


そう言って笑う彼女に、先ほどまでの近寄りがたさはない。誰もかれもが話しかけようと、ウズウズしているのが見て取れる。


「あの、貴女は暁の友人ですか?」


奏に声をかけられて、彼女は顔を引きつらせていた。

奏の存在に気がついたらしい……学校の知り合いがいるのに、本来の姿でいることを気にしているのだろう。


「え、ええ。暁君のお祖母様の知り合いなの」


「へえ……。俺、奏って言います。暁の幼馴染なんです」


「そ、そうなの……」


「貴女の名前は?」


「え、ええと……ユウと申します」


苦し紛れに言った名前は、彼女の本来の名をもじったものだった。単純なそれに、思わず笑ってしまう。

それに気づいたのか、彼女はじとっとした視線を向けてきた。その間も、奏が何らかしら彼女に話しかけて彼女が苦し紛れに回答するというのを繰り返している。


「……おい、奏。いきなりそんな質問をするな。困ってるだろ」


「え?」


そういや、奏に話しかけられて困惑するような奴なんて今までいなかったもんなあ。

俺の言葉に、彼の方が困惑していた。


「遊んでいるところ、邪魔してしまって申し訳なかったわ。私はこれで失礼するわね」


そして、彼女は去って行った。


後に残された俺は、その後奏に多くの質問をされたが……それは別の話だ。

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