4. Eruptions
美月達がLL教室に来てから1週間後の昼休み。俺たちは諏訪高の3階建て校舎の屋上にいる。空は雲ひとつない快晴だ。諏訪高の校舎は中庭を囲う様に四角く立ってる部分がある。長方形の線に例えると長い2本の線の内1本だけ3階建てで、他の3本の線は4階建てになっている。俺達は唯一3階建て部分の屋上にいる。
『お食事中の生徒の皆さまと先生方、こんにちは! 新入生の方々は二度目まして! 軽音楽部の
髪型をストレートにした美月がマイクを使って自己紹介をすると、中庭中に歓声が沸いた。教室の窓を開いて生徒が身を乗り出したり、下の中庭で観える位置に集まった。俺たちが準備しているのに気付いて既に待っていた生徒もいる。……二度目ましてって何だよ。造語発信するの本当に好きだよな。
『教室の窓から観てる人達は、落ちないように気を付けてねっ☆』
向かいの校舎4階の教室には特に生徒が多く集まっていた。そこには3人の『Eruptions親衛隊』という男子生徒達が白シャツの上から赤い法被羽織って赤いハチマキをし、ペンライトを両手に装備して準備万端でいた。
「気遣いありがとー!」
「みつきちはなんて優しいんだ!」
「愛してるよー!」
こちら側の屋上にいるバンド、Eruptionsは軽音楽部2年生女子4人で結成した高校生ロックバンドだ。
ギター&ボーカルの新倉美月。
おっとり癒し系の垂れ目女子で身長は低め、ブレザーとスカートに青いネクタイをしていて、短めの黒髪に白いヘアピンをしているのはベースの
パッチリ目に茶髪巻き髪ロール女子で、ライブの時はいつも薄いピンク色の帽子をかぶり、力強いドラムは男子顔負けのパワー系女子――ドラム&コーラス
高身長のモデル体型でイギリス人の父を持つ、ギター&コーラス担当セレスティア
この4人が屋上の柵から中庭にいる生徒にも観えるように横一列に並んでいる。こうして存在感のあるキャラが4人も並ぶと、美月はまだ普通なんじゃないかと勘違いしそうになる。
『今日はただのゲリラライブじゃないよ~! スペシャルなゲストを紹介しますっ☆』
フルートを持った千歩ちゃんが美月の横に立った。今日はライブ用に眼鏡を外してコンタクトレンズをしている。美月はマイクを向けながらこう言った。
『ほらほらっ、自己紹介お願いしますっ☆』
『か、川上千歩です!……緊張してますが……よろしくお願いします!』
勢いよく千歩ちゃんがお辞儀をすると、親衛隊を筆頭に歓声が沸いた。予想以上の温かい拍手で迎えられた。
『千歩ちゃんは吹奏楽部でフルートをやっておりますっ! 今日は一緒に演奏するので、よろしくお願いしますねっ☆』
「祝! 初コラボ!」
「千歩ちゃん頑張れー!」
「愛してるよー!」
もはや親衛隊が良い奴らにしか見えなくなってきた。
『それじゃ、1曲目行くよっ☆ 【
【Rainbow heart】は美月が作詞した、アップテンポのロックな曲だ。以前のライブでも聞いた事があったけど、練習では千歩ちゃんのフルートが入って音の厚みが増している様に感じた。
♪心が通いあえたらきっと
綺麗な虹が架かるよ!
♪大人になればなるほど
心の色が変わってく
色んな世界に触れて
色んな色が混ざってく
♪空気に触れて 地面に触れて
音に触れて 君に触れたら心が振れて
世界を彩ってく
♪心が通いあえたらきっと
綺麗な虹が架かるよ!
全てを分かり合えるくらいきっと
消えない橋を架けるよ!
繋がる僕らのRainbow heart!
曲の間奏ではフルートのソロパートがあった。川上さんのフルートは力強くて繊細で、とても上手かった。
―*―……
1曲目が終わると、美月はエレキギターを置いてアコースティックギターを肩にかけた。ペットボトルの水を飲み、再びマイクに向かった。
『今日は、もう1曲でラストですっ☆』
「そんなぁー!」
「昼休み短かすぎるんだよ!」
「愛してるよー!」
『えへへ、ゴメンね〜。でも、新曲作りましたっ☆』
「うおー!」
「今日サプライズ多いな!」
『バラードです。千歩ちゃんのフルートで良い感じになっています。聴いてください。【僕の足で】』
ゆったりとした曲調のイントロでフルートが引き立っている。さっきギターを弾いていた花蓮さんはキーボードを弾いている。さっき立っていたベースの霜園さんと美月、千歩ちゃんは椅子に座って楽器を演奏している。
♪僕らはなぜ 立ち止まって
考えてばかりいるんだろう?
僕らはなぜ いつまで経っても
答えを出せずにいるんだろう?
♪憧れだった人を真似して
夢から覚めたあの日
自分らしさは失って
落とし物に気付かなくて
♪今日より明日
強い自分を目指し
変わっていく
ツラい過去を
いつか笑うよな大人に
なっていく
自分を全て受け入れたら
どこに向かって歩もうか?
―*―*―*―*―*―*―*―……
1週間前。LL教室での事だ。
「――つー訳で1週間後、Eruptionsのゲリラライブに川上は参加してもらう!」
「え……わ……私出来ません!」
「なんでだ? 『このままなのは嫌』なんだろ? 変わりたいんだろ?」
「私、歌は上手くないですし、楽器はフルートとリコーダーくらいしか……」
「フルートで参加しろって事だよ」
「おおっ! 松木戸先輩ナイスアイディアっ☆ メンバーも喜ぶよ~」
「でも美月、そんな簡単にフルートで入れるのか?」
「楽器なんだからだいじょぶだよ~☆ 千歩ちゃん、フルートならいけるよねっ?」
「えと、……はい。フルートなら……平気です」
「おし、決まりだな! 会場とか細けー根回しはオレに任せろ! んじゃ、よろしく頼むぜ!」
「かしこまりました少佐っ☆」
お前はどこの部隊に所属してんだよ。
「新倉。BECで他にやれる事はあるか?」
「うーんと、今思い付くのはフルート用に曲作ろうかなぁとは考えております大佐っ☆」
なんかすぐに昇格したし。
「なるほどな……東雲! 作詞しろ!」
「はぁっ?」
「そうだっ! やれ! 東雲二等兵っ☆」
俺は下っぱかよ。
「なんで俺? 歌詞とか考えた事ないし!」
「オレより言葉使い良いじゃねーか!」
そこ?
「本当ですよね~☆ 全く、気ぃ使って喋りやがってっ!」
「おい美月。何か言ったか?」
「あはは、ゴメンゴメン。でもお願いっ!」
「お願いします! 先輩!」
川上さんまで頭下げなくていいよ。……本来俺は、命令に従うのは嫌なんだけどな。なんか今日は遠慮して素直に応じてばっかりで、俺の個性が死んでいる気がする。
「……あぁもう! 分かったよ」
「やった~☆ 千歩ちゃんハイタッチ!」
「はい!」
女子2人のハイタッチ音がLL教室内に響いた。
―*―*―*―*―*―*―*―……
♪昨日より今日
強い自分を目指し
変わっていく
ツラい事も
プラスに変えるくらい自信を
重ねてく
自分の全てを受け入れて
僕は歩み続ける!
互いを尊重するような演奏に、美月の気持ちを込めた歌声。自分の書いた歌詞が、こんな素晴らしい曲になるなんて思いもしなかった。曲の演奏が終わり、中庭は拍手の音に包まれた。その光景を見た俺は鳥肌が立って、不覚にも感動していた。
『アンコール! アンコール!』
親衛隊を筆頭にアンコールを求める声が響くと、花蓮さんがマイクを手に取った。
「ソーリー、みんな! シーユーアゲイン!」
普段Eruptionsはアンコールに応えるバンドだが、休み時間のライブは時間が限られている。昼休みが終わるまでにみんなで音楽室へ楽器を運ばないといけない。
―*―……
「川上! どーだった?」
BEC含めライブに関わった一同で楽器を運ぶ廊下で、松木戸先輩が千歩ちゃんに声を掛けた。周りのEruptionsのメンバーも会話に加わった。
「緊張しましたが、あっと言う間に時間が過ぎて……楽しかったです!」
「そーか! フルート良かったぞ!」
「うんうんっ☆ 練習より良い感じだったよっ!」
「それ! ウチもほんとビックリでさー」
「本番に強いタイプ」
「あはは……私はとにかく一生懸命でした」
先輩に怯えて泣いた日から1週間。間違いなく千歩ちゃんは変わった。
「皆さん! 今回は本当にありがとうございました!」
「かしこまっちゃって~☆」
「良いって事よ」
「当然の行い」
千歩ちゃんは1週間共にした事で、この個性的なメンバーに溶け込んでいる。
「この1週間は、一生忘れられないくらい楽しかったです。初めは友達を作る為だと思ってましたが、いつの間にか一緒に演奏する事に夢中になっていました」
「千歩ちゃん、フルート愛強くてマジ好きだわー」
「ソゥクールだったね」
「ありがとうございます。……友達作りも大事ですが、皆さんからもっと大事な事を学んだ様に思います」
「どんな事だ?」
「1つはやりたい事を全力でやる事です。音楽に向き合うEruptionsの皆さんを見てると本当にカッコ良くて、私ももっと真剣にフルートをやろうって思いました!」
スイッチが入ったEruptionsの集中力は、確かにもの凄い。
「もう1つは友達作りです。私は先輩後輩にこだわり過ぎていました。吹奏楽部の同じパートでは皆さんみたいな先輩がいらっしゃるのに、人見知りな私はちゃんと話せてませんでした。これからはもっと自分から話したいと思います」
午後の授業の予鈴が鳴り始めた。
「皆さん、本当にありがとうございました! 放課後、ちゃんと挨拶に行きますね!」
俺達は本鈴が鳴るまでに急いで機材を運び、廊下を走って各教室に戻った。初めてLL教室に来た時は曇っていた依頼者の表情は、今日の天気の様に雲1つなく晴れ渡っていた。
―*―*―*―*―*―……
ライブの次の日、放課後のLL教室は元の2人だけに戻った。ライブまでの1週間、先輩はここで別件の情報収集もしてた様だが、俺は音楽室に通ってばかりだった。ちなみに、千歩ちゃんが機材を運んだ後どうなったのかはまだ知らない。結局昨日の放課後はLL教室に来なかった。
「松木戸先輩。千歩ちゃんはどうして孤立したと思いますか?」
また暇になった俺は、気になっていた事を聞いてみた。松木戸先輩のタイピング音が止まった。
「川上はいくつか問題を抱えていた。まずは人見知りだ。自分から話しかけられねーし、周りが話しかけて来ねー。そんな自分を嫌いになって、自分を責めてループして、どんどん弱ってったんだろーな」
松木戸先輩はペットボトルの水を一口飲んだ。
「もう1つは他人に興味がねーって事だ。ある意味ここが大問題だった。友達が欲しいくせに、人への興味が乏しかった。東雲と新倉が人とどう話せばいーか具体的に教えたって、『その後どうするんでしょうか?』つってたろ? オレは話すキッカケをBECが与えるだけじゃ解決にならねーと感じた」
「それで軽音部の美月と千歩ちゃんのフルートが繋がったんですね」
「そーだ。楽器っつー共通の話題がある個性溢れたメンバーと、1週間共に過ごすチャンスはあまりねーからな」
一緒にライブをやる相手には興味を持たざるを得ない。Eruptionsみたいな個性派なら尚更興味を持ちやすかっただろう。
「SOBを解決するにはよ、本人の意思の強さが1番大事だ。周りがどんなにフォローしたって、本人の意思が弱かったら再発する危険がある。今回川上がここまでこれたのは、自分が変わるべき所をある程度自覚していて、自ら直そーとしたのがデカかったな」
「結果はどうなったんですかね? まだ来てないですけど」
「大丈夫だろ」
即答かよ。
「なんでそう思えるんですか?」
「悪い事が起きりゃー、昨日相談に来んだろ? BECの掲示板とかメールでメッセージが来ねーって事は問題ねーんだよ。『便り無いのは良い便り』っつーことわざもあるしな」
「本当ですか? それだけじゃ――」
『コンコン』
ノック音が聞こえると、松木戸先輩はライブ1週間前とは違うドヤ顔を決めた。……やっぱりこの人にはイライラする。
「入れ」
「失礼します」
今日も大きな眼鏡をしていない千歩ちゃんがLL教室に入ってきた。今日もおそらくコンタクトをしていて、手にはケーキの入れ物のような物を持っている。
「昨日は挨拶に来れなくて申し訳ありませんでした。お疲れ様でした」
「気にすんな。……で、どうなんだ?」
「色んな人から話しかけられました!」
1週間前には想像できないくらい、千歩ちゃんの笑顔が弾けた。
「高校で初めて『一緒に帰ろう』って言ってもらえて、クラスの子と帰る事ができました!」
心配していた俺は内心ホッとした。
「お礼が遅れて申し訳ありませんでした。BECのお2人とEruptionsの方々には感謝の気持ちで一杯です。こんなものでは全然足りないですが、ぜひ召し上がって下さい!」
ケーキの入れ物を教卓に置きながら言った。
「気を遣わねーでも良かったんだぞ?」
「いえ、いいんです。私の家は喫茶店なので、そこで出してるケーキを持って来ました。遠慮しないで食べてくださいね?」
「千歩ちゃんありがとう。美月達にはもう挨拶した?」
「はい。さっき行きました。……美月先輩、ケーキがお好きなんですね? すぐに食べちゃって『美味いっっ☆ 千歩ちゃん! お店の場所教えて! 毎日通うよ!』って、とても嬉しそうでした」
「アイツ甘いもん好きだからね。あ、『太るぞ』って言うと怒るから気を付けて」
「ふふっ、そうなんですね。気をつけます」
千歩ちゃんはスクールバッグを両手で前に持ちなおした。
「お2人ともありがとうございました! 私、これから頑張ります!」
「おう! また遊びに来いや!」
「頑張ってね!」
「はい! それではまた!」
千歩ちゃんがLL教室を出る時の後ろ姿は、以前に比べてとても凛々しく、自信に満ち溢れている様だった。
人はすぐには変われない。変わろうとしても変われない事もある一方で、変わろうという気持ちがなければ絶対に変わる事ができないのが現実だ。人の変化は自分を知って、理想と離れている事を自覚ところからスタートする。千歩ちゃんは足りない所を素直に認めて、自ら1歩を踏み出す勇気があったから変わる事ができたのだろう。
今回千歩ちゃんに生じた孤独は誰にでも起こり得る。同じ人見知りである俺にとっては、他人事に感じなかった。――もしも美月みたいな幼馴染が諏訪高にいなかったら。1年の時に教室で誰も話しかけてくれなかったら。俺はBECのない去年の諏訪園高校に通い続ける事ができただろうか……。
色々な考えが脳裏にチラつく中、俺のBEC初仕事は終わった。
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