24話 リベンジチャンス
「ここです」
ペンタスは立ち止まると、バカでかい豪邸に向かって指をさした。
「おお…」
俺は思わず息をのんだ。
さすが大富豪って感じだ。いつか俺もこんな家に…。って、いかん…思わず見惚れちまってた。
「私達はここの近くの、ライトストーン加工工場で働いているんですよ。寝泊まりは大体、野宿ですがね…」
「ブルベは、本当に君達を人間として見ていないな」
「彼、きっと寝泊まりする場所を作る費用が勿体無いから作らないんでしょう。ブルベは、金を何よりも大事にする男です。金のためならば、私達を休ませずに働かせるし、使えない奴隷は、また誰かに売るし…。最低な男です」
「大丈夫、もう君は彼を憎まなくていい。俺が必ず殺してみせる」
「………」
彼女は俺と話すことがなくなったのか、俺と少し距離を置いた。
…ブルベは可哀想だな。金のために今まで沢山の人間を傷つけてきた奴が、金によって殺されるとは…。本当に、ね。
「オレはハンター討伐隊の隊長ですよ!?なんだってこんなこと!」
「あー…、分かったから、今日だけね?ね?」
眼鏡をかけたヒョロっとした男性が、オレを落ち着かせようと必死に努力する。
納得できない!オレは1秒でも早く、ハンターをこの世から消し去らねばならんのに、兵士長から言い渡された今日の任務は、大富豪の護衛だ!しかも、オレだけ…。
大富豪のブルベとかいう奴は今日、占い師に占ってもらったらしい。占いの結果は、今夜、ブルベの人生の中で最も危険なことが起こる…だったそうだ。
それで、貸しがあるからと、兵士長に1日だけ1番腕のたつ兵士を貸すよう言ったらしい。それでオレが選ばれたっと…。
…選ばれたのは有難いが、オレは自分の正義を貫かねばならん。こうして足踏みしてる訳にはいかんのだ。
ちなみにオレのすぐ側にいる男性は、ブルベの部下だそうだ。…この男性は中々しつこい。きっぱりと断って、早めに諦めさせよう。…明日は兵士長にこっぴどく叱られるだろうが、しょうがない。
「すみませんが、帰らしていただきます!」
「あ、待って!」
男性はそう言うと、オレの制服を掴もうとしてきたので、オレはそれをひらりと躱した。すると男性はバランスを崩し、その細長い顔面を地面に叩きつけた。
「ヘブッ!」
「あっ!すみません!つい反射で…」
オレが謝ろうと男性に近づいたその時、男性はオレの足をガシっと掴んで放さなかった。
「つかまえましたよ〜!」
「ああっ!?ちょっと!やめて…」
オレが必死に足を振り回すたび、男性はもっと強く掴んでくる。
「…勘弁してください!しつこいですよ、アンタ!」
「き、今日は、ブルベさんにとても危険なことが起こる日だ!」
「それは占いの結果でしょ!?あたるかわからないじゃないですか!」
「最後まで聞いて……!その危険とは、多分命を狙われることだと思うんです。今夜は彼の人生で1番危険なことが起こる日でしょ?彼は、腕のたつ殺し屋に幾度となく命を狙われてきましたが、それすら超える危険が、今夜起こるんです」
男性はやっとオレの足から手を放すと、立ち上がって、服に付いた砂をパンパンと払い始めた。
「というと…」
オレはその先を大して期待せずにきいた。が、彼の口から発せられた言葉は、次の瞬間、オレを驚かせることになる。
「今夜現れる殺し屋は…、ハンターだと思います」
「ッ!?」
オレは男性の胸ぐらを掴んで顔を近づけた。
「今なんと…!」
「ハンターが今夜現れると…!」
男性が苦しそうに答えたので、オレはその手を放した。
「ま、まあ、あなたの言うように、占いがあたるとは…」
「信じます…」
「え?でも、さっき…」
「最近、ずっとハンターとは遭遇できていません。最後に遭ったのは何時だったか…。だから、オレは少しでも可能性があるならば、それを信じます」
「予測ですからね?あんまり期待しないでくださいよ」
男性はオレにそう言ったらしいが、その声はオレの耳には届いてなかった。
やっとだ…!やっとハンターに近づけるかもしれない!絶対に殺してやる…、ハンター!
「正面から行く。その方が早い」
俺がそのまま進もうとすると、ペンタスが俺の腕を掴んで止めた。
「待って!正門には門番が…」
「いや、それでいい」
俺はそう言うと、2人の門番に近づいた。
「ん?おい、今日は誰であろうと立ち入り禁止だ。ブルベ様は…」
門番の言葉を最後まで聞かずに、俺は2人の首を切断した。
「ッ!?」
ペンタスがその光景を見て、パニックになったのか、異様に俺にくっついてきた。
「…なんだ!」
「なんで罪のない人を殺したんですか!?」
「その方が手っ取り早いからさ。あまり時間をかけるのは好きじゃない」
「でも…!」
「少し急ごう。おっと、これからは今みたいに大声出すんじゃないぞ?もし、見つかっちまったら、そのときはこれより多くの死体を見ることになる」
俺がそう言うと彼女は、何か言いたそうな気持ちを堪えるような顔をして黙った。
「…チッ」
俺は小さく舌打ちをした。
まさかこんなに見回りが多いとは…。
「普段はこんなに多く見回りの人がいないのに…。何かあったのかしら」
「野宿していたのに、普段の光景を知っているのか?」
「はい…ろくに食べ物を与えられなかったときは、ここの調理室の食材を盗み食いしてましたから」
「そうかい。じゃあ大体、内部の構造は理解してるな?」
「はい…、ブルベの寝室の場所も知ってます」
「よし、案内してくれ」
…しかし、警備の強化のタイミングがよすぎる。
「まるで、俺が来るのを知っていたみたいだな」
俺はそう呟くと、小さく笑った。
「し、死体だー!門番2人が首を切られて死んでる!」
どうやら見回りの1人が、さっき俺が殺した門番の死体を見つけたようだ。すると、豪邸全体がどよどよとざわめいた。
「こ、殺し屋は近くにいるぞ!占いはあたったんだ!」
見回りの1人が、悲鳴に近い叫び声をあげた。
…?占いってなんのことだ?
俺が考える隙を与えず、大勢の見回りは、正門に向かって走り始めていた。…こっちに向かってくる!
「…!いかん、ペンタス!隠れるぞ!」
俺はペンタスの身体を持ち上げると、そのままグッとジャンプした。そのあと、左腕で彼女を抱えながら右手で天井をガシっと掴み、握力で窪みを作ると、そのままブランとした。
俺達の真下を、見回りの奴らが駆け抜けていく。暫くすると、足音が聞こえなくなった。
「…行ったか?」
俺は真下に誰もいないことを確認して、右手を放した。ペンタスは、何故か恐怖のあまり、若干過呼吸になっていた。
「ハァ、ハァ、あなた、一体何者?」
「俺が何か変なことしたかね?…それより、多くの見回りが死体の方に向かってくれたことで、大分ブルベの寝室に向かいやすくなった。今のうちに早く行こう」
そう言うと俺達は、随分と静かになった豪邸内を、ブルベの寝室に向かって足速に移動した。
「ここが、ブルベの寝室です」
ペンタスは俺に向かって言った。
「…ご主人様の死体が見たくなければ、俺がドアを開けて入ってから、出てくるまで、絶対にドアを開けるな。さっきみたく、パニックになられるのは困るのでな」
俺はそう言うと、庶民ならば触れることも出来ないような、豪華で芸術的なドアを開いた。
「………」
俺は息を殺して、すやすやと眠っているブルベに近づいた。そして、鉈を抜き取り、彼の喉元にぴったりとつけた。
「すまないが、金のためだ。恨むなら、過去の貴様にしてくれよ」
俺は静かにそう言うと、鉈を振り上げた。
切……
俺が鉈を振り下ろそうとしたその時、背後から物凄い勢いで謎の物体が飛来してきた。俺はその物体を、空気の流れで感知し、自慢の反射神経と素早い動きで、その物体を鉈で弾いた。
「…ッ!?なんだ!」
俺が驚いて、後ろを振り向いたそのとき、俺の左肩を何かが抉った。
「ウッ!」
俺が振り向いて真っ先に目に入った光景、それはこちらに向かって、外見はいたって普通のピストルを向ける男のシルエットだった。外見はな…。
…飛んできたのは弾丸か!?いや、俺が目視したとき、弾丸の形をしていなかった!そして何より、普通ならけたましく鳴り響くはずの銃声が聞こえなかった!
それに…。
発砲の間隔が狭すぎる!
俺が2発目の弾丸を受けたその直後、すぐに3発目、4発目と飛んできた。
「クウ…!」
俺はその飛来してくる2つの物体を、辛うじて避けると、ブルベのベッドの後ろに隠れた。
「お見事だ…、ハンター」
ベッドを背にして隠れている俺に、男が話しかけて来た。…この声、どこかで…?いや、それどころではない。足音が迫ってきている!こっちに来る!
男は俺の後頭部に、発砲したばかりだからか、少し熱くなったピストルの銃口を押し付けてきた。
「…もう逃がさん。今ここで殺してやる!」
…もう?俺は1度でもこいつに命を狙われたことがあるか?
「以前会ったことがあるような言い方だな」
俺は男が押し付けている銃の恐ろしさに少し焦りながらも、落ち着きながら冷静に言った。
「…貴様は憶えてないかもしれないがな…。あの日、オレは大切なものを失い。貴様とヤツから途轍もない屈辱を受けた」
「…憶えてねえな。その『ヤツ』ってのは、一体誰だ?」
俺が額に脂汗を浮かべながら、そう言うと、男はピストルを持つ手を激しく震わせた。
「貴様に…!貴様に知る必要はあるか!?」
「冥土の土産だよ…。気になってムズムズしたまま死ぬのは嫌でね」
俺には、この男の正体も、そいつが憎む『ヤツ』ってのも知る必要がないとは思うが、俺は1度気になると、落ち着かないんだ。
…それにしても、こいつメッチャ手ぇブルブルさせるな!そんなに憎いヤツなのかな。
男の呼吸は、フゥー、フゥーととても荒くなり、それを必死に落ち着かせようとする彼の姿が、背後からでも容易に想像出来た。
「そうだな…、冥土の、土産だ…!」
男は深呼吸をして、やっと自分を落ち着かせると、ゆっくりと答えた。
「グリズリー…!」
「え?」
俺は一瞬耳を疑った。そして、考えるよりも先に口が動いた。
「今、なんて…?」
「グリズリーだ!」
……ッ!?そんなっ!じゃあこいつは!
「ジョセフ…!?」
俺は思いきり目を開きながら言った。
これは、彼のリベンジチャンスなのだろう。しかし、俺は暫く何も考えられそうになかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます