23話 ハント再開

時間というのは実に不思議なものだ。己が立たされている状況によって、流れの速さが変わる。それが充実したものであるほど速くなり、それが苦痛そのものであると遅くなる。

俺が今立たされているのは、後者の方だ。


「……」

俺がここに来てから既に3週間が経過していた。

ブルベとかいう大富豪のクズ野郎は、頻繁にここに立ち寄ってるらしい。迷惑なこったな。

俺はそいつがいる環境にも慣れたし、仕事だって十分出来るようになった。まあ、相変わらずコーヒーとかいう苦い汁には慣れてないがな。

まあ、やっとスタートラインに立てたって状態だが、もう俺はここの仕事をする必要がない。3週間経ったからな。またこの前みたいに、落ちこぼれのレッテルが貼られたままの兵士に戻るのだ。

仕事内容的にはこっちの方が、俺にあってる気がするが、俺の嫌なブルベがこちらにはしょっちゅう来るのでな。慣れたとはいえ、奴のことが嫌いなのは変わらない。反対に、あちらにはジョセフもノーガもいる。その時点で俺が進む道は決まっている。

俺はこの仕事の最後の内容を終えると、荷物を整理して帰り支度を始めた。

準備の為にも、今日は早めに帰らなければならない。今夜は久しぶりに、俺が殺し屋として働く。

……正直、ハンターになるのも久しぶりなんでな。鈍ってないか心配だ。殺し屋としての勘と非情さがね…。


俺は腰のベルトにピストルを2丁おさめ、ダークストーンの使われた鉈にダークフォースを込めた。すると俺の身体はみるみるハンターへと形態を変えていく。

ジーマの状態と比べてハンターの状態は身長が20㎝ほど高いし、右手と左手の太さが遠くから見てもわかるくらい大きく違うので、俺は一度よろめいてしまった。

…久しぶりになるとこれだ。うんざりするな。右手左手のアンバランスさはともかく、俺は身長が20㎝も伸びるため、よろめくたび自分の低身長さを実感する。元の状態が、こんな感じに高身長だったらいいのに…と何度思ったことか。

まあ、言ってしまえば、この状態も本来の俺なのだが、普通に生活出来る身体じゃないよな。顔だってキモいし、首はいつも左右どちらかに曲がってるし、脚細長過ぎだし。身長高いことくらいしか外見で良いところないもんな。嫌なところをあげてくとキリがないくらいだが、当然都合の良いところもある。

この世界は人殺しに居場所はないそうだな。居場所を求める殺し屋に対して、人々は自業自得と言う。人を殺すという罪を犯したのだから…と。

徐々に居場所を奪われていく殺し屋を横目に見るたび、俺は顔を2つ持ってて良かったと感じる。

…顔が2つあるから、自由に生きることを許された人間だと勝手に思っちゃってるよ、俺は。


俺が依頼希望者をさがしはじめて、3時間くらい経った。3時間も経つと、諦めたくなる気持ちや、イライラする気持ちもでてくる。

いつものことだが、ターゲットを見つけて殺す時間よりも、希望者を見つけるほうが時間がかかってしまうのが、何よりも辛いところである。まあ、それもしょうがないことではある。殺し屋の需要なんて、そんなにないからな。

冬の寒さに凍えながら、俺は必死に依頼希望者を求め歩き始めた。すると、背後から何者かの気配がしたので、俺は鉈を抜きとると、気配のした方向に向けた。背後にいたのは、頭巾をしたどこか見覚えのある黒人の女性だった。

女性は鉈を向けられたことへの驚きで固まってしまっていた。俺はハンター討伐隊などの俺を狙う者ではないことを確かめると、鉈をおさめた。

「依頼希望者か?それとも、俺に用はないか」

俺は頭を掻きながら、面倒くさそうに尋ねた。すると女性は、ハッとしたような顔をすると、頭巾を脱いで自分の顔を俺に見せてきた。

俺はその顔を見て非常に驚いた。なんとそこにいたのは、俺がデスクワークを始めたばかりの頃に、ブルベに蹴られ、涙を流していた奴隷の女性だったのだ。

今度は俺が固まってしまった。女性はそんな俺のことを気にせずに口を開いた。

「ハンターさん、ですよね…?」

「え?…ああ!そうそう、俺がハンターだよ」

「依頼を希望したいんですが…」

…まさか、この女性が俺に依頼を希望してくるとは思わなかった。まあ、依頼を希望してきたいじょう、だいたいターゲットの予想はつくがね。

「大富豪ブルベ…」

俺は女性と目を合わせながら、言った。

「!?何故それを…」

女性は心底驚いていた。俺はそんな彼女を見ながら、へへっと笑って見せた。

「ここ周辺の人物の情報はひと通り知っているからね。君がブルベとかいう奴にいじめられてることもよく知ってるよ」

ひと通り知ってるっていうのは嘘だが、この前みたいに、ブルベの奴隷に対する行動が、彼女らの恨みを買ってることくらい、簡単に推測できる。

「奴は…私達奴隷を、生物として見てくれない…!酷いんです。金のためならば、休みなしで私達に働かせるし、自分がむしゃくしゃすると、女だろうと関係なく暴力をふるうし。もう、奴の側にいるのはウンザリなんです!」

「…あんたにとっては、本当に辛いことかもしれんが、命を奪う殺し屋の立場からしたら、それだけなのかって感じてしまう」

「え?」

俺の言葉を聞くなり、彼女は俯いてしまった。

「君は主人が、生き物として扱ってくれないってだけで、人を殺そうとしている。少なくとも俺は、ブルベの行動が如何に君達を傷つけようと、死に値するほどの罪ではないと思っているが。…君は、そんなに命を大事にしないような人間なのか?もし、そうだと言うなら、金額の相談をしよう。しかし、そうではないというのなら、今すぐ主人のもとへ帰れ」

俺は彼女の表情をうかがうように、腰を少し低くしながら尋ねた。

「………」

彼女は俺と視線をそらしたまま、返事もせずに黙った。

「…さっき依頼したいって言ってたじゃないか。認めるか、否定すればいいんだよ」

俺が少し厳しめにそう言うと、彼女は何かに躊躇いながら苦しそうに頷いた。

「………」


「金はいくら払うんだ?金額次第じゃ依頼は断る」

俺は自分が言っていることが、彼女にとって意地悪なことだと承知で言った。

相手は奴隷だからな。そしてブルベのことだ。奴隷を道具だと言うあいつが、立派に給料なんてあげてるわけがない。

「…君、いくら持ってんの?大富豪を殺す依頼は警備とかなにやらで、難易度が少し高いんだよ。だから、それ相応の金額を払って貰うことになる」

「どのくらい、ですか…?」

「そうだねー…。ざっと2万ドルくらい?」

「そんな!?そんなお金は…今、ありません」

彼女は震えながら言った。そんな彼女を見て、俺は溜息をつきながら言った。

「君のメンタル、凄いよ…。君の目の前にいる殺し屋は、最強と呼ばれている殺し屋だぜ?相応の金を要求することなんて分かりきってたろ?そんな殺し屋に、無償で働けってのかい?」

俺はまた意地悪をした。最後に引き受けた2つの依頼は、ボランティアだったのにな。

だけど、この前、セイントが言ってたプロの誇りっていうのが今、分かった気がする。

仕事としてやっているんだ。俺だって、例え相手が金のない客であっても、タダで動くような安い殺し屋と舐められたくはない。高級ブランドなんだよ、俺は。それに、最後の2つの依頼は、どちらも暇つぶしみたいなものだしな。

俺もアストレのように、無益な殺生は好まん(暇つぶしに人を殺すような奴だが、一応暇をつぶせて有益のためセーフ)。だから、ブルベの行為が、死に値するほどの罪ではないと考えている俺を動かすには、やはり金がいるのだ。今日は、暇じゃないんだよ。

「…金がないなら、どんな理由があろうと聞けないな。すまないが、また金を作ってからにしてくれ」

しょうがないさ。俺のプライドを守るためだ。

しかし、この女性がダメとなると、ひょっとして今日は、いくらさがしても依頼希望者はいないんじゃないか?

…疲れてきちまったな。

俺は今日は諦めて家に帰ろうとした。が、その時、

「…ブルベは、ある場所に大金や宝石を隠しています」

「?」

俺はその言葉を聞いた瞬間立ち止まり、彼女の話を詳しく聞きたくなった。

「気になる言い方だ…。まるで自分しか、その場所を知らないかのような」

「その通りです。ブルベ以外、私しか知りません。大金や宝石を手に入れたければ、私の依頼を引き受けてください」

彼女の言葉からは、何か得体の知れない感情が読み取れた。俺はそんなことより、彼女の言葉が嘘か、あるいは本当かを推理していた。

…少し脅してみよう。

「分かった。依頼を引き受けよう。金はブルベの財産で支払うかたちでいいな?」

俺がそう言うと、彼女は頷いた。俺はそのまま、彼女から視線をそらさずに言った。

「…君が言う、その宝庫とやらがもし存在しなかった場合、君だけじゃない、君以外の奴隷達も殺す」

「え?」

「当然だよ。俺にとっては嘘か本当か分からない話じゃないか。俺は今知りたいんだよ。本当に存在するかを」

俺がそう言うと彼女は、俺と視線を合わせないようにしながら、考えるような動作をした。その姿は、焦りと恐怖を隠せないでいた。

……宝庫が存在する確率は低いか…。

「分かった、もういい。今日はこのへんで…」

「あります」

「!?」

俺がまた帰宅しようとしたとき、彼女はもう一度俺をとめた。

「…いいんだな?それで。もし、本当に存在しなければ、君の仲間達も全員殺されるんだぞ?」

「構いません。ちゃんと存在しますから」

「………。分かった」

…俺はまだ完全に信じた訳じゃない。でもまあ、殺される覚悟もあるみたいだし、折角何時間もさがしまわって見つけた依頼希望者だ。そう簡単に逃したくはない。

「ブルベのもとまで案内してくれ」

俺は領収書を紙に書きながら言った。

「…?このあたりの人のことは、ひと通り知ってるんでしょ?それならば、ブルベの自宅ぐらい知ってるんじゃあ…」

「え!?…ああ、わ、忘れたんだよ!」

俺は彼女のツッコミが鋭過ぎて、一瞬焦った。

……結構、記憶力いいな…!ビビったぜ。

「き、君、名前は?」

「…ペンタス」

「行こうか、ペンタス」

俺はそう言うと、彼女を先頭にして歩き始めた。

…ハント再開といこうか。

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