第10話 「……あんまり、見ないで」


 テレビの消された部屋の中で、ふたりの呼吸と衣擦れの音だけが聞こえる。

 ワイシャツと同時に唇も奪われた巽は、それがマトモなファーストキスだったのに、と文句を言おうとした。

 しかしその間も与えず潜り込んで来た軟体は、巽のそれを捕え、絡ませ、吸い上げ、好き勝手に咥内を犯してゆく。初めは微かな抵抗を見せていた巽だったが、数秒もしないうちに白旗を揚げた。どこでそんな技術を覚えたのだと責めたくもなる。

 魅惑的な唇が顔や首筋へ触れる動きを追っているうちに、身に纏っていたものは全てベッドの下に落とされ、お互いの肌を直に触れ合わせていた。

 心音がやけに煩く聞こえる。肌越しに高次に伝わっていないか不安になるほどだ。甘えていい、などと言っておきながら、こちらの余裕がなくなるのでは世話がない。

 身を重ね淡く巽の唇に触れたまま、高次の手が胸を辿り、腹を撫ぜ、繊細な茂みに指を滑らせる。そうしてまだ柔らかな肉を愛おしそうに撫で上げ、緩く握りこんだ。

「んっ、」

 夢に見ていた絹のような女の手でもなく、節々も目立つ無骨な男の手に捕えられたというのに、巽は大きく身を跳ねさせた。逃げるように下肢をもぞつかせるも、一度捉えた指は離れることなく、それどころか小さく揺さぶってくる。

「ぁ……、ふ、」

「あれ、初めて?」

「……まさか」

 二十八まで経験ひとつしてこなかったのか、と笑われそうで、つい見栄を張り否定してみたものの、軽く上下しただけの行為に対して、あまりに初々しい反応を見せてしまったのか、高次が小さく笑った。そうして「本当に?」と顔を覗き込まれながら子供をあやすような手つきで慰められ、巽の唇からは甘い吐息ばかりが溜まらなさそうに漏れる。

「……あんまり、見ないで」

 己の顔が映りこむほど、間近に見える彼の瞳に、巽は顔を歪めた。高次の視線には耐性がついてきたと思っていたが、やはりまだ慣れていないのだろう。心臓がこんなに早鐘を打つのはきっと、それのせいに違いない。

「じゃあこうする?」

 ふと高次が視界から消えたかと思いきや、ぐるりと世界が反転する。次の瞬間、視界には天井でなく、ハート柄のクッションカバーが広がっていた。

「それにしがみ付いてたほうが楽かもな」

「っ」

 両手が腰を鷲掴んだかと思えば、そこをぐっと持ち上げられる。言われたとおりにしたかったわけではないが、巽は咄嗟にクッションを抱き寄せた。

 両膝と上半身で身体を支え、尻を高く上げた格好、……つまり有体に言えば、四つんばいの態勢をとらされる。頭がそう理解するのと同時に、後ろに居る高次へあらぬ場所を晒していることにも気付き、ぼっと身体に火がついた。

「乾、くん。これは、」

「顔、見ないで欲しかったんだろ」

「でも、これじゃ……ひゃっ」

 ショートし始める思考回路へ水を掛けるように、ひやりとした物が尾てい骨の上に垂らされ、巽は身を竦める。重力に逆らわず、液体が双丘の谷間へと流れ落ちてゆくのに、ぞわぞわとしたものが背筋を這った。粘り気が強いのかその動きは緩慢で、まるで液体が皮膚の上をじっとり舐めているようにも感じる。

「なに……」

「ただのローションだよ」

 蓋の開いた小さいボトルを、巽の目の前に置かれる。半透明のボトルの中には、白濁とした液体が揺れていた。

 色恋沙汰には疎い巽でも、三分の二ほどに減ったこの液体を何に使うかぐらいは知っていた。そしてそれを自分の尻に垂らされることで、薄々気付いていたものの、自分が「そちら側」にされるのかと身震いする。

 粘つく液体が谷間に隠された蕾を舐めれば、巽は思わずひくりとそこを息づかせる。揺れる襞に液体が絡み、くちゅと小さな音が立った。その音を聞きつけて、高次が中指を宛がうと、そのままローションと共に押し込める。

「っ、乾、くんっ」

 唐突な侵略に批判するよう声を荒げるも、そんな様子はどこ吹く風で、巽の内側を割ってゆく。それどころか、侵入者を拒む守りの堅さに、高次は「へぇ」と感心したような声を上げた。

「処女みたい。こういうことされるのは、初めて?」

「当たり前、だろ……っ」

「ふぅん」

 他人どころか自分でも触れたことのない箇所の、浅い位置を解すようにゆっくりと指が動く。硬く閉じた蕾の花弁を一枚一枚丁寧に、しかし作為的に開かせる動きに、苦痛とは違う奇妙な感覚が生まれる。巽はぼぅとし始める頭を左右に振って、それに気付かないふりをした。

 徐々に呼吸の仕方を思い出したところで、冷たい液体が再び、開ききらぬ蕾を目掛けて注がれる。

 温度差に震える襞が、にちゃにちゃと粘ついた音を立たせるたびに、巽は呼気を羞恥に震わせる。後ろの惨状は見えないものの、ローションの色と粘度のせいで、既に一度男に犯されたような有様になっているのだろう。その光景を変に想像してしまい、巽はクッションへ顔を埋めた。

「こんなの……もう、」

「初めてだからさ、よく慣らしておかないと」

 徐に、背中へ高次の胸が重なった。温もりと重みを心地よく感じるのも束の間、「じゃないと入らない」と耳元で囁かれるのに、ぞわりと背筋が粟立つ。

「何を」と、解りきったことを訊き返すよりも早く指がもう一本増やされれば、言葉は苦しげな喘ぎに代わった。二本の指をVの字に開かれれば、すぅ、と更に深くまで潤滑油が流れ込む。その後を追うように、二本の指が閉ざされた未開の地を奥へ奥へと進み、今度はやや乱雑な動きで掻き乱してゆく。巽の意思とは関係なく、中で暴れる指を押さえつけようと腹が動けば、あらぬところに指を含む事実を身をもって知ることなり、溜まらなさそうに頭を振っ

た。

 このまま羞恥で理性が壊れてしまうのではなかろうか。そう思い始めたとき、とうとう隠されていたその箇所を指先が掠めた。

「ぁ」

 ふ、と詰めていた呼吸が淡く解け、腰が小さく揺れた。

 長く閉ざされていた雪道が溶け、快楽の芽がその隙間から顔を出す。

 その反応に高次がにんまりと口端を吊り上げ、悪魔じみた笑みを浮かべた。それを巽が見れなかったのは幸か不幸か。

 二本の指先が揃ったかと思うと、一点だけを強く押し上げる。

「あぁ、っ」

 まるで電流が身体中に駆け抜けたようだ。今まで体験したことのない強い刺激に、思わず悲鳴じみた嬌声を上げる。

 それを感じたのも一瞬だけで、直後、指を一気に引き抜かれると、その動きに引きずられた白濁が一筋零れ、巽の白い内腿を汚す。生暖かく粘ついた液体が皮膚の上を滑るのは気持ちが悪かったものの、息の詰まるような苦しさから解放されたことに安堵し、大きく息を吐く。

 それも束の間、垂れ落ちたローションの筋をさえぎるかのように、男の凶器が内腿に宛がわれる。その瞬間、思わず巽は呼吸を忘れた。

「っ、……、」

 指とは何もかもが違う。太さも、大きさも、そして熱も。据え膳の痴態を眺めたせいか、それは既に凶暴さを露にしているようだった。それを押し付けられた柔らかな内腿には窪みが出来、ローションとは違うぬめりで、皮膚の上がてらてらと装飾される。

「挿れてもいい?」

 甘くかすれた声が耳元に落とされる。ダメだといったら止めるのだろうか。そんなわけがないのにいちいち訊ねるのはずるい。

 何も応えずにいる巽からの答えを急かすように、熱の切っ先が窄まりの上を舐め上げる。その先にある楽園へと誘惑する動きは、しかし無理に押し入ることはせず、あくまで巽の様子を伺う態度に、巽はじれったさすら覚え始めた。

「なぁ」

「……」

 ずるい、ずるすぎる。

 怯える子猫へ掛けるような甘い声で唆され、優しい手つきで前髪を撫でられれば、誰だって頷かずには居られないだろう。

 巽のそれは些細な動きだったはずなのに、それを目敏く確認したのか、声とは裏腹、高次は遠慮の欠片も無く腰を進めた。

「あっ、……ぁ、ぐっ、」

 このままバラバラになってしまうのではないか。そう錯覚するほどの衝撃に、巽の背が弓なりに撓る。宥めるような優しさで、じっとりと汗ばんだ背中に点々と口付けられるけれど、それだけではごまかされない。先ほどまでの優しい猫なで声はどこへやら、異物を拒みつづける内壁を切り開き、男の全てを巽に飲み込ませた。

「っは……きっつ、」

 暫くはどちらも動けないまま、ただ荒い呼吸だけが部屋を満たす。身じろぎひとつ、呼吸ひとつするその動きだけでも、腹の中に収めたそれがいやに存在を主張する。空気の入る余地すらないほどピッタリと嵌る様は、まるで世界にひとつしかないパズルのピースを見つけたかのようだ。高次の熱の脈動ひとつひとつが巽へダイレクトに伝わり、まるでそこに自分の心臓があるような錯覚を起こした。

 呼吸も、鼓動も、熱も、身体も。

 自分のものが相手のもののように感じ、また相手のものが自分のもののように感じる。

 この身体がどちらのものなのかすら曖昧になり、どうでも良いことにさえ思えてくる。

 永遠にも感じられた時間の後。ぽたりと巽の背中に汗が落ちた。それを合図にしたのか、唐突に高次が大きく腰をグラインドさせた。

「あぁっ、やっ、……いぬ、いくんっ」

「高次でいい」

「待って、動かないで、……っ」

 巽の制止する声も聴かず、性急な動きで狭い管をかき乱す。内側に塗りたくられたローションが、揺さぶられる度に淫靡な水音を立てて波打った。自ら内側を潤ませているかのような錯覚に、巽は思わず首を左右に振る。

「あっ、あ、俺、女の子じゃ、……ぁ、っ、ないのに、」

「知ってる」

 腰にまわる高次の手が徐々に下がってゆく。指先が巽の淡い茂みを梳いたかと思えば、その先にある放り出されたままの雄に絡んだ。悦楽に溺れる身には、ゆっくりと上下に擦られるだけでも十分な刺激となり、その手の中で主張を始める。

 巽の意識がそちらへ飛んだ隙に、高次が一気に杭を打ち付けた。

「ああっ」

「ここだろ」

 指に暴かれた奥のしこりに狙いを定め、今度は熱のふくらみが執拗にそこばかりを押し上げる。激しい抽送に思わず巽の腰はうねり、身悶えた。何度「ダメだ」と言おうと男は聞き入れず、好き勝手な動きを繰り返し、欲望のままにさまざまな角度から巽の尻を突き上げる。

「ここ、好きじゃ、ない?」

 耳元に男の熱い吐息が吹きかけられる。腹の中だけではなく、そこから脳髄の奥まで熱に侵食されているようで、巽の理性が溶けて行く。思わずその言葉にこくこく頷き、更なる悦を貪ろうとした。

 その時だった。

「っ」

 苦しいほどの悦楽にもがく右手が、どんとベッドヘッドに当たる。

 その振動で、上に鎮座していたテディベアがぽとりと転げ落ちた。

「ぁ……」

 ちょうど巽の顔の横まで転がってきたテディベアと視線が合う。

 柔らかな茶色の毛並みに埋め込まれた、つるりとしたガラスの瞳に、己の顔が反射していた。

 覆い隠すものなど何も纏わず、それどころか尻を突き出しあらぬところを人前に晒している。男にも関わらずそこを弄られ、射抜かれ、揺さぶられ、それでも蕩けた顔で悦を貪る浅ましい姿が、そこには写っている。

 無邪気な黒い瞳に見つめられ、巽はヒクン、と、秘めた箇所に咥えた男を締め上げた。

「っはは……ぬいぐるみに見られて、興奮してんの」

 嘲笑うように言われて、カッと巽の顔が火照る。

「違、っ」

「違う? 本当に?」

 高次が唐突に巽の腰を抱えると、そのまま後ろへ引き上げる。そうして身を起こせば、高次の上に座ることとなり、自然と自重がその一点に掛かった。更に深くを抉られるのに身が悶え、逃れようと腰を動かせば、それは悦楽を生む行為にしかならない。

「ぁ、んっ」

「ほら。もっと見せてやりなよ、ここ」

 高次が手を伸ばし、ベッドヘッドにテディベアを戻す。その手で今度は巽の膝裏を掬い、そのまま左右に大きく割らせる。不安定な姿勢を取らされるのに、思わず高次の身体へ凭れかかれば、支えもなくそそり立つ前から、男を咥える白濁に塗れた後ろまで、余すところなくガラスの瞳に晒された。

 途端、とろりとした蜜が堪えきれずに溢れ出て、一層切羽詰る熱に巽の頬が羞恥に染まる。両腕で顔を覆い、違う、と首を横に振るも、なにひとつ違っていない事実に、頭の中がくらりとした。

 あられもなく投げ出された脚の間に、高次の指が滑る。中指の先がひとつになった縁を確かめるように辿れば、そこは確かにひくりひくりと小さく震えていた。

「は……っ、やっぱ感じてんじゃん」

「やっ……違う、ってば、」

「イく顔も見てもらいな」

 悪戯な手がそのまま会陰を遡り、さらにその上で震える巽の熱を捉えた。滴り落ちた蜜ごと裏筋を撫で上げられると、思わずその手のひらに悦を求めて腰が揺れる。そうすると連動して、秘所に隠した男を揺さぶる形となり、甘い悲鳴が止められない。

「あ、あっ、ダメ、だって……こんなの……っ」

「ダメじゃないだろ。巽の嘘つき」

 高次の手が、じゅ、じゅ、と、わざと濡れそぼる音を上げながら熱を追い立てる。単刀直入なその刺激に恥も外聞も吹き飛ばされ、巽は高次の上で自ら身体を躍らせた。そうして悦に波打つ皮膚の上に、点々と口付けを落とされれば、巽の唇からも思わず男の名前が零れた。

「高次、く、んっ……高、つ、ぁ、……あぁっ」

「ん……」

 耳元で高次が小さく呻いたかと思うと、胎内の灼熱が更に膨張し、ぐぐと奥のしこりを押し上げる。その途端破裂する熱に視界が真白に塗りつぶされ、自分でも触れぬ箇所に迸りを感じるのと同時、巽もまた、高次の手を汚していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る