第13話 「俺と付き合ってるって思われるの、嫌?」


 その後、テディベアにカメラが仕込まれてたんじゃないのか、という高次の言葉を聴いて、すぐに二○二号室に駆け込もうとしたが、扉の前で先客が居ること思い出した。

 アケミたちだ。

 ドアノブを捻る前でよかったと巽は心底思う。勿論行為中であろう部屋の扉を開けるわけにもいかず、ふたりが出てくるまで確認はお預けとなった。

 それにしても、客であるアケミたちの顛末までカメラに収められ、ついでにバラ撒かれてしまった日には、『パラディーゾ』は間違いなく店じまいをしなくてはいけないだろう。犯人を見つけなくてはと気が逸る巽の横で、高次は「なんとかなるだろ」と素っ気無い態度であった。

 そうして三時間後、ふたりがスッキリした表情で帰っていったのを見送り、二○二号室へと突入する。

 比較的綺麗に使われてはいたものの、乱れたシーツだとか、部屋に篭る独特の熱気だとか、いたるところに情事の後が見られ、巽は軽く俯いた。

 ともあれ無事テディベアを回収し事務室へ戻り、机の上に横たわらせ、手術さながらハサミで開腹してゆく。

 焦るばかりの手つきは震え、これが人間だったら手術は失敗していただろう乱暴さだった。

 鮮血の代わりに白くふわふわとした綿が溢れ、部屋の中に飛び散る。その様子はまるで天使の羽が舞うかのような美しい光景だったものの、今の巽にそれを鑑賞している余裕はない。

 開いた腹の中を、早速ふたりで覗き込んだ。

「……」

「……」

「高次くん、ぬいぐるみの中にカメラがあるんじゃないの」

「なかったな」

 そう、何もなかった。

 念のため頭の方を解体しても結果は同様で、後には中綿を失い萎むテディベアの抜け殻と、いたいけなぬいぐるみに乱暴した事実だけが残り、巽の胸には後悔が襲った。

「やっぱり、お店閉めるしかないのかなぁ」

 疲れが急にドッとやってきて、巽はパイプ椅子に座り込む。背もたれを苛めると椅子からギシリと悲鳴が上がったが、悲鳴を上げたいのはこっちの方だ。犯人に抵抗しようとも彼、あるいは彼女のヒントは何一つなく、一方的に脅されている。それでは要求を飲む以外に解決方法がないのではなかろうか。

「警察に届け出る?」

「それは最後の手段にしたいかも」

 警察に届けるならば、被害届と共にあの写真も渡すことになる。自分の痴態と『パラディーゾ』、どちらが大事なのかと言われれば後者と答えるのが支配人の鏡に違いない。

 しかし支配人失格だと言われようと、たとえ職を失うことになろうと、あの写真を他の誰かに見せるのは勘弁したいところである。

「俺と付き合ってるって思われるの、嫌?」

 高次が机に頬杖をつき、意地悪く口端を歪ませて訊ねてきた。

 彼の笑顔を見れるのは嬉しいが、そういう笑顔ならあまり見たくないな、と巽は眉を顰める。

「嫌って言うか、……あ」

「ん?」

「明日、新木くんとどんな顔で会えば良いんだろ」

「あいつのことなんて気にしてる場合じゃねぇだろ」なんて高次は言うも、明日からもずっと、同じ職場で過ごすのだ。気にするなと言うほうが無理がある。

 一難去らぬうちにまた一難。

 巽は全てを投げ出して柔らかな布団で不貞寝したくなるも、その布団すら持っていないのが世知辛い。




 ホモが居る職場なんて気持ち悪くてやってられません。退職します。

 と電話が掛かってくるのではないかと思ったが、そのようなことはなくて、次の日新木はキチンと出勤してきた。

「おはよう」

「おはようございます」

「体調、よくなった?」

「お蔭様で」

「……そう」

 出社してくれたことに胸をなでおろしたのもつかの間、昼を過ぎても必要最低限以外の会話はせず、黙々と仕事をこなす新木に、巽は頭を抱える。ただでさえあの写真のことがあるというのに、これ以上の問題は勘弁したい。

 誤解を解くべく何かを話そうと思っても、何と声を掛けていいのか解らなかった。

 そもそも誤解なのか自分でもよく解らず、そのまま無情にも時間は過ぎてゆき、とうとう新木の帰宅時間となってしまった。

 このままではいけない。なんとかしなくては。

「あのさ、新木くん」

「何ですか」

「次の休み、予定ある? ないなら飲みに行こうよ」

 困ったときは飲みにいけ。

 父から教わった数少ないことのひとつだ。後輩の教育と称して朝まで飲んだくれていた父に、母の雷が落ちていたことも一度や二度ではなかったが。

「別に、いいですけど。僕も一之瀬支配人に訊きたいこと、ありますし」

「……うん」

 新木が言う訊きたいことの答えを、次の休みまでに探しておくのが宿題になりそうだ。

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