34話 後悔




「これから話すことは飽くまで推測なんだが…」

エメルさんは酒を容器に注ぎながらそう言うと、その酒をぐびっと飲んで喉を潤した。

「ンン…。ジーマはウォーリーの事件以降、ジョセフのことをどう思うようになった?」

「俺が、ですか?」

俺が質問すると、当然だろ?といった感じでエメルさんが頷いた。

──俺がジョセフを?うーん…。


アストレのときだ。あのとき、俺はダークフォースを持つようになってから初めて、他人に生きていて欲しいと願うようになった。ジョセフをである。

それが友情からか、はたまた別の感情からか定かではないが、とにかく俺は人の死に完全に無関心ではなくなった。

今でも全くの赤の他人であれば簡単に殺すことも可能だが、ジョセフ、そしてエリーとノーガ、この3人だけは殺せない。

ジョセフ…お前を殺せないのは厄介事ではあるが。


「そうですねー…。確か、生きていて欲しいですかね?」

顎を撫でながら呟くようにそう言った。目は天井に向いていてどこか上の空な感じだった。

「ふーん。じゃあ、今日助けた親子は?」

「抱いた感情?」

「……ん、うん」

「あの時は必死で、頭はほとんど空っぽだったんですが、それでもきちんと覚えているのは、守らなければという使命感ですね」

なんか質問というよりインタビューみたいだなと思った矢先、彼女は間も空けず口を開いた。

「うん、やっぱり。ジーマ、お前のダークフォースをライトフォースに変える方法がわかった」

「え!?」

「驚くなよ。だいたい私の推測通りだった。なあジーマ、さっきお前が答えたそれぞれの思いにはある共通点がある。それはなんだと思う?」

エメルさんはずいっと身体をテーブルから乗りだして質問してきた。

──共通点?なんだそれは?

俺は暫く頭をフル回転させてその共通点を探してみたが、結局見つからず、彼女に聞いてみることにした。

「すみません。ちょっと思いつかないです」

「………。ジーマ、さっきから疲れてるだけかもしれないが、今のお前は随分と察しが悪いぞ?」

呆れたようにため息を吐きながら彼女はそう言った。そんな時間が、俺を焦燥感に襲わせる。ワクワクとは違うが、気分のあがることだ。せっかちとは自覚しているが今だけはしょうがないと思うのだ。

「は、早く教えてください!」

「な、なにをそんなに焦って…!まあいい。その共通点とは、2つの感情が生についての欲望から成り立っていることだ。おそらく、その感情が引き金となって、お前のフォースは変換されるのだと思う。しかしお前の場合、常に意識し続けない限りその状態は永遠ではない。無意識に正義でいられないから、もしくは単純にダークフォースが強すぎるから。ジョセフが近くにいるとき、ずっとライトフォースを保ったままでいられるのは、無意識にでもその感情を持っているからだ」

「んんー…」

──無意識にその感情を保っていられるからライトフォースを保っていられる…?

なんだか分かる気がするぞ。そうなのかもしれない。さすがだよ、エメルさん。

彼女が考察内容を丁寧に教えてくれたので、俺はなんとなくだが納得し、感激からか思わずパチパチと拍手をした。すると彼女は照れ臭そうに鼻の下を擦った。

「やめろよ、大したことはしてないんだぜ?」

やめろとは言いつつ、彼女もその気であった。

──ここまでの結論に辿り着くにはかなりの時間をその為に割いたに違いない。……やってくれるよこの人は。

俺の胸は感激でいっぱいになった。


……しかしね。それならばである。

それならば何故この前の夜、ハンターの姿でジョセフの真ん前にいられたのか。

エメルさんの推測が正しいと、俺はジョセフの前ではダークフォースをライトフォースに無意識に変換してしまい、ハンターの姿ではいられない筈である。なのに何故…。

考えてみよう。エメルさんの話だと俺は、他人への生への欲望によってダークフォースがライトフォースに変換される。ダークフォースはライトフォースと真反対の力…。

つまり方法も真逆…?他人への死を渇望することによって、ダークフォースをジョセフやエリーがいる状態でも保つことができる?でも俺はジョセフに死んでほしくない。

ええ…。ならば何故この前…。


「ジーマ?」

エメルさんが俺の顔色をのぞいてくる。

「え?は、はい」

「難しい顔をして…。いったい何を1人で悩んでるんだ?」

ああ、そうか…。難しい顔をしていたか。俺らしいと言えばらしくはあるが…。

「いえ、何でも。あ、でも暫くは1人でいさせてください」

俺がそう言うとエメルさんは、眉をひそめて首を傾げた。

「ああ!いや、でもエメルさんにどこかへ行って欲しい訳でも無くてですねぇ…」

「落ち着けよ…。1人でしか悩めないことなら、私も無理に首突っ込まんよ」

「ありがたいです…」


他人への死を渇望すること。いや、渇望とは少し違うかもしれない。希望…?そう望むこと?或いはそう強要すること?うーん。

あの時はどんな状況であった?俺とジョセフ以外に…。

俺はそう思いついたところで閃いた。

ブルベ!あの時あの場に、ブルベがいた!

なるほど、俺はペンタスの依頼を達成するため彼の家へ赴き、彼を殺そうとしたではないか!

それが「他人に死を希望する」ことではないのか!?

俺の中でのフォースの影響力はライトフォースよりも断然にダークフォースの方が上、つまり守りたいという気持ちよりも殺したいという気持ちの方が勝っていたんだ。だからジョセフがいる状態でもダークフォースを保っていられたんじゃないか?

今まで述べたこともただの推測に過ぎん。だが、これで彼女の考察と繋がったって訳だ。

納得したよ、全く。


「エメルさん、もう終わりました」

「凄かったぜ?目や首をグルングルン回して考えごとをするんだから。とりあえずお疲れ様」

そんな激しく!?

俺はヘヘッと照れ笑ってみせると、水を口に含んで勢いよく飲み込んだ。

……何だか、謎が無くなったみたいで気分が楽になったな。ここにいる理由も無くなったように感じる。いやまあ、暫くはこのままいるがね?

「ハァー…」

「本当にお疲れだな」

椅子に腰を浅くかけてだらーんとした俺を見て、エメルさんは苦笑した。

「明日も昼の12時から活動するからな。今日はゆっくり休めよ」

昼からか。どうせ無駄話で1時間くらい間延びするんだろうが…。あ、

──昼の無駄話…!

なんでもないことで俺はパッとその内容について思い出した。

俺がエメルさんにした、人を殺すことについての質問…!そしてその回答。

それを考え、答えるのは今じゃなくても良さそうだが、どうせならまた忘れないうちに。


まあそれはいいが、答えかぁ…。

すぐに思いつくことではない。だからここからは俺の経験を交えた想像になるのかもしれない。

正義のためか…。


──他人への生の渇望、死を希望または強要…。


強要…………?


なるほどな。

「エメルしゃん…」

「ん?」

「俺、エメルさんに答えてもらわなくてもわかった気がします。昼の質問のこと」

「え、ああ、あれか…。今じゃなくてもよくないか?私お前に言われるまで忘れてたよ」

「僕もです…。忘れっぽいんですよ。だから忘れないうちにと思って」

「んー…まあいいや。余計に頭使って疲れる気もするが言ってみろ」

彼女の顔はまるで、嫌な上司から面倒くさい仕事を押し付けられた部下のようにうんざりしていたが、耳はちゃんと傾けてくれていた。

俺はそれを確認すると軽く咳払いして話始めた。

「正義の為の殺人。つまりは誰かを守りたくて、とか幸せでいて欲しくてとか。あとは許可されたものですね。それってやっぱり、悪いものでもないと思うんです。でも良いと言い切れるものでもない。例えば、ハンター。あいつは武器に例えると、剣や銃なんです。使い手によって正義にもなるし悪にもなる。まあ、あいつの場合ほとんどが悪ですし、正義と言えるか不安なところもありますが…。でも、それって人を殺すことが必ずしも悪い訳ではないという証明になるんです。そしてその正義側の殺人を、今俺たちはしていると。でも、さっきの俺みたいに直ぐには正義と捉えられない人間もいる」

「………」

「良いか悪いかなんて結局は、エメルさんの言った通り曖昧なんです。模範解答なんてない。だからあの時咄嗟に、エメルさんは答えることが出来なかった。曖昧な答えを決めるのは自分なんじゃないかと思います。どう捉えるか。エメルさんは俺に、正義の為の殺人とイメージさせるようなことを言って、この仕事が正しいものであることを無意識に主張したのかも知れません。でも、それを俺が悪だと捉えてしまったら今頃ここにはいませんしね」

俺がそう言うとエメルさんは椅子の背もたれに背をべったり付けて天を仰ぎ、額に手の甲を乗せて大きく息を吐いた。

「そうだな…。そうかもしれん」


会話が終わり暫くして、特に話すこともないので、俺は彼女にある質問をすることにした。

少し気になることがあるのだ。それはエメルさんの父親のこと。

28歳の娘をいつまでも甘やかし続ける父親とは、一体どういう親なのか知りたい。

「あのー、エメルさん?」

「ん?」

「エメルさんの父親さんって、どんな人なんですか?」

「なんだってそんなこと?」

「え?いやあ、少し気になりまして…」

彼女は口をへの字に曲げ、眉をひそめて首をかしげた。どうやら俺の探るような質問と態度に彼女は少し疑問を浮かべたようだ。しかし、その程度なら何の問題もなかろうと判断すると彼女は俺の質問に答えた。

「…父は元考古学者で、遺跡などに足を運んでは色々と持ち帰り、数々の謎を解明してきた」

「へぇ、賢い人なんですね」

「今お前が持ってる兵士用の武器に使われているライトストーン。あれは父が遺跡から発掘した書物からヒントを得て作られた代物だ」

「え!?マジッすか!?」

け、結構身近でお世話になってる人なんだな。エメルさんがフォースについて詳しいのも頷ける。

「父はその書物を独自に解読したそうだ。その書物に記されていた内容は確か……、ダークストーンとかいう不気味な石の作り方だったそうだ」

「!?」

だ、ダークストーン!?な、なんだって、そんな物が!

い、いや落ち着け。下手に動揺しても変に疑われるだけだ。なんたってエメルさんは勘が鋭いからな。

「へ、へえー」

「でもね、一部解読が出来ない箇所があったんだ。そこは解説書の中でもかなり要の部分でね。結局ダークストーンの作り方ってのは分かっていない」

「………」

「でも父はそこであきらめなかった。なんと父は、手当たり次第に物質を書物に記された物質と調合法によって調合しはじめた。そしてたまたま出来上がったのが、ライトストーンだったって訳」

ほ、ホッとしたぁ〜。しかし、ライトストーンが古代の技術からヒントを得て作られたことは知っていたが、まさか偶然によって生まれた代物だとは…。作り方もほとんど同じってことは、やはりライトフォースとダークフォースは真逆なようでとても近い存在なのかもしれない。…中々興味深い話だったよ。

ってそうじゃない!これではエメルさんの父親の話ではなくてライトストーン誕生秘話ではないか!

「そう、父がいなければ今頃兵士も…」

「え、エメルさん。話戻しましょうよ」

「あ、いかん…。そうだったな。現在父は、自分の開発したライトストーンを兵士用に生産しボロ儲けしている。なんたって需要があるからな。父とその下で働くものしか製造方法を知らないのだから」

へぇ、大富豪なのか。エメルさんを甘やかすのも分かる気がするな。


──大富豪…?


そのワードがなぜか引っかかった。

何故かは分からなかった。だが、すぐに思い出した。

嫌な思いが俺の脳裏をよぎる。

そ、そんな訳ないよなあ。たまたまだよ。たまたま。

ライトストーンにも言えてるが、偶然ってすごいものなんだな。


本当に、ね!!


製造方法は父とその下で働くものしか知らない…!?ヤバいよな?今完全にヤバいよな!?

「父を尊敬してはいるが、彼の従業員への態度は認められたものでもないな。自分よりも下のものを道具と思ってやがる」

か、確定だな。本当に、運命の悪戯なら勘弁して貰いたいものだ、全く。

「ブルベって言うんだ。兵士なら、1度でも聞いたことあるはずだよな?」

「はいありますよ…」

聞いたことあるどころか、殺そうとしたこともありますよ!

あぶねぇよなぁ!?なんたって自分の恩人の父親を殺そうとしたんだぜ?

冷たいイヤな汗が背筋に流れるのを感じた。なんで…!俺は力が抜けていき、徐々に萎れていった。

「ん?オイ!ジーマ!だ、大丈夫か!?」

「大丈夫ですよ。あなたの父親は。僕は何もしてません」

「ハァ!?意味がわからない…。疲れてるだけだよな!?」

「そうですね…疲れてるだけですよ」


そこからは酒が大量に入った者と異常に疲れた者同士の他愛もない会話になった。時間が経つにつれ、どんどん真面目な話から脱線していく。

そして脱線するところまで脱線したとき、会話はついに恋バナへとなった。

だがまあ、こういう会話も苦手ではないが。どうかなぁ?俺の回答が彼女の役に立つ訳はないだろうし、俺の恋人はエリーが初めてだから、経験が豊富という訳でもない。苦手でなくとも得意ではないな。

「ジーマさぁ。周りにいい男とかいないの?」

「んー…。例えば?」

「頼り甲斐のある長身イケメン」

「……いることはいますよ」

「え!?だれだれ!?」

「ジョセフっすかねぇ」

「へぇ、詳しく頼む」

「18歳。身長が180㎝以上、周囲の女性からも結構モテるイケメン。兵士としての成績が認められ、ハンター討伐隊の隊長を任せられる。趣味は読書」

「おお!」

「ああ、でもかなりのシスコンですし、堅すぎるところもあるから、夫には向きませんよね」

「え!?……次」

エメルさんの晴れた表情が一瞬にして曇った。やっぱりシスコンはNGだよなぁ。

「次はノーガって奴ですかね」

「ん?」

「ああ、でもあいつはダメっすよ。いい奴ですけど女性に勧められるほど上品な男じゃない。むしろ、女好きの下品な奴です」

「ダメじゃん!」

エメルさんが力強くテーブルを叩く。

悪いなノーガ。でも本当に勧められないんだよ。

「そのー、ジョセフ?彼をシスコンにさせるほどの妹って一体どんな奴なんだ?」

「え?ああ。エリーって娘でして、僕の恋人でもあるんです。もう無茶苦茶美人すよ!でも彼女も兄のジョセフと同じちょっとブラコンでして…。たまに嫉妬しちゃいます」

「嫉妬とか可愛いなお前」

「逆に質問しますけど、エメルさんの求める男ってどんな男をいうんです?」

俺がそう言うとエメルさんは、腕を組んで唸り声をあげながら必死に理想の男性像を思い浮かべた。

「そうだなー…。やっぱり、ヒーローのように強くて守ってくれる男がいい」

「……高望みというか、イタいというか。28にもなってその答えは中々厳しいように感じます」

「ヒドい!!でも求め続けたらきっと出会えるぞ!」

「いやいや、エメルさんはそうやって求め過ぎたんじゃないですか?」

俺は冗談のつもりだった。

だが、その言葉が酔ったエメルさんのハートにはぐさりと来たらしい。

「な、なんで?なんでそんなこと言うの?」

「へ?」


「うああああああああああああ!!!!」

「ええええええ!?!?!?」


彼女はプルプルと震えた後、大声をあげながら泣きだしてしまった。

ど、どうすれば!とりあえず落ち着かせないと!

「!?ちょ、ちょっとエメルさん!?すみません言い過ぎました!ねぇ、あの、それってどういう人なんですか!?ねぇ!」

め、めんどくさい人!酔っているとはいえ、アラサーなのにこの子供っぽさはなんなのだ!感情の変化も突発的すぎる気もするし!

ああもう!本当にめんどくさい!


エメルさんは突然大泣きしだしたかと思うと、すぐ泣き止みそのままぐーすかと寝てしまった。

な、なんだったんだ、あの一連の流れは…!?酒の力って本当に恐ろしい!

エメルさん…。別にめんどくさいからって嫌いじゃない。むしろ、その一生懸命な姿に(恋愛的な意味ではないけど)好意すら感じるが…。

なぜアラサーにもなって1度も恋人が出来たことないのか分かる気がする。

でも、ある意味魅力的な女性ではあるよな。元気な歳上の女性がタイプな男には結構需要があるのかもしれない。

顔も28とは思えぬほど可愛らしく、そのお茶目っぷりに和むことさえある。勿体無い女性だ。姉に欲しい人よ。


「イリーナ、ちょっとエメルさんの足持ってくれないか?」

「え?どうしたのエメルさん?」

「…酒に酔い潰れちまった。迷惑なこったな。寝床まで運んであげよう」

「うん、OK」

イリーナはエメルさんの足の方へ回り込むと、屈んで彼女の足を掴んだ。

「よし、いっせーのーで!」

掛け声とともに足腰に力を入れた。

俺達は2人でエメルさんの手足を持ちあげると、彼女の身体を寝床まで運んでいった。

「フゥー…。助かったよイリーナ」

「優しいんだね。ジーマ君は」

「お世話になってるからな。色々と」

俺は照れから後頭部をぽりぽり掻くと、エメルさんの顔を見た。

──ン、ンン……!?歳上の女性の寝顔を見ていると中々どうして…!

彼女の気持ちよさそうな寝顔を見ていると、少し顔が熱くなった。そんな俺にイリーナは気づいたらしい。俺に微笑みを浮かべて言った。

「可愛い人よね。あなた貰ってあげれば?」

「ば、バカ言え、俺にはもうガールフレンドがいるんだよ。エメルさんもいい人だけど…、その娘より、愛せる自信がない」

俺の声は徐々に暗くなっていった。それはエメルさんもいい人で、彼女を少しでも否定するようなことを言うと胸が痛むからだ。

「ごめん、やっぱり優しくないわ」

「ハァ!?」

態度をコロッと変えたイリーナに俺は若干混乱した。訳わかんねぇ…!

「なんなんだよ、それ」

「無駄な優しさは、女を知らず知らずのうちに傷つけているのよジーマ君。罪な人ね」

「ハハッ!なんだそういうこと…。この世に優しくしてはいけない女性がいるとはね。それに傷つけるって…。俺みたいなガキンチョに、優しさで惚れる女性なんていやしないよ」

俺は彼女の冗談じみた話に苦笑した。

「んゴッ!」

イリーナとの会話の間を埋めるように、辺りからハリソンのいびきが聞こえる。俺は周囲を見回した。するとほとんどの避難者が、既に寝床についていることに気づいた。

「俺たちももう寝よう。うるさくするといけない」

「うん、おやすみ」

そういうと俺たちはそれぞれの寝床に向かった。

寝床といっても固い床に布を敷いただけだから、朝起きると痛いのだが、すぐ慣れるらしい。本当かねぇ?

寝床につくと、身体の部分部分がギシギシと悲鳴をあげだした。

こんなんじゃあ寝ても疲れが取れねぇよ。身体が痛くてろくに眠れもしない。


本当に…眠れも…







朝起きると、既にジーマ以外の奴らは起きていて、丁度イリーナが起こしに来ていた。

「あ、丁度起きてくれた」

「うーん…」

私はイリーナの顔を覗いて、彼女であることを確認すると身体を寝床から起こした。

──ンン!?しまったなぁ…。

「あー、マズい。昨日の夜、飲みすぎて気分が悪い」

「え、大丈夫?お水でも持って来ましょうか?」

「…頼む」

イリーナはこくりと頷くと、水を取りに行った。

私は真っ青な顔を起こして、ジーマの所へ向かった。

彼は死んだように眠っている。しかし、私以外の人間が起きてから大分経っているみたいだし、このまま起こさん訳にもいくまい。

「ジーマ、そろそろ起きろよな…。出来ることならあまり大声を出させないでくれ」

いかにも気分の悪そうな声を出しながら、ジーマの身体を揺さぶった。そうするたび頭痛がはしり、勘弁してくれと乞うばかりだった。

私が何度かジーマの身体を揺すっていると、彼は呻き声をあげて寝返りをうった。

「……ジーマ」

起こそうとしてもなお、睡眠を継続しようとしているジーマに私は徐々に腹が立ってきた。

「いい加減にするんだな…こうなりゃ蹴るぜ」

頭痛のする関係であまり大きな声は出せなかったが、それでも彼の反応がないことを確認すると私は彼の身体をひと蹴りした。

「ガッ!」

彼は短い悲鳴をあげると、飛び起きて首を左右に振り回すようにして辺りを見渡した。

「よう、ジーマ。よく眠れたか?」

「え、エメルさん…!?勘弁してくださいよ…」

「すまんすまん。皆起きてるし、起こさなきゃって思ったんだ」

「それもありますが、起こし方ってもんがあるでしょう?」

ジーマは寝起きというのもあって多少不機嫌だった。しかし、しょうがないというものだ。

「一応身体は揺さぶったし、声もかけた。それでも起きれなかったってことは相当深い眠りだったんだな」

「…自分でも驚きですよ。なんたって身体が痛いですもん。よくこんな場所で眠れたものです」

そんな会話をしているところに、イリーナはコップ一杯分の水を持って私の所へ向かってきた。

「お水です」

「ああ、サンキュー」

私は無愛想にもイリーナに感謝を伝えると、コップを受け取った。

水を口に含むと、刺さるような冷たさが口一杯に広がる。それを感じた私は、寒さを思い出し小さく震えた。

「イリーナ、なんでエメルさんは水を?」

「二日酔いよ。気分悪いんですって」

「あー納得」

ジーマは水を飲んでいる私をジロジロ見ながら、イリーナとヒソヒソ話し始めた。

「イリーナ?」

なんか私だけ話に置いていかれるような寂しさがあったので、私は無理矢理会話に割って入った。

「はい?」

「そのー…、いつものことなんだが…」

「へ?ああ、あのことですね?」

イリーナは納得したように返事をした。ジーマの頭に?が浮かぶ。

「あのことって?」

「エメルさんね、結構な酒飲みでしょ?だから昨夜の出来事とか酔い過ぎてほとんど覚えてないんですって。だから私が、昨夜はどんな事してどんな事言ってましたよ〜って教えてあげてるの」

「へー…」

「でも困ったなぁ。私昨日のエメルさんほとんど見てないや。ジーマは何か知ってる?」

「え!?」

ジーマは驚いた顔をするや否や、露骨に嫌そうな表情と素振りをしてみせた。

さては、昨日の私とんでもない爆弾発言してしまったな〜。言いたがらないのも分かる。

だが知らなきゃ気が済まない。それは心配からである。それに、ある程度は過去のことで耐性ついた。それぐらい受け止める覚悟はある。

「ジーマ、これは私のためなんだ。遠慮せずに言っていいぞ」

「で、でも…」

「心配すんなって!」

私は笑顔でそう言ったが、それを知りたがるのは私が心配性だからである。どの口が言ってんだとツッコミ食らってもおかしくない。

だが、ジーマは「そこまで言うなら」と言う気になってくれたらしい。

彼はイリーナを向こうにやると、私の目を見て口を開けた。

「あのですねー…」

「なんだよ」

「え、えーっとそのー…」

「早くしろや!」

「い、いいんですかぁ?」

「そういう質問はもっと早くすることだ。さあ早く」

「後悔してもしりませんよ?」

「酒飲んで酔うたび後悔してきたさ」

「じゃあいいますよ?」

「長えよ」

「昨日エメルさんは………」







「終わりました?」

イリーナが塞いでた耳をあけてこちらへ向かってくる。

「終わったよ…私」

「!?」

イリーナは驚愕の顔をした後、俺の方を向いて一体何をしたと目で訴えてきた。

「何もしてねぇよ。ただ昨日のことを教えてあげただけ。エメルさんは昨日、ヒー…」

「言うな!」

エメルさんはそう言うと物凄い形相で俺に飛びかかり、口をがっちり塞いだ。

「ムグッ!」

「ちょっ、エメルさん!?」

イリーナが慌てふためく。

「は、発言の方はまだよしとしよう。だが、その後の行動が問題だったのだ!」

「ギグゥッ!」

手を押さえる力がいっそう強くなり、俺は息も出来ずにただもがくことしか出来なかった。

「えーとえーと…!そのエメルさん!」

イリーナが頭を抱えてジタバタしながら彼女に呼びかける。

「なんだよ!」

「その問題てのはもしかして…


もしかして泣き虫エメルさんのことですか!?」

………………。


「え…?」

俺の口を塞ぐ彼女の手の力が徐々に弱まっていった。

「泣き虫エメルって…私?」

「正確には、酔ったエメルさんです」


「なんだよそれぇぇえ!?」

「ずっと知っていました…!エメルさんは酔うと子供っぽくなるって。でもそれを言ってしまうと、あなた傷つくでしょう!?だから言わないようにしてたんです!それをジーマ君が…!」

イリーナが鋭い眼光で俺を威圧する。

俺はついビビってしまい、背筋にイヤな汗が流れるのを感じた。

「ちょ、ちょっと待ってください!エメルさんがこんなことで深く傷つく女性だとは知らなかったんです!それに、言う前には何度も念を押したじゃないすか!」

「それでも最低よ、ジーマ君」

「い、イリーナぁ…!」

つ、遂にイリーナに見限られてしまった…!エメルさんもこんなだし…。どうなるのあと数日。


「プッ」

「え?」

「アハハハハハ」

「何が可笑しいんだよ」

俺とエメルさんがハモった。

「いやぁ、ごめんごめん。ジーマ君まで落ち込んでるのが可笑しくって…」

「な、なんだぁ〜!」

俺は安心からつい胸を撫で下ろした。からかってただけなのか。

謎の安心感からか、俺も何故か腹の底から笑いがこみ上げてきた。

そうしてまた、イリーナと2人して笑った。


最後にこんな風に笑ったのはいつだろう。また笑い合いたいな。ジョセフ、ノーガ、エリーの4人で。

余計に負けられなくなったじゃないか。

全く、迷惑な奴さ。あいつは。

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