V. Independence From Parents

12. Serious Persons Make A Loss

 信頼とは、人や物を高く評価して任せられる気持ちを指す。どういう人間を高く評価するかは人それぞれかもしれない。ただし1つの信頼できる要因として、常に何事にも誠実で真面目な性格というのは、多くの人間が信頼できる人の特徴と言えるだろう。何事にも適当で不真面目というのは、誰もが信頼に値しないと言っても過言ではない。

 しかし俺個人の自論としては、真面目過ぎる人は損をすると思っている。信頼に応えられる人間は、常に周囲の期待に応えていかないといけないが、壁に当たった時の反動が大きい。人は誰でも失敗するし、いつかは壁にぶつかるはずだ。その時自分にプレッシャーをかけ過ぎていたり、キッチリしようとし過ぎるが故に出来てない事がある人間が壁にぶつかると、真面目であるが故に自己嫌悪になる事がある。適度な自己嫌悪は向上心に繋がるので悪い事ではないけれど、強すぎる自己嫌悪は時に大きな精神崩壊に繋がる。だから俺は真面目さのバランス、息継ぎが必要だと思う。キッチリ出来るところはキッチリやり、出来ない事は無理をせずやれる事だけをやる。時にはその場から一旦離れる事だって必要だ。人は出来る事に限界があるのだから。



 俺は今、自分の部屋のベットの上でうつ伏せに寝ている。目は覚めてもベットから出たくない。石子君の件が終わって自己嫌悪になっていた昨日、Eruptionsのライブを観て少し気が紛れた。家に帰ってから疲れをどっと感じて、早く寝ていた。……身体が重い。

 頭の上に置いてあるデジタル時計を見る。石子君の件が終わった次の日の土曜日、午前9時半だ。4月最後の土曜日で世間はゴールデンウィークだ。

 この1ヶ月は俺にとって、まさに激動の1ヶ月だった。千歩ちゃんの件に綾乃先輩の件、そして石子君の件と、1ヶ月間でのBECの活動は3つに上る。綾乃先輩の件はいじめではなかったにしても、土日も含めてBECの活動をする事になるとは想定外だった。


『ガチャ!』

「レンにい! 朝だよ! ゴールデンウィークだよ! 出かけようよ!」


 いつものようにノックをせず兄部屋のドアを開けて、ヘアバンドでおでこを出した黒髪ショートカットの騒がしい妹が入ってきた。即座にカーテンを開けて、寝ている俺の顔に太陽の光を当てた。


「……眩しい。年頃の男子の部屋なんだからノックしろよ。疲れてるからもう少し寝たい」

「そんなんじゃだめだよ! 今日の占いがサラに外に出ろって言うんだもん! 人は自分から動かないと何も変わらないんだよ!」


 この占い好きの女子――占いで言われた事をそのまま俺に伝えるのは東雲さら。中学2年で子供らしさと大人らしさを併せ持つ、東雲家の将来有望なムードメーカーだ。


「俺の運勢はそう言ってないだろ。1人で行けよ」

「レン兄は分かってないなぁ。人は外に出る理由がなければ出て行けないのだよ? 遊べる時に遊ばないと! ねぇ、行こうよ~♡」


 掛け布団の上から俺の肩を掴んで揺らすなよ。寝たかったけど、二度寝できないくらいに妹が騒がしい。だが、俺が簡単に行くと思うなよ。


「眠いから断る。俺は寝るから忙しい」


 するともう1人、黒髪でちょいロン毛の兄が家の1階にある俺の部屋に騒がしく入って来た。


「なぜだレン? 可愛い妹の願いは聞いてあげるべきだ!」


 堅苦しい喋り方は東雲がく。俺が捻くれた原因になった、真面目過ぎる兄貴だ。


「いや兄貴、俺はBECの活動で疲れてて――」

「いいもん! 分かったよぅー、サラと出かけても楽しくないもんね」


 うわぁ、俺の妹がわざとらしくショボンとしてる。捻くれ次男の天の邪鬼を計算してやっている。


「レン。妹にこんな事言わせたままで良いのかい?」

「……あぁもう、分かったよ! 分かったけど寝たい! 午後からで良いだろ!」

「うん、良いよ♡ 待ってるね。ガク兄もありがとね!」


 俺の妹あざと過ぎ。色んな意味で将来が心配だ。



―*―*―*―


 俺の天の邪鬼の原因――兄の東雲学。兄貴も諏訪園高校出身で、現在は有名国立大学の3年生だ。中学、高校と生徒会長というのは煌士とキャラが被る(煌士はまだ諏訪高の生徒会長ではない)が、決定的な違いは日頃の真面目さだ。

 普段の煌士は良い意味で肩の力が抜けていて無理な事は絶対しない。その分大事な学校行事であったり、学校で問題が起きた時の取り組む姿勢の良さがずば抜けていて、メリハリが利いている。

 そんな煌士に対し、兄貴は全てにおいて全力で手を抜かず、絶対に妥協しないタイプの生徒会長だった。小学校の頃の俺はそんなガク兄に憧れて、兄貴みたいになりたいとも思っていた。しかし、兄の真似が出来ないと分かった俺は捻くれた。何事にも真面目で全力というのは聞こえは良いが、通常の人間ではとても難しい事なんだと当時はまだ小学生の俺は知ってしまった。そんな俺をよそにガク兄は常に物事の大小も関係なく、できる事から全力でやっていた。――4年前、大きな挫折を味わうまでは。



 二度寝してから起きたのが12時15分頃。俺は家の階段を下りて、昼ご飯のトマトの匂いのするリビングに入って挨拶をした。


「……こんちは」

「あらレン。こんにちは。学生は良いわね~。朝寝てても良いものね」


 エプロンをした母さんが皮肉気味の台詞を、いつもの温かい笑顔で悪気なく言ってきた。四角いダイニングテーブルの1番上座に座っている父さんも、経済新聞を折りながら俺に言ってきた。


「レン。もうこんにちはの時間だぞ。早起きは三文の得だ。お前はサラが起こしに行ってから約3時間を無駄にして浅い睡眠を選択した。その間に出来た事がある――なーんて、言ったりしてな!」


 茶目っ気のあるコメントをする父は、財務省に努めている公務員だ。と言うと、お堅い家柄と思われるかもしれないが、基本的にウチの家は放任主義だ。それは父さん曰く『親の言う通りにして公務員になったが、あまり遊んでこれなかった事を後悔している』らしく、『お前らは自由に生きろ。ただし、勉強だけは手を抜くな』とよく言っている。


「正論ですよ父さん。僕はレンが寝てる間、エントリーシートを10枚書きました」

「レン兄、『えんとりーしーと』って何? ガク兄がなんかの大会にでもエントリーするの?」

「いや、俺も知らない」


 俺に続いて兄妹もダイニングテーブルの椅子に座った。ガク兄って大会に出るサークルとかやってたっけ?


「就職活動で、企業に出す志願書兼履歴書ってところかしらね。就活は1つの企業の定員が少ないけど、たくさん企業があるからそれぞれに提出しないといけないのよ。……はいお父さん♡ お待ちどうさま」

「おう、いつもありがとな」

「わーい! ミートソースだ♡ サラも運ぶー」


 サラも手伝う中、母さんが俺の前に味噌汁が入ったお椀を置いた。


「レン。悪いけど、朝ごはんのお味噌汁片づけたいから飲んでね?」

「……うん」


 寝てた俺が悪いから仕方ない。……でも、パスタと味噌汁ってどうなんだ?


「揃ったわね。じゃ、お父さん」

「うむ、いただきます」

『いただきます』


 父さんに続いて4人で声を合わせて合掌した。ルールは厳しくない家だけど、ご飯を食べる時は何となくみんな揃う。……今日みたいに寝坊して、朝ごはんに参加しない奴もたまにいるけど。


「うーん♡ 美味しー」


 そういえばサラにどこへ行くか聞いてなかったな。俺は食べるサラに質問した。


「サラ。この後どこ行くんだ?」

「うーんとね。買いたい夏服があるから横浜行きたいなー♡ 電車だけど良いよね?」


 嫌だって言っても行くんだろ? 疲れてるのに遠出かぁ……。



―*―*―*―*―*―


 ゲーセン、ボーリング、カラオケ、買い物。遊びでこんなに疲れたのは何か月ぶりだろう。昨日の自己嫌悪があったから、俺もそれなりに気分転換になったけど。夕日のオレンジの光を正面から浴びながら、妹が買った荷物を全部俺が持って歩いて帰っていると、妹が今日1番真面目なトーンで話してきた。


「……レン兄。昨日元気なかったけど平気? 元気出た?」


 本当にこの妹は。優秀過ぎて将来が心配だ。


「俺の事は気にしなくていい」

「えー! なんでなんで? 母さんだって心配してたよ?」

「高校生には色々あるんだよ」

「むぅ、子ども扱い……」


 いや、俺もお前も子どもだろ。サラはほっぺたを膨らましてしかめっ面をする、ベタなリアクションをした。


「色々あったけど昨日は美月のライブ見たし、今日はサラと出かけて元気出たよ。ありがとう」

「えへへ、良かった――って、美月さんのライブあったの? 良いな~! サラもあと1歳早く生まれてたら、ライブ観る為に来年諏訪高受験するんだけどな~」

「ライブ目的かよ。サラの頭なら問題ないと思うけど、来年入学しても美月は3年生で大学受験があるから、あんまりライブできないだろ」

「レン兄何言ってんの? そういう固定概念を壊していくのが美月さんじゃん!」


 確かに美月ならやりかねない。むしろ余計ライブに力入りそうだな。


「大学受験かぁ……レン兄頑張ってね?」

「……そうだな。サラも来年だろ? 高校受験頑張れよ」

「うん……」


 恐らく俺とサラは同じ事を考えている。4年前にガク兄が人生最大の挫折、1年間浪人をした時の事だ。話のテンポが悪くなるのも無理はない。


「サラはあの時のガク兄、見てられなかった。あんなに真面目で全力なガク兄が毎日部屋で泣いてるなんて」

「……ああ、俺も辛かった」


 負の感情と無縁な兄貴があんなになるとは思わなかった。当人だけでなく俺達兄妹にとっても、兄貴の浪人は色んな影響を与えた。真面目で全力というだけでは成功しない事があるというのは、当時中学2年と小学5年の兄妹が受け止めるには大きすぎる現実だった。

 そして俺は、真面目過ぎる人間は損をすると確信した。元々兄貴の様にはなれないと捻くれていたのに加えて、『真面目に全力を尽くしても失敗をするのだから、誰もしてない事をしたい』と思う様になった。そして今も、その精神は変わらない。そういう考え方になって良かったとさえ思う。誰にでも失敗はあるのだから、せめて自分の納得のいく選択をして失敗できる様にしていきたい。



―*―*―*―*―*―*―……


「おし! テメ―ら全員揃ったな!」

「全員って言っても、BECは3人だけどね」


 5月になってすぐの平日月曜日の放課後。いつものLL教室で、松木戸先輩が突然重大発表があると言い出した。


「さすが綾乃だな。今まで3人だったBECだが、1人追加メンバーが増えるぞ!」

「えええ!」

「何の冗談かしら?」

「オレは冗談言うキャラじゃねーだろ? おーい! 入れ!」


 松木戸先輩の機嫌が良い。メンバーが増えたから無理もないか。


「……どうした? 入って良いぞ!」

『ガラッ』

「ええっ! 美月!」


 新しいメンバーに対し、俺は思わず声を上げてしまった。ポニーテールを白リボンで括った美月が入ってきた。


「どもども~☆ 新倉美月ですっ! よろしくお願いしまーす!」


 ウインクした左目を覆う様に、左手のピースを作って挨拶してきた。


「おう! 頼むぞ!」

「……よろしくね、美月ちゃん」

「はーいっ☆」


 当たり前の様に先輩達へもピースをする幼馴染。


「え、どうした? 何があったんだ? というかBECに入るなら先に言えよ。もしかしてドッキリか!――グワアァぁぁ!」


 いきなり美月得意のみぞおちボディブローをお見舞いされて、俺は声を上げた。


「いってぇ……なんで殴るんだよ!」

「んーっ☆ なんとなくっ!」

「凄いパンチね。護身用に私にも教えて欲しいわ」


 綾乃先輩が名乗り出た。


「いいですよっ☆ まず足はこうで――」

「やめろ新倉! 鬼に金棒どころの騒ぎじゃねーぞ! 鬼に核兵器持たすようなもんだ! 世界が滅びる!」

「誰ガ鬼デスッテ松木戸君?」

「!」


 怖い、怖すぎる! 特に表情。目がヤバい! あの松木戸先輩が言葉を失った。……俺が話題を変えねば。


「そ、それより美月。本当にBECに入るのか? 軽音部は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよレン! メンバーにも許可取ったよ〜☆ 部活と委員会の掛け持ちなんて普通にみんなやってるから平気っ! ライブ前にBECは厳しいかもだけど、それは綾乃先輩も言える事ですもんね?」

「そうね……これがあなたの答えなのね? 頑張って」


 答え? 綾乃先輩の微笑みに、美月は照れる様なリアクションをした。アイドルの笑顔は女子をも魅了する効果があるとは。


「ではでは改めましてっ☆ 不束者ですが、よろしくお願い致しますっ!」


 美月は笑顔で頭を下げた。……できる妹が言った通り、色んな固定概念を壊していくのが美月だな。

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