21話 殺し屋辞めるべきかな

「ただいまー」

ジョセフが日常的な感じで言った。

「もうっ遅いんだけど!ご飯はとっくに冷えきって…」

エリーが俺達の姿を目の当たりにしたとき、彼女は絶句した。

「ジーマもいいかな?」

「イヤァァァア!!」

エリーはそう叫ぶと、キッチンに向かって走り去った。

「オイオイ、嫌がられてんじゃん、ジーマ」

ジョセフが肘で俺の頬を突きながら言った。

「ジョセフ…違うと思うぞ?」

「え?違うって何が?」

「エリーが叫んだ訳だよ!ホラ、俺達今どんな状況!?」

俺がそう言うとジョセフは、暫くの間考えこむようにしてから、ハッと何か気づいたような顔をした。

「血まみれだ」

「そうだよっ!俺達血まみれなんだよ!そりゃいつもみたいに『ただいまー』って帰って来たとしても、誰だって逃げ出すに決まってる。だから、まずは自分達の状況を説明するんだよ」

俺は今、歩けないどころか満足に立てる状態でもないので、ジョセフに担いで貰っている。顔だって傷だらけだし、血まみれの状態で彼女に顔を見せる訳にはいかないので、顔をジョセフの肩に押し付けるようにして隠していた。だからエリーはきっと、ジョセフが死体を持ち帰ってきたように見えたのだろう。…ジョセフには、気をつけるよう言ったのだがな。

「ハァー…ジョセフ。あまり俺を疲れさせないでくれ」

「す、すまない。次は気をつけるから」

「…頼んだぞ」


俺達はエリーに、医者を呼んでもらった。治療が済んだあと、俺は全治3週間と言われた。

ハァ…3週間もまともに歩けないのか…。

俺と比べるとジョセフは、飛躍的軽症だったそうだ。ピンピンしてる訳だな。

俺達はその後、3人で冷えきった晩飯を食べた。エリーにはそのときに事情を説明した。

暫くして、俺はこの前寝た部屋のベッドで横になった。

…グリズリーは壊滅か。この十数日、本当に色々なことが起こった。もうこんなこと2度と起きて欲しくない。しかし、それは無理な願いであろう。この国に、いや、この世界に悪が存在し続ける限り、また同じようなことが起こるさ。そして、俺が悪でい続ける以上、確実に悪は絶えることがない。

「ハンターを辞めるべきかな…」

俺は1人でそう呟いた。


時刻は6時、丁度陽が昇りつつある時間帯だ。

俺は凍えるような寒さに、冬を感じ取りながら起床した。

「……もう12月か」

俺は窓の外を眺めながら、ふとそんなことを思った。

この国の兵士にとって12月とは、1年で1番大切な月だといってもいい。ただ、年末だからではない。いや、確かに年末だからというのもあるが、12月には、この都市最強の兵士を決める大会がある。

優勝者には地位と名誉が与えられるとか…。

そういえば去年、ジョセフは3位だったよなぁ。まあ、上位はベテラン兵士ばっかだったからな。兵士になって間もない青年が、上位にくい込むってのは凄いことさ。今年こそはジョセフが優勝だろう。

ま、俺には関係ない。……始めから関係ないって言うのもどうかと思うがな。しかし、あくまで兵士の大会なので、大会で使用される木製の武器でさえライトストーンが埋め込まれている。要するに、俺に勝ち目はないってことさ。


俺は身支度をすると、壁づたいに満足に動かない足でジョセフを起こしにいった。

「ジョセフー!いつまでも寝てると、身体が動かねぇぞー」

ドアをノックしながら俺は言ったが、返事がなかった。

「しゃあねぇな…」

俺は勝手にドアを開けた。するとそこには目を疑うような光景が広がっていた。

「う、う、嘘だろ!?」

なんと、エリーとジョセフが裸でベッドで一緒に寝ていたのだ。俺が固まっていると、ジョセフがゆっくり起きあがった。

「ふわぁ…。なんだジーマか。今何時だ」

「じ、じ、じ」

俺は顔を真っ赤にさせながら言った。

「ジョセフゥウー!!」


2人が裸で寝ていた件のことについてだが……あれは俺の勘違いだったらしい。いや、あの状況で勘違いもクソもあるかって話だが…。

どうやらエリーとジョセフは裸で寝るのが好きらしく、さらに極度の寂しがり屋でもあるため2人で一緒に寝ていたそうだ。「一緒に寝るなら、俺でもよかったのに」と俺がいろんな意味を込めて言うと、エリーはまだ恥ずかしいと答えた。

しかし、感心しないな。2人に裸で寝ることが趣味であるとは。


「朝から騒がせてすまないな」

ジョセフは俺の前に、朝食を置きながら言った。

「いいよ…。それよりも、ただ寝ていただけでよかった」

俺はため息を吐きながら、ジョセフと目をそらして言った。

「別に悪いことかなぁ。寝方なんて人それぞれだと思うけど…」

エリーは全く反省してなさそうだった。

「あのな、何も裸で寝ていたことを言ってるわけじゃないんだよ。実際、そうしてる人もいる。けど、裸で一緒に寝るっていうのは、如何わしい行為を行うための方法であって…」

俺は次の言葉が口からでる前に、言うのを止めた。食事の前になんて話をしてるんだ俺は…。

…もういい。ここはなんとなくいづらい。適当に食事をとって早めにここから出よ。

いや、待てよ…。今の俺は長距離を歩けないから、職場に行くには、ジョセフの馬に乗る必要がある。早く食べても遅く食べても、どのみち待つことになるのか…。


「ごちそうさま」

俺は食事を済ませて椅子から立ち上がった。するとジョセフは、何かを思い出して言った。

「そういや今日は給料日だったな。もちろんオレの馬に乗ってくだろ?」

「ああ、そうさせてもらう」

「身支度でも整えて待っててくれ。オレはもうしばらく飯を食う」

「食いしん坊だな…」

俺はそう言い残すと、自分の荷物が置いてある部屋に足を引きずりながら向かった。


ジョセフの馬に乗って、俺達は職場に向かった。俺はジョセフに助けて貰いながら馬から降りると、すぐそばにいたノーガが走って向かって来た。

「おい、最後のグリズリー倒したんだってな!」

ノーガがそう言うと、ジョセフは俺の瞳を少し覗いてから、「ああ、倒したのはオレで、こいつはほとんど何もしてなかったけどな」と言った。

「そりゃあないぜ!?お前、俺がいなきゃ死んでたじゃん」

「でも、オレがいなきゃ勝てなかったがな」

「何を!」

俺とジョセフが口論していると、ノーガは楽しそうに笑っていた。

「まあ、これは2人で掴んだ勝利ってことで」

「……まあ確かに」

ノーガに言われると、ジョセフは少し頭を掻きながら俺の方を向いていった。


「こうして、3人で集まったのは久しぶりだな」

ノーガが広場の木陰に座りながら言った。

「…オレがハンター討伐作戦の隊長になってから忙しかったもんな」

「今日からだろ?また再開するの」

俺がそう言うと、ジョセフは難しい顔をしながら、こくりと頷いた。

「イヤなのか?」

ノーガは心配そうにジョセフに尋ねた。

「いや、前までは嫌だったけど今は嫌じゃない。ハンターを殺すことこそが、自分の使命そのものに感じるようになったから。だけど不安なんだ。その使命を果たせる人間は、オレなのかってね」

「ジョセフ…」

俺は締め付けられる胸を必死に抑えながら、彼の名を呟いた。


昨日一晩中悩んだ。でも、やっぱり俺は、もう暫く殺し屋として歩んでいくことにした。

理由は自分が悪の道から抜け出せないでいることであった。

今までの言動からも解るように、俺は他人とは違う死への価値観を持っている。だから散々人を殺しても何も思うことはなかった。

だけど、この十数日で俺のその価値観はかなり変わった。原因はやはりジョセフであろう。

彼は初めて死んで欲しくないと思った人間だ。恋人よりも先に、そう感じるのは自分でも可笑しいと思う。

しかし、そんなジョセフの優しさや正義感に触れても、自分がいつまでも罪人であることに変わりはなかった。

そうさ…。簡単に生き方を変えることが出来たのなら、俺はきっと、こんなことで悩むことはなかっただろう。そんなことが出来たのなら、どれだけ幸せだろう。

他人の優しさに触れる度、俺はその正義を羨んだ。でも、自分が正義であろうとすることは、自分自身を否定するようで恐かった。人間が自身を全否定したとき、待っているのは死であるからだ。

…でもこのままじゃ、いかんよな。少しずつでも変わっていこう。いつまでも殺し屋でいるのは御免だ。そうして、悪が自分ではなく、正義を自分にすることができたとき、俺は悪を全否定できるってもんだ。それが出来たら、いつまでもエリーの隣に…。


「…マ…ーマ…」

ん?声が聞こえるぞ?

「ジーマ!」

俺はハッとした。隣にはジョセフとノーガがいた。

「あ、ああ、すまん。少しだけボーっとしてた」

「そろそろお前の順番だぜ。兵士長のところに行ってこいよ」

ノーガが肩を叩きながら言った。

「もうそんな時間か!?」

「何言ってんだよ。ずっとボーっとしてたから、時間の流れなんて感じられてなかったのか?」

ジョセフが少し意地悪な感じで言った。

「すまない…」

ジョセフは、やけに落ち込んでしまった俺の顔を覗くと、少し心配そうな声で「大丈夫か?」と尋ねた。

「大丈夫だよ…俺は」

俺は無理につくった笑顔を見せながら言った。ノーガは、そんな俺が悩みを抱えていることに気づいたらしい。

「何か悩みでもあるのか?」

ノーガは変に勘が鋭い。彼に隠し事をするのが非常に難しい理由である。そんなこと、仲間である俺には既に分かりきったことであるから、俺はその質問には答えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る