友達ができました
教室に戻り、あまり人が通らない廊下のトイレにむかった。
五時間目は体育なのだけれども、更衣室でわざやざ着替える必要がないので、そこで魔術をかけ直す。
朝方迷って校舎内を方々歩いたので、どこに人が通り易いかそうではないのか大体把握できたのは良かった。
体育館に行くと、既に多くの生徒が集まっていた。
女子と男子で別れているこの授業は、二クラス合同で行われる。
……ますます、誰が誰なのかが分からない。
同じクラスかどうかは、午前のおかげでぼんやりと分かるが。
授業の内容は、バスケットボールだった。
懐かしいボールの感触を楽しむ。
「それじゃ、ペアになってパスの練習を始めなさい」
教師の掛け声に、好き好きに皆ペアを組み出す。誰かいないかと私も辺りを見回すが、皆既にペアが出来上がっているようだ。
……完全に、乗り遅れた。
「……あの、先生」
「ん?どうしたの?」
「ペアが見つかりませんでした」
「あら、困ったわね。…… 誰か、水池さんを練習に入れてあげてちょうだい!」
先生が声を張って、辺りに呼びかける。
大抵の生徒は無視をするか、あとはこちらを見てクスクスと笑っていた。
その反応には、流石に私も嫌な気持ちになる。
「適当に、声をかけます」
どうせこのまま待っていても、誰も声をかけてはくれまい。
「……え?」
私は、戸惑う先生を尻目に周りを見回した。
……この中で上手な子。
私は一人辺りをつけると、その子に近寄った。
「ねえ」
「ん?」
「私を入れて貰えないかしら」
声をかけると彼女は嫌な顔はせず、むしろ驚いたようにポカンと一瞬呆ける。
「別に良いけど……どうして、私たち?」
「この中で、一番上手だったから。上手くなりたいなら、上手い人の近くで技を見て盗むのが一番良いもの」
これは、異世界で培った価値観だ。
特に武術なんかは、上手い人のを見てその技を盗む。
自分の動きに取り入れて、身体に叩き込んで、更に自分が使えるように自分のモノにしてきた。
「な、何言ってんの。あんたなんかの為に、どうして……」
私が声をかけた子のペアが、不機嫌そうに顔を顰めている。
「まあ、良いじゃん」
私が声をかけた子が、彼女に宥めるように言った。
「でも、絵理……」
「だって、こんなにハッキリ言われると、かえって気持ち良いよ。水池さん、何かキャラ変わったね」
「そうかな?ありがとう」
「うん。今の方がやっぱり良い。それじゃ、一緒に練習しよ」
パスの練習には、そこそこ気を使った。
力加減を間違えて、昼での失敗を繰り返すまい……と。
どうやら身体を動かすとなると、ついつい全力を出そうとしてしまうようだった。
食事の時とかは、無意識に力をセーブしているのだろう。でなければ、木製の箸は勿論、金属のフォークも真っ二つに折っていた筈だ。
彼女たち……三枝絵理と真鍋美由紀は二人ともバスケットボール部に所属しているらしい。
どうりで、上手いわけだ。
彼女たちの動きを見て、トレースする。
中々、難しい。
そのままある程度練習をすると、次にミニゲームが始まった。
適当に教師が決めたチームだったのだけれども、まさかの一試合目からだ。
ピッと教師が笛を吹いた瞬間、ゲームがスタートする。
ボールにむかって、皆が走り回っていた。
……それにしても、遅い。
動体視力もあちらで随分上がっていたせいで、周りのスピードが随分遅く見えてしまうのだ。
今朝の通学路で、車ですらそう感じたのだから仕方がないだろう。
相手チームがパスで放ったボールを、相手が受け取る前に奪った。
「……なっ!」
奪われた形になった相手は勿論のこと、なぜか同じチームの面々も驚いている。
現に、驚きに声を上げたのは真鍋さんだった。
私はドリブルしてゴールにむかう。
……敵チームの面々が反応する前にぐいぐい進んだおかげで、妨害らしいそれもない。
異世界で体力やら素早さが上がったのが、とても実感できる。
そう思いつつ、私はボールをゴールにむけて放った。
……力加減を、忘れて。
私の軽くは全く軽くない、という昼間の出来事をすっかり忘れていた。
おかげで、ボールは大幅にゴールを超えていった。
唯一救いだったのは、体育館を破壊しなかったこと。
周りも、ここ一番のスカに逆に呆気に取られていた。
せっかくパスを奪ってからここまで来れたのに……と思っているのだろう。
それから何度かパスを奪ってドリブルをしてゴールに放って……というのを繰り返したけれども、結局一度も入らなかった。
最後の方は、奪ったところで誰か味方にパスをするようになった。
……結論、異世界で身体能力が上がっても、ボール競技に向かないらしい。
一応……三枝さんと真鍋さんの活躍があって、試合は勝利に終わったけれども。
「すごいじゃん!水池さんって、運動神経良かったんだね」
試合が終わると、三枝さんが楽しそうに声をかけてきた。
「そうかしら?結局一度もゴールできなかったし……なんだか逆に皆に迷惑をかけたような気がするもの」
「迷惑だなんて、思っていないよ。むしろ、感動しちゃった。あれだけ動けるなんて、知らなかったんだもん」
「……シュートについては要練習だけど、確かに絵理の言う通り」
三枝さんの横から、真鍋さんも声をかけてくれた。
「ありがとう。次は、シュートの練習をしないとね。……もし良ければ、三枝さんと真鍋さん、次の体育の時に見てもらえないしら?」
「勿論!……にしても、本当に今日は驚きだったなあ。水池さんって、こんな人だったんだね。なんだかいつもは声をかけるなオーラーを出してるような感じだったんだけど……」
「……確かに、そうかもしれないわね。まあ、色々悩んでたんだけど……もう吹っ切れて変わろうと思ったの」
「そっか!ねえ、もし良ければ私のことは絵理って呼んで」
「私のことは美由紀で」
「ありがとう!私のことは、優香と呼んで」
こうして、私に友達ができました。
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