世界が全力で俺を叩き潰しにくる件について 〜最強勇者の超絶ハードモード異世界ライフ〜

種なしドングリ

プロローグ 薬物中毒及び栄養失調

 --ヤク中一家。



 誰かが実際にそう言ったわけではない。

 だが、その目は口よりもある種雄弁に、嘲笑と恐怖、そして哀れみを語っていた。



 父は昔からまともな人間ではなかった。


 父にとって家庭は自分の苛立ちの矛先を向ける場所でしかなかったし、その苛立ちが家庭内に収まらずに警察の厄介になったことも一度や二度ではない。


 当然そんな父に母が付いていけるはずもなく、物心ついた頃には家族と呼べる存在は父と祖母だけだった。

 

 

 --お前も吸うんだよ。



 今考えれば、父が家族にクスリの服用を強要したのは、自分一人でクスリを吸っている罪悪感に耐えられなかったからなのだろう。

 家庭内の暴力だって、言うならば心の内面の不安定さの裏返しだ。


 こうなる事は、案外前から自明のことだったのかもしれない。



「あぁ、あー、あぁ、うぅ」



 酩酊感と爽快感が混じった不思議な感覚が脳を握りしめる。すでに全身の筋肉が弛緩して、何かを喋ろうとしても全く呂律が回らなかった。



 --こうして床に転がったまま、何日が経っただろうか。



 動くのはクスリを吸うときだけだった。寝ているとも起きているともつかないぼんやりとした意識の中、時々何かを考えたり、考えなかったりを繰り返している。


 今の姿勢は多分、うつ伏せだろう。

 全身の感覚もしたりしなかったり、ぼんやりとしているので確信はないが、右耳が地面の畳にあたっているような感触がする。


 右手が握っているのは間違いなくポリ袋だ。

 なぜそれだけはっきりしているかと言えば、そこに入っているもののせいだろう。皮肉なことにそれはある意味で生命線になってしまっていた。



 不意に、爽快感が脳を握る手を緩めた。



 猛烈な、一番近いもので言えば飢餓だろうか、とにかくも強力な欲求が体を支配し、すぐに右手がポリ袋の中を探り始める。

 しかし右手が掴んだのは、単なるビニール片だった。

 それは今現在体が欲しているものではない。右手はまたポリ袋の中身を探るが、今度は何も掴むことはできなかった。


 --クスリがなくなった。


 脳の一部がそれに気づくと、体全体が一気に悲鳴を上げ始めた。



「お、ぉう、ゔぁああああああああああ!ぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!」



 体が痒い。


 頭が痛い。


 欲しい



 欲しい




 欲しい





 欲しい






 欲しい






 

 欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい 


 

 激烈な欲求が脳と体全体を駆り立てる。

 弛緩した筋肉を無理に使って手足をじたばたと動かし、ただただ欲求を誤魔化すために大声で叫んだ。


 その姿を見た人間がいたとしても、それ・・を人間だと思うことはないだろう。


 それ・・は、もはや人間としての尊厳を失ったただの獣だった。 


  


 そして獣はしばらく叫び続け、そのしばらくが終わると、事切れたように動かなくなった。

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