III. unison × unit

6. In The Rehearsal Room

 『喧嘩するほど仲が良い』――そんな関係は実在するのだろうか? そう問いかけられて『そんな関係なんてない』と考える人がいるかもしれない。もしくは『そういう人が周りにいる』と思う人もいるだろう。


 普通嫌いの俺にとって、他人の喧嘩を見ているのは楽しい。人の不幸が楽しいとか、そんな幼稚な理由ではない。側から見て何故喧嘩をしているのかを即座に察知し、どちらが正しいのか自分なりに考察し、今後の展開はどうなるか予測した上で結果を見届けるのが、俺は好きだ。ただし、殴る喧嘩ではなく口喧嘩に限る。もしこの世に『口喧嘩監察官』という仕事があってお金が稼げるなら、迷わず俺はその職を目指すだろう。


 人は意見をぶつけ合う事で、本音や本質が見え易い。そして最終的に互いの高ぶった気持ちがどう収まるのか? 食い違う意見は平行線を辿るのか、はたまた喧嘩別れをしてしまうのか、もしや喧嘩によって更に仲良くなるのか、緊迫した状況を越えた先に何があるかは当事者でさえ分からない。そんなハラハラドキドキする展開も、他人の口喧嘩を見る醍醐味だ。



 私服を着て人通りの多い道でガードレールに腰を寄り掛けている俺は、ポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認する。始業式から2度目の日曜日、天気の良い午後1時半前。俺は松木戸先輩にこの場所へ呼び出された。……毎週土日に人気アイドルグループが公演を行う、劇場前の通りに。松木戸先輩には『当日のお楽しみだ』とか言われたまま、何故ここに自分が呼ばれたのかは知らされていない。……人通りがかなり多くてガヤガヤしている。人込み嫌いで人見知りの自分にとっては落ち着かない。


 もしかすると松木戸先輩はアイドルの熱烈なファンで、俺をネズミ講の様に取り込もうとしてるのではないか? そんな憶測が頭の中を駆け巡りながらも、先輩の到着を待っている。俺はアイドルに興味がないのに、この場所にいて良いのだろうか? まぁそんな不安になってる自分も含めて、普段味わえない気持ちを体験してるのは楽しくもある。


「東雲練?」


 自分の名を呼ぶ声に少し安心してしまった。


「遅いですよ松木戸先――誰だ!」


 目の前に現れたのは松木戸先輩ではなく、茶色いベレー帽を被って黒いサングラスをかけたいかにも怪しい人だ。


「こっち!」


 その人に強引に手を引っ張られた。上は薄手の黒いロングコートを着て、下はジーンズを履いている。手の小ささや体の細さからして女の子だろうか?――そんな事はどうでもいい。松木戸先輩と待ち合わせをしているのにどこかへ連れてかれそうになっている。この混沌、普通の状況じゃなくてワクワクするが、新手の犯罪かもしれないので俺は拒絶する事にする。


「ちょっと待って! 誰かと間違ってないですか?」


 俺が声をあげて手を振りほどくと、その人は立ち止まった。


「東雲練君よね? 諏訪園高校の」

「えっ? はい……」


 また強引に手を引っ張られながら進み始めた。彼女の後ろを通ると、香水の香りなのか柑橘系の良い匂いがする。


「どうして名前を知ってるんですか?」

たすくから聞いたの。アイツはもう来てるわ」

「たすく?」


 ええっと…………ああ! 松木戸先輩か!


「松木戸先輩と知り合いなんですか?」

「話は後。早く行くわよ」


 先輩の知り合いと聞いて俺の警戒レベルが下がると、劇場横ビルの地下に向かう階段を2人で降りた。手を引く人が開けたドアの先には、既に明かりが点いている部屋があった。


「あれ? トイレかな?」


 女性らしき人がそう言って、俺を招き入れた部屋には誰もいない。ここはダンスや演技の稽古場のみたいな所だろうか? 壁1面を覆うくらい大きい鏡が1つ設置してあり、床の木のフローリングがツヤツヤしている。部屋の角にはこの前Eruptionsのライブで運んだ様な音楽の機材が置いてある。こういう場所に来るのは、俺は産まれて初めてかもしれない。


「とりあえず入って。靴脱いでね? カバンはあっちに置いて良いけど、貴重品は持ってて」

「はぁ……」


 言われたように靴を脱いで、自分のカバンを部屋の端に置いていると、トイレのドアが開いた音がした。


「よー東雲! 着いたか!」


 松木戸先輩の声にホッとする自分がいた。俺は振り向きながら応える。


「どういう事ですか松木戸先――誰だ!」


 トイレから出てきたのは男女どちらでも着れそうな、というより基本女子が着る私服を着た……松木戸先輩だった。上は人気テーマパークのキャラクターがプリントされた黒Tシャツに水色ジーンズ生地のアウター。下はスカートのようなゆったりしたグレー色のパンツを履いていて、少し見える足首から黒いストッキングを履いているのが分かる。先輩にそういう趣味があったとは。


「……もしかして松木戸先輩って、そういうアイドルをやってるんですか?」

「やってねーよ! どんなアイドルだよ!」

「ふふっ、逆に新しいかもね」


 俺をココに連れてきた人は帽子とサングラスを取った。……とても美人で整った面持ちに、大人の風格を持った女性。身長は俺の170cmよりは少し低い約167cm程で、スラッとしたモデルの様な体型。帽子の中に隠れていた腰くらいまで長いストレートの黒髪は、しっかり手入れされているのかツヤツヤしている。


「申し遅れました、和泉いずみ綾乃あやのです。諏訪園高校3年1組です。よろしくお願いします」


 不覚。綺麗すぎる笑顔に俺はドキッとした。同じ高校の先輩で1歳しか違わないけど、口調も落ち着いてて大人っぽい。


「よろしくお願いします。諏訪園高校2年2組の東雲練です。BECの一員です」

「奨。練君はどこまで知っているの?」

「まだ何も話してねーな。綾乃から話すべきだって思ってな」


 綺麗すぎる女性と、汚すぎる女装ヤンキー。……なんだこの画は? 相変わらず口調の悪い女装してる姿での松木戸先輩は、ガラの悪い変態だ。しかも顔はノーメイク。趣味なら本気でやれよ。


「呆れた。だから連れて来る時あんな反応だったのね?」

「自分の事は自分で話せ。じゃねーとテメーの為になんねーだろ」

「それよりも、貴方が女装しても無意味な事くらい着替える前に分かるんじゃないかしら?」


 理由があって女装したのだろうか?


「自分で着た事ねー服を後輩に着せて、失敗したら嫌じゃねーか。オレはトイレで着替えるから、東雲に説明しろ」


 後輩に着せる……ちょっと待て。俺か? 俺が着るのか!


「だったら早くしなさい。あまり時間はないわ」


 松木戸先輩は自分の服を持って再びトイレに入った。


「お2人は仲が良いんですか?」

「どうしてそう思うの?」


 綾乃先輩は迷惑そうな反応をした。


「なんとなくです」

「うーん……まぁそうね。腐れ縁って所かしらね」


 高校3年にして腐れ縁たる縁をお持ちとは。


「私がBECのメンバーなのは聞いたわよね?」

「ええっ! そうなんですか?」


 俺は思わず大声が出た。こんな綺麗な3年生がBEC初期メンバーの女子だったとは。


「あのゴミ金髪、そんな事も言ってないの? はぁ、少し長くなるから座りましょうか」


 和泉先輩は溜め息を1つ吐き、パイプイスを2つ持ってきて広げてくれた。……ゴミ金髪って。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 俺はお礼を言ってからイスに腰かけると、先輩も座った。


「ちなみに私ね、アイドルをやっているの」

「やっぱり、そうなんですね」

「気付いてたの?」

「ここに来た流れで。何となくですけど」


 察しがついた1番の理由は、変装を解いた和泉先輩が容姿端麗だった事だ。モデルや女優並みの綺麗さと表現しても過言じゃない。普通の人間が本来すべきリアクションは、目の前にアイドルがいる事に驚く事だと思う。けど、あまり現代のアイドル事情を知らない俺にとって、こんなに綺麗な女性がBECの創設メンバーである事の方が驚きだった。


「『ユニ×ユニゆにゆに』っていうグループで活動してて、テレビに出た事もあるの」


 言われてみると、聞いた事がある名前。


「凄いですね。色んなアイドルグループがあって競争が大変じゃないですか?」

「そうなの。グループ同士もだし、グループ内の内輪揉めもあるわ」


 和泉先輩の表情が暗くなった。……ここはあまり掘り下げない方が良いと察した。


「和泉先輩は、どうしてBECに入ったんですか?」

「綾乃で良いわよ。名字で呼ばれるのは距離があるみたいであまり好きじゃないの」

「えっと……馴れ馴れしくなりますけど、良いんですか?」


 俺は人見知りで、初対面の人に名前で呼ばれるのは嫌なんだけどな。


「良いって言ってるでしょ? 遠慮しないでね」

「……分かりました。じゃ、綾乃先輩で」

「私も練君って呼ぶわね?」

「どうぞ」


 断ろうか迷ったが、今の状況はそうする場面でもない。


「BECに入った1番の理由は、魔除まよけね」

「魔除け? 取り憑かれそうだとか?」

「例えよ。私はアイドルグループに所属してる訳だけど、諏訪園高校の生徒にファンがいるかもしれないでしょ?」

「……確かに面倒ですね」

「BECみたいに、あんなヤンキー擬きのいる委員会に入る人は限られてるでしょ? だから魔除け」


 確かに魔除けになる。ヤンキー過ぎる見た目に、千歩ちゃんが耐えられず泣いて逃げ出したくらいだし。


「アイドルも大変ですね」

「そう見えるかしら? 自分で決めた事だから、大変とは思わないけど?」


 自分で決めた事、か……。


「あまりBECの活動に参加出来てなくてごめんなさい。学校には連絡してあるんだけど、重要な公演が続いていたの」

「平気ですよ。忙しいでしょうから」

「あら、優しいのね?」

「そうですか? 当たり前の事を言ったつもりですけど」


 こんな綺麗な上級生に褒められると、素直に嬉しい俺がいる。


「それで、練君は?」

「え?」

「あんなのといて辛くない?」


 綾乃先輩はトイレの方を見ながら言った。松木戸先輩の事か。


「最初の1週間は互いに探り合って会話がほぼなかったんですけど、話すようになってからは問題ないですね。完全に松木戸先輩の事を理解した訳ではありませんが、いじめを撲滅しようとする気持ちは本物だと思います」

「……そう。それなら良かったわ」


 綾乃先輩は安心した様に微笑んだ。綺麗すぎる笑顔に俺は、反射的に目を逸らした。


「――ったく、時間かかっちまったな。やっぱ女子の服とか着るもんじゃねーな」


 トイレから出てきた松木戸先輩が、男の私服に変わった。上は黒のライダースジャケットに下は黒いジーンズの黒づくめで、バイクに乗りそうなただのヤンキーにしか見えない。


「さっきの服に心があったら、貴方以上にそう思ってるでしょうね」


 だとすれば、相当トラウマになるだろう。


「るっせーな! オレが行けんなら、行こうとしたんだよ!」

「どこに行くつもりだったんですか?」

「アイドルグループのいる所だ。綾乃、自分で話せ」


 そう言って床に直接あぐらをかいて座った松木戸先輩を、綾乃先輩は睨んだ。


「……私のグループには研究生っていうのがいて、今はバックで踊っているけどいつかメンバーに上がる可能性のある子たちがいるの」

「まさか松木戸先輩は女装して、そこに忍び込もうとしたんじゃないですよね?」

「そのまさかよ」


 俺はスマホを取り出して110番通報しようとしたが、松木戸先輩は俺の携帯を掴んで制止した。


「待て東雲! 理由があんだよ!――綾乃! 誤解させるような言い方すんな!」

「あら? 私は事実を言っただけよ。不満があるなら自分で話したらどうなの?」


 何だ? 喧嘩か?


「違ぇーだろ! オレが話したらテメーの意図が伝わんねーかもしれねーし、自分の問題だから自分で話せっつってんだよ!」

「女の子に無理矢理自分の悩みを話せって言うの? どんなに負担な事か分かってる? そんなんだから学校中に敵を作るのよ。大体私は貴方に『助けて』なんて一言も言ってないわ。自分が後輩を巻き込んだのだから、けじめを付けてちゃんと話したらどうなの?」


 松木戸先輩が怒り口調なのにも関わらず、綾乃先輩は凄く冷静に指摘をしている。松木戸先輩と対等に口論できる人がいるとは。


「何だとテメー! 学年変わってから2週間登校してねーから、同級生が助けよーとしてやってんのにその態度か!」

「頼んだ覚えはないし、上から目線で助けてるつもりでいられても嬉しくないわね。いじめを撲滅しようとしてるんだったら、人への心配の仕方から勉強したらどうかしら?」

「んだとコラ! そー言うテメーは人への頼り方を習いやがれ!」

「はっきり言うけれど、貴方の助けは必要ないわ。私とアイドルグループの問題なんだから、諏訪高やBECには関係ないでしょ?」

「……ある」


 松木戸先輩の声のトーンが、急に冷静になった。


「何が『ある』の?」

「綾乃が関わっている以上、諏訪高と関係ある。BECの俺達に解決する義務がある」

「今更カッコつけたって貴方の勝手だけれど、できる事なんて限られてるでしょ?」

「限られてるって分かってたら何もしねーのか? できる事があるならやるだけだろ? やれるのにやんねーのは、ただの現実逃避だ」

「……言いたい事は分かったわ。これ以上後輩君を待たせたくないし、そこまで貴方が勝手に解決したいって思うのなら、自分から話しなさいよ」

「ちっ。頑固な女だな」

「褒めてくれてありがとう。知らなかった? 人に流されないのは私の長所なの。最近のアイドルはブレ過ぎて、自分を見失う子が多いのよ」


 ほとんどのアイドルは人として未熟なんだから、周りに流されても仕方ない気もする。


「もういい。だが、SOBを確認すれば撲滅させてもらう」

「勝手にしなさい。無駄なお節介だって早く気付くと良いわね?――練君、お待たせしてごめんなさい。せっかく来てくれたのに」

「いえ、別に平気ですよ」


 おかげで先輩方の新たな一面が見れた。むしろお礼を言いたいくらいだ。


「貴方も謝ったらどうなの? こんなに後輩を待たせて」

「はぁー? オレは何も悪くねーだろ?」


 綾乃先輩は俺の耳元に小声で言った。


「本当にごめんなさい。あの人謝れないのよ。見た目通りの子供よね」

「……はい」


 多分だけど、松木戸先輩は松木戸先輩で自分が間違ってないと確信してるから謝らないんだろう。


「手短に話すぞ! 綾乃が今、学校に来れねーのは理由がある。アイドルグループユニ×ユニのセンター、西松にしまつかえでが体調不良になった。これからその原因を突き止める」

「すいません。確認ですけど、アイドルのセンターって真ん中で歌う人の事で良いんですよね?」

「そーだが……何で聞いた?」

「いや、あまり詳しくないんで」

「練君。アイドルグループは複数人で歌うから、真ん中で歌えるのは1人にしか与えられない権利なの。センターで歌う子は人気ナンバー1って事なのよ」


 歌う位置ってそんなに大事なのか? 見た目なんかより大事な事がある気がするけど。


「センターの人が体調を崩すのと、綾乃先輩の欠席はどう関係あるんですか?」

「ユニ×ユニは10人グループだが、毎週土日にここの隣にある劇場でライブをしている。そこで全員歌う曲と、5人ずつの派生ユニットに分かれて歌う曲がある。だがメンバーが1人減ったもんだから、片方の補充メンバーに綾乃が選ばれた。そこで今までやってなかった曲を練習する為に学校を休まざるを得なくなった」

「センターが体調不良っていうのは、いじめが関わってるんですか?」

「それが今回の論点だ。まだSOBとは断定してねーが、ある程度の状況証拠は揃ってる」

「状況証拠、ですか?」

「直接的な証拠じゃねーが、間接的に事実を証明できる証拠だ。オレはどうもナンバー2の槙田まきた冴織さおりが怪しーと思っている」

「どうしてですか?」

「自然に考えれば分かる事だ。ナンバー1がいなくなれば、自動的にナンバー2が1番になる。しかも、西松楓がナッツアレルギーと知ってたメンバーは綾乃と槙田冴織だけだった。 楽屋にあった差し入れのロールケーキを食べた後に、倒れて病院に行ったのが先週の週末。それで綾乃が急遽練習する事になった」


 食べ物にナッツを混ぜるのは誰にでもできるかもしれない。……そこまでして真ん中で歌って楽しいのか?


「俺は昔、ナッツアレルギーの人がナッツ系の食べ物を食べると死ぬ事もあると聞きました。何者かが意図してロールケーキに混ぜたのだとしたら、いじめというより殺人事件になるんじゃないですか?」

「そーだ。今回は顔の腫れと少しの吐き気が出た程度で済んだが、人によっては死ぬ事がある程許される行為じゃねー。もしそーなら、一刻も早く解決しねーとダメだ」


 事実なら、BECではなく警察に通報するべきだろう。


「練君? そんな事がある訳無いわよ。あまり惑わされないでね?」


 反論しない俺を見かねてか、綾乃先輩が会話に入った。


「無いっつー根拠はあんのか? SOBを甘く見ると痛い目見るぞ?」

「証拠なんてないけれど、私達アイドルはそんな事を考える程暇じゃないし、に負けてる場合じゃない。アイドルを舐めないでくれるかしら? リスクを冒して無駄足を踏みたいなら、どうぞご自由に」


 さっきから綾乃先輩が発する言葉の格好良さに俺は圧倒されている。……アイドルって、綾乃先輩みたいに人間ができてて凄い人ばかりなのだろうか?


「そうさせてもらうぜ。そんで東雲。テメーに潜入調査をやってもらいてーんだが、どーだ?」

「……女装ですか?」

「そうだ」


 予感が的中した。普通じゃないもの好きの俺を以ってしても、さすがに女装には抵抗がある。……先輩女子が問題を抱えているのを見過ごすのにも、抵抗はあるけど。


「やりたくないです」

「そりゃそーだよな」

「一応聞きますけど、男性スタッフとして潜入する事は出来ないんですか?」

「スタッフに変装するのも考えたんだが、綾乃が言うには顔が全員知れてるみてーだ。見学者としてなら、顔馴染みじゃなくても関係者の紹介で潜り込める」


 先輩なりに色んな手段を考えた上で女装という結論に至ったのだろう。この前煌士が言ってた様に、ちゃんとした理論があるのかもしれない。訊いてみよう。


「俺が女装する、1番の理由は何ですか?」

「そりゃあれだ、オレより童顔でスタイル良いからに決まってるだろ?」

「……」


 ただの消去法だった。


「奨。もういいでしょ? 練君も嫌がってるのだし」

「……残念だな。女装なんて滅多にできねーんだけどな? しかも人助けになる女装なんて、一生あるかねーかの普通じゃねー程のイベントなんだが……恥ずかしーから断んのが普通の人間だよな。仕方ねーか」


 完全に天の邪鬼な俺を挑発している。低レベルな挑発に乗せられるのは癪だが、普通の人間に収められるのはもっと癪に障る。


「分かりました。女装なんて楽勝ですよ! 俺は普通じゃないんで、やってやろうじゃないですか!」

「おっしゃ! それでこそ東雲だ!」

「ええ? 平気なの?」


 綾乃先輩は驚いた表情だった。――まぁ正直、誰かの力になる為に今日ここまで来た訳だし、何もせず帰る気にもならなかった。


「早速取り掛かるぞ。まずはこの服に着替えろ」


 渡されたのは、さっき松木戸先輩が着ていた服だった。

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