孤独

神社から家に真っ直ぐと帰ったけれども、何の連絡もせず遅くに帰ったせいで母親に怒られた。


ふらついている時間があるのならば、勉強して少しでも姉に近づきなさいと。


遅くに帰ったことで母親に怒られるということ自体が久しぶりだったので、随分懐かしさを感じた。


異世界での生活は、当然全て自己管理。

制限は何もないが庇護もない。


自由を謳歌できるというのは楽で楽しいことだけれども、その自由を満喫するのには、それだけの力があるというのが前提条件だ。

力……財力であったり、知力であったり、能力であったり。

何でも良いから、生活をする上での基盤が成り立たなければ、自由を謳歌する前に野垂れ死である。


長年そうして独立した生活を送っていたのだ……遅くなったことで怒られたのはとても新鮮に感じた。






その翌日、私は街の方へと出かけることにした。

昨日学校に行ったばかりなのに休みというのは変な感じがするが、異世界に飛ばされたのが木曜日の夕方だったのだ。


観光目的が半分、もう半分は洋服を買いに。

因みに両親は姉と共に、姉の例のご褒美を買いに出かけていた。

私には、適当に買って来いとお金を渡して。

お金を貰えただけでもありがたいことだ……昨日帰りが遅かったことを咎められで、内心ヒヤヒヤしていたし。

何より別行動のおかげで、魔法で姿を変えずにのびのびと出かけることができる。


流石に異世界の服を着て出てしまうと、どこぞのコスプレのようになってしまうので、手持ちの服の中で、適当に見繕って着替えて来た。

色々試したが、身長も体型も違うせいで、どこかしらに違和感を感じてしまうのだ……その中でも、比較的それが少ないものを選んだつもり。


それはともかく、昨日気を取り込めたおかげで、身体が幾分か軽い。

軽い足取りで歩き、電車に乗った。

五十年ぶりの電車に、感動する。

こんな大量の人を、いっぺんに運べるこの機械は純粋にすごいと思う。

あちらの世界では、魔法か馬車しか移動手段がなかったし。

運行が時間に正確なところも、感動するポイントの一つだ。


電車で二駅乗り、この辺りで一番大きな街に出た。

まるで旅行にでも来たかのような興奮と、それから記憶が随分朧げになってしまった街並みは、果たしてどのようなものだったのかという期待感を感じつつ、改札を抜ける。


そうして改札を抜け、目に入って来た光景。

……それは、あまりにも暴力的なものであった。


まず、見渡す限りに人・人・人。

隙間を埋め尽くすかのような人の波は、右から左に左から右に、奥に、手前にと方向性の統一感は全くない。


そして空にまで伸びるかのような、高い建物群。

広告が載った看板が掲げられ、色とりどりのそれは網膜に強烈に焼きつく。

目だけではない。

イヤホンから漏れ出ている音楽やら人の話し声、そして電子音等々様々な音があらゆる方向からやってきて私の耳に入ってくる。


その空間に圧倒され、しばし呆然と立ち止まっていた。


……気持ち悪い。

人酔いもあるが、何より、気が滞っていて澱んでいる。

ふと感じた体調の変化によろめき、その場に蹲った。


「……あの、大丈夫ですか?」


問いかけられた柔らかな声音に、ありがたく思いつつ顔を上げた。

二十代ぐらいの女の人が、気遣わしげに私を見ている。

顔を上げて目があった瞬間、何故か即座に目を逸らされたが。


「立ちくらみを感じたのですが……もう、大丈夫です。ご心配いただき、ありがとうございました」


少しだけこの環境に慣れてきたのか、確かに先ほどよりも気持ちの悪さは薄らいでいた。


「いえ、大丈夫なら良かったです……はい」


再び礼を伝えてから、立ち上がる。

女の人はぼうっとその場に立ち尽くしていた。

彼女こそ、大丈夫かしら?

そう思いつつ息を整え、そうして意を決して、私は街中へと歩みを進めた。


店先を眺めれば、大量の品物。

物が溢れ、それを選ぶことができるなんて何て贅沢なことか。

お金はそんなにないから買えないけれども、見ているだけで楽しい。

興奮したまま、私は手に取って眺める。


……楽しくなり過ぎて、肝心の服を忘れていたと気がついたのはそれからさして時間はかからなかった。


ふと我に返った私は、街並みを再び眺める。


どこを見ても人、人、人。

……この街には今、一体どれだけの人が集まっているのだか。

こんなに多くの人が一つの街に集まるというのは凄い。

それだけ平和で、それだけ皆に余裕があるということ。

異世界では都に住んでいたけれども、ここまで多くの人はいなかった。


ふと、私は再び立ち止まって辺りを見回す。

何故か道行く人の目線を感じた。

その理由が分からず、首を傾げる。

やっぱり、服がぱつんぱつんなのがおかしいのかしら。



……不思議。

こんなに大勢の人に囲まれているというのに、孤独。

独りで来ているのだから当たり前だというのに、突如侘しい気持ちが襲ってきた。

まるで人の波に飲まれ、溺れているかのよう。

私という存在が、曖昧になるかのようなそんな恐怖。


早足で歩き始める。

……観光気分がすっかり、削がれた。

早く用事を済ませて、さっさと帰ろう。


私は外国からきたファストファッションのお店に入った。……一度は来てみたかったお店。


楽しげな音楽の流れる店内を、歩き回る。

……服が、いっぱい。

けれども、どんな服が良いのかしら。

予算内で、買えるもの……。


オロオロと店内を歩き回りつつ、幾つか服を手に取った。


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