第六話 次の為に
「次だ、次。次に集中しろ」
もはや「目が覚める」という感覚ではなく、『復活』する、という感覚をナガセは理解できていた。
自発的にでも、外部の刺激を受けたわけでもなく「『復活』したから起きる」事が出来るようになったのだ。
ナガセはすぐに倒れた姿勢のまま、手探りで手頃な石を探し始める。相変わらず猿たちは『復活』の直後には手を出してこない。
右手がやや大きめの塊をを確認し、それを拾い上げた。そのまま力を入れて強度を確かめる。
塊は半分に割れ、指がめり込んだ。石だと期待していた物体は石ではなく、乾燥した土の塊だった。
「くそっ‥‥‥」
そもそも死に場所が自分で選べない以上、『復活』した場所に都合よく石が転がっているとは限らない。しかも標的である『曲がり鼻』に投擲できる最適の大きさ、野球ボール程度の石なんてものは、十回に一回転がっていたらいい方だ。
結局、右手も左手も石を掴むことはなかった。
小石さえ掴めないのは中々に悲しいものがある。
「ええい、次だ。これで何回目だと思ってんだいい加減慣れろ」
ナガセは自分に言い聞かせる。
たとえ石がなくても、次の復活に繋げる為にするべきことはあった。
『曲がり鼻』の取り巻きの猿を、一匹でも多く殺すのだ。
ナガセは短パンの中に隠しておいた木の枝を取り出した。
素手でも一匹くらいなら殺す、もしくは大怪我させることはできる。しかし、武器を使えば確実に一匹以上を殺した上で、他の猿にもダメージを与えることができるのだ。
「いいか、次の為に、次だ。次に集中するんだ」
木の枝を右手に握りしめる。
横目で『曲がり鼻』の姿を確認する。何匹かの取り巻きを殺されているからか、初めて石を投げた時より数メートル後ろに下がっていた。
ナガセは左手を軸に立ち上がり、一匹の猿に狙いを定めて走り出す。
--最初に『曲がり鼻』に石を投げてから五日が経過していた。『復活』回数の合計は三百回にも及ぶ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さあ、次だ、次」
次、という言葉が、その言葉のみがナガセを動かしていた。
木々の間から見える空は暗くなり始めており、ナガセがこの場所に来てから六回目の夜が訪れることを知らせている。
「石を拾ってボス猿である『曲がり鼻』にぶつける」という作戦は、決して効率の良いものではない。
まず第一に、『復活』した地点で手頃な石が見つかる可能性が高くないこと。第二に、石を投げたところで当たるかどうかわからない、ということが要因だ。
三百回にも及ぶ『復活』の繰り返しで、何度か別の方法を試したこともあった。
武器を持って猿を威嚇し、隙を見て逃げる方法。
ひたすらに走って、逃げ切れるまで何度も『復活』する方法。
猿の真似をして仲間に化ける方法。
木の上に登って上から猿を一匹ずつ殺していく方法。
一匹の猿を惨殺して、見せしめにした事もある。
しかしどの方法を取っても結局は「逃げる」という事に収束する為、この森の中に無数に生息する猿たちの餌食になる事は避けられなかった。
だから、『曲がり鼻』を殺す、というのが唯一取れる方法なのである。
いくら可能性が低くても、それに賭けることしかナガセに選択肢はなかった。
「よし‥‥‥」
仰向けになった体から伸びた左手が、拳くらいの石を掴んだ。握りしめてみても強度は十分で、間違いなく本物の石だ。
七回前の『復活』以来のまともな石だった。この石を手に入れるまで、ナガセは七回死んでいる。
ナガセは歓喜しようとする声を抑えて、周りを見渡した。
相も変わらず猿たちはナガセを取り囲んでいる。五メートルほど離れた位置から、今にも飛びかかりたい欲求を抑えてナガセを睨んでいた。
ここ数回で気づけたことだが、猿たちはローテーションを組んでいるかのように毎度面子が変わっている。確信はないが同じ顔っぽい個体を何度か見ているので、ナガセはすっかり『餌場』として見られているのだろう。
しかし『曲がり鼻』はいつも群れの中心、ナガセを囲む集団の数歩後ろに陣取っていた。
それだけナガセの監視をしていたいという事なんだろうが、用心深い性格らしく、ナガセが完全に動けなくなるまで決して近づいてこない。
「‥‥‥‥っ」
少しでも猿の反応が遅れるよう、物音を立てずに立ち上がり、『曲がり鼻』の方へ走り出した。
まずナガセを取り囲んでいた猿を蹴っ飛ばす。
そして『曲がり鼻』の方へできるだけ近づいて、石が当たりそうな場所まで近づく。
ここまではいつも通りだ。
「え?」
怪我だ。
偶然、いやこれは必然というべきだろう。今までのナガセの抵抗で怪我を負った猿が、たまたま『曲がり鼻』の取り巻きとして目の前にいる。痛そうに足を引きずっていたのだ。
--チャンスだ。
これならいける。
ナガセは目の前の猿達を無視し、『曲がり鼻』の方へ数歩、近づいた。
その距離およそ五メートル。遠距離から投擲していた今までを考えればまさに千載一遇のチャンスだった。
落ち着け。
他の取り巻きが飛びかかってくるまでの数瞬、ナガセは自分に言い聞かせた。
落ち着け、落ち着け、この距離なら当たる。
心臓の鼓動が急に加速する。
その振動は心臓を超えて、脳まで緊張で震え始めた。
大丈夫、外さない。何回投げたと思ってるんだ、外すわけがない。
ナガセは右手に掴んだ石に全神経を集中し、目の前の『曲がり鼻』に叩きつけるように投げた。
「ギャンッッッッッッッ!!!」
石は放物線を描く間もなく、まっすぐに『曲がり鼻』の顔面に直撃した。
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