AC2. In The KAWAKAMI CAFE

8. What's Your Happiness?

 綾乃先輩が無事に登校できた次の日の放課後。火曜日の夕方6時半頃、俺と美月、晃士の3人で川上千歩ちゃん家の店『KAWAKAMIカワカミ CAFEカフェ』に来ている。


 外から大きい窓ガラスを通して見える建物の中はざっと見て20席くらいある。レンガのような内装と外装で、洋風のおしゃれなお店だ。店の外にも丸テーブルが3つあり、俺達3人は制服のまま木の影になった席に座っている。


 そこへ色んな部分がフリフリしたメイドっぽい服装の千歩ちゃんが、パフェを3つ運んできた。彼女はあれ以来、眼鏡はしていない。


「お待たせしました。イチゴチョコパフェ、メロンソーダパフェ、コーヒーフロートパフェです」

「ありがと~☆ ではでは皆様っ! 千歩ちゃんが元気になった事を祝しましてカンパーイ!」

「乾杯だって、レン」

「乾……杯?」

『チン』


 俺たちはそれぞれ注文したパフェで、キョトンとしながら乾杯させられた。今日の美月の髪型は1つお団子ヘアだ。


「……美月先輩、声に出されると恥ずかしいです」


 周りの目を気にした千歩ちゃんは顔を赤らめた。メイドっぽい服も恥ずかしそうだ。


「ごめん千歩ちゃん! 千歩ちゃんの元気なメイド姿見たらつい嬉しくなっちゃってっ☆」

「……いえ、こちらこそすみません。えと……そちらの方は?」


 千歩ちゃんの話すリズムが悪い理由が分かった。


「そういえば、千歩ちゃんは初対面だよね? コイツは中学から俺達と同じ学校の野ノ宮煌士」

「よろしく川上さん。この前のライブでフルート吹いてた子だね?」

「はい……よろしくお願いします」

「千歩ちゃんっ☆ 煌士は次の生徒会長だから、胡麻を擂っといて損はないよ~」


 手で胡麻を擂る仕草をしながら美月は言った。


「胡麻を擂られても何も出ないよ? それに僕が生徒会長になれるかは、選挙があるからまだ分かんないからね」

「選挙ですか……凄いですね。私はこうやって人前に出るのがやっとなのに。……あ、アイス溶けちゃうんで召し上がって下さい」

「はーい☆ いただきまーす!」

「いただきま――」

「うまっっ☆ 美味しいよ千歩ちゃん!」


 リアクション早ぇよ。


「ふふっ。美月先輩の幸せそうな顔が見れて、私も嬉しいです」


 本当幸せそうに食うよな。俺が頼んだコーヒーフロートパフェも確かに美味い。


「千歩ちゃん、本当に明るくなったよね。もうずっとコンタクトしてるの?」

「そうなんです。クラスの話しかけてくれた友達にも、『絶対今の方が可愛い!』って言ってくれてるので」

「そっかっ☆ 順調そうだね?」

「はい! クラスでも、吹奏楽部でも友達が出来ました! 先輩方にも良くしてもらってます」

「俺は松木戸先輩が『ライブやるぞ』って言い出した時はどうなるかと思ったけど、良かったね」

「そうそうっ☆ レンは出る訳じゃないくせにアワアワしてたよね?」

「別にアワアワしたって良いだろ? 『作詞しろ』っていきなり言われたんだから」

「え、あの新曲ってレンが作詞したの!」


 煌士が驚いていた。


「そうだよ。しかも美月に、『すぐに練習したいから2日で書いて』って急かされながらな」

「すみません東雲先輩、私も無理を言って。でも、とっても良い歌詞でしたよ!」

「ありがとう千歩ちゃん。苦労した甲斐があったよ」


 大変だったけど、目的を果たせたから良かった。


「すみません。お客さん来たみたいなので店内に戻ります。皆さんごゆっくり」

「は~いっ☆」


 一礼した後輩に対し、3人で手を振った。美月は両手を振った。千歩ちゃんは駆け足で注文を受けに行った。


「千歩ちゃんね、ライブ前はうまく接客できなかったらしいけど、できるようになったんだって☆」


 注文受けをする姿を見ながら美月は言った。


「本当に変わったよな。松木戸先輩を見て泣いてたのが嘘みたいだ」

「レンそれ、まるでナマハゲ見た子供みたいだね?」

「ホントだっ☆ あの人ナマハゲだ! 中の人じゃないの?」


 2人してナマハゲとか言うなよ。……確かに『悪い子はいねーか?』って感じで全校生徒を把握してるけど。


「それよりレンが書いた歌詞! 僕はEruptionsらしくないけど、今までの曲とギャップあって良いなって思ってたんだ! やっぱり根は真っ直ぐな奴だよね?」

「違う。俺は空気の読める天の邪鬼なんだよ。ライブの練習始めた千歩ちゃんを見て、感じた事をそのまま書いただけだ」

「お、なんかプロっぽいな! リアリティがあったから良かったのかもね? 美月、またお願いしたらどうかな?」

「う~ん…………調子に乗るなよ小僧!」

「誰だよ! 乗ってないだろ!」


 乗りかけてたけど。


「人々は日々進化する生き物! 満足したらそれまでだ! 他の者がすぐそこまで迫っておるぞ! 日々、精進するように!」

「煌士。どう返せば正解なんだ? 普通に突っ込んだ方が良いのか?」

「正しい事言われてるから、ここはただ乗っかれば良いんじゃない?」


 乗っかるとしても相手は何者なんだ? 仙人か師匠かも分からない。美月のボケはたまに難しいんだよな。


「――あれ? 練君かしら?」


 オープンテラス前の歩道に、洋服店の紙袋を持った制服姿の綾乃先輩が通りかかった。……本当にこの人は、何を持ってても絵になるな。


「綾乃先輩、お疲れ様です」

「お疲れ様。邪魔してごめんなさい。また明日ね」


 綾乃先輩は軽く会釈をしてそのまま立ち去った。


「和泉……綾乃さんじゃん! ユニ×ユニの! 諏訪高来てたんだ!」


 煌士は小声で叫ぶように言った。


「なになにっ? メッチャ綺麗な人だったけど有名人?」

「アイドル戦国時代って言われる今において、人気アイドルグループユニ×ユニのナンバー3だよ」


 煌士の学力は学年トップだが、それ以外にも色んな事を知っている。アイドルにも詳しいのは驚きだけど。


「レン。君の事名前で呼んでたけど、どんな関係?」

「……」


 困った。前に綾乃先輩は、BECに入った理由を『魔除け』って言っていた。俺がもし誰かに『BECの一員』って答えてしまうと綾乃先輩に迷惑をかけてしまうかもしれない。――でも、親友に嘘はつけない。しっかり釘を刺すか。


「絶対に誰にも言わないなら言う。嘘はつきたくない。2人を信じて良いなら」

「やっぱり真面目だな! レンは」

「茶化すなら言わない」

「冗談だよ。言う訳ないよね美月?」

「……」

「ん? 美月?」


 煌士が2度呼びかけたが、美月が動きを止めてボーッとしている。俺も声を掛けてみる。


「おーい! どうした? 美月?」

「え! いや、何でもない! 何の話だっけ?」

「和泉先輩の件、誰にも言わないって話だよ」

「言わないよっ!……けど聞きたくも、ないかな? なんてっ」


 何か様子がおかしい。


「大丈夫か? 熱でもあるんじゃ――」

『ペチッ』


 俺は美月のおでこを触ろうとしたが、その手をはたかれた。


「ないないないない! 熱なんてないよっ!……あ~でも調子悪いかも。パフェで冷えたかな~? お金置いとくから払っといて! じゃ!」


 美月は逃げる様に帰って行った。いつもの落ち着きの無さとは違う、取り乱してる感じの落ち着き無さだった。


「……美月、パフェ残してるね。甘い物残すの初めて見たかも」


 俺は1度だけ見た事がある。あの時は確か――。


「まぁ、大丈夫だよね。それより話の続きだけど、レンは和泉先輩とはどんな関係なの? BECにいるってのは知ってるけどさ」

「BECにいる事知ってたのか! さっき知らない口調だったじゃん!」

「聞きたいのはどういう関係かって事。BEC創設メンバーの1人として和泉先輩がいる事は、生徒会みんな知ってるよ」

「……ただの委員会メンバー同士だよ。名前で呼び合ってるのは、綾乃先輩が苗字で呼び合うのが距離があるみたいで嫌だから」

「あぁ、そうなんだ。つまんないなぁ」


 なんでつまんないんだよ。


「もっと面白いエピソードが欲しかったのか?」

「いや、和泉先輩は最近学校来てなかったらしいし、レンが助けたりした事があったのかなと」

「あの人は助けなんて要らないんじゃないか?」


 この前の潜入で、体調悪くてもステージに上がってファンに笑顔を見せる綾乃先輩を俺は見てしまったからな。


「そっか。まぁ、そうかもね」

「綾乃先輩がストイックっていうのは有名なのか?」

「有名だよ。というかユニ×ユニが好きな人は、トップ3が裏で頑張ってるのが好きな人が多いんだよ」


 アイドルは裏側まで評価されるのか。俺もこの前の件を見て応援したい気持ちになったのは事実だけど。


「理想の女性って感じだよね~。和泉綾乃はユニ×ユニの中でもクールビューティって感じでさ、アイドルでは珍しいタイプなんだよね」

「やっぱり、綾乃先輩みたいなアイドルはあんまりいないのか?」

「いる訳ないじゃん! どっちかって言えば美月みたいに、元気で活発な子の方が多いよね」


 やっぱり珍しいのか。てっきり1つのアイドルグループに1人、綾乃先輩みたいに大人っぽい人がいるのかと勘違いするトコだった。


「レンはああいう女性がタイプなの?」

「なんだよ藪から棒に。……素敵な人だとは思うけど、俺なんかじゃ釣り合わないだろ?」

「……そう来るか」


 どう来たんだよ?


「僕はレンの良いところを知ってるから仕方ないか。君が思う君とは主観が違うもんね」


 煌士は時々、こういう風にはっきり言わない事がある。大抵こういう時は、相手を傷付けない様に遠慮している。別に俺みたいな捻くれ親友は、何か言われたところで気にしないんだけど、言われない方が信頼されてないかとか考えそうになる。


「周りくどいな。遠慮しないでハッキリ言ってくれ」

「……親友として言うよ? レンはもっと今の自分をちゃんと評価した方が良い。天の邪鬼ぶって人と違う自分を目指すのは構わないけど、元々ある君の良さから道を逸れてる様にも見える」

「俺は自分自身が嫌いな捻くれ者だからな。周りを見て自分がどうあるべきかは考えてる」

「他人を見て自分を変えられるのは素晴らしい事だ。けど、それは周りに流されない様にしてる割に流されてしまっているというか、結果的には他人基準で自分の道を変えているんじゃないか? 他人に道を譲って、自分を犠牲にしてる様に見えるんだ」

「……」


 煌士は俺を真っ直ぐ見ながら、説教する様なトーンを続けた。


「レンの良さを知っている僕にとって、君がBECに入って本当に嬉しかった。けど、僕らも2年生だ。周りに合わせず、人と違う自分を目指すレンだからこそ、自分の事を過小評価せずに考えて欲しい。それが親友として言いたい事だ」


 助言してくれる気持ちはありがたいけど、大きなお世話だ。


「俺は……1度しかない人生が普通なんてつまらないから、他人と違う事をしたい。煌士は勘違いしてる気がするけど、俺は現状に満足してないだけで自分を過小評価してる訳じゃない。ただ、少しでも自惚れる人間はそれ以上の成長はない。煌士も分かるだろ?」

「分かっているさ。でも自分の事を1番信頼できるのは、他でもない自分自身だ」


 まぁ、そうだろう。他人にどんなに信頼されようと、自分自身が思う以上に信頼される事はない。


「レンは捻くれてる自分を自覚しながら変えようとしないもんね。僕が言ったところで関係ない。それなら1つ聞いても良いかな?」

「何だよ?」

「そもそもレンは、どうして普通を嫌がるの?」

「何度か言ってるだろ。当たり前な事をやってても楽しくない。誰もやってない事をやるから人はもっと夢中になれるし、実現する為に色んな事を考えていけるんだ」

「でも、それは自ら厳しい道を選択している。多くの人がやってる事の方が苦労せずに済むんじゃないか?」

「苦労しないで楽をするくらいなら、俺は苦労したい。普通な事を普通にやってヘラヘラ生きていくなんて御免だ。ちょっとした会話もこれからの進路も、人の倍以上思考錯誤していきたい。そうしていけば、いつか振り返った時の喜びが倍になってるはずだ。新しい事をするっていうのはそういう事だろ?」


 ずっと俺の目を見ていた煌士は突然俯いて、両手で顔を覆った。


「……くくっ……あはは! やっぱりレンはレンだね! 久々に東雲節を聞いたよ!」

「なんだよ、東雲節って」


 煌士の顔から両手が離れると、満面の笑みがこぼれ始めた。


「『挫折を経験した事がない者は、何も新しい事に挑戦したことが無いということだ』。有名な物理者、アインシュタインの言葉だ。君の言ってる事はそういう事だろ?」

「あ、ああ。まぁ」


 煌士って俺と同じ文系だよな? 日常会話でアインシュタインとか普通は出さないだろ。煌士は独り言のように続けた。


「捻くれてるからこそ、見えてるものがある。楽な道は普通でつまらない。普通じゃない道は人の倍苦労するけど喜びも倍……ふふっ、ははは! 本当レンらしいね!」

「なんで笑うんだよ。こっちは本気なんだが」

「ごめんごめん……くくく……ははっ、……あー、お腹痛い。親友として理解しているつもりだったけど、全然違う解釈してた自分がおかしくてさ。レンにとっては当たり前の事を言ってるんだろうけど…………ふふふふふ……」


 煌士は笑いが収まるまで笑いきって、俺に向き直った。


「レンがBECに入って良かった。君はあまり運命とかを信じないかもしれないけど、これは必然だったと言わざるを得ない。捻くれてるけど正義感は強いからね」

「放っとけ。俺はまともな捻くれ者なんだ」


 煌士はそう言うけど、運命とか必然とか人を断定する言葉は嫌いだ。俺は自ら、自分の意志でBECに入った。これがあたかも初めから用意されていた運命だとするなら、俺は出来るだけ避けてやりたい。仕向けた奴の想像を超えてやりたい。誰があのヤンキー先輩のいる委員会に入る俺を想像しただろうか。煌士だって、予測できなかった1人のはずだ。


 もちろん、いじめをなくしたいという気持ちは本当にある。恐らくほとんどの生徒がそう思ってるだろうけど、みんな口だけでどうせ動かない。誰もやりたがらないけれど、必要な事だから俺がやる。――やってやるんだ。煌士の想像なんか軽く超えてやる。その先にあるのが、俺にとっての幸せだ。

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