31話 憧れ

「セナル教は結構歴史ある宗教みたいで、聖書のような本もあるらしいんだ」

エメルさんがセナル教狩り前の打ち合わせ中に、関係のない話をぶち込んでくる。しかし、俺も堅苦し過ぎる雰囲気は好きではないので、ついその話にのってしまった。

「そこまでいってるのに、どうして周囲にあまり認知されていないのでしょうね?僕なんて昨日が初耳でしたよ」

「そりゃあ、彼らは異常者のみの集まりだし、犯行現場を見た者は皆殺されているからね」

エメルさんがナイフを研ぎながら簡単に説明する。それでも俺は納得できた。

「なるほど…」

──彼らと同じような奴は、この広い国でもそう何人といないということか。納得したよ、全く。

「ジーマ?」

「え…?はい」

「今日はセナル教の牧師?っていうのかね?」

「知りませんよ」

「まあいいや。今日はセナル教の牧師的存在のジジって奴が、直々にここの住民を虐殺しにくるという情報がセナル教信者の口からわかった。そいつを倒してしまえば、お偉いさんを失った組織は混乱に陥り、まともに活動できなくなるはずだ」

エメルさんはナイフを研ぎ終えると、軽くナイフに向けてフッと息を吐いた。するとその周辺に鉄粉が舞い、俺の目を刺激した。

「ンン…!それで、俺は、どうしたら?」

「取り敢えず、ここら辺にいる奴らを狩って貰おうか。奴らはここの住民だけでなく、ここにいる信者以外の人間を虐殺対象としているから、刃物で襲ってきただけでわかるはずだ」

「さあ?もしかしたらここの住民だって、金目当てに刃物で攻撃してくるかもしれませんよ?」

「…難しく考えるな。あまり見下すようで言いたくはないが、住民は刃物を手に入れたらすぐ金にするさ」

エメルさんが周りを気にしながら言うので、俺は可笑しくなって笑ってしまった。すると彼女もつられて笑いだした。

しばらくして、俺の頭の中にある疑問が浮かんだ。その疑問を、俺は胸の中で押し殺すことが出来ず、思わず口を開いてしまった。

「正義のための殺人は、本当に正義なのでしょうか?」

これは、これからセナル教狩りを行ううえでかなり大事なこととなってくる。

エメルさんはしばらく悩むような素振りを見せてから、俺の目を真っ直ぐ見た。

「…はっきりYESとは言えない。けど、君がその中で大切な物を見つけたとき、改めてその質問の返事をしよう」

「……」

「ジーマ、君にはちゃんと私のフォースが見えるだろう?」

エメルさんがそう言うので、俺は彼女の方を見た。相変わらず、すごいライトフォースだ。

「変われますかね?あなたみたいに」

「さあ?努力次第ってとこかな」


凍りつくように肌をピリっと刺激する空気…。

1番最後にここに訪れたのはいつだったか…。あのときは貧民街も少し賑わっていたように感じたが、今はこの様である。

悲惨で緊張した雰囲気に、街は殺されていた。

これと同じような空気を俺は知っている。

それは、殺し屋ハンターの名がアメリス王暗殺の件で世の中に広まった時である。当時は街へ出ても店は休業、世間話をする女性もいないわでまさにこの状況と似ていた。

ハンターが無差別に殺人を犯す訳ではないと知られるようになって、街は賑わいを徐々に取り戻したのであった。

…っと。無駄に考え事をしていたな。変わるんじゃなかったのかよ。殺し屋を辞めるんじゃなかったのかよ。

今更思い出して何になる?過去は過去、今は今で区別しなきゃ、かえって苦しいだろ?

「ハァー…。捨てきれぬものだな」

俺はそう呟くと、白く輝くトマホークを見た。

今はセナル教狩りの最中で、余計な考え事は御法度だ。…昨日は軽い油断から殺されそうになったからな。ジーマの体じゃ、少しでも気を張ってないとやられちまう。


だが…!


こればかりは本当にしつこい。おそらく俺が「人の死に感情が揺るがない」と脳内で繰り返した回数に引けを取らないくらいしつこいのだが…。


開始から約2時間、1度も彼らに遭遇していない!


ええ!?エメルさんの話ではこれでもかと言うくらいセナル教信者は貧民街をうろついていると聞いていたのに!

嘘だったのかよ!?







「うぉーー!!」

「ギャッ!」

私はナイフでセナル教信者の胴体を斬り裂いた。短い奇声と共に男が崩れ落ちていく。そして私は次の男に向かって飛びかかる。

「とぉーー!!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

悲痛に濁った叫び声が、建物を反響して広がる。

私は顔に返り血を浴びると、腕でそれを拭って辺りを見回した。

「…フゥ、フゥ。今ので最後か…」

私は疲労感からそのまま地べたに座り込むと、後ろを向いた。

十何人といる男達が、呻き声をあげながら苦しそうに転がっている。

──さすがに今日は、ジジって奴が来るだけあって多いな。…ジーマに何も無ければいいのだが。




「何もねぇ…!」

エメルさんとわかれてから本当に何もないんだが…。

「…慣れっこだがね」

俺はそう呟くと、1人で大いに笑った。その途中、俺の頰に涙がホロリと流れたのには気づかないフリをした。

「クソォォオ!なんでなんだよぉ!」

笑い終えると今度は思い切り叫んだ。

好機には恵まれても機会には恵まれない、それが俺である。

「ハァー…」

叫んだあとに虚しくなって、ため息を吐きながらまた前へと歩きだす。

「チクショー…!」

2時間セナル教信者に遭遇できないという焦りが徐々に怒りへと変わっていき、俺の顔面を歪めていった。







私はその後、長時間の戦闘による疲れを取るために軽く休憩すると、セナル教狩りを再開した。だが、休憩中ずっとジーマのことが心配だったのでろくに疲れを取れていない。

「何を心配しているのやら…。彼はまだ正式な弟子ではないじゃないか」

私は自分に向かって、そう呟く。だが、私の頭の中には命をかけてイリーナを救った彼と、空腹に泣いている避難者達のために自分のパンを差し出す彼がいた。

あのときの顔…、優しかった。でも彼は物凄いダークフォースの持ち主で…。

変わりたい、か。

私は彼の言葉を信じるべきなのだろうか?それとも、正義として彼を裁くべきなのだろうか…?私にはわからない。


「キャーー!」

「!?」

どこからか悲鳴が聞こえた。…どこだ!

女!?女の悲鳴!声は──

…北西からか。よし、行く!




ん?今のは悲鳴!

「ほい来た!」

本当は歓喜するべきではないのだろうが、俺はそのとき嬉しさのあまり飛び跳ねてしまった。

俺はすぐに声のした方に方向転換すると、全力で駆けだした。

人がいないもんで、走りに障害となる存在が特にないため、驚くくらいにスイスイ進む。


暫く走り続けていると、俺の目にあるものがとまった。

──あれは…!

見ると、そこには昨日俺のリュックサックを盗もうとした中年の男がいた。

男は俺の足音に気づくと、真っ先に俺の方へ向かってくる。

「随分と、邪魔してくれるじゃないか…!」

俺はそう呟くと、さらに走るスピードをあげた。

俺と男が対になる。このままではぶつかる…!

のだが、何故スピードをあげたかというと…

「狙っていたのさ、こいつをな!」

俺は男の首を掴むと、足をジャンプさせて体を浮かした。そして腹筋と遠心力を使って男の周りをぐるっと一周すると、手を放してそのまま前方に飛びだした。

俺は上手く着地すると、首をおさえて苦しそうに喘ぐ男を横目で見ながら、また声のする方へ向かって走りだした。


「誰か〜!助けて!」

小さな子供を抱き抱えながら、母親の女性は必死に何かから逃げている。

「逃すな!貧民街の住民は1人残らず皆殺しだ!」

彼女を追うのはやはり、セナル教信者である。人数は4人。皆鬼の形相で武器を振り回しながら彼女に近づいていく。

「ああ!」

彼らから逃げていると突然彼女は倒れた。足元を見ると、そこには不運にもつまずき易い石が転がっていた。

彼らはその瞬間を見逃さなかった。

「チャンスだ!幼子もろとも切り刻め!」

セナル教信者が母親に飛びかかる。そして子供は大声で泣き叫ぶのだ。

若い親子を襲った不運で、残酷な悲劇

…。


「でも、俺が間に合ったってとこだけは、幸運だったな?」


「!?」

突然現れた俺の姿に、男達は大変驚いていた。

──たくっ、助けに来たはいいが、ここまで来るのに全力疾走だったもんで息切れが凄いな。

…でも、それは奴らも同じ筈!なんたって俺より前から、あの親子を追ってるんだからな。やってみせるさ!

「彼女達を放せ。そしたら、俺からは攻撃しねえよ」

トマホークを彼らに向けて、落ち着いた発音で、ゆっくりと聞き取り易い感じで言った。

俺は遠回しに、「彼女達を放して逃げろ」と言っているのだが、何故倒すべき相手に逃げろと言うのか。

それは、彼女達の命を救うことが、今は最優先だと思ったからだ。奪うより救う…。正義らしいじゃないか。

「さあ、早く放せ!」

「3人はあいつの相手をしろ…。俺はこいつらを殺す!」

それが彼らの答えであった。3人は親子から離れると、俺の方へ突進して来た。

「…舐められたものだよ、全く!」

俺は3人をジャンプで飛び越えると、すれ違い様に1人のうなじを切り裂いた。

「ウオッ!」

掛け声と共にトマホークを横に倒し、振り向いたばかりで隙だらけの男の腹を、回転して遠心力を使いながら斬ると、そのままの勢いでもう1人の男の背中を斬った。

そして、俺は親子を今にも殺そうとする男に飛びかかると、地面に倒して上に乗り、首元を押さえてこれでもかというくらいトマホークを振り上げると思い切り振り下ろした。

──ボトリッ…。

鈍い音を立てて男の首から落ちる頭部を、母親は子供に見せないように手で隠しながら俺の方をボーッと見ていた。

「………」

──これが人を救う為の行為であっても、これじゃあやってることは殺し屋と変わらないじゃないか。

俺の心に、切ない思いが駆け巡る。すると、

「あ、あのっ…!ありがとうございました!」

母親はスクッと立ち上がると、俺に向かって頭を下げた。

さっきまで固まっていた俺の表情が、自然と柔らかくなった。

──感謝される点でもな。

「いいえ。それより怪我はありませんか?」

俺は少し微笑みながら彼女に尋ねた。

受け取った感謝が温かい。

やってることは一緒でも、これならきっと変われるよな…。

俺はそう確信した。







悲鳴の聞こえた方へ走っていると、1組の親子が目に入った。あの親子か!?

「無事か!」

私は走って駆け寄りながらその親子に問いかけた。

「その2人は無事っすよ。エメルさんもご無事で?」

──!?この声は!

「ジーマか!?」

「…その様子だと大丈夫そうですね。なによりです」

物陰に隠れて見えなかったジーマの姿が私の目の前に現れると、私はとてつもない安堵の情をおぼえた。

「よかった…!」

私の肩の力が抜けると、ジーマは笑顔を見せてくれた。

「そんなことより、この親子を隠れ家に避難させましょう。彼女ら、自分達の隠れ家がセナル教に特定されて、奴らに追われていたそうです。俺が助けられたからよかったものの、このまま別れてしまえば、奴らに殺されるのは確実です」

「それもそうだな…。よし、一旦戻ろう」

そう言うと私は彼らをひきつれて、先頭を切って隠れ家に向かった。


私達4人が無言のまま歩いて暫く経ったころ、私はこの空気に嫌気がさして、なんとか会話をきりだそうと、母親に話題を持ちかけた。

「ねえママさん、この子は今何歳?」

見たところ幼い顔立ちだし、大体の年齢は想像つくのだが何しろ話題がないのでな?年齢は、話題にうってつけだからな。

「5歳です。でも、こう見えて結構しっかり者なんですよ。…ここにいれば、どんな子だってしっかりしてくるものですが」

「お、重い話はナシ!ね?ママさんは若そうだけど、何歳なの?」

危ない危ない!いきなり重い話題になっちまったから焦ったよ…。

でも、彼女の言うことも間違ってはいないかもしれない。こういう場所だからこそ、子供は生きるためにしっかりするし、母親は鬱に近い状態になるのかもしれない。

「23です」

「へぇ、じゃあ歳下だ」

「エメルさんは何歳なんですか?ちなみに俺は16っす」

ジーマが何気ない感じで聞いてくる。まあ、私は何気なくないんだが…!

「28」

「え!?そんなですか!?」

ジーマが思い切り目を開いて驚く。見た目より若く見えるってことだろうか?

嬉しいなこいつは。ハハハハ。

「ハハハハ…」

「え?」

違和感のある笑い声にジーマが反応する。

「うわ〜〜ん!!」

「お!?ちょい!どうしたんすか!」

突然泣き出し、膝から崩れ落ちる私を見て、ジーマは頭を抱えながらアタフタする。

何故私が、こんな風に突然泣き出したかというと…

「この私、エメルは、28歳独身で、生まれてから1度も恋人ができたことありません…」

「あ…、ふーん」

その場に冷たい空気が流れる。それは真冬だからじゃない。真冬よりも厳しい寒さの…。

人生の冬だからである。




「……!?」

どこからか人の気配がする。そして悪意なき殺意。こいつは…!

「エメルさん、急ぎましょう。セナル教が近い」

「わかるのか!?」

「ええ。今はこの親子を避難させることが最優先です。あいつらを倒すのは、その後でいい」

俺とエメルさんは親子を前後で挟みながら、警戒を怠らぬよう身構えながら先を急いだ。

ここは建物と建物に挟まれた小さな一本道のため、前後さえ警戒していればそれなりに対処はできるはずだ。

俺がそう思った矢先、


ザッザッザッザ…!


なんだ、今の音。足音のようだったが…

俺たちのではない…!?マズい!

「!?近い!エメルさん武器を構えて!」

「へ?お、おう!」

エメルさんが焦りながらナイフを抜きとる。すると、奥の曲がり角からセナル教信者が複数人こちらに走ってきた。

「エメルさん!」

「…わかっている!こっちだ!」

彼らから逃げるため、反対側へ向かおうとしたそのとき、なんと反対側からもセナル教信者のグループが走ってきた。

「囲まれた!?安全なルートだと思ったのに!」

「そんなことは今どうでもいいでしょう!?とにかく、エメルさんは向かいの奴らを相手してください。反対側は俺が引き受けます!」

「頼んだ!」

俺とエメルさんは、同時に反対側へ足を踏み込むと、相手の集団に向かって走った。

「ヤアア!」

セナル教信者の1人が、掛け声とともに鋭利な刃で俺を攻撃してくる。

俺はそれをひらりと身軽く避けると、相手の胴を裂いた。

──妙に流れの速い空気…!これは、刃が空気を裂く音!

「右ッ!」

俺は右側の死角から剣を振り下ろしてきた男の剣を受け流すと、前屈みの態勢に崩しトマホークで剣を叩き落とした。

そして、下から突き上げるように首元を掴むと、思いきり絞めた。

「ゲェ…アア…!」

男の搾り出すような声には反応せず、俺は新たな攻撃を察知すると男を盾にして攻撃を凌いだ。

「…アアアア!?」

「す、すま…」

相手が男に謝ろうとしたそのとき、俺はそいつに向かって男をぶん投げた。

そしてすかさず接近すると、2人に左手の重い一撃を浴びせた。

「例えお前が謝ったとして、お前達は仲直りできるかな?」

俺は気を失った彼らに皮肉を言うと、残りの奴らも攻撃を避けては態勢を崩し、胴や顔を切り裂いていった。

すると最後の1人が、俺のバックで守られている親子に向かって走りだした。

「許すか!」

俺はそいつの頭部目掛けてトマホークを投げると、鈍い音を立てて突き刺さった。

「ハウッ!」

それが彼の最後の言葉だった。武器に頼って弱き者を殺すバカ弱者には最後の言葉を選ばせんよ?

「俺ぐらい武器に頼らなくとも強くなることだ。そうすりゃあ、ちっとは壮大に死ねるんじゃないか?」


俺はさっき投げたトマホークを抜きとると、一旦落ち着いた。

──フゥー…。こっちは奴で最後。あっちは?

「エメルさん!?」

「おー、終わったか。悪いがこっちの方が数が多く……て!?」

彼女は相手と戦っている途中にも関わらず、俺との会話に意識を集中させてしまった。

そのためエメルさんは相手の攻撃を間一髪で避けたものの大きく態勢を崩してしまった。

「ッ!危ない!」

俺は咄嗟に彼女の方へ走った。そして今にもエメルさんにとどめを刺そうとする男の顔面に、思いきり膝蹴りをおみまいした。

「フゥ、無事ですか!?」

「ン、今ので最後だが…イテテ、足を捻っちまった」

「…俺が渡した兵士用のトマホークを、今持っていますか?」

「ああ、念のためな」

「貸してください」

俺がそう言うとエメルさんは、腰におさめていた兵士用のトマホークを抜きとって俺に渡した。

「捻った場所は?」

「右足の関節…」

「よし」

俺は兵士用のトマホークを彼女の右足にあてた。

「右足にフォースを集中させてください」

「フォースを、か?」

彼女が右足にフォースを集中させると、みるみる彼女の顔がしかめっ面から普通の顔に戻っていった。きっと効いているのであろう。

「ジーマ!痛くない!」

「兵士用トマホークには、こんな使い方もあります。しばらくはいつものナイフじゃなくて、俺のトマホークを握っててください。治したのではなく、鎮痛させただけですから」

「OK!」

彼女が俺の目の前にグッドサインをしめすと、俺はひとまず安心した。

しかしその直後、


「キャアア!」


「!!?」

は、母親の悲鳴!?マズい!

俺とエメルさんが、一斉に親子の方へ向く。すると、セナル教信者の新手が、向こう側から続々と出てきた。

「エメルさん!」

「おう!」

俺たちは急いで母親の方へ向かった。だがそのとき、子供が反対側を指差して言った。

「あ、あっちも!」

「クソッ!またかよ!」

俺達はまた囲まれてしまった。さっきと似たような状況。だが、さっきと違うところは1人、他の奴らとは体格が違う長身の男がいたという点だ。

「…奴は?」

「さあ?」

エメルさんが首を傾げてみせる。

長身の男は俺達の周囲をじろりと見回すと、最後に俺達の方を見た。

「これだけの人数を2人で?大した人達だ」

そういうと男は、声をあげて思いきり笑った。

この男、顔は随分と若々しいが、髪は真っ白に染まっており、中年の雰囲気を感じる。しかし、歳なんて忘れさせるほどのがっしりとした肉体…。間違いなく只者じゃない。

「申し遅れたね。私の名前はジジっていうんだ」

──こいつが!?ジジか!

「最も、今から死ぬ君たちには関係ないことだろうが?」

「……エメルさん、ちょっと」

俺はエメルさんの耳を引っ張ると、強引に耳を借りた。

「イテテ…」

「あいつ、ジジっていいましたよ」

「…相手にとって不足はないさ。それに、今日はいずれ遭遇できるだろうとは思ってた」

「どうします?」

「そうだな…。おそらく、兵士用のトマホークを持っている私は無敵だろうから…」

──自分でいうかね!?

「私が親子を守りながら数を相手しよう。お前はジジと戦ってくれ。おそらく今までの奴とは比べ物にならないくらい強い。死ぬなよ?お前とは、まだ話したいことがあるからな…」

最後の一言にはなんとなく切なさを感じたが、エメルさんの言葉に勇気付けられた俺は、彼女の手をとって笑顔を見せた。

「え?え?!」

「約束します、エメルさん。エメルさんもご無事で…」

俺がそう言うと、エメルさんの顔は妙に真っ赤になった。戦いを前に興奮でもしたか?全く、感心だよ。

「恋人どうしの最後の会話だ。もう少し待ってやらんでもないが?」

「こ、恋人どうしとか!そんなんじゃ…」

──そうだよ。からかいが過ぎるな。少しうざったいぜ。

「悪いが俺には既に心に決めた女性がいる故、そのような冗談は不快だよ」

「………」

な、なんか急に周りが静かになったな。

「………。よろしい。行くぞ、お前達!」

「おお!」

ジジが合図するとセナル教信者の軍団が一斉にこちらへ向かってきた。

「エメルさん!手筈通りに!」

「……ああ」

「エメルさん!?」

──エメルさんまで暗くなっちまった!?畜生どうなってやがんだ!







「はあ…」

溜息しかでないよ。

別にジーマが好きというわけではないが、恋人ができたことのない私にとってあのような行為は、少し期待してしまうのだ。

「そんな訳ないのにな…。だってジーマと私は12歳も違うのだから」

それにしてもジーマの手、暖かかった。

異性に手を握られたのは、父以外では初めてじゃないか?

…って、なに脳内青春してんだ?もうアラサーだぜ?たくっ。

「はあ」


「やあ!」


溜息を吐く私を覆うようにして、1人の男が攻撃してきた。

私はその攻撃が私に届くよりも早く、相手の腕と足を斬った。

「ぎゃああ!?」

「流石だな、兵士用トマホーク。私のライトフォースもだが」

今の私はとても落ち込んでるんだ。悪いが八つ当たりを手伝ってもらうぜ、信者さんよぉ!




「すげぇ…」

大勢の信者を前に暴れまくるエメルさんを見て、俺は思わず声が漏れてしまった。

「彼女強いな…。全員、その女を相手しろ!確実に仕留めるんだ!」

ジジがさっきと同じように指示をすると、俺を囲んでいた奴らが一斉に彼女の方へ向かった。

「馬鹿だな…?これは俺と彼女のシナリオ通りだ。俺とお前、一対一で勝負する」

「…そうかい。よっぽど腕に自信ありげだが?」

「こう見えて、結構殺してんだぜ?数が天狗にしてんのさ」

「ならばその鼻を折るのみ!」

ジジはそう言うと、剣を抜きとり俺に向かって構えた。

──ううっ!?さっきからただならぬ殺意を感じ取っていたが、それが今大きく膨れあがった。どうしたっていうんだ?

「たあァー!!」

ジジは大きな声をだしながら俺に向かって突進してきた。その姿は、獲物を見つけたイノシシ、猟師に興奮した大鹿のように力強さと獰猛さを兼ね備えていた。

しかしバカなやつ!俺は身体能力だけじゃない男。あらゆる状況から戦術や対応術を導きだし何百もの敵を翻弄してきた!

「もちろん、貴様のような奴もなァ!」

奴の攻撃手段は突き!よって、トマホークで受け流しながらトマホークの間合いにはいる!

作戦をたて俺が彼の突きを受け流そうとしたそのとき、彼の剣の軌道が突然変わった。

「え?…ハッ!」

彼は俺が突きを受け流すことを予めよんでいたのか、剣を横に倒して受け流せないようにし、隙だらけの俺の胴体に深い切り傷をつけた。

「うっ!」

剣の軌道をあの数瞬で変えた!?ただでさえ反射神経のいい俺が反応できなかったのだ。いつ?いつ変えたんだ!

胴体は幸いなことに切り傷が深いとは言っても、内臓には傷がいっていない。明後日には痛みなんか忘れそうだ。しかし、今気にするべきはそこじゃない!

問題は切り傷の痛みで動きが制限されることだ。俺のトマホークはライトストーンレスのため、さっきエメルさんにしたように鎮痛目的に使用できない(というかライトフォースなんて持っていない)。

あらゆる状況に対応する力はあっても、腹に切り傷があり、敵は一瞬で太刀筋を変えることのできる男…!そんな状況は対応が難しい。そういうケースがないからな。

おそらく、あいつのそれを可能にしているのは、奴のとてつもない筋肉!俺と互角のような気がしていたが、奴の方が数枚上手だ。

どうすれば…!







「うっ!」

向こうから短い悲鳴が聞こえる。まさか…!

「ジーマ!」

私がジーマを心配して、彼の方を向いたそのときであった。

1人の男はその隙に攻撃しようと考え、私の死角に潜り込む。そして鋭利なナイフを私に突き刺そうとしてきた。

「バレバレだ!全く!」

私は即座に向き直し、ナイフを持った男の右手を切り落とした。

悲鳴とともに右腕から溢れ出る血を撒き散らしながら、男は地面を転げ回った。

そんな男になんか見向きもせず、私はずっとジーマのことだけを考えていた。

──頼む!死なないでくれ!




負けていられない。負けてやるものか!

今度は俺から仕掛けてやる!貴様のペースで戦いが進行するとは思わないことだ。

俺は切り傷の痛みに必死に耐えながら、一気に間合いを詰めトマホークの間合いに入った。

そして何度も、何度も何度もジジをトマホークで斬りつけようと試みた。しかし、それら全てを簡単に避けられると、足をかけられて地面に倒された。

「終わりだ!」

「ッ!」

ジジは地面に倒れた俺にとどめを刺すために、剣を俺目掛けて振り下ろした。しかし、俺はその攻撃を横に転がることで回避し、彼は硬い地面を突くこととなった。

「何ッ!?」

「うらぁぁぁア!!」

態勢を低くしたまま地面を強く蹴り、思い切り間合いを詰めるとトマホークを力強く相手の剣にぶつけた。

すると剣はガラスでも割れたかのような音を立てて折れた。

その瞬間はスローモションであった。

──やった!

俺はそのとき勝利を確信した。

でも、そのスローモションの時間は勝利を確信するため用意された時間ではなく、


走馬灯を見るためのものだった。


「ッ!?」

俺の顔面に、大きな岩の塊が飛んでくる。

いや、岩じゃない!あれは奴の、

「こブッ!!」

…し。

俺の身体はそのまま吹っ飛んでいき、建物の壁に思い切りぶち当たってめり込んだ。

「フゥー…。これで心置きなくあの親子を殺せる」

額の汗を拭いながら、ジジは爽やかにそう言った。

「や、め…ろ!」

俺はやっとの思いで振り絞った声を彼に向けて発した。

「君はその特等席で見ているがいい。親子が殺されていく様を。だがまあ安心しな?我々も快楽のために人を殺す訳ではない。天国にいくため、幸せになるために殺すんだよ?だから、この子達には感謝している。その礼として、苦しませず殺してあげよう」

「ま、まて…!」

俺は壁から脱け出すと、地面にそのまま倒れた。そしてゆっくり立ち上がると、ふらつく足に鞭を打ちながらジジをとめるため向かった。

──間に合え!間に合え間に合え間に合え!

「じゃあ先ずは母親から…」

「あ、ああ、あ…」

母親は恐怖で足がすくんでいた。

ジジは、その母親に近づくと髪を引っ張って拳を顔面目掛けて振りかぶった。

「…やめろぉ!」

そんなジジの前に立ちはだかるのは、母親の子供。勇気を振り絞り、母親のために恐怖と戦う姿はまさに勇ましく、俺はさっき、母親の自慢話を思い出した。

「そうかい…。君から死にたいかい。なら、その最後の願い、叶えてあげよう!」

「お願い!逃げるのよぉ!」

母親が必死になって泣き叫ぶ。しかし、子供の方は退く気配がない。

「死ね!」

「やめてぇえーーー!!」

ま、に、あえェェエーーーーーーー!!!!


ドグシャッ!!


周囲に鈍い音が響く。しかし、その拳の餌食になったのは子供ではなく、また母親でもなく。

「ジーマさん!!」

俺の身体はまた宙に浮いて、今度は地面を転げ回った。


ノーガ。いつだったか、お前俺に質問したよな?なんで兵士になったか、て。

今さぁ、わかった気がするんだけどいいかな?

でも、おそらく違うんだろうな〜。多分、というか結構確率は低いけど、兵士を志願したとき俺は……


俺はもしかしたら、正義に憧れていたのかもしれないな。







「ハァッ、ハァッ」

とりあえず雑魚は全員倒したが…ジーマは?

「!!?」

そんな馬鹿な!ジーマが。ジーマのフォースが!


「見え、ない…?」

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