一難去ってまた一難です

実に五十年ぶりの家に若干感動しつつ、階段を降りて行った。


「優香、遅いわよ。皆、あなたのことを待っていたんだからね」


母親のお小言に小声で謝りつつ、私は席に着く。


父親・母親そして二つ歳上の姉である香織お姉ちゃんがそれぞれ既に席に着いていた。


懐かしいな、と少し感傷に浸る。


家族愛は薄いと思うが、それでも血の繋がった家族なのだ。

半世紀ぶりの再会には、やっぱり感動した。


「お父さん、聞いてくださいな。今日香織の三者面談に行ったんですがね、随分と先生からお褒めの言葉をいただいたんですよ。水池さんなら、どこの大学にも行けます。素行も、他の生徒の模範になるような方で……ですって!」


母親が、嬉しそうに父親に報告する。


「そうか。それは良かった。流石、私たちの娘だな」


父親は、満足そうに微笑んだ。


「香織、何か欲しいものはあるか?ご褒美に、何でも買ってあげよう」


「もう、お父さんたら。すぐに物で釣ろうとするんだから。……あ、でも新しい服が欲しいかな。この前可愛いワンピースを見つけたの!」


姉は、困ったような……嬉しそうな表情を浮かべた。


何だか、姉と呼ぶのも変な感じだなと内心笑う。何せ、姉より実年齢は歳上なのだし。それを言ったら、父親と母親も同じか。


「……あ、お父さん。私も、洋服が欲しいのだけど」


安くて構わないから、普段服が欲しい。

いかんせん、この世界にあるのは全部サイズが合っていないのだし。


そう思って言い出したら、父親も母親も……姉までもが驚いたように私を見ていた。


そういえば、父親と母親に自分からオネダリをしたことなんて小さな頃を除いてなかったっけ。


「……優香。お前は、香織のように何かを成し得たのか?」


父親が厳しい声色で私に問いかける。

けれども、私にはその答えがない。何せ、何かあったとしても覚えていないからだ。


「そうよ、優香。香織はあなたと違って、成績を残しているの。そのご褒美なんだからね。あなたも、我儘言う暇があったら勉強なさい」


「……はい」


「それにしても、驚いたなあ。まさか、優香が服を欲しがるなんて。ファッションに興味なんて全くなかったのに。それとも、サイズが変わって必要になったのかな?」


「えっと、そう……」


姉は、きっと私がまた太ったのだと思ったのだろう。否定するのも面倒なので、頷いた。


「お父さん、折角だから買ってあげれば良いんじゃないかな?優香、私とはサイズが違うから、おさがりあげられないし」


「香織は優しいなあ」


姉の言葉に、父親と母親は目尻を下げる。


まあ、確かにサイズが全然違うからありがたい申し出だ。……少し毒を吐かれたような気もするが、ありがたいことには変わりがない。

とりあえず、服を手に入れることができる。


家族が別の話題を話し始めていた。


けれども私はそれに参加することなく、別のことに興味が向いていた。


……ご飯が、美味しくないということに。


懐かしい味だな、と思う。

母親は料理上手で近所でも有名だから、決して料理に失敗したという訳でもない。


単に、私の味覚が合わないのだ。

……何だろう、この無理やりとって付けた感じの味は。

化合物の匂いが私の舌を刺激して、噛みしめるごとに辛くなる。


向こうは確かにこっちよりも文化のレベルは遅れていたが、自然豊かだったからな。

多分、素材の問題だろう。


それにしても、本当に困った。


食べれば食べるほど気になって、食欲が失せる。

残すのは勿体無い……けれども、食べ物を食べている気がしないのだ。


「……ご馳走様でした」


私は半ばで、箸を止めた。


「もう良いの?」


母親の問いかけに、私は頷く。


「優香、まさかダイエット?急に痩せようとすると、身体に悪いよ」


「違うの……食欲が何だか湧かなくて」


「やだ、風邪かしら。うつさないように、部屋で休んでなさい」


「はい」


家族が食事を続けている最中、部屋へと戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る