28話 ヒーローに会いに行こう

俺は何故か、午後の訓練から抜け出して街を一望できるスポットに足を運んでいた。

あれから何時間か経った。俺はその間あることを済ませると、そのまま変わらぬ景色をずっと眺め続けた。

背後から足音が聞こえる。誰かは、振り向かなくてもわかるよ。

「ここにいたのか、ジーマ」

ハンターだと気づかれたショックが、まだ冷めていない俺にノーガが話かけてきた。

「もうすっかり夕暮れだな、ってなんかこの前も言った気がするな〜」

ノーガはいつも通りに話すよう努力している。だが、その内に色々な感情が混ざっていることを俺は知ってるよ。

「…俺は知ってるぜ?お前がハンターじゃないってこと」

「………」

「それでさ、その…無理かもしれないけどー…」

ノーガは苦笑を浮かべながら、一つ二つコメカミをポリポリと掻いてから続けた。

「ジョセフのこと、あんまり憎んでやらないでくれ。あ、あいつもさ、たまに子供っぽいとこあるじゃん!?だから視野が狭くなって、自分の責任のことしか頭になくなるんだよな…。お前なら、わかってると思うけど…」

「…ああ」

「あいつもさ、実力しか周りに見られてなくて可哀想なんだよ。実力で何もかも決められて、決めつけられて…!あいつぁ、ホントはリーダーになんか向いてないんだよ!それもさ、実力で決められて…。ジョセフもそれに答えようと必死で。…ウォーリーの件もあってさ、奴の責任感は今暴走してるんだ」

「ンン…わかってる」

「あ、ああー…。それでー…」

「大丈夫、憎んでなんかねえよ」

俺は振り向くと、笑顔を作ってそう言った。するとノーガはやや嬉しそうに笑った。

「そうかぁ。そうだよな、お前がジョセフを嫌いになるわけないもんな?」

「話すとき気まずくはなるだろうけどな」

「ヘヘッ…」

ノーガは照れたように鼻の下を指で擦った。…なんだか気持ちよさそうだな。

「ちょうどいい。お前に渡したいものがあってな」

俺はポケットからある物を取り出して、それを彼に見せた。

「ン。なんだよ?」

「手紙さ。俺からお前に」

その瞬間、ノーガの顔から血の気がひき、青白くなった。そんなこと気づいてない俺はさらに続けた。

「ここで読まれるとなんだか恥ずかしいから、家に帰ってから読めよな?」

「お、オイ!」

彼はその青白い顔を俺に近づけながら叫んだ。

「なんだよ」

「まさかテメー、遺書じゃないよな!?」

この状況だからこその質問である。あのジョセフに、ついこの前まで成績ビリだった奴が挑むのだ。諦めて自害するのも可笑しくなかろう。俺は…。

俺はその質問に暫く答えず、視線を逸らしたまま数秒待った。

「さあ、どうかな」

待たせて返した返答も、やや曖昧だったが、彼は更に質問したい気持ちを抑えて、手紙をポケットにおさめた。

「なあジーマ」

俺の肩をガシッと掴みながらノーガは言った。

「死ぬなよ?」

「…約束はできんさ」

「そんなこと、言うなよ…!なあ、逃げればいいんだよ!10日だぜ?お前には10日も時間があるんだ。その内にどこか遠いところに逃げるんだ。ジョセフも探せないようなよ」

「だが…」

「大丈夫だって。お前には、たしかにエリーちゃんがいる。俺だってお前と会えなくなるのは寂しい。でもお前の命には変えられないだろ?」

「………」

「たまにさ、会おうぜ。4人…ってジョセフはダメか…。3人で!それでさ、エリーちゃんが帰ったあとは、また2人で可愛い姉ちゃんとこに飲みに行こう!」

「…いいな、それ」

俺は振り向いた状態から身体をなおし、もう一度街の景色を眺めた。

「手紙はさ。お前が読み終わったら好きにしてくれ」

「ああ」

「それじゃ、俺はこれで」

ため息のように長い息を吐きながら、俺はゆっくりと立ち上がって言った。

「じゃあな」

「ジーマ!」

俺がその場から去ろうとすると、ノーガが俺を呼び止めた。

「ん?」

「またな」

──またな、か。

「………」

それから振り返りもせず俺は自宅に帰った。




今日はハンター討伐隊の仕事を、副隊長に任せて休んだ。

もう何日も休みなしで働いて疲れてるうえに昨日の徹夜だ。今日も働くとなると本当に倒れちまう。

別に休みたくて休んだ訳じゃないんだ。この休みだって、明日からの仕事に備えるための仕事なのだ。

という訳で晩飯を食べて暇になったオレは、もう寝てしまおうと思いベッドについた。

──ハア、疲れる。ハンターのことを考えると特に。

オレはそんな気持ちを振り払うように静かに目を閉じた。


「がぁー!クソ!寝れねぇ…」

知人から貰ったコーヒーとかいう飲み物を飲み過ぎちまったからか!?

ちくしょお〜。疲れてるはずなのに眠れないということが、こんなにも歯痒いことだとは…。

いや、なんであの飲み物のせいにしてんだ?違うだろ?本当は。

本当は、眠るのが嫌なんだ。

オレは何故か眠りにつくことが、何かから逃げるような気がした。決してそんなはずはないのに、そう感じてしまうのは、隊長としての責任という言葉がオレを縛りつけているからであろう。


──責任か。厄介なものだ。


窓から見上げる冬の夜空は、星が点々と存在しており、満天ではないもののオレの心はそれに奪われた。そして、もっと身体で感じたいと、つい思ってしまった。

夜風にでもあたりに行くか…。


「ブェックション!!」

寒ぇええ!?ああ、畜生!綺麗な夜空も、これじゃあジッと眺めてられない。

「……あっ」

オリオン座だ。所々パーツが小さくて見えにくかったが、真ん中の3つに並ぶ星を見つければ簡単に発見できた。

「オレ、ノーガ。そしてジーマ…」

…ん?っておい!ジーマて、ジーマて…。

ジーマ…。結局オレは、お前をまだ、友として見ている所があるようだ。

例えお前がハンターだったとしても、ジーマはオレの親友なのだからな。

親友を殺すために努力する?

「拷問だぜ。これが、責任感に支配された男だ」

出来れば奴に勝ってほしい。だが、そんなことを考えると、無意識のうちに手を抜いてしまいそうだ。

…そう考えないと、オレはこの10日間をやっていけそうにないのにな。

「胸が張り裂けそうだ…!誰でもいい、助けてくれ!」

オレは胸を押さえながら、夜空に向かって小さく呟いた。

しかし、返ってくるのはただの静寂だけ…。星が喋る訳でもあるまいし。

「…帰ろう。疲れを取るための休みだ。疲れるためじゃない」

オレはくるっと身体を反対に回すと、家に入ろうとした。すると、背後から小さく足音がした。

「そこにいるのは、ジョセフか?」

「…お前も、さっきのことでオレを嫌いになったのかと思ってたよ、ノーガ」

「勘違いするなよ。親友として叱っただけだ」

「返り討ちにあったがな…」

オレはそう言うと苦笑いをした。

ノーガがこんな時間に訪れたのは初めてではないか?いや、そんなことはどうでもいい。

「なんの用だ?」

「こんな時間に済まないな?ただ、お前に読んでほしい物があって…」

「え?」

オレはすでに開封されたエンベロープを見て、「ん?」ってなったがそのまま開けてみた。すると、


ノーガへ──


いや、お前あてやん!?

「お前あてやん!?」

脳内で一回口で一回と、しつこいようだが大事なことなので2回言った。

「…誰もお前あてなんて言ってないだろ?さあさあ、早よ読め」

チッ、わかったよ…。

ノーガの言うとおりにオレはそのノーガあての手紙を読んだが、後半までの文章は、オレに関係するようなことではなかった。

──何故にノーガは、この手紙を?

目を細くしながら、暫くその文字の羅列を眺めていると、その理由らしき箇所が見つかった。


ジョセフに疑われたとき、ショックだった。

逃げた方が楽だから…俺、逃げようとも考えたけどさ、なんか気乗りしなかったんだよ。

逃げないっつったら、やっぱ戦うしかないよな?

…それについても考えたんだけどさ。負けてしまったら、俺は殺されるだろ。恐いものだな、親友に殺されるってのは。

勝ち目はない。そんなこと、誰の目から見てもはっきりなのにな。

挑むのが愚かで、俺は袋の中のネズミのように滑稽かもしれないな。


でもさ──


誰の目から見ても、なんて関係ない。

例えジョセフに勝つために努力する俺が、愚かで滑稽であっても関係ない。


俺はジョセフに勝つ気でいるよ。


そのために少しの間、仕事を休んで何処か修行に行くよ。

…エリーには暫く会えそうにないが、暫く何処かへ消えるとだけ伝えてくれると助かる。

じゃあな。


「……ッ!!」

ジーマ!お前って奴は!

「ノーガ!この手紙、暫く預かる」

「えっ!?まあ、いいけど…」

「助かる!じゃっ」

オレは家の中に飛び込むと、自分の部屋まで全力で走った。そしてドアを荒々しく閉めると、この手紙を部屋の壁に貼り付けた。

──こうしてちゃいられない!ジーマが覚悟を決めて戦うつもりでいるんだ!例えそれが、親友を殺すためであっても、オレはオレの責任を果たす!それだけだ。


その夜、オレは一睡もせずにトレーニングに励んだ。次の日の仕事は瞼が重くて集中出来なかったが、その顔は、昨日と比べると一層晴れやかだったらしい。

迷いの霧がはれた。ありがとう、ジーマ。




俺は自宅で旅の支度をしていた。

明日の朝、ここをでて修行しに行く。貧民街にだ。何故にあそこなのかと言うと、まあ、お楽しみだわな。

お楽しみっても、すぐわかるさ。


簡単に生き方を変えることが出来たのなら、俺はきっと、こんなことで悩むことはなかっただろう。そんなことが出来たのなら、どれだけ幸せだろう。

他人の優しさに触れる度、俺はその正義を羨んだ。でも、自分が正義であろうとすることは、自分自身を否定するようで恐かった。人間が自身を全否定したとき、待っているのは死であるからだ。

…でもこのままじゃ、いかんよな。少しずつでも変わっていこう。いつまでも殺し屋でいるのは御免だ。


3週間前のいつだったか、こんなことを考えた。

こんな自分は嫌だ。だから、いつかは変わろう変わろうとずっと頭で考えてた。でも、殺し屋だからすぐには無理だと決めつけて後回しにしてきた。

なんで行動しなかったんだ!?俺は皆に信頼されるほど優しかったはずだ!

罪を罪だと思えない自分の根元の部分を変えられなくても、きっと仲間がいれば他の箇所は変われる。

だから変わるんだよ!今日から、その行動にでる。


俺は気持ちのいい朝を、こんな不安げに過ごしたことはない。俺はベッドから身を起こすと私服に着替え、支度しておいたリュックサックを背負って玄関に向かった。

正面のドアを開けて、ゆっくり閉めると、今登りつつある朝日に向かって小さく、行ってきますとだけ言った。


というわけで貧民街に到着した訳だが…。うん、期待通りだ。ある意味な。

貧民街つったら、無法地帯らしい。

まあ、もともと堕ちた人間の住む場所っていうのが世間の解釈の仕方らしいが。俺はその解釈の仕方は嫌いだが、あながち間違ってもいないようだ。

今日だけで、スリに何回会いそうになったか。女が犯されそうになってて、俺がそれをとめた回数なら言えるぞ?2回だ。

…ハンターの状態だと長身で不気味だから狙われなかったが、さすがにジーマの状態では低身長だから舐められるって訳か。

しかし、こういうところにこそ、ヒーローはいると思わないか?紛れも無い真の。

力の無いものを救う正義のヒーロー。

俺はそいつが実在するという噂を聞きつけてここにやってきた訳だ。

まず、そいつを見つけて弟子入りさせてもらうように言う。弟子入りしたら、そいつのもとで正義とは何かを学ぶ!

そうである!ジョセフに戦いにおいて唯一負けてるもの、それは正義感である。

なら俺が多少であっても、正義感を身につけて戦いに臨めば、勝てる可能性はあるんじゃないか!?そう考えたからである。

ちなみに今回の旅は、正義を身につけるためのものであるため、戦闘に関してはハンターに頼らない。

だからこそ絶対ヒーローを見つけて、ジーマの状態でも戦えるようになってみせる!

しかし、何時間探してもそのようなヒーローは見つからず、徐々に噂は唯の噂だったのではないかと疑い始めた。

いや、単に俺が見つけられてないだけかもしれない!俺の1番苦手なこと、それは物であっても人間であっても、探すことである。

その才能がないからこそ殺し屋として活動していた際、苦労したんだろうが…全く。


「あっ」

あの顔、あの服。もしかしてイリーナじゃないのか?久しぶりだなぁ!

「おーい、イリーナー!」

イリーナは俺の声に気づきこっちを向いたが、俺の顔を見るなり、何処か警戒するような目で睨んだ。

あ、しまった。この姿で俺はまだ彼女にあったことがない。気持ち悪がられる理由もわかるな。でも、

…挨拶ぐらいしとく?


「おや?イリーナじゃないか」

俺はハンターの姿に変身し、彼女に接近した。すると彼女の顔は、珍しい物でも見つけたかのように晴れた。

「ハンターさん!お久しぶりです」

「そうだね。元気にしてた?」

「…父が、最近遊びに来ないからって、心配してましたよ?」

「あー、それはなんか悪いことした気分だなー…。OK、今は忙しいから、また今度遊びに行くよ。…ハリソンの親父によろしく頼むよ」

イリーナは元気な声で返事をすると、俺の目を見た。元気そうで何よりだ。

俺はその姿を網膜に焼き付けると、その場から立ち去ろうとした。

「あ、そういえば」

「ン?どうしたんだ?」

「さっき、あったこともないような人から声をかけられたんですけど?その人のこと、知ってます?」

俺だぁー!それ俺のことだ!が、俺だと言う訳にもいかないので、

「さあ?しらないな」

俺は彼女から目をそらしながらそう言うと、彼女の前から去った。


俺はハンターの変身をとくと、もう一度彼女を物陰から見守ることにした。

「むむー…」

こんなことをするのはストーカーのようで趣味じゃないんだが、ここは無法地帯と形容されるほどの場所だ。イリーナが乱暴な目にあうことの方が嫌だ。

…別にイリーナに気がある訳じゃないぜ?確かに、なんでこんなところに住んでんだってくらい可愛いけど、俺にはエリーという心に決めた女性がいる。

ただ、ハリソンの親父ともイリーナとも仲が良いのでね?守ってあげたくなるんだよ。

だが、しばらく追跡(ストーカーだと意地でも言いたくない)していても、イリーナに何の危険もなさそうだった。

良かった。今日だけで女が犯されそうになってるところを2回見てきたから、彼女も狙われるんじゃないかと思っていたが、考え過ぎだったようだ。

俺が彼女の安全を確認して、その場から立ち去ろうとしたその時、


パリンッ!


「ヌッ?」

え?あれ?俺の方から音が。

イリーナがバッと俺の方を向く、すると俺を見つけるなり思いきり悲鳴をあげた。

「イヤァァアーーーー!!!!」

「えぇぇぇえーーーー!?!?」

イリーナが俺から必死に逃げようとする、俺もそれを追う。

なるほど、俺が立ち去ろうとして後ろに振り向いたとき、ちょうどそこにあったガラス瓶を蹴りあげてしまってわれたんだな。気づくなこりゃ!ってそんなこと考えてる場合じゃないんだよ!何とか誤解をとかないと!

「ち、違う!俺はストーカーじゃない!誤解だよぉ!」

「なら何で物陰から、私を覗いての?!嘘つかないでよ!」

「こんな服装じゃわからないかもだけど、俺だって一応兵士なんだよ!だから君を守ろうと…」

「さっきからなんなの!?もう私に関わらないで!」

「こんなことになるなら、是非ともそうしたいな!だが、まずは君の誤解をといてからだ!」

俺は彼女と、追いかけっこしながら奇妙な会話のキャッチボールを続けていると、何故か上方向に人間の気配を感じた。

が、そんなこと気にしてられない。早くつかまえるんだ!

俺は彼女に追いつくと、腕をガシッと掴んだ。

「つかまえた!」

「ンン!いい加減に…」

彼女は勢いよく振り返ると、その勢いを右脚に込めた。

「してっ!」

彼女の掛け声とともにその右脚は、俺の股間を勢いよく蹴りあげた。

「イィイギャァァァア!!!」

俺の悲鳴が、古びた建物に反響して周囲に広がる。

静かに崩れていく俺を見下ろすようにしてイリーナは俺を見ると、その場から走り去ろうとした。

が、そのとき、


「見つけた…!」


その声は上方向から聞こえ、イリーナの顔が真っ青になっていくのがわかった。

彼女の目の前にその声の主が上方向から現れた。…男。

「乱暴するようだが!」

その男はイリーナの首を掴むと、思いきり上にあげた。

こいつ!女を犯すとかそんな生易しい感じじゃない!殺すきだ!

「グッ…!」

「イリーナ!」

俺は左手でまだ痛む股間を押さえながら立ち上がると、リュックからライトストーンレスのトマホークを取り出した。

そして、その男に接近すると背後から思いきり首を斬りつけた。

「大丈夫か!?イリーナ」

「…あなたは?」

「ジーマ・ドロー…。股間はまだ痛むが、言ったろ?君を守るためにつけてたって。誤解はとけたかな?」

俺は彼女に向かってウィンクすると、倒れてしまった彼女の腕を掴んで引き上げた。

「…さあ、立って。そしたら真っ直ぐ親父のところに戻るんだ」

「え?でも…」

「いいから!」

俺は彼女の背中を多少乱暴に押すと、彼女は少し戸惑いながらも真っ直ぐ走っていった。

「イリーナ、その判断は正しいよ」

俺は振り返るともう一度トマホークを構えた。

「1人じゃないんだろ?でてきなよ」

俺がそう言うと、1人2人と、続々と出てきた。

全員で8人。流石にこの数は予想外だった。

「あんたら、彼女を追ってどうするつもりだい?」

俺は顳顬に冷や汗を浮かべながら言った。

「我々は正義の神セナルを崇める者、神聖なるセナル教の信者なり!」

「あ、え?宗教?」

「そうだ」

その男たちの1人が胸を張って堂々とした態度で言った。

せ、セナル教?正義の神セナル?聞いたことのない宗教だな。

「まあいいや。セナル教がどうとかは後でいい。あんたらの目的は?」

「我々は腐敗した人間の住む街、貧民街において、そこに住む人間に裁きを与えるのが使命である。裁きを与えた人間が多ければ多いほど、セナル様のおられる天国に近づくことができる」

「あー…。ちょっとよくわかんないが。うん、裁きを受けるべき人間を間違えちゃあいないか?」

「?」

「本当に腐敗してるのは誰かと聞いている。もっとも、このようなことは宗教的でないと、出来ないような気もするが?」

「貴様…!」

さっきまでの堂々とした態度はどこに行ったのやら、男は怒りを露わにした。

「俺はここの住民ではないが、貴様らの神を侮辱したから殺すかね?」

「…そうだな。そうさせてもらう」

彼らは額に血管を浮かばせながら武器を引き抜いた。

「奴を囲む!急げ」

「!?」

男たちは驚くほどの連携を俺に見せつけ、俺をあっという間に囲んだ。

へえ、やるじゃないか。普段から集団行動を訓練させられる兵士でも、このような連携は中々難しい。

「てやっ!」

怒りを露わにした男が、俺に目掛けて思い切り踏み込んできた。

「けど、戦い方に関しては甘いな」

俺は男の攻撃をひょいっと避けると、バランスが崩れて丸出しの首目掛けてトマホークを振り下ろした。

ぼとりという音ともに落ちた頭部を掴んで、彼らに向かって投げると、そのうちの1人が恐怖で怯んだ。

──今!

俺は間合いを一気に詰めると、彼の身体を斬り裂いた。

「おお!」

トマホークを1番遠くにいた男の首元目掛けて投げ、1番近くにいた男の頰を思いきり殴ると、後ろに回り込んで首の骨を外した。

遠くにいた男の顔面に刺さったトマホークを抜きとると、一度息を長く吐いて呼吸を整えた。

「4人!」

俺は残り半分のセナル教信者に向かって、誇るように言った。

「あ、ああ!」

「!?」

後ろ!?しまった!

俺の両腕は1人のセナル教信者によって背後に組み押さえられた。

「チイッ!放せよ!」

俺が振りほどくために暴れていると、男はキラリと光る、鋭利な刃物を取り出した。そして、男はその刃物を俺の右脚に思いきり突き刺した。

「──!?てめぇ!」

俺は後頭部で彼の顔面に頭突きすると、怯んだ男の手を振りほどき、顔面を斜めに斬り落とした。

ッ!!脚に、力が…!

「今だ!」

残り3人の男たちが、脚の力が入らずに倒れている俺を地面に押さえた。

「卑怯者めが!」

「うるさい!セナル様をバカにした愚か者は!」

男は刃物を振り上げると、俺の腹部目掛けて振り下ろした。

「アアッ!?」

短く小さな悲鳴をあげて、俺の視界は徐々に狭まっていった。

──くそ、こんなところで終わるのかよ!門前払いなのかよ!

声にならない叫び声をあげても、形に成るはずはなく、結局俺は目前に迫る死を覚悟するしかなかった。

どうやら俺の人生は、ここで幕を閉じるようだ。残念だよ、全く。

「死ね」

男の狙いは額、即死だな。

刃物が振り下ろされる際に、空を切ることで風の流れが若干変わり、その風が俺の額に迫るとほぼ同時に、切っ先が俺の額を突いた。

「グッ」

小さな悲鳴とともに噴き出た血液が俺の顔に降り注ぐ。

──終わったな。




「フー…!フー…!」

来たる大会に向けて、オレは厳しいトレーニングに励んでいた。

ここまで自分を追い詰めたのは初めてだが、それなりに奴に勝てる自信がある。

「兄さん…」

ドアの隙間からエリーの声が聞こえると、オレはトレーニングを一時中断した。

「なんだよ?」

「兄さんの部屋を掃除していたとき、壁に貼ってある手紙を読んだんだけど…。兄さんが一生懸命トレーニングしてるのって、ジーマを殺すためなんでしょ?」

「……ああ」

「…ねえ、どういうつもりなの?ジーマは私達の家族みたいなものでしょ!?そりゃ、兄さんにとってその根拠が、ジーマを疑う理由にはなるかもしれない。けど、ジーマがそんな人ではないってことくらい私達が1番よく知ってるはずでしょ!」

エリーは随分と興奮しているようだった。

──人の気も知らないで…!

「わかっているさ。でも、お前にはわかるまい!オレの背負っているものの重さを!」

「わからないよ!」

「ならば、口を挟むな!わからないで物を言うことが恥ずかしくないのか!?」

──しまった!ついカッとなって…。

「だから…だからって、こんなの間違ってる!」

エリーは泣き叫びながら部屋を走り去った。

「クソッ!」

オレはベッドに倒れこむと、横目でウォーリーの制服を眺めた。

「つくづくオレも、罪な男だよな。妹であっても女を泣かせるとは…」

そう呟くと、オレは枕に顔を沈めた。

「もう、女を泣かせないって決めたのにな…」




──あれ?なんで…。

なんでまだ呼吸をしているんだ?俺は死んだはず…。

俺はゆっくりと目を開けて、周囲の状況を確認した。すると、目の前にいたのはセナル教の信者ではなく、1人の女性であった。

「お、女?何故…」

ハッ!腕も足も押さえつけらてない!ということは!

俺は上体を起こして、キョロキョロと周りを見渡した。するとさっきまで俺の身体を押さえつけてた3人の男が、転げ回りながら腕や脚を押さえて痛がっていた。

「生きてるのか、俺は!」

俺はすぐ側にいた女性を見上げた。この人だよな?俺を救ってくれたのは。

「ありがとうございます!危うく死んでしまうところでした!」

俺は頭を下げるともう一度顔を覗くようにして見上げた。

すると、身体全体を包み込むような神秘的なものが俺を刺激した。

──あれ?この感じ………まさか!

この女性から溢れるこの暖かいオーラは!


間違いない!ライトフォース!しかもとんでもない量の!


わかったぞ!この人こそが貧民街の住人を救うヒーローだ!やっと見つけた。

「あなたが、ヒーロー?」

俺は何処か抜けた感じで言った。すると、女性は無愛想に言った。

「周囲からはそう呼ばれているよ」

やっぱり!

「会えて光栄です!俺、実はあなたに会うために遥々ここに来たんですよ」

俺は痛みも忘れてその場に勢いよく立ち上がった。

そんなに遠くはないけどな。

しかし、ヒーローは俺を物凄い目つきで睨んだまま動かない。

「君、質問いいかい?」

「はい?」

「君には、私のフォースが見えるか?」

え?何故そんなことを?まあいいや。

「はい、とんでもなく強いライトフォースがあなたの周りを包んでいます」

「そうか…」

それを聞いてヒーローは少し引きつったような表情をすると、いきなり俺に向かって飛びかかってきた。

「グッ!な、何をするんです!?」

「私にも君のダークフォースが見える…!そんなダークフォース、どうやって身につけたんだ?」

「な、なんだって…!」

俺のフォースが見えるだと…?そんなバカな!

「う、生まれつき!生まれつきこうなんすよ!」

「わかるよ、私には!確かにそういう風に微量のダークフォースをもって生また子供はいる。だが、君のようにダークフォースの量が異常だと、過去に犯罪を犯したとしか思えないな」

「……!」

この人、全部気づいてる!?自分のフォースを見られるということが、こんなにも厄介なことだとは!

「ウウッ!」

俺は彼女の腕を無理矢理振りほどくと、後ろに二歩三歩退がった。

「話くらい聞いてくれてもいいでしょう!?」

「それが!」

「あなたは何故、さっき俺を助けたんですか?ダークフォースが見えるなら、見放しても良かったでしょう!」

「あれは、セナル教の信者を成敗するためだ。君のためじゃない!」

ヒーローの女性は手錠を取りだすと、素早く俺の懐に入り込み、もう一度腕を掴んだ。

──しまった!

「終わりだよ!どこに行っても、元気で暮らせよな」

「そ、そんなぁ」

俺は酷く絶望した。そんなことなど知らんと言わんばかりにヒーローの女性が手錠をかけようとする。すると、


「待ってエメルさん!」


「!?」

「この声は!?」

俺たち2人が同時に声のした方を向くと、そこにいたのはなんと、逃げたはずのイリーナだった。

「イリーナ!なんでここに!?」

驚く俺のリアクションなど無視するようにイリーナは、ヒーローの女性の方に向かって走ってきた。

「イリーナか…。何故止めた?」

「その人、私を殺そうとしたセナル教信者から、私を守ってくれたんです!ほら、今だって怪我をして…」

「なんだと…?」

ヒーローの女性はそう言うと、俺の方を向いた。すると俺の身体は自然にブルッと震えた。

「本当なのか?」

「…本当ですよ。俺、一応兵士やってて、人を守るのが仕事だから。その使命を全うしたまでですけどね」

──違うけどね。本当は。

「そうか…。さっき私と話がしたいと言っていたが…。いいだろう。話ぐらい聞こうじゃないか」

「え?」

や、やったぞ!?どうにかここまで持ち込めた!だが、これで終わりじゃない。弟子入りするまでが戦いだ。まあ、当初の予定では弟子入りしてからが勝負だったけど…。仕方ない!こうなったらなんとしてでも弟子入りしてやる!

待ってろよ、ジョセフ!

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