第五話 投擲

「ふざけんなよおい」


 今度も猿の声に起こされる事なく、ナガセは『復活』した。


 所詮素人の浅知恵ではあった。しかし「猿は夜行性のはず」と仮説を立てたからこそ、喉笛を噛み切られる痛みを甘んじて受けてこれたのだ。

 朝が来ればこの地獄は終わる、そう信じて。 


 それをこうも美しい晴天の下で「ウキッ!ウキッ!」と集団で元気よく鳴かれては、さすがに虚無感と悔しさに襲われてしまうのも無理はなかった。


「‥‥‥‥次だ」


 だが、昔から父親の事を含め様々な理不尽な目にあってきたナガセにとって、切り替える、という作業は割と容易な事ではある。

 ナガセの意識は、早くも次の手へと向かっていた。


 仰向けに倒れていた体を、ナガセを取り囲む猿達を刺激しないようゆっくりと起こし、その方向に注意深く目を向ける。

 ここで抵抗する素振りを見せてはダメだ。今のところ必要な情報を得るには、ナガセは無抵抗な状態でいるのが一番いい。


 ナガセは猿を一匹一匹、その顔を覚えるつもりで観察した。

 こちらが無抵抗な場合、猿が警戒を解いて襲ってくる時間は体感で五分弱。『復活』できる以上時間は無限ではあるが、死ぬ回数を減らしたければ一秒たりとも無駄にはできなかった。


「あいつとあいつ、それからあいつをマークするか」


 めぼしい大きさの猿を選び、大体のアタリをつける。

 後は猿達が動くのを待つだけだ。


 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、とナガセは数を数えて心を落ち着ける。できるだけ痛い目に会いたくなければ、この一回で見切らねばならない。


「ギャッ!ギャギャッ」


 一匹の猿が鳴く。同時に、ナガセを囲んでいた猿達が一斉に襲いかかってきた。


「‥‥‥‥お前か!」


 ナガセはその「鳴いた猿」を見逃さなかった。幸いなことにマークしていた個体の一匹だ。その顔、体、あらゆる特徴を頭にインプットする。何度も猿を見るうちに、ナガセはざっくりと猿の個体差を見分けることができるようになっていた。


 その猿の体格は普通より一回り大きく、瞼が若干垂れ下がっている。そして何より鼻が、通常の個体より大分右にひん曲がっていた。

 ナガセはその猿を『曲がり鼻』と心の中で命名する。

 

 これで必要な情報は手に入れた。


 目の前に迫る鉤爪を見る限り、これ以上は次の『復活』に任せるしかなさそうだ。ナガセは無駄な抵抗を止め、次へ向かうべく迅速に猿の手に掛かった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「さて、ここからが大変だ」


 ナガセは『復活』した。

 これからの作業の目的は至極単純。



 さっき見つけた『曲がり鼻』を殺すことだ。



 今までの猿の動きからして、猿達が組織的に行動を取っているのは疑いようがなかった。

 組織的に動いている、ということはすなわち、あの猿の群れの中にリーダーシップを執る個体が存在していることに他ならない。


 恐らく、そのリーダーの猿は他の個体より体が一回り大きく、なおかつ何かしら群れに合図を送る、ということをするだろう。


 そして今まで猿に殺された経験上、最もわかりやすくリーダーの猿が指示を出すのは、動かないナガセを襲う時だった。

 

 さっきの『復活』の目的は、それらの点を踏まえてリーダー格の猿を特定することにあったのだ。


 これまた素人考えではあるが、何百匹も超える猿の群れを統率することは、並みの猿には不可能に違いない。そんな限られたリーダー格の猿を殺すことができれば、間違いなく群れにとって



--大打撃になる。

 

 

「さて、それじゃあ行きますか」


 仰向けに寝たまま、ナガセは横目で『曲がり鼻』の位置を確認する。

 次に両手で地面を触り、ちょうどいい大きさの石を探した。すぐには見つからなかったが、何とか草の下に手の甲くらいのやや平らな石を見つけることに成功する。


 これで準備は万端だ。


 ナガセは寝たまま胸だけを動かして、深呼吸をした。

 利き手である右手に石を握り、『曲がり鼻』と、それを囲う数匹の猿に意識を集中させる。

 

 今回の『復活』の全てが次の一瞬にかかっていると思うと、石を握る右手だけでなく左手までも汗が滲んできた。

 唾を飲み込み、もう一度深呼吸をする。


「ふぅ‥‥‥‥はぁぁぁぁぁぁ」


 覚悟は決まった。


 ナガセは跳ね起きると『曲がり鼻』の方に駆け出した。


 猿達もそれに呼応するようにナガセに飛びかかってくる。ナガセは『曲がり鼻』の前にいた一匹に絞り込み、右足で思いっきり蹴り飛ばした。

 ナガセを取り囲んでいた包囲網に、一つ穴が開く。その穴の向こうには『曲がり鼻』がいた。


--目が合った。




 「ここしかない」と確信し、石を持った右手を思いっきり後ろに引っ張って、右足に体重を乗せる。


 右膝が伸びると同時に左足に体重が移っていく。少し遅れて、右肩がが腰と共に回転し始めた。


 石がいよいよリリースポイントまで迫ると、その頃にはもう右足は浮く寸前だ。手首はしなってまるでデコピンをするかのように今か今かと力の解放を待っていた。



 そしてそのまま、ナガセは渾身の力を石の一点に集中し、発射した。




 石は直線に近い放物線を描き、『曲がり鼻』の方向へ飛んでいく。

 威力は十分、後は当たることを祈るのみだ。


「当たれえええええええええええ!!!!!!!!!!!!」


 ナガセは全力で叫ぶ。声を出しても意味のないことはわかってはいたが、出さずにはいられなかった。


 そして石はグングンと『曲がり鼻』の方向へ伸びて



 伸びて



 伸びて



 伸びて



 その頰を掠めて、あえなく地面へと落ちた。

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