疑念
「……現実にそんな話があるものなのか?まだ3Dの映像を重ねて姿を変えて見せていたと言われた方が信じられるよ」
掻い摘んで説明したところ、暁君は溜息を吐きつつそう言った。
「まあ、そうよね」
彼の気持ちは、分からなくもない。
私が暁君の立場だったら、同じことを言うだろう。むしろ、頭がおかしい人だと思うかもしれない。
「……何か証明になるもの、他にあるの?」
「あると言えばあるけど……」
私は手の平から魔法で水球を出してみたり、火の玉を出した。
「でも、これもマジックと言われてしまえばそれまでなのよね」
自分の発言に、つい苦笑いを浮かべる。
「確かに」
暁君は同意していたものの、物珍しそうに私の放った魔法を眺めていた。
「……ところで、暁君のお祖母様は、何故私にお神酒を?」
粗方事情を話したところで、私は一番聞きたかったことを口にする。
「気配で分かります。貴女様のそれは、人ならざるものでございましたから」
お祖母様の敬語に恐縮しつつ、私は注がれたお神酒を再度いただく。
それにしても気配でとは……お祖母様の直感には脱帽だ。
あちらの世界では、感覚というものに助けられたことが幾度となくあるので、彼女の説明には素直に納得した。
「……何かお召し上がりになりますか?」
「いえ。……それよりも厚かましい願い出で大変恐縮ですが、お祖母様が感じられる中で一番清い気が漂うところはどこか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
これが、本題。
ここまで濃い気が漂うのを感じたのは、この世界に戻ってきてここが初めてだった。
この機会を逃す手はない。
「恐縮などと……。そうですね、ご本堂より更に奥、一般には入ることのできない御神体が祀られているところがございます。そこでございましょうか」
「私が訪れることは可能でしょうか?実は私、食事を摂る必要はないのですが、その清い気を内に取り込むことで生き長らえるのです」
「貴女様なら龍神様もお許しになるでしょう。ご案内致します」
ダメで元々……と思いつつ聞いてみれば、案外あっさりと了承を得ることができた。
「ありがとうございます」
お礼を言って、立ち上がる。
「暁も一緒に行こうか」
お祖母様は通りがけ、暁君に問いかけた。
言われた方である彼は、驚いたような表情を浮かべている。
「良いのかよ?」
「ええ。暁なら良いわ」
そして、私たち三人は社務所を出て本堂奥に向かう。
本堂の奥……空まで届くかのような木々に囲まれ、その上太陽が沈んでいたために、視界は真っ暗だ。
電柱も電光もない状態の中、お祖母様はすいすい進んでいく。私も暗闇の中での行動に慣れているため、特に問題はない。
……問題だったのは、暁君だった。
木の根につまづいては、枝に直進し顔面が傷だらけになっている。
進むたびに傷だらけになっているのが哀れに思えて、到着した瞬間ヒールをかけてあげた。
痛みが一瞬で消えたことに呆気に取られつつ、私の方に振り返る。
「何かした?」
「まあ……。気を補填させてくれるお礼」
そう返すと、暁君は苦笑いを浮かべていた。
「こちらが、御神体です」
お祖母様が示した先には、注連縄に囲い込まれた大きな岩が鎮座していた。
高さは腰ぐらいまで、横幅は人三人が並び立てそうな大きくも厳かな岩。
その周りだけは開けていて、鬱蒼と茂っていた木もない。
それがより、御神体の神秘性を醸し出していた。
静けさの中にある、厳かな雰囲気の中鎮座する御神体。
そして瞑想する前から感じられる清い気。
懐かしさと、そして香しさで私の胸はいっぱいになった。
御神体と向き合うような形で、腰を下ろす。
そのまま目を瞑り、瞑想をした。
「……ああ……」
身体を徐々に満たす、清い気。
心地良さと、そして満足感が胸を震わす。
「ばあちゃん、これ……」
「しっ……!」
二人の声が耳に入ってきていたが、今は全く気にならない。
頭のてっぺんから足の爪先まで満たされるような、快感。
それでいて、柔らかな毛布に包まれるような心地良さ。
感じる感覚に、私は酔っていた。
……そういえば、何故私はこんなに飢えているのだろうか?
そんな疑問が、頭の中をかすめる。
いくら気が薄いこの世界だとはいえ、流石に一日補填しなかっただけでここまでの飢餓感を感じることは今までなかった。
それこそ、とてつもない……自らの存在を賭けた大規模な術を使ったレベルだ。
そんな術を、私はこの世界に戻る前に使ったのか?……覚えがない。
それどころか思い返してみれば、ここに戻る前の記憶が曖昧なことに気がついた。
仙人になってからの、記憶が。
気を十分とは言えないがほどほどに取り込んだ後、わたしは思考の波に身を委ねる。
この世界に戻るまでの間に何をしていたのか。
記憶をさらっても、何も思い出せない。
思い出すのは、目も眩むような強烈な光だけ。
ふと、目を開けた。
視界に、キラキラと何か輝くようなものが降っているのが目に映る。
雨か……と思いきや、空は満天の星空。
雲一つ、見当たらない。
けれどもその雫は、空より降ってきて、触れれば確かに濡れる。
心なしか、月の輝きが先ほどよりも強い。
太陽のような強烈さはないが、淡く見る者を包み込むような柔らかい光。
それが雫をより輝かせていた。
「……恵みの雨……」
お祖母様が、感嘆するように息を吐きつつそう呟いた。
「お祖母様、ありがとうございました」
「こちらこそ、龍神様もお喜びになっているご様子ですから」
「それは良かったです。……つきましては、今後暫くこちらに通わせていただいても?」
まだまだ、十分には程遠い。ただ、生活には支障がない分には取り込むことができたというぐらいだ。
「勿論良いです。ただ、申し訳ないのですが一度こちらにいらっしゃる前に社務所に寄って私に知らせをくださるとありがたいのですが……」
「了解致しました。ありがとうございます」
「……なんつーか。頭はまだ落ち着いてないけど、妙に納得したよ」
「え?」
「水池がさっき言ってたこと」
遠い目をして、暁君が言葉を発する。
「さっきの光景だってさ。機械とか使えば再現は可能とは思うけど……全然違うな。なんつーか、お前の瞑想?とやらが始まった瞬間、厳かさっつうか神秘的というか……とにかく不思議な気配を感じた。霊感なんてないと思ってたし、そういう神秘とか超常的なことって信じてなかったんだけどなー」
「まあ……。自分では気づかないから分からないわ」
暁君の感想に、思わず苦笑いを浮かべていた。
不思議とか超常的とか……その類にカテゴライズされるのか。
まあ、それもそうか……と納得しつつも変な感じがする。
誰が言い出したでもなく、来た道を戻り始める。
暗闇の中、舗装されていない道というのは先ほどと同じ条件だったが、少し目が慣れたのか、暁君は行きよりも身体をぶつける回数が減っていた。
それでも何度か顔面から直撃しに行っていたので、本堂の方へと戻った瞬間、再び治癒魔法をかけた。
「本当にありがとうございました。またお邪魔させていただきます」
「いつでもいらしてください」
「それじゃ、暁君。また月曜日ね」
再度御礼を伝えて神社から出た。
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