第四話 残機無限
「ウキャッ!ギャギャッ!」
もう聞き飽きた不快な鳴き声で目が覚める。
こうして目が覚めるのは何回目だろうか。
空は若干白みがかっており、明け方が近いのかもしれない。
けれど、辺りを見回す気にはなれなかった。
どうせ何十匹、もしかすると何百匹の猿がナガセを囲んでいて、一分も経たないうちにまた一方的に喰われることが目に見えているのだ。
「もう、どーでもいいかな‥‥‥‥」
ナガセはとりあえず、暇つぶしにここ何回かの目覚めで気づいたことをまとめた。
まずこの「傷が治る」という現象について。
傷が治るのは、決まって猿に襲われて意識を失った後だった。転んだり、猿に襲われたりして負った怪我でも、意識を失うことがなければ何時まで経っても治ることはない。
そこから察するに恐らく
「一回死んだら、傷が治って復活する、って事か」
さらに意識を失った後から『復活』までは、長めのタイムラグがあると見ていいだろう。
今日は何回も死にはしたものの、夜が明けるほどの時間を過ごした気は全くしない。多分、意識を失った後から完全に死ぬまでに、多少の時間がかかっているのだ。
次に、ずっと襲ってくる猿達について。
この猿達、思ったより数十倍数が多い。「いくら食っても減らない肉があるんだぜ!」と森の中では評判になっているのだろうか、『復活』の度にその数は増えている。もうここ数回の『復活』では逃げられるような隙はなく、瞬殺されているのだ。
明け方が近いお陰でその姿はある程度見ることができた。
体の大きさはニホンザル程度。大きいものでもナガセの身長には及ばない。森の闇に隠れるのに適しているのだろう、全身は黒い体毛で覆われている。
そして何より特筆すべき点は、その知能の高さだ。
考えてみればナガセが猿に襲われたのは、日が暮れて視界が悪くなった後だった。しかも一斉に襲ってきたあたり、すぐには襲わず頭数が揃った上で、勝算を持って仕掛けてきたとみて間違いない。
「ギャッ!ギャギャッ」
一匹の猿が周りに知らせるように、甲高い声を上げて鳴いた。
『復活』してから少しの間、たとえナガセが今のように寝転んでいても猿達は警戒して近づいて来ない。
円を描くように獲物を取り囲み、十分機会を伺ってから同時に獲物の手足を拘束する。そして最後に首筋を噛み切って止めを刺す。
それが彼らの狩りの仕方だった。
「‥‥‥‥痛え」
手足に鋭い痛みが走る。
仰向けに寝転がっているナガセの手足に、何匹もの猿が纏わり付いていた。
そしてそのままナガセが抵抗しないことを確認するかのような時間が数瞬、今度は喉笛を焼けるような痛みが襲う。
「が、がああああああ!!!‥‥‥‥‥‥ぁ、ぁああああ!!!!」
ナガセは叫ぶ。
とても耐えられる痛みではなかった。
「あああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
ひたすらに叫ぶ。
どうしようもないとわかっていても、痛かった。
そして不意に、声が途切れた。
激しい痛みの奔流の中で、ナガセは自身に何が起こったのかを悟った。
--声帯が喰われた
そう悟ってすぐに、ナガセの意識は闇へ消えていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「痛いのは嫌だな」
今度は猿の声に起こされることもなく、ナガセは目覚めていた。
我ながら嫌な慣れ方をしたものだ、と思う。
さっきは中途半端に不貞腐れてしまったが、痛いのは不貞腐れたところでどうにもならないことがわかった。
『復活後』の猿が警戒して襲って来ない少しの間、ナガセはこの状況を打開する方策を考えることにした。無論、今までも多少考えてはいたのだが、今度は考え方を根本的に変えることにしたのだ。
--『復活』も勘定に入れないとダメだ。
これまでは一回の策で猿達から逃れようとしていたが、もはや何回かは死ぬ覚悟で臨むしかない。
ナガセには一つ、すがれる可能性があった。
猿達は夜行性なのではないか、ということだ。
黒い体毛は間違いなく夜の闇に紛れる為に進化した形だし、夕方から襲ってきたのを鑑みれば少なくとも真昼間には行動していないだろう。
つまりこれからの作戦は
「朝が来るまで時間稼ぎ。できれば痛くないように!」
そうと決まれば話は早い。すぐに飛び起きて、がに股になって大きく両手を広げた。
「がおーーー!!!」
ナガセは猿を威嚇する。
野生動物の強さは基本的に大きさに比例する。ザリガニやカマキリ、エリマキトカゲなどを見ればわかるように、体を大きく見せるポーズをとることは自然界では常識だ。
ナガセの場合は少々絵面が酷いが。
しかし、効果はある程度見えていた。
猿達は今まで喰われるだけだった獲物が一転して威嚇してきたことに対し、怯んでいるようだ。
「がおーーーーーー!!!!!!!!」
声を張り上げる。
猿達は大きく後ろに下がり、ナガセを包囲していた円の密度が下がった。
ここまで離れたら次にやることは現状維持である。
「ぐるるるるるるる」
唸り声を上げながら猿達の目を順番に、時計回りに見ていく。
肉食の動物は基本的に獲物を後ろから襲うため、目と目が合っている場合は襲ってくることは少ない。
さらに猿達は一体で獲物を襲うことはないため、何匹かを牽制すれば、中々全体が襲いかかってくることはない、と踏んだのだ。
「があっ!!!」
一匹でも距離をつめようとする猿がいれば、一発吠えて後退させる。
こうして、威嚇し、目で牽制し、吠える、を繰り返せば、ある程度時間が稼げるはず、というのが今回のナガセの作戦の概要である。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
結果から言えばこの作戦は功を奏した。
今までは『復活』してから死ぬまでの時間は長くても十分ほどだったが、今回の作戦で稼げた時間はおよそ二十分。
完全に死ぬまでの時間を含めて、二、三回も繰り返せば夜が明けるのにお釣りがくるだろう。
その証拠にナガセの目には青い、とても青い澄み切った空が広がっており、今にも伸びをしてカーテンを開けたくなるほど見事な朝がやってきていた。
目の前の猿がいなければ、だが。
「「「「「「ウキャッ!」」」」」」
「状況変わってねえ‥‥‥‥」
たとえ夜行性の生き物だとしても、腹が減っている状態で獲物が目の前に入れば、当然寝ることなんてあるわけがなかった。
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