22話 ライク チャイルド

今月の順位が4位だったので、給料がいつもよりずっと高かった。す、凄い…武器を使うのやめて、素手で戦っただけで給料がこれだけ違うとは。ジョセフはこれ以上稼いでるのかと思うと、羨ましくてたまらない。

俺は嬉しくてたまらなくなり、ジョセフとノーガに報告しに行こうとした。が、2人はどうやら1秒でも早く俺の給料を知りたかったらしく、兵士長室から出たすぐ側でソワソワしながら待っていた。

「…俺の給料知りたいか?」

俺がいかにもやってやったぜ的な態度で言うと、2人とも頷いた。やれやれ…。

俺は鼻息を思いきり鳴らしながら、金を2人の目の前に広げた。すると2人が、ん?みたいな感じで眉をひそめた。

「どうした?なんかおかしいかよ?」

「いや、俺と一緒だなって…」

ノーガがそう言うと、俺の背筋はゾワワッてなった。聞き間違いだよな?

「今なんて?」

「給料が俺と一緒」

ハア!?ふざけてんなよ?俺とノーガとじゃ働いた数や成績も違うじゃん!俺の方が結構上なのに、なんでこいつと給料一緒なんだよ。

俺は一度、頭の中で自分にできる最大限の思考を巡らせてみた。すると、ハッとするような心当たりがあった。ついこの前まで、俺は実質ビリだったじゃないか!そりゃ、落ちこぼれのレッテルも剥がれない訳だ。

「…仕事頑張ろ」

俺はそう呟くと、2人の肩を借りて、事務室に向かった。脚を怪我して兵士としての普通の仕事ができないため、兵士長から、デスクワークを任されたためである。


そこは、キッチリと整理された部屋だった。

ここが3週間、俺がお世話になる事務室か…。俺の仕事は、初心者でもできる簡単な仕事だから緊張する必要はないって兵士長が言ってたけど…なんかこう、新しい職場って緊張するよね!

俺はいかにも白髪のカツラを被っている男性に席を案内された。椅子に座ると、俺の近くで俺についての噂話が聞こえた。

「あの少年、脚を怪我して、こっちに来たんだって」

「なんだって!?確かにこっちは人手不足だが…。子供を働かせた挙句、脚を怪我させて、今度はデスクワークを押し付けるとは!とんでもない職業だな」

仕事の悪口か?嫌だったら辞めればいいのに。立派なカツラを被れているんだ。それなりに金持ちだろうに。

「私があの少年と同じくらいの頃は、親に勉強をさせて貰えていたのに…」

「多分、親がいないから働かなければならない可哀想な子だろう」

2人の男性が同情するような目でこちらを見る。親か……。

俺は親についての会話になると、何も喋ることができなくなる。親がどう生きて、どういう人かなんてほとんど分からないからな。でも、たった1つだけ分かっていることがある。それは、生んだ赤子の命に責任をとれない最低な大人ってこと。

子供だったんだよ…、体はどうか知らないけど、精神的に…。

先住民の皆は、俺を我が子のように愛してくれた。俺もそれが嬉しかった。でも、俺はやはり親の愛に飢えていた。我が子のようじゃダメだったんだ。本物じゃなきゃ…!

……しかし、俺は本当の親の愛に飢える一方で、自分の親からは愛情を受けたくないという気持ちもあった。明らかに矛盾しているように聞こえるが、そうではない。言葉で説明するのは難しいが……、それだけ憎いってことさ。


3時になると、何やら奴隷らしき黒人の女性が、黒い液体をティーカップに注ぎ、盆にのせて運んできた。疲れきったその女性の表情は、俺を不思議と立ち上がらせて、手伝ってあげたいという気持ちにさせた。

「いいって、いいって」

俺に向かって奥から声が聞こえた。俺はその方向を向くと、1人だけとても偉そうな態度をしている男を見つけた。その男は、身体中を高級そうな装飾品で包み、周りにいる奴らとは桁が違う程、よい髪をしていた。…カツラだな。

男は女性から黒い液体を受け取ると、その女性の背中を思いきり蹴った。女性はその場に倒れてしまい、涙を流しながら破れたティーカップを処理し始めた。

「貴様…」

俺はその男の態度に我慢が出来なくなり、静かに、その男に向かって言った。

俺は先住民に育てられ、彼女らと同じように差別され、迫害されてきたから、キツい労働を強いられる奴隷の気持ちが理解出来なくもなかった。

「あ?」

男は俺を睨みつけながら言った。俺はそんなこと気にせずに続けた。

「何故こんなことをする?この女性はアンタの為にティーカップを持ってきたというのに」

「女性?今女性と言ったのか?」

「そうだ」

「…ハハ。そいつは奴隷だ。金持ちにこき使われるだけの、ただの奴隷だ」

「奴隷が人ではなく、道具だとでも言うのか!」

「……ハハハハハハハハ!!」

男は突然、大きく笑った。なんなんだコイツは!

「いいか?弱者に人権はない。男だろうと女だろうと関係ない。ただの道具なのだよ、奴隷は。主人の暴力を受け入れるのも奴隷の仕事だ」

……。弱者に人権はないか…。もし、この世界がお前の言うとおりの世界なら、金を力と勘違いし、他人を弱者扱いする奴も弱者ではないか?ならさっき、奴が女性にしたように、(自分で言うのも何だが)力ある者の俺が、1発殴ってやるのも悪くない。

俺は男を殴るために近づこうとしたとき、2人の職員に腕を掴まれた。

「な、何をするんです?」

「すみません。躾がなってなくて…」

男性は汗を噴き出させながら必死に、誤魔化すために笑った。何を言って…。

「フンッ!」

男はそう言うと席について、ティーカップに注がれた液体をズズッと飲んだ。

「バカ野郎!あの方は何時も武器を我々に提供して下さっている、大富豪のブルベさんだぞ!」

「そんなことはどうでもいいんです!ただ、俺は奴の奴隷に対する態度に腹が立っただけです」

「一度落ち着きなさい。今だけは堪えるのだ」

俺を抑える男性2人はそう言うと、少しずつ手の力を緩めていった。

俺はティーカップの破片を処理している女性の方を見た。女性は無理に作った笑顔を見せながら俺に「大丈夫ですから…」と言った。

…無理に笑顔を作っているとはいえ、大丈夫と言った限りは、もう助けないぞ?

俺はその女性を見ながら、心の中でそう言った。


女性は俺のところにも黒い液体を持ってきた。

「あ、ありがとうございます…」

「いえ…」

女性はすぐ俺と視線をそらすと、俺から逃げ出すように部屋を飛び出した。俺はその光景を目を追うようにして眺めたが、女性の表情があまりにも悲しそうで、受けとった熱そうな黒い液体が不思議と冷めているようにも見えた。

「………」

この黒い液体、飲めるよなぁ?ブルベって奴も飲んでたしな。しかし、真っ黒すぎる!不味そうだが…、いい匂いではあるな…。

俺は勇気を出して、その液体を喉に流し込んだ。すると、直ぐに衝撃が走った。


「ァァア熱いィィイ!!?」


俺は直ぐに口から吹き出した。すると大事な書類から何やら一気に汚してしまった。

熱過ぎんだろ!なんなんだこの汁は!

俺がその熱さに驚いているのを待たずして、次の衝撃が同じように口内に走った。

「苦エエエエエ!!」

俺はティーカップを落としてしまった。

違う!紅茶となんか雰囲気が似ているなとは思っていたが、全然違う!紅茶はなんかフワっとした感じで、2語で表すと渋みなんだけど、この黒い液体は、2語で表すと苦みだ!苦みしかないこの液体を誰が好き好んで…。

俺が周囲を見回すと、そこにはその黒い液体を美味そうに飲む大人達がいた。

「!?」

なんなんだこの人達!なんで美味そうに飲んで「あ〜」とか言いながらリラックスしてしてんだよ!味覚どうなってんだよ!

「クックックックッ…」

驚く俺を見て、ブルベが嬉しそうに笑った。

「子供にはこのコーヒーの美味さがわかるまい。まあ、砂糖でも入れれば多少は飲めるようになるとは思うが…、砂糖を買う金なんて貴様のような貧乏人には無いもんなぁ?」

ブルベがそう言うと、周りの者が愛想笑いをする。笑えねぇよ!糞野郎が!

俺は拳を握りしめながら、心の中で1人呟いた。


「フー…。では、私はこれで失礼するよ。また、お邪魔する」

ブルベはそう言うと、立ち上がって資料などを整理し始めた。

「お待ちしております」

隣で働いている男性が緊張した顔で言った。

また来るのかよ。…この3週間、長くなりそうだな。


今日は散々だったな…。早めに帰ろ。

俺は荷物を持って、壁に手をつきながら出口のドアに向かった。俺がドアを開けると、すぐ正面にノーガがいた。どうやら俺を待っていたらしかった。

「よっ」

「ノーガ…、待っててくれたのか?」

「まあな。お前1人じゃ帰れんだろうし、少し話したいことがあって」

「ん?」

「まあ、肩かせや。歩きながら話そうぜ」


ノーガは俺を支えるようにして、ゆっくりと前に歩き始めた。何か難しいことでも考えているのか、それとも単に機嫌が悪いだけなのか、顔はずっと顰めっ面である。

「その…、ノーガ?なんだよ話って」

俺はノーガから話しかけて来そうもないと感じると、自分から話しかけた。

「お前さっき、ぼーっとしてたろ?だから、お前が何を考えていたのか、ずっと考えていたんだ」

ノーガは堅そうな雰囲気でそう言った。まだ、引っ張るのか…その話題。

「…それでお前なりの答えは見つかったのかよ」

俺は若干呆れた感じで言った。しかし、ノーガの顔はずっと真剣なままだった。

「ああ、お前のさっきの表情は、どこかぼーっとしていながらも、その表情の奥には何か悲しみを感じた」

「……ああ」

「2年前の事件のことを考えてたんだろ?」

「違う」

「え!?」

ノーガは非常に驚いていた。おいおい、さっきまでの真剣な表情と雰囲気はどこ行ったんだよ。まあ、完全に無関係と言えば嘘になるが。

「……」

「……。終わりかよ」

「いや、そこである疑問がうまれたんだよ」

ノーガは少し焦りを見せながら言った。…なんなんだよ!

「こんなこと言うの、不謹慎かもしれないけど」

「お前が2年前の話題をふってきた時点で十分不謹慎だから、早よ言えや」

「…分かった」

彼は大きく息を吸った後、その息を全部吐いて、顔をもう一度真剣な表情にさせると、口を開いた。

「お前が昔住んでいた先住民の集落は、戦争に勝つ為に白人の兵士によって焼かれたってこと知ってるよな?」

「…ああ」

「それを承知で、何故兵士になったんだ?お前は兵士が憎くなって、土地に移り住む奴らを皆殺しにしたって言ってたじゃないか」

「……」

俺は返答に困って黙りこんだ。

俺が兵士になる頃には、憎いなんて感情は殆どなかったし、そもそも兵士は、自分が得意な戦闘で金儲けができるかもっていう淡い期待からなったが(現実はそんなに甘くはなかった)、このような正直なことを言うと、一時の復讐心にとらわれた、ただの殺人鬼になってしまうなぁ。どうしよ。

「わからないよ、どう言えばいいか」

「え?」

「あ?いや、その、なんていうか…」

俺は突然口から飛び出した言葉で自分を焦らせてしまった。なんであんなこと言い出すんだ俺は!

「そうか…わからないか」

ノーガは窓の外を眺めながら言った。

「え?」

「ごめんな?無理に、嫌な記憶を思い出させてしまって。俺が今言ったことは忘れてくれ!頼むから…」

ノーガが申し訳なさそうに頭を下げると、何故か俺自身が悪いような気がしてきた。

「謝んなよ…。別にそんな気にしてねえから」

俺はそう言うと、ノーガの頭をガシっと掴んで、無理矢理頭を上げた。


「綺麗だ…」

ノーガがもう一度窓の外を眺めながらそう呟いたので、俺はどんな景色か気になり、ノーガと一緒にその景色を眺めることにした。

陽は沈むごとにオレンジ色で周りの景色を照らし、その景色とともに俺達2人も照らされた。

周囲の景色は夕陽によって思わず息を呑むような、美しい眺めに変わった。

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