第一話 違和感のない違和感
目が覚めたら、という言葉は適切ではない。気づいたら、と言うのも変だ。
とにかく、いつからかはわからないが少年は、
体の感覚はまるで初めからそこにいたかのように違和感がない。普通、ある場所から別の場所に移動すれば、体が温度の変化なり何かしらの違いを察するはずだ。
だが、体の感覚は周りの空気に馴染んでおり、その空間に自分がいると言うことがごく自然のように感じられた。
「ここは‥‥‥どこだ?」
本能がこの状況に全く何も感じない傍、理性のみが何とかその「違和感がないという違和感」に抗う。
空を見上げても太陽は見えず、雲が薄く広がっている。一応明るくはあるので、時刻は昼を過ぎたくらいだろうと推測することはできた。
他にも何か情報がないか辺りを探すが、すぐには手がかりは見つからない。
とりあえず状況を整理することにしたその時、何よりもまず違和感を感じるべき事象に、ナガセは気づいた。
--「考える」ことができている
それはクスリの末期症状まで陥っていたナガセにとって、本来ありえないはずのことだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
腹一杯に三食の食事を摂れた一日など何回もない。小学校と中学校の給食が彼の唯一の安定した栄養源だったと言っても過言ではないほど、ナガセの栄養状態は悪かった。
おかげで頰の血の色は薄く、陽の光をあまり浴びることもなかったので肌は全体的に白い。
髪の毛は自分で思い出す都度切っていた程度なので、ロングヘアーとは行かないまでも伸び放題だった。
しかし、今のナガセの体調は彼の生涯の中でもトップクラスにいい方だ。
「何つーか、クスリが抜けた感覚っていうのは懐かしいっていうか、新鮮なんだな」
クスリがもたらしていない爽快感を嚙みしめる。久しぶりの「考える」という行動が、訳のわからない状況である今でも少し楽しく感じていた。
ナガセは近くにあった倒木に座って、今の状況を整理することに意識を戻した。
まず、ここはどこか。
周りは本当に木ばかりで、地面や、ちらほらと見える大きな岩には緑色の苔が生えている。とりあえずここが森の中だということがわかった。
見覚えもないし、ナガセが住んでいた町にはこんな辺りが見通せないほどの森はないので、少なくとも町からは離れた場所だろう。
木々を細かく観察してみると、「見たことのない木だ」ということがわかった。
ナガセは木の名前に詳しいわけではないが、公園で夜を明かしたり、あまりにも腹が減った時に林に入って食料を探したことは何度かあったので、見たことのある木ならわかるはずだった。
倒木の裏を探すと、これまた見たことのない生き物が蠢いている。三センチほどの大きなダンゴムシや、青色のムカデらしき虫が陽の光から逃げるように隠れていた。
「‥‥‥‥外国、か?」
少なくとも日本だとは思えない。気温はここに来る前に感じていたであろう気温と大差はないみたいなので、近い気候の土地ではあるらしいが。
これ以上考えてもわからないばかりなので、ここがどこかは一旦保留にしよう。
次は、自分自信の状況の確認だ。
服装はいつもと変わらない服装をしていた。ここに来る前にどんな服装をしていたかは覚えていないが、少なくとも自分が持っている服であることは間違いない。ボロボロのTシャツと、裾の所々が破れている半ズボン、薄汚れたスニーカーは疑いようもなくナガセのものだった。
ついでに何かないかと思って探したポケットや服の中は、何も入っていなかった。
何故クスリが抜けているか、ということを知る為に記憶を探るが、うまく思い出せない。
学校に行ったり、父親に殴られていたことは覚えているが、直前の記憶はぼんやりとして断片的にしか出てこなかった。多分、クスリの症状が末期に陥ったあたりから記憶がないのだろう。
そうなるとおかしなことが、クスリ抜けたにしても体が元気すぎる、ということだった。
記憶がはっきりしている頃でも時折精神不安定になることがあったし、頭痛や動悸、手の震えも起きていた。
しかし今は心も落ち着いているし、体も健康そのものと言っても過言ではない。
「意味わかんねえ‥‥‥‥」
状況の確認はできたものの、全く進展はない。
「とりあえず、歩くか」
ナガセはとりあえずの方向を定め、手がかりを探す為に歩き始めた。
今まで最悪の生活を送ってきたので、この状況に不安と恐怖は一切ない。むしろ久しぶりの健康な体で動いて、スッキリした頭で考えられることが結構楽しかった。
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