25話 ペンタスの花
「ジョセフ……?」
「……?」
何故、こいつはオレの名前を知っているんだ?オレとこいつが初めて遭ったとき、ウォーリーは1度もジョセフと呼んでいない。だから、ハンターはオレの名前を知らない筈。何故…。
…そんなことはどうでもいい。このピストルの引き金を引くだけで、こいつは死ぬ…。
ブルベさんの部下の方がくれたピストル、便利な物だな。ライトフォースを弾丸に変え、ライトフォースによって発砲するピストルか…。火薬を使わないから銃声もしないし反動もない。弾丸をいちいち込めたりせず、フォースを注ぐだけで発砲出来るため連射も可能。
だがまあ、フォースを飛ばすため、飛ばしたフォースは暫く使えないか…。無駄弾は避けたいな。
しかし、この優れたピストルのおかげとはいえ、こうして見ると、案外呆気ない命であったな。いや、呆気なくはないか。こいつは生きてる間に沢山の命を奪ってきた。少なくとも、オレよりかはずっとインパクトのある人生を送った筈だ。
…人間たる者、散るときは等しく一瞬だ。だが、その命が輝いたかは、そいつの歩んだ人生や最期によって決まる。
ハンター、お前の輝きは最低だよ…。
オレが、殺す…!
オレはこめかみに冷たい汗が垂れるのを感じながら、ゆっくりとその指を、引き金に掛けた。
「お終いだ、ハンター」
指を引くと、銃声はしなかったが、確かに弾丸は銃口から真っ直ぐ飛んでいった。
───30秒前
間違いない…ジョセフだ!なんてことだ!
俺は何もかもパニックになって、頭の中が真っ白になった。
「俺は何でこんなとこにいるんだ?ここにいなければ、ジョセフと戦う必要なんてなかったのに!」と自分がここに来た理由も忘れ、必死にこの状況の解決策を考える。しかし、真っ白になった頭じゃ、良い案が浮かぶ訳もなく、俺はなるべく他人を装いながら、彼と戦うしかなかった。
「お終いだ、ハンター」
ジョセフの声だ。くッ…!やるしかない!
…ジョセフ、済まない。俺はお前と戦う。そのことが、
お前に更なる絶望を与えてしまうことを許してくれ…。
やったか…!撃った瞬間、目を瞑ってしまったが…。銃口を頭に押しつけてたんだぞ?逃げられまい!
そうだ!勝ったんだよ!これで、沢山の人が犠牲にならなくて済む!
…ジーマ、ノーガ、エリー、ヴェインさん!
ウォ───
「残念だが、俺は君に殺されるつもりはないよ」
リー……ッ!?この声は!…ハンター!
まさか、生きて…!
声の大きさからして奴は背後にいる!
オレは勢いよく振り返り、ピストルをハンターに向けた……つもりだったが、そのとき奴は既に背後からいなくなっていた。
「ッ!どこだ!?」
「…前だよ」
「!?」
気がつくと目の前にハンターがいた。こんな距離で…!
「驚いたろ?なんたって引き金を引いた直後、俺はまだ君に銃口を押しつけられていた」
「ならば何故!?」
「…弾丸がはなたれるまでの間に逃げたに決まってるじゃないか。君は俺を完全に殺したと思い込んで、油断してくれたから、こうしてほんの0.1秒ほどで逃げられた。俺は始めから、君を恐れてはいないよ」
……グッ!やはりハンターのスピードは桁違いだ!速すぎて見えない!この前より更に速くなっているか?いや、きっと以前は力をセーブしていたんだろう。
セーブしていた力を解放したのか!奴は本気で戦っているのか!?
…でも、それならば何故、今こうしてオレを殺さない?殺す隙ならばいくらでもあるはずだ。もしかして、
お、オレで遊んでいるのか!?
「舐めやがって…!」
オレは歯を思いきり食いしばりながらそう言うと、ハンターはため息を吐きながら面倒臭そうに言った。
「………そうさせたのは君だろう?」
「え?」
「君は、引き金を引く瞬間、目を瞑ってしまったな」
「…それが?」
「発砲音もしないから、別にピストルのせいではあるまい。音にビビろうとしても、ビビれないからね。だからな、目を瞑ったってことは、他の理由があるんだ。その理由こそ君が目を瞑った理由だよ。そうさ……君は、俺を殺すことを恐れたんだ」
「ち、ちが──」
「いいや、そうだよ。仕事柄、君みたいな人間を沢山見てきた。だからね、君の目を見れば分かるんだ。君の目は、殺すことを恐れる目だ。…そんな君は、冷静になることを忘れ、俺をまんまと目の前から逃した」
…なんだとォ!!オレに覚悟がないとでも言うのか!お前は!
「クソッ!ペラペラ、ペラペラとオレの納得できないような言葉の羅列を!」
オレはそう怒鳴りながらピストルを、前にいるハンターに向けた。
「君、手が震えてるぞ」
……え?ホントだ。な、なんだ?手の震えが止まらない。何なんだ!?
ろくに整った呼吸ができない!…クソッ!何なんだよッ!!
「フン…!」
ハンターは1度鼻を鳴らすと、オレの目の前から消えた。
また消えた!どうなってやがる、畜生!
「そんな覚悟じゃ…」
「…!ハン──」
「君は俺を殺せない」
ハンターがオレの耳元で小さく囁いた。奴の冷たい吐息が、オレの耳元を凍らすと、オレは奴に遊ばれたことについての怒りで我を忘れてしまった。
「うわーーァ!!」
「ッ!」
「ハンター、貴様ァァア!」
そう言うとオレは、ピストルを乱射し始めた。その弾が、寝ているブルベさんに命中し、彼は痛みで飛び起きた
「グッ!え?う、うわァーーー!!?」
ブルベさんは、ハンターに驚いたのか、それとも痛みで叫んだのか分からないが、その蒼白とした顔は明らかに引きつっていた。
「チッ!」
「ハンタァアー!殺してやる!」
「…君の覚悟は分かった。でも」
「!?」
ハンターがまた消えた!クソ、一体どこに消えたんだ!
「出てこい!ハンター!」
オレは顔を四方八方に振り回すように、ハンターを捜した。
「今日という今日は、絶対に逃がさん!オレはテメーを…」
「覚悟を決める為に怒りを使うとは、感心しないな」
ッ!?後ろ!?背後にいるのか!
「そこか!」
オレは振り向きながら、ピストルを背後にいるハンターに向けて発砲した。
ハンターは上半身を捻ることで、その弾を躱すと、オレの横腹に思いきりパンチを繰り出してきた。
「それでは冷静さを欠き、一瞬の判断に遅れがでる」
オレはそのパンチを避けきれず、まともにくらってしまった。
「ウガッ!」
オレは次の瞬間、身体が宙に浮き上がっていることに気づいた。
う…嘘だ!そ、そうだ!これは夢なんだ!本来のオレならハンター如き──
あまりの実力差に、オレは現実逃避をし始めた。が、宙に浮かんだオレの身体が、壁に強く打ち付けられたとき、オレは夢から覚めた。
「う、嘘だぁ…!」
オレはそう小さく呟くと、オレの意識はその場でプツンと切れた。
「少々頑固すぎるな、ジョセフ」
「お目覚めかい?ブルベ」
俺はブルベに近づきながらそう言うと、彼の顔色を伺った。…暗くてもよく見える。恐怖に怯える顔だ。
「き、君は、ハンターか…!?」
ブルベは顔を更に蒼くしながらそう言った。
「まあそうだが、俺がここにいるってことは、何をするかは想像できよう?」
「さ、さあ、何をするかなんて、そんな──」
「お前を殺すんだよ!しらばっくれるな、そんなんで助かるとでも思っているのか!?」
「ひ、ヒイ!」
ブルベはベッドから転がり落ちると、腰をぬかして怯えながらこちらを見た。
「……で、こんなことになる心当たりはあるかい?」
「な、ないぃ…、だから許して!」
「………。本当はあるんだろ?ほら、奴隷にやったさあ」
「奴隷は、道具──」
「その扱い方が、お前の奴隷を今まで苦しめ、こうして俺に依頼されるという結果に繋がったんだろう?」
俺は鉈を抜きとると、左手でブルベの胸倉を掴んだ。
「ング!だ、誰かァ〜!助けて!」
ブルベがオイオイとそう泣き叫んだ。
──しまった!このままでは奴の叫び声に反応して、ブルベの助けが来る!そうなれば、ペンタスはきっと、助けにきた見回りに見つかってしまう。それだけは避けねば!
「黙れ!」
俺はブルベの鼻に思いきり頭突きした。ブルベは、ぼたぼたとながれでる鼻血を抑えながら、必死に黙った。
「…フゥー」
俺は額の汗を拭うと、ブルベの方を思いきり睨んだ。
「…正直、お前が関係していたかは知らないが、ジョセフが所持していたピストルのことについてとか、聞きたいことは山ほどあったが、また騒がれると厄介だからな。悪いが今すぐ死んでもらう!」
「ヒイィ!い、命だけは!私には娘がいるんです!」
「知ったことか!そんなことに情けをかけていては、殺し屋などつとまらん!」
「ギャァーーァ!!死にたくない!死にたくない!」
「チィ…!黙らんか!!」
そう言うと俺は、ブルベの喉元に鉈の刃をつけた。
「忠告を聞いていれば、もう何分か生きられたものを!」
「何をぉ…!」
鉈を引こうとする俺に対して、ブルベが俺の手首を掴んで必死に抵抗する。その程度の力で、俺に敵うものか!
俺はブルベの腕に噛みつき、彼の腕の骨を砕いた。しかし、ブルベは悲鳴をあげるどころか、一向に力を緩める気配がない。
「…ッ!早く楽になれば、いいのに…!強情だね、お前も!」
こうなったら無理矢理にでも鉈を引くしかない。死体からの出血量が増して気持ち悪いが、致し方ない。
「さらばだ、ブルベ」
俺が力を込めて鉈を引こうとしたそのとき、
「待って!」
と、ドアの方から聞こえてきた。
──この声は…?
俺がドアの方に振り向くと、そこにはペンタスがいた。
「おや、ペンタスじゃないか」
「助けて、ペンタス!い、今まで酷いことして悪かった!私は目が覚めたよ。だから…」
「死に損ないが、俺の大事な依頼人に話しかけてんじゃねえよ」
そう言うと俺は、ブルベの胸倉を放し、地面に彼の身体を叩きつけると背中を踏んだ。
「グッ!」
ブルベが苦しそうに唸った。
「…で、待てってのは、どういうことかな?」
「その……。その、彼を殺さないで欲しいんです…」
ペンタスが精一杯俺から目をそらしながらそう言った。俺はひとつため息を吐くと、そらすペンタスと目を合わせようと努力した。
「…知ってたよ、ペンタス」
「え?」
「君は俺が、ブルベを殺したいかと強く迫ったとき、君は苦しそうに頷いたな?だから君には、本当は最低なご主人様でも殺す勇気はないと思っていたよ」
「………」
「人を殺すってのは、そう言うことなんだ。誰を殺すにしても、辛いし怖い」
「…はい」
「だからこそ、需要なんて少なくても、殺し屋が世界に必要なんだよ。恐怖と辛さを、依頼人と共有することで殺し屋は生計を立てている」
──俺以外の場合はな。俺は人を殺すことに、そんな感情なんて感じられないから、ある意味その感情を全て背負うのは依頼人だ。
…だからかな、俺が結構な殺し屋の腕をしているにも関わらず、依頼人が少ないのは。そして、俺のそういうところが、ギリギリのところで彼女をこういう風な行動をとらせたんだろうな。
「まあ、分かった。殺さなくとも、一応報酬の金額はそのまま変わらず支払ってもらうが、君のそのワガママ、聞いてやる」
「ありがとうございます。その…私のワガママなんかを聞いてくれて」
「………」
…そうだよ。君みたいな綺麗な花は、まだ赤く染まるには早いよな。だから、内心ホッとしてるよ。女の子に殺人は似合わないからね。
俺のような、依頼人1人を不幸にしてしまうような殺し屋は、俺1人で十分だ。
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