やらかしました

どこかの部活が昼練をやっているのか、校庭からは何かの掛け声が聞こえてくる。


そういえば、私、部活入っていなかったな……折角だから身体が鈍らないように何かに入ろうかな、なんて考えつつ裏庭を散策した。


ほんの少し……本当にごく僅かだけれども、空気が澄んだところを発見。

そこは、裏庭でも一際大きな木の下だった。


私はそこに座ると、目を閉じて意識を集中する。

気と同調するように、繰り返し深く呼吸。

こんな薄い気じゃそんなに保たないが、ないよりマシ。


ふう……と息を吐いた瞬間、野球用のものと思わしきボールが飛んできた。

僅かに首を傾けて、避ける。

躱さなかったら、確実に頭に当たっていた。


「悪い、悪い!ボールそっちに飛んで来なかったか?」


茂みの向こうから現れたのは、今朝私が席を聞いた男の子だった。


「当たってないから、大丈夫よ」


そう言いながら、私は足元にあったボールを投げる。

軽く投げたつもりだったのに、物凄い勢いでボールが直線上に飛んで行った。

彼の脇を通り過ぎて、彼の後ろにあった木に思いっきりボールがぶつかる。

ドコ……という鈍い音と共に、ボールは木にのめり込んだ。


「………」


男の子は、唖然とボールと私を交互に見る。

……やらかした。

力の加減を誤ったらしい。


「ええっと……ボール、そっちに飛んで行ったわね」


ごまかそうにも上手く言葉が見つからなくて、結局そんな微妙なことを言ってしまった。

……いたたまれない。


「ボール、当たらなかった?大丈夫?」


「だ、大丈夫だったけど……今の、何?」


「あー……」


やっぱり、聞くか。それも、そうか。


「私、馬鹿力なのよ。だから、たまーにおかしいことしちゃうかもしれないけれども、気にしないでちょうだい」


「気にしないでって……」


「ボール、今取るわね」


木に向かって歩く。……そんなにのめり込んでいないことに、ホッと息を吐いた。軽く投げただけはある。


私はボールを取って力任せに抜くと、それを彼に渡した。


「はい。あなた、野球部なのかしら?練習中に余計な時間を取らせてしまって申し訳なかったわね」


「いや、違うよ。野球部だったら頭を坊主にしているし。……お前、本当に水池?席は間違えるし、なんかキャラは違うし、いつもと口調が違うような気がするし」


男の子の言葉に、私は凍りつく。……口調が違うということなんて、自覚がなかった。

学校という場所に興奮して、つい気を抜いて話してしまっていたようだ。


「何を言ってるの。単に、いつもは自分でキャラクターを作っていたのよ。ちょっと気が緩んでボロを出しちゃっただけ」


そう言うと、男の子は不審そうにしながらも少し落ち着きを取り戻しているようだった。


「第一、私が水池じゃなかったら誰だって言うのかしら?そっくりさん?それとも、成りすまし?私に成りすましたって、何か良いことがある訳ないじゃない」


「それもそうだよなー。俺こそ、変なこと言って悪かった」


まあ、どんなに不審がったところで、彼から見える私は間違いなく水池優香。現実的な話、納得するより他にないだろう。


「良いのよ。ええっと……私あんまりあなたと話したことがないから何て呼べば良いのかしら?」


「あー確かに。席近かったけど、水池と話したことないもんなあ。碓氷でも暁でも好きに呼べば良いよ」


「そう……。じゃあ、暁君。また教室で」


「おう」



その場を離れて、ホッと息を吐く。

……危なかった。

気をつけないと、色んなところでボロが出てしまいそう。

これは余程気をつけないと……。


けれどもそこまで考えて、ふと思い立つ。

そんなに怯えてまで隠す必要があるのか……と。


暁君も納得してくれたように、多少おかしなことをしたところで、普通に考えて異世界召喚だとか思い至る筈がない。

元々あまり人と関わらなかったのだし、中身が違うのもキャラクターを作っていたといえばそれまでだ。

私がこの姿を見せている限り、そんなに心配する必要もない筈だ。


最悪、仙術なり魔法なりを使って誤魔化してしまえば良い。さっきは咄嗟のことで思いつかなかった上に、気も食事も補充できない今あまり余計な体力は使いたくないけれども。

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