30話 現状

コンコンコンッ!

家のドアを小気味よく叩く音がする。誰だ?

オレはトレーニング中で上半身が裸であったが、さすがに客の前にでるときは上半身裸はマズいので、一応シャツだけ着ると玄関に向かった。

ドアを開けると、そこにはウォーリーの母、フーレイさんがいた。

「ふ、フーレイさん!?」

「今日のハンター討伐作戦はまだでしたよね?」

「はい…?」

「ちょっとお話よろしいかしら」

「結構ですが…。フレバーさんはいらっしゃるのですか?」

「私1人です。あの人なら仕事よ」

──フーレイさんと一対一で話せる自信がねぇ。せめてフレバーさんでもいれば…!

そんな気持ちは胸の中にしまっておいて、オレはフーレイさんを家にあげると、ダイニングルームへ招いた。

彼女は最初に、ダイニングテーブルに触れると、オレの方を見た。

「少しベタつくわ。ちゃんと拭いてるの?」

「すみません。ボクも妹も忙しいもんで…」

「…まあいいわ」

フーレイさんは静かに椅子に座ると、少しため息を吐いた。

「作戦は順調ですか?」

「先月に比べてかなり進展しました。ハンターらしき人物も既に発見済みで…」

「そう…」

彼女は少し俯きながら微笑んだ。その笑顔には、どこか悲しげな雰囲気があった。

「ウォーリーは、平和を強く望む子でした。そのためハンターを倒そうと必死で…」

「………」

オレはただ、黙ることしか出来なかった。ウォーリーが死んでオレは暫く悲しみに明け暮れたものだが、彼女の見せた花の景色がオレを前向きへとさせた。

しかし、そうではない人間もいる。フーレイさんは多分、今も苦しんでいるのではないか?だとしても、オレにはどうすることも出来ない。だから黙るのだ。

「来週の12月31日にイギリカ兵大会があるみたいですが、あなたも参加するのですか?」

「そりゃ、全期生の5位以内は強制参加なので…」

「ハンターは今も生きているのに…。そんな呑気でいいのかしら?」

「確かに…でも」

「え…?」

「この大会に優勝すれば、ボクの発言力はグッと上がる!そうしたら、ハンター討伐隊の人員だって増やすつもりです」

オレは彼女の目を真っ直ぐ見ながら言った。

「…ボクだって、ハンターを倒してこの国を平和な国にするという彼女の願いを叶えたい。オレにとってはそのための兵大会なんですよ」

オレがそう言うと、彼女は納得したように言った。

「そう…。あなたも戦っているのね」

そう言うとフーレイさんは、なにやら自分のバックをあさり始めた。…暫くして、彼女は何かを掴むとオレに渡してきた。

「ッ!こ、これは!?」

「ウォーリーのバンダナです。…と言っても、もとはあなたの物ですが」

「何故…!」

「あの子、あなたのことが好きだったのよ。だから、あなたにあの子の分までしっかりと頑張ってもらおうと思って…。あの子もそれを望むはずだから」

「フーレイさん…!」

オレは震えている手でそのバンダナを受け取ると、ギュッと握りしめた。

「大切にします」

溢れそうになる涙を必死にこらえながら、真っ直ぐフーレイさんの目を見た。

すると彼女も少し泣きそうになっていた。

「頑張って。応援行きますから」

彼女はニコッと笑顔をオレの方に向けると、そのまま帰っていった。

その笑顔を、オレは今日初めて見たはずだが、不思議とそうは思えなかった。

「母親だな…」




「ジーマ、こっちへ」

私は彼に向かって手招きすると、自然な感じに設置されたクローゼットをズズズッとずらした。すると、徐々に地下へと続く薄暗い通路が顔を覗かせていった。

「おお…」

ジーマは思わず声が出てしまうほど驚いたらしい。彼は感心した様子で暫くこの通路を眺めていた。

「びっくりしたろ?」

「ええ、そりゃあこんなクローゼットの裏に貧民街の住民が避難しているとは思いませんからね」

「そうかね?。案外単純だと思うのだが…。ここに隠れる理由は、薄々君でも気づいてるだろう?」

「セナル教、その信者…!」

「当然か。君も殺されかけたのだから」

ここは貧民街の廃墟である。内部には昔人が住んでいたのであろう、ベットや机、椅子が残されていて、それを地下へ移動させて貧民街の住民を住ませている。

「肩貸そうか?」

「平気です。これくらい我慢できないと、兵士なんて勤まりませんからね」

そうは言ってもジーマは、目の前の階段を前にとても不安げであった。

「…やっぱり肩貸すよ。もし何かあって、怪我が悪化したら大変だ」

「…すみません。助かります」

「ン…。素直な奴は好きだぜ?ジーマよ」

少し薄暗い通路を進むと、何人かのここの住人が、既に食事を済ませて私を待っていた。

「お帰りなさいエメルさん!」

イリーナが、帰ってきたばかりの私目掛けて飛び込んでくる。私はそれを避けることが出来ず、顔面に彼女の頭が衝突した。

「いてぇ!?」

「あ!」

「あ!じゃないよ!いつもやめろって言ってんじゃないか!」

「ごめんなさい…」

イリーナが私の後ろにいるジーマの方に視線をずらすと、驚いたような顔をして言った。

「ジーマ君!なんでここに?」

「ほんの少しの間だけど、住ませてもらうことになったんだ。よろしくね、イリーナ?」

「へ〜。エメルさんに弟子入りを許可してもらったんだ」

ギョッとした。私はまだ彼を正式な弟子と認めてないので、そんな風に言われると少し反応に困るのだ。

「ま、まあそうだなぁ」

私は2人から視線をこれでもかと言うほど逸らした。

「よかったねジーマ君」

「…君はいらない。歳も近いだろうから」

「じゃあジーマ!」

イリーナは元気そうに言った。…ジーマとイリーナは仲良くやれそうだな。




「君かね、イリーナを助けてくれたジーマ君てのは」

ハリソンが、満面の笑みでこちらに向かってきた。

「申し遅れたね。私はイリーナの父親のハリソンっていうんだ。よろしくね?」

「え…?ああ、よろしく……お願いします」

何だかなぁ。知ってる奴からもう一度自己紹介されるってのはどうも不思議である。これも、顔が二つあるからなんだが。

「ジーマ、私達も食事をするとしよう」

ハリソンの向こう側から、エメルさんの声がする。

「はーい!」

俺は大きな声で返事をすると、彼女の方へ脚を引きずりながら向かった。


食事と思っていざ椅子に座ると、食事の量が非常に少ないことに気づいた。

──まあ、こんなもんだよなぁ。

貧民街だから、食料も手に入らないのだろう。…腹が減ったらあとで、家から持ってきた自家製パンでも食べればいい。

「少なさに驚いたろ?」

エメルさんが不意をついて質問してきたので、ビクッとしてしまった。

「は、はい…」

「ごめんな?今はセナル教のせいで、食料調達が難しい状況なんだ。わかってくれるよな?」

エメルさんが小さなパンをちぎりながら言った。

「…昼にイリーナが、外へ出てたのは食料調達のため…?」

「ああ。娘1人に行かせるっていうのもどうかと思うが、あいにく、ここには老人と子供しかいないもんで、まともに動けるのは私とイリーナくらいなんだよ」

「………」

俺はリュックを膝の上に乗せると、中身をあさり始めた。そんな俺をエメルさんは、不思議そうに見ながら言った。

「何をしてるんだ?」

「何って?…あ、あった!」

俺は小さな袋を取りだすと、彼女に見せた。

「これ、俺が作ったパンです。あとで皆に配ってあげてください。とは言っても、あまり量はありませんが…」

「…いいのか!?」

「お腹減ってませんし、あんまり長持ちもしませんから…」

俺は袋を手渡すと、ニッと笑った。

「ジーマ…!お前は!」

エメルさんが感激したようにこちらを見る。俺は何だか照れくさくなって鼻を人差し指で擦った。


食事を済ませると、俺は疲れていたので、すぐ寝床についた。

そして、特に考えごともせずに目を瞑ると、そのまま深い眠りについた。


朝早く目覚めると、俺はダークストーンの使われた鉈を持って外に出た。

そうして、ハンターの姿に早がわりすると、廃墟の屋根に登った。

「フゥー…」

大きく息を吸って吐くと、昨日セナル教信者につけられた傷が邪悪に光だし、みるみる治っていった。

フォースにも色々使い道があって、一般に使われているのは全身の「力」を強化することだが他にも、身体の一箇所にだけフォースを集中させたり、底上げする「力」を選択して使用したりもできる。

ここで使われている「力」だが、ここでは単に筋力だけではなく、治癒力や思考力などの目に見えない人間の力も意味する。

つまり、さっき俺は昨日つけられた傷の部分に、治癒力だけを集中させたのだ。

俺レベルのフォースであれば、一瞬で完治可能だ。

用を済ませてハンターの変身を解くと、俺は屋根から飛び降りた。

「おや、ジーマ。早いのだな」

飛び降りた先にはエメルさんが、まだ眠たそうな顔をして立っていた。

「エメルさんこそ、随分と早いではないですか」

「早く起きないと、1日が気だるくなりそうで」

「へぇ…」

俺は彼女の考えが上手く理解できなかったが、苦笑を浮かべて納得したような仕草を見せた。

「…平和な朝だ。宗教を掲げて殺人を繰り返す人間が徘徊しているとは思えないほど」

「朝はこの街だけの物ではありません。もし朝がここの状況に合わせて緊迫した状況を作り出していたのなら、世界全体が暗くなってしまう」

俺がそう言うとエメルさんは、ハッとしたような顔をした。

「…もしもこの朝を完璧にしたいのなら、朝にここの状況を合わせろってことか?」

「その通りです」

「そうするか」

彼女は軽く背伸びをすると、大きく息を吐いた。

「ジーマ?」

「はい」

「正義のために、もう一度人を殺す勇気があるか?」

「勇気なんて必要ありません。僕にとってはどうってことありませんから」

俺はトマホークを取りだすと、彼女に向けて鋭利な刃を向けた。

「ハハ…!頼りにしている。…殺人は苦手でな」

そのとき、エメルさんの声が少し低くなったことに気づいた。

俺は質問の答えを知っていながらも、あえて質問をした。

「セナル教の信者を殺すのでしょう?」

「当然だ。あいつらなら、まだ私も自我を保てていられる」

「………」

「セナル教狩りは今日の昼からだ。手伝ってくれるな?」

「もちろんです。エメルさん」

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