3. A Friend From Elementary School
新倉美月。小学校から俺と同じ学校に通う幼馴染で、現在諏訪園高校では2年2組のクラスメイトだ。と言っても、同じクラスになった事は今回含めて3〜4回くらいしかない。
昔から悪ふざけが過ぎ、どんな会話も面白くしようとする。栗色に染めた髪をほぼ毎日髪型を変える事から、本人公認の上で俺は『七変化の栗髪』というあだ名で呼ぶ時期があった。今日はポニーテール紺色バンダナバージョンだ。
太りやすい体質だがその話は禁句だ。もし言ってしまえば、美月の攻撃を受ける覚悟をしなくてはいけない。パンチかキックか、或いは絞め技を食らう。言わなくても攻撃してくる事だって多々あるので、注意が必要だ。
そんな俺の幼馴染がLL教室に向かって廊下を激走し、倒した扉の上に立ってドヤ顔を決めている。……なんだこの状況は。
「『依頼に来たよっ☆』じゃないだろ! 何でドア壊してんだよ!」
たまらず俺は、美月の下敷きになっている外れた扉に駆け寄った。
「何だよこれ! どうなってんだ? 引き戸ってこんな外れ方しないだろ!」
外れた扉が歪んでないか目視したが、無傷なのが余計に不思議だった。
「ま〜ま〜☆ 細かい事は良いじゃんっ!」
そう言いながら、美月は扉から降りた。この幼馴染は普段からテンションが高く、語尾が跳ねてるというか全身も跳ねてるというか……。
「そうだねっ☆ って、良くねぇよ! 壊したらどうするんだよ!」
俺が真似ツッコミしながら扉を両手で抱えると、ブレザーに緑の紐リボンをした1人の女子生徒が廊下に立っている事に気が付いた。
「入れ。
「は、……はい」
松木戸先輩の知り合いか? それとも――。
「東雲もいつまで遊んでんだ? そこに立てかけろ」
「え? でも無理ですよ。コレは……」
言われた様に扉を元の位置に立てかけると、先輩は教室窓側に助走をつけてから一気に走り出した。
「オラァァ!」
『ドガァァァァァァァァン!!』
先輩がタックルすると、扉がはまった。その姿は、
「外せるって事は、直せるっつー事だな」
「ほらレンっ☆ 直るじゃ~ん」
――もうあれだ。この人達は俺と同じ人間って思ったら駄目だ。個性って素晴らしいな。
「……」
直した扉を見渡す限り、奇跡的に無傷の様だ。扉のガラス部分も無事だった。廊下の遠くの方から、白髪の事務員の男性が『何事か!』と言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
「ちょっと扉を直してました~! もう大丈夫で~す☆」
美月が叫ぶと、事務員の方は『やれやれ』と言いつつ下の階に降りていった。その足音が聞こえなくなったくらいで、松木戸先輩は言った。
「そろそろ本題に入るぞ」
松木戸先輩が教卓の方に向かうと、美月が直った扉を確認しながら教室の扉を閉めた。……あんな派手な体当たりしておいて、結局気にするのかよ――と、俺が心の中でツッコみしていると松木戸先輩が切り出した。
「2人とも初めましてだな? オレはBEC委員長の松木戸奨だ。クラスは3年4組。んで、コイツは東雲だ」
「……東雲練です。BECの一員になりました。2年2組です。よろしく」
「んで、テメーは新倉美月だな?」
「はいっ☆ 新倉美月ッス! 軽音楽部ではボーカル担当大臣でヤンス! レンと同じ2年2組でござる! よろしくお願い致しまするんっ!」
どういう気持ちで、どういう意図で自己紹介してんだよ? やたら手足の動き多いし。
美月は元々歌が上手く、高校からは軽音楽部に入ってバンドのボーカルを務めている。月に2回くらいのペースでゲリラライブを諏訪園高校内でやっている。ファンもそこそこ多い。
「そんで、テメーが川上だな?」
「……は、はい。か……川上千歩といいます。吹奏楽部。……フルート担当。1年1組……です」
川上千歩ちゃん。黒髪で前髪があり、長い後ろ髪は2本の三つ編みにしていて、結構度が入っていそうな大きめの赤縁眼鏡をかけている。身長は美月より少し低い160cmくらいだろうか。細身で、か弱い感じの女の子だ。……どこかの女子とは大違いだ。緊張しているのか、話すテンポが悪くてたどたどしい。
「すっ、すみません!……私、帰ります!」
「千歩ちゃん! 待って!」
川上さんは直してばかりの教室後ろ側の扉に走り出したが、すかさず美月が周り込んで立ち塞がった。美月は運動部顔負けの足の速さで、1年の頃は色んな部によく誘われていた。
「千歩ちゃんどうしたの? 松木戸先輩が怖かったの?」
おい美月、直球すぎるぞ。先輩に聞こえるだろ。立ち止まった川上さんは涙目で頷いた。
「だっで……ごんな不良びたいな方がいるなんで思ばながっだので……。うっぐ……」
「……今までオレ見て泣いたヤツいたけどよ。そこまで泣くか?」
怯えて涙ぐむ後輩。少しショックを受ける金髪の先輩。……なんかこの場が混沌としてきた。普通じゃない俺は、こういう修羅場みたいなのは大好きだ。
「川上さん。松木戸先輩はあんな見た目だけど、諏訪園高校で1番いじめをなくそうと考えてる人だよ?」
「……本、当……ですか?」
「本当だよ。確かに見た目は金髪でシャツ出してて、言葉使いも完全にヤンキーだけど――」
先輩のリアクションを無視して俺は続けた。
「去年は生徒会にいたし、結構人気あるんだよ? 生徒会長にも立候補したんだけど、あとちょっとでなれそうな所まで票を集めたくらい人気ある人だし」
「そうそうっ☆ 演説凄かったよね~! 最初は『何言ってんの? ヤンキーのくせに!』って感じだったけど、いじめなくすべきなのはみんな同調してたし、一理あるなって思ったよ~」
美月がカットインした。それでこそ俺の幼馴染。
「そお、……ですか?」
「そうだよっ☆ せっかく来たんだし、言える範囲で話してみようよっ?」
川上さんは体を向き直し、涙目を松木戸先輩に向けた。
「どうして……私の名前を知ってるんですか?」
それは疑問だよな。
「オレはいじめを撲滅する為、全校生徒を把握してる。最近入った1年生もな」
「俺もさっき聞いたんだ! 美月の名前も知ってたし凄いよね!」
「そぅ……なんですか?」
美月は2年だし、ライブとかしてるから有名だけどな。入学して1週間の生徒を松木戸先輩が一目で判ってしまうのは、普通なら考えられない。後輩に不審がられても仕方ない。
「別に全部話してくれって言わねーけど、悩んでんなら1人で抱え込むな。話すと楽になるヤツもいるぞ? 秘密はぜってー守る。約束する。オレに出来る事があれば力を貸す」
「千歩ちゃん、悩んでるんでしょ? ここまで言ってくれてるんだし、話してみようよっ☆」
「……分かり、ばした…………よろしくお願いしばず。……ぐすっ」
泣き止むまで少し時間が必要かもな。
「東雲!」
「え? はい」
突然松木戸先輩が俺の名を呼んだ。
「話の途中だったが最終確認だ。いじめに関わる覚悟はできてるって事で良いんだな?」
――いじめに関わる覚悟。いじめを知って、巻き込まれて自分に被害が及ぶ覚悟。……上等だ。平凡な高校生活に飽きていた所だし、人と違う行動が誰かの役に立つなんて素晴らし過ぎるだろ。
「覚悟できてます。僕はいじめをなくさないといけないと思ってます。毎日がつまらなすぎて、もっと辛い体験をしたいくらいです」
「……分かった。オレはその言葉を信じる。頼むぞ」
俺たちが喋る間、美月はずっとニヤニヤしていた。
「なんだよ?」
「べっつにぃ~☆」
松木戸先輩を咳払いをし、顔つきが変わった。特に目付きがより鋭くなって、真剣そのものになった。
「んじゃ、本題に戻るぞ? 川上と新倉がここに来た経緯を話してもらっていーか?」
「……私、友達がいないんです」
川上さんは決心がついたのか、今日1番しっかりとした口調だった。
「もう入学してから1週間経って、部活にも入っているのに……休み時間も、帰る時も1人なんです――」
―*―……
話を要約すると、川上さんは高校デビューに失敗してクラスで孤立してしまった。クラスの女子生徒は皆同じ中学だったり、同じ塾だったりで入学式の日から仲が良いグループが出来ていたが、川上さんが知っている生徒はいなかったらしい。中学時代から吹奏楽部でフルートをしていたので部活の交流を期待して吹奏楽部に入ったけど、フルート担当の1年生は1人だけだった。
「あたしが聞いた話では、パート練でも1年は千歩ちゃん1人になったんだよね?」
川上さんは頷いた。吹奏楽では同じパートごとで練習する事があるらしいのだが、それでも1人でいるらしい。それを問題視したのが別パートのとある2年生。吹奏楽部と軽音楽部は音楽室の利用調整で親交が深い為、その2年生が美月に相談する機会があったらしい。
その結果、吹奏楽部が自主練日の今日に2人でBECに依頼するという結論に至った。そして美月が、LL教室に爆走して扉に激突した。……いや、なんでだよ。
「……――と、いう訳です」
「なるほどな。話してくれてありがとよ」
川上さんが話す間、先輩はしっかり相槌を打って聞いていた。
「東雲、テメーならどうするか?」
いじめ素人の俺に話を振るなよ。
「俺ですか? そもそもの話ですけど、今回の件はいじめに含まれるんですか?」
「孤立は完全にSOBだ」
美月と千歩ちゃんはキョトンとした表情だった。美月が俺に訊ねてきた。
「えっ、そば? お蕎麦? 1人蕎麦って事?……そぼ? おばあちゃん? 先輩のおばあちゃん1人暮らしなの?」
美月やめろ! シリアスな状況なのに笑っちゃうだろ!
「SOBだよ美月! Seed Of Bullyingの略で、いじめの種って意味だってさ」
「……」
そんな『何でも略せば良いと思うなよ?』みたいな顔を俺にするな。
「孤立を甘く見んじゃねーぞ? 環境的に孤立しちまうケースもあるが、意図的に孤立させられてる事もある。もし意図的なら早めに解消しなきゃなんねー。そんで東雲、どーすりゃいーんだ?」
先輩は俺を試す事を隠そうとすらしていない。だが天の邪鬼の俺が、いつも簡単に答えたりしないからな……今回はこのシリアスさに免じて、特別に答えてやるけど。
「友達になるキッカケを逃したら厳しいですね。誰かと日直になった時、体育でペアになった時には自分から話しかける。その練習をここでしておくとか」
「悪くないな。川上、できるか?」
「……何度かしようとしたんですけど……なんて話せば良いか分かんなくて……」
「なんでも良いんだよ千歩ちゃんっ☆ 『おはよー!』とか、『次の授業なんだっけ?』とか、『体育やだね~』とか、『昨日のテレビ見た?』とか!」
「その後どうするんでしょうか……?」
これは川上さんにも問題があるな。
「分かった。無理にする必要はねーよ。そしたら別の方法だな? 東雲」
「はい?」
「テメ―と新倉は仲が良いが、どーやって仲良くなったんだ?」
「ええっと――」
「最初からこんなんじゃなかったですねっ☆」
俺が答える間もなく美月が入ってきた。
「ずっと同じ学校ですけど、小学校では1〜2回同じクラスになっただけであまり絡んでないですっ☆ 中1で同じクラスになってそこから話す様になりましたっ! 2人で学級委員になって絡まざるを得なかったんだよね~」
「悪かったな。絡まざるを得なくて」
「冗談っ☆」
ペロっと舌出して、可愛いポーズすれば許されると思うなよ?
「今考えると、俺と美月が深く関わり始めたのは中1からですが、小学校から知ってたからすぐ仲良くなれた気がしますね」
「ん? そうかなぁ? まぁ、レンは人見知りだったから確かにそうかもねっ☆」
「……東雲先輩は……人見知りだったんですか?」
「そうだよ。捻くれてるから人への警戒が強いんだよね。だいぶマシになったけど」
「テメーはなんで人見知りが直ってきたんだ?」
先輩はさっきここでペラペラ言ってたから知ってるんだろ?……2人にも説明しろって事か? 白々しいな。
「相手を警戒しながらも、そう見せない
「ホント捻くれてるよねっ。根は真面目なんだから、早く素直になれば良いのにっ☆」
美月はそう言うが直すつもりはない。真面目な部分もあるから、普通じゃない事に憧れるんじゃないか。
「ちなみに川上は人見知りか?」
「……はい」
「直してーか?」
「……はい。私、東雲先輩と美月先輩みたいな、何も言わなくても分かり合える関係の友達が欲しいです!」
「え? 川上さん、俺達はそんなんじゃないよ? ケンカとかもしてきたし、親同士も知り合いだから簡単に切れない縁っていう感じだし」
「そうだよ千歩ちゃんっ☆ お互い遠慮がないだけだよっ!」
「……凄い」
『ええっ?』
思わぬ返しに、俺と美月は同じリアクションをした。川上さんの赤縁眼鏡の奥の瞳が、キラキラしていた。
「そんなの凄いです! 私、今日だってBECに来る決心はできていたんですけど、何て相談したら良いか分かんなくて。美月先輩が扉を壊して会話に入り易いように場を和ましてくれたのに、勇気を出せずにいて。そんな自分が、もう嫌なんです」
「いやいや、川上さん! 扉は美月が何も考えずにグエぇッッ!――」
一瞬記憶が飛び、気付くと俺は床に倒れこんでいた。美月の右ボディブローが的確な位置に入ってダウンしたらしい。
「痛ってぇな。何すんだよ!」
「え? ボディブローだけど?」
「あぁそうか、ボディブローか。あるよな~……ねぇだろ!」
「ふふっ、あはは!」
今日初めて川上さんの笑顔が溢れた。松木戸先輩も部屋の隅っこに振り返って、笑いを堪えていた。――いや、ここは笑うところじゃない。俺は倒れ込んで若干呼吸困難になる程の痛みで、みぞおちがまだジンジンしている。
「私!……先輩達みたいな友達が欲しいです!……そのために自分を変えなくちゃいけないんです!」
「答えは出てる様だな? 仮にBECが友達を紹介するにしても、そりゃキッカケに過ぎねー。後は自分で解決すべき問題だ。努力して、変えてみせろ!」
「はい!……私、やります! このままなのは嫌です!」
川上さんの言葉が段々力強くなってきた。
「おし! これよりBECは、川上千歩に友達作りのキッカケを与える任務を遂行する!」
「具体的にどうするか、これから俺達が考えるんですね?」
「いや東雲、答えは出てる」
「え? そうなんですか?」
「ああ。この場にいる人間でできる、1番の答えだ」
松木戸先輩はまだ何もしていないのに、達成感に溢れたキメ顔をした。
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