10. Encounter
次の日。雨が止んで青空が広がった。外には水溜まりが残っている放課後、BECがSOBの撲滅に踏み切った。例のサッカー部3人と石子君以外の2年3組の生徒は、全員LL教室に呼び出された。いじめがある事実と何もしない周りにも問題がある事を、松木戸先輩が指摘する予定になっている。俺は2年3組の教室から出てきた石子君の跡をつけて、帰り道で機を見て話しかける事になった。被害者本人にもいじめに立ち向かわせる重要さを知らせないと、また同じ事が起きてしまうからだ。綾乃先輩はその間、サッカー部の3人をマークしている。
「石子進太君だよね? 俺は2年2組の東雲練って言います。少し時間良いかな?」
徐々に同じ道を帰る生徒が減ってきた所を見計らって、俺は石子君に話しかけた。周りは一軒家やアパートが立ち並ぶ住宅街。道路と歩道の間にはガードレールがある。
「何か用? あの金髪のパシリ?」
俺がBECというのはバレているらしい。そういえば、石子君が口を開くのを見るのは初めてだ。1言目からパンチが効いている。
「金髪って松木戸先輩の事? 俺がBECって知ってるの?」
「あの人しつこすぎ。何か上から目線でムカつくし。来なくなった今になって君が話しかけてきたから、何となくBECだと思った。後輩に押し付けたんだね」
「……」
俺が石子君の意外なキャラに驚いていると、更に提案された。
「ここ通り道だし、場所変えて良い? 近くに公園あるからさ」
「……分かった」
―*―
近くの小さい公園に着いた。遊具はブランコと滑り台があり、ベンチが2つある。幼稚園の格好をした2人の男の子と女の子が2つあるブランコにそれぞれ乗って遊んでいて、そのすぐ近くで2人の母親が世間話をしている。中央の水飲み場近くには鳩が1匹うろうろしている。この公園の周りは木で覆われていて、子供の声も周りの住宅には比較的響かない構造だ。俺と石子君は木の陰になっている方のベンチに座って、スクールバッグを置いた。すると石子君が切り出した。
「あの金髪に聞いたと思うけど、僕はゴミ3人組の相手をするつもりはない。受験に向けて勉強しないといけないのに、無駄な時間を使いたくないんだ。だから、もう放っておいてほしい」
「放っておいてほしいなら、あの3人にそう伝えれば良いんじゃないか? 何で反論しないの?」
「最初は反論したさ。『暇だなお前ら。他にやる事ないの?』って。その後もゴチャゴチャ言ってきたから、無視してやったらすぐ会話が終わった。こっちが言い返すと揚げ足取ってきて余計長くなるみたいだから、無視してるだけだ」
彼なりに考えた末の行動。でも、それだと何も変わらない。
「それで少しは悪口が減った? 学校で耳栓しないといけないなんておかしい。言うべきところは言わないと何も分からないだろ」
「耳栓……見てたのか。暇だな」
石子君は少し警戒する素振りを見せたが、俺は続けた。
「君は自分が悪くないと思っているかもしれない。確かにそうだ。勝手にあの3人が喚いているだけだから。でも反論せずに沈黙していると、サッカー部の3人も黙認されてると勘違いしてエスカレートする。厳しい言い方をすると、こうやって続いている原因は君にもあると思う」
「僕の何が悪いって言うんだ! くだらないゴミ会話に付き合う義務なんてないだろ! 誰にも迷惑かけてないじゃないか!」
突然立ち上がって出した石子君の大声に、俺達の近くまで来てた鳩が驚いてどこかへ飛んで行った。
「ママ、あのお兄さんどうしたの~?」
「しっ。もう帰るわよ」
「えぇ~」
親子達はそそくさと公園を後にした。俺達が喧嘩してる様に見えたんだろう。石子君は少し恥ずかしそうにベンチに座った。
「石子君。側から見れば、君は誰にも迷惑をかけてない様に映るかもしれない。だけど、周りのクラスメイトは君が一方的に悪口を言われてるのを見て、誰1人として不愉快に思わない事があるだろうか?」
「そんなの知るか! 見たくないなら無視すればいい! 僕みたいに耳栓すればいいじゃないか!」
「だから! 学校で耳栓しなくちゃいけないなんておかしいんだよ! 周りの人間までもが耳栓しなくちゃいけない状況だとしたら迷惑だ!」
俺も声を荒げずにいられなくなった。
「……君も僕を否定するのか? 奴らと変わらないな」
石子君は悲しい顔をして、バッグを持って立ち去ろうとした。その背中に向かって、俺は挑発するように言い放った。
「逃げるのかい? そうやってこれからも人の言う事に耳栓をして、相手に否定され続ける事を選択するのかい?」
ベンチから公園の入り口へ5〜6歩進んだ辺りで石子君は立ち止まって、振り向かないまま答えた。
「じゃあどうしろって言うんだ? 僕が反論したって、余計批判されるだけなんだぞ? そんな事に時間と労力を使えって言うのかい?」
「さっきからそうしろって言ってるだろ。言っても分からない相手かもしれないけど、君が言わなかったらもっと分からない。今君が俺に対して反論する様に、あの3人にもはっきり言ってやれば良いじゃないか? それが周りの為である以前に、君自身のプライドを守る事になる」
――俺らしくないな。本当は口論をするのが嫌いなんだけど、さすがに石子君の他人事みたいな態度には感情をぶつけてしまった。そんな俺に対して横向きに向きを変えて、石子君は言った。
「……もし僕がそう言って、暴力沙汰になったらどうする? 3対1だぞ? 大怪我でもしたら、君が責任を取ってくれるのかい?」
石子君の話すトーンが変わった。その口調は、今までで1番の本音を言った様に聞こえた。あの3人に反論するにあたって、最も石子君が懸念していた事なのかもしれない。
「その為に俺達BECが動いてる。仮に暴力沙汰になっても『反撃しなければ、後々相手の分が悪くなる。身を守る事だけ考えろ』って松木戸先輩は言っている。俺は殴り合いは強くないけど、君の代わりに殴られるくらいの事はする」
「……ふふっ、何それ。代わりに殴られるの? おもしろ」
ここまで無表情だった石子君がクスッと笑った。
「それに今、松木戸先輩は君のクラスメイトをLL教室に集めてる。あの3人以外全員だ」
「はぁ? 何の為に?」
「目的は2つ。黙認する周りの人間も悪いっていう指摘と、あの3人がこのまま続けるなら同じ事するっていう警告を、クラス全員でやりたいって話」
これまで自分の事によそよそしい態度だった彼は、やっとこちらに向き直った。
「もう僕は、クラスに迷惑かけてるのか……。でもどうせ、今まで見過ごしてきた人達が急に協力したりしないだろ?」
「俺もそう思ってたけど、BECの委員長は協力してくれる確信があるらしい。クラス内でいじめがあるのは周りの人間だって良い気分はしないのは確かだしね」
「……委員会とはいえ、どうして君達はそこまでするんだ? 僕は別にこのままでいいって言っているのに。僕が耳栓をして、あの3人も言うだけ言って満足してる方が平和かもしれないんだぞ? 確かにクラスメイトの目に入るのは良くないだろうけど、君達は全くの部外者だから放っておいても関係ないはずだ」
「誰もがいじめを認識した時点で部外者じゃない。同じ学校にいじめがあると知った生徒には関わる義務が発生する。知った人間が否定せずにこのままの状態が続けば、いじめる側が同じ事を他の生徒にする可能性は高い。周りの人間だって『あれくらいは許される』って勘違いして全く別のいじめが起きるかもしれない。知っているのに何もしないのは、意識の有無に関わらずいじめを助長している。それは阻止しないといけない」
これは松木戸先輩が言ってた事だけど。
「僕だけが我慢すれば良いと思っていたけど、違うのか……ちゃんとしないといけないな」
「はっきり言う気になった?」
「……分かったよ! やれば良いんだろ! ホントあのヤンキーしつこいな。なんかあったらあの人に喧嘩させてよね」
「多分してくれるんじゃないかな? あの見た目だからね」
その時、公園の外から聞いた事のある笑い声が聞こえてきた。
「――でさ、あの芸人マジおもろいんだよな」
「いいなー。一言で笑わせるっていいなー」
「あれ? キモオタちゃんじゃね?」
想定外の鉢合わせ。頭の切れそうな奴、チャラい奴、ニヤつく奴のサッカー部3人。松木戸先輩がこの3人に直接コンタクトを取るのは明日の予定になっているのに――と思っていると、俺のスマホへ綾乃先輩からメッセージが届いた。
『奨に連絡済み。こっちに向かってるから、場所は動かず時間を稼いで 綾乃』
……時間を稼ぐって、どうするんだ? 3人をマークしていた綾乃先輩は近くにいるんだろう。
「何アイツ。お友達かなー?」
「彼氏じゃね?」
「あはは! ホモオタちゃんだ!」
石子君は、俺にだけ聴こえる声で話しだした。
「東雲君だっけ? これは金髪の策?」
「いや、想定外だ。こっちに向かってるらしい」
「それだけ聞けたら十分。ムカついたから、君がさっき言ってくれた事を実行するよ」
石子君はとても怒っていた。それがあの3人に対してなのか、松木戸先輩に対してかは見分けがつかなかった。さっき俺と口論した時とは比べ物にならないならない程に激昂した表情を見せ、公園の入り口にいる奴らに向かって行った。
「なんかこっち来た。ウケる」
「――よう、暇人サッカー部トリオ。部活サボって審判に吐く暴言の練習か?」
「ホモオタちゃんが喋った! 人間だったんだ!」
「会話になってないな。日本語が通じないみたいだ。哀れだな」
「なんか今日態度デカくね? 調子乗り出した?」
「お前らのゴミ会話を、今日全部掃除してやろうと思ってさ」
俺と話してた時も思ったけど、石子君は結構口が立つ。もっと早くからはっきり言ってやれば、こんな深刻な問題にならなかったかもしれない。
「彼氏の前でそんな事言っちゃってー」
「それがゴミだって言ってんだよ! 僕の事はともかく、知り合ってばかりの人をホモ呼ばわりすんな!」
石子君が今怒ってる原因は、俺への悪口のせいかもしれない。今まで彼が反論してない理由も『周りに迷惑かけてない』事だった。だけど今回、松木戸先輩がクラスメイトを集めている事実や俺が悪口の対象になった事が、石子君を動かしている様に見える。石子君の本質は、周りへの影響を考える優しい人間なんだ。
「てかよ、そろそろウザくね? 何なの?」
「おい。そこの彼氏。なんか言ったのか?」
頭の切れそうな奴が俺を指差しながら言ってきた。俺もしっかり否定してやるとしよう。
「彼氏じゃないけど、なんか言ったらいけないのか? どうでも良いけど、ちゃんと石子君と会話しろよ。さっきから聞いてると、自分達が都合の悪い事は聞き流してんだろ?」
「何だコイツ! 何様だよ?」
「いや、お前らこそ何様だよ。同じ高校2年同士、何言ったって良いだろ? サッカー部の補欠ってそんなに偉いのか? 他人に悪口言う前に、自分達のデカい態度を直せよ」
小学校の頃からの俺の持論――サッカーやってる奴は、下手であるほど無駄に態度がデカい。
「サッカー部相手にお前ら喧嘩したいの? 3対2なの分かってる?」
「ちゃんと会話しろって言ってる意味すら、まだ分からないみたいだな? 退学したいなら殴れば良い。今時暴力事件起こしてそのまま学校にいれると思うならな」
ニヤつく金髪が俺に殴りかかろうとしていたが、1番頭が切れそうな黒髪が制止した。
「お前にも石子と同じ目に合わせてやる。誰だか知らないが、立場分かってんのか?」
同級生として残念だ。こんな事を言う奴らには、痛い目に合わせた方が今後の為になるかもしれない。
「俺はそういう会話がしたいんじゃない。同じ目に合わせるとか、誰かをいじめるとか、そんな事してる暇があるのか? サッカー部だったらレギュラー目指すとか、やる事があるはずだ。どうして石子君をそっとしてやれないんだよ?」
「はぁ? 何言ってんだよコイツ」
「お巡りさーん! ここですよー!」
チャラい茶髪がそう言うと、俺達は2年3組の面々と松木戸先輩が近づいて来ている事に気が付いた。
「なんか大勢来たけど何?」
「あれ? 3組じゃね?」
……ダメだこいつら。ここまで会話にならない奴らには、俺達が数的不利の中でただ否定するだけじゃ意味がない事を身を以て知った。まあ、石子君と俺で言うべき事は言った訳だし、時間稼ぎが目的だったから問題はないけど。
「喧嘩楽しんでるか? 東雲」
「楽しめる訳ないだろ。遅いですよ先輩」
先輩の要らない一言に、俺は一瞬タメ口になった。喧嘩をやる側となると色々と神経を使って疲れる。気付けば松木戸先輩が2年3組の生徒ほとんどを引き連れてきた。……何を言ったらこんな人数の同意を得られるんだ?
「諏訪園高校3年。BEC委員長の松木戸奨だ。いじめを撲滅しに来た」
「このヤンキー知ってる! 生徒会選挙の時の!」
「チクりやがったな?」
「内輪だけの会話をやめろ。目の前の現実から逃げてんじゃねー。1人ずつ個室で面談してやろうか? 誰かがチクる以前に、オレはかなり前からテメーらがやってる事を知ってた。あんなあからさまないじめしてて、周りが気付かねーと思うのか?」
松木戸先輩が連れてきたクラスメイト達も、3人を厳しい目で見ている。
「何が言いたいんだよ?」
「この状況見りゃすぐ分かるだろ? クラスの誰1人として、テメーらが石子にしてる言動を認めてねー。これ以上続けんのなら、クラスで結束してテメーらに同じ事をする。これは警告だ。そーだな? 2年3組学級委員」
松木戸先輩の隣にいた赤ネクタイの男子生徒が口を開いた。
「はい。これ以上君達を見過ごせない。だけど、今すぐ止めてくれれば何もせずに済む」
「はあ? キモイ奴に悪口言うなんてみんなやってるじゃん! なんで俺らだけ言われなきゃいけねぇの?」
「そうだそうだ! 不公平だ!」
「――黙れ!!」
松木戸先輩が一喝すると、この場にいる全員がビクッとした。3人に対して焦点のしっかりした大声だった。
「……『みんなやってる』だと? テメーら3人がやっている事が? 確かに人は悪口を言うが、3人で1人の人間を寄って集って全否定する事が、みんなやってるとか勘違いしてんじゃねーだろーな? そんな訳ねーんだよ!」
3人に対して松木戸先輩が正論を振りかざして叱咤すると、この場にいる誰もが声を出す事を許されない様な空気になった。この場の支配者に、俺も含めた誰もが完全に圧倒されている。
俺は1つ大事な事に気が付いた。さっき3対2で話していた時のコイツらは全く聞く耳を持っていなかったのに、今は松木戸先輩の話を聞いている。――恐らく3人が俺達を見下していたのが原因だ。見下した相手が何を言っても返す必要がないんだ。こうして数的優位を作ったり、松木戸先輩の様な見下しづらい相手なら無視は出来ない。いじめられる側がただ闇雲に反論するのもリスクがあると感じた。
「テメーらは石子に絡む時どんな気持ちでいる? その気持ちこそがいじめの元凶だ。『キモい奴を否定する自分が正しい』とか、『キモイ行動しててウケる』とか、そんなくだらねー気持ちなんだろ? そんな自己中心的に満足してるから、否定される側の気持ちなんて考えずにそんな事が言えんだよな? ちげーなら反論してみろ」
「……」
3人は言葉が出ない様子だった。それくらい松木戸先輩の指摘している事が当たっているんだろう。
「そもそも『キモい』ってなんだ? 気持ちが悪いって意味か? それとも普通じゃねーって事か? 相手の気持ちを考えねーで、ヘラヘラ相手を
ここで俺? ええっと――。
「そうですね。普通じゃない事を勝手に笑う人がいるなら、俺は『一生そのまま平凡でいろよ』って思います。世界の人口は70億以上いるので、70億以上の性格があるのは当たり前です。その違いに対して意味もなく否定して、自分で勝手に決めた普通を押し付けるっていうのは、人間そのものを否定してる様で愚かですね。人間失格です」
「だよな? 否定されるべきはテメーら3人の石子に対する気持ちを含めた言動だ。許されるべきじゃねーんだよ! だから警告してやる。――警告だけにしといてやる。イエローカードだ。これ以上続けんなら全員で同じ事をする。教頭も把握してっから、場合によっちゃ退学してもらう」
言われた3人を見ると、さすがにこの状況では反省している様子だ。ずっとニヤついていた奴でさえ、表情は暗くなっていた。そんな中、1番頭が切れそうな黒髪が口を開いた。
「……分かった。もう石子にはくだらない事で絡まない。それで良いか?」
「ああん? 『それで良いですか?』だろーが! 最近のサッカー部は礼儀がなってねーよーだな!」
松木戸先輩はカチンときた様に答えた。
「石子にはくだらない事で絡みません。それで良いですか?」
「良くねーよ! 言う相手がちげーだろ! それに1人しか喋ってねーけど、他の2人はどーなんだ? けじめつけやがれよコラァ!」
「……」
俺は初めてヤンキーらしい松木戸先輩を見た。松木戸先輩の怒りのボルテージが上がりきると、反省し始めた3人は顔を見合わせた。よく見るとチャラい奴は号泣していた。少し間があった後、感極まったチャラいのが石子君とクラスメイトに向かっていきなり土下座しだした。
「石子! 俺達が悪かった! 石子の気持ち考えたら、涙止まんなくなってよ……俺! 今まで何にも考えねぇで本当ごめん! 謝って済む事じゃないかもしれねぇけど、もう絶対しねぇから!」
このチャラ男は共感性が強いらしい。さすがに公園の土の上で土下座はやりすぎのような気がしたが、続いて他の2人も並んで土下座した。頭の切れそうな奴、ニヤつきが止まった金髪が次々と口を開いた。
「もうくだらない事で絡まない。石子も、クラスのみんなも、今まで本当に申し訳ない。今後こういう事が無い様にします」
「石子は辛かったよな? みんなも嫌だったよな? ゴメン!……もうしないから許してくれ! 頼む! この通りだ!」
「……3人とも謝ってるが、どーする? まだ足りねーと思う奴はいるか!」
『……』
松木戸先輩の呼びかけに何人かが首を振った。さすがに誰も土下座以上の事を要求しなかった。
「石子もいーか?」
「……はい」
「本当に大丈夫か? 言いたい事があるなら今の内に言っとけ」
3人の不安な顔、クラスメイト全員の視線が石子君に向いている。
「……もう無駄な絡みをしないなら、僕はそれでいいです」
「だとよ、テメーら。石子に感謝しろよ?」
「すまない。石子」
「石子~! ありがとう~!」
号泣するチャラいサッカー部が石子君に抱きついた。
「分かった! 分かったから、くっつくな! 早速無駄な絡みするのやめろよ!」
「あ、ゴメン! ゴメンな~」
『あははは!』
謝るチャラ男を、石子君が鬱陶しそうに引き剥がす姿はクラスメイトの笑いを誘った。ただし他2人のサッカー部は本当に反省している様子で、笑っていなかった。
「3人とも、今回の件は忘れんじゃねーぞ? クラス全員もだ! これで解散する!」
松木戸先輩が解散を宣言したが、石子君の周りにはサッカー部3人を含めて自然に輪ができていた。俺は先輩2人に声を掛けた。
「松木戸先輩、綾乃先輩、お疲れ様でした」
「おう、お疲れ。想定外な事もあったが、とりあえず一件落着だな。東雲はこのあと用があるんだっけか?」
「はい。美月がライブやるみたいなんで学校に戻ります」
「練君お疲れ様。本当に疲れているみたいだけど、大丈夫?」
「……平気です。ありがとうございます」
結局、俺は石子君の力になれたんだろうか? 時間稼ぎとはいえ、俺と石子君であの3人を改心させる事は少しも出来なかった。石子君に反論しろとか偉そうなこと言って、リスクを負わしてしまった。松木戸先輩がいなければ解決なんて出来なかった。俺はこんな甘さで、今後もいじめを撲滅できるのか? 自己嫌悪になってきた……。
「――ありがとう東雲君。おかげで耳栓しなくて済みそうだ」
2年3組の面々が帰る中、石子君が俺に話しかけてきた。その後ろには、まだ話し足りなそうなクラスメイトがいた。
「……いや、俺は大したことしてない。お礼なら松木戸先輩に言った方が――」
「まず君に言いたい。東雲君のおかげで1歩踏み出せた。初めからBECが解決する結末は決まっていたのに、僕に反論する重要さを教えてくれた。本当にありがとう」
「本当に、俺は石子君の力になれたのか?」
「何言ってるんだよ! なれたって言ってるだろ! 他のBECの方もご迷惑をお掛けしました。ありがとうございました」
「おう! 今度からはちゃんと否定しろよ」
「どういたしまして。頑張ってね?」
「は、はい! ありがとうございました! では、予備校があるので失礼します!」
石子君はそう言って笑顔で帰って行った。その姿を見た俺は、少し救われた気分になった。
人が生きる上で、誰かに否定される筋合いはない。個人の存在を無闇やたらに否定する行為こそ、常に否定され続けるべきだ。いじめを認識していても何も言わない世界があるなら、その世界は狂っている。否定に対しての沈黙は肯定を意味し、いじめる側も気付かずエスカレートしていく。だからこそ、間違った否定を続ける存在を排除する環境作りは、集団生活において必須だ。当事者やいじめに近い人間が声を上げるのはもちろんの事、関わる人間全員で間違いを指摘し合える環境でなくてはならない。
もしいじめを目撃した人がいるなら、数的優位を作って何か行動をしてほしい。危険を伴うから身の安全には十分気を付けなくちゃいけないけど、放っておくことの方が後々更に危険だと知っていてほしい。いじめに部外者は存在しないのだから。
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