17話 彼女の手帳
「グリズリーの最後の幹部のことについて知ってるか?」
ノーガが険しい顔で言った。
「ジョセフから聞いたよ。殺し屋だそうだな。…どうやら俺達の戦いは、まだ終わってないらしい」
「ああ。報酬が渡されるのはそいつを倒した後らしいからな。気を入れ直すのが遅すぎたな」
「時間は関係ないさ。今はそいつを倒して金を得る。それだけだ」
「…あまり金に執着しすぎるなよ」
俺の言葉を聞いて、ノーガは冷めた口調で言った。
「金にとらわれすぎると、本来の目的を見失っちまう。その事を忘れるなよ」
「わかってるさ」
俺はノーガが、何時ものようにふざけていないのに驚いたが、それだけジョセフを心配してるってことにすぐ気づいた。しかしノーガ、俺はお前の方が金にとらわれないか心配だよ。
「作戦の詳細は今夜説明されるらしい。お互い、それまではトレーニングして時間を潰していよう」
「ああ」
俺は返事をすると、ノーガと別れた。でも俺はトレーニングする気はなくて、貧民街にいるおやじのところに遊びに行こうとしていた。「おやじと楽しく話してるうちに時間がくるだろう」と、俺はどこまでも呑気な考え方であった。
オレは最近、隊に顔をだし、その日の作戦の内容を説明することだけしか、兵士としての仕事をしていなかった。
…なんとなく、その気になれないのだ。今まで一度もこんなことはなかった。国王につかえる兵士としての使命を果たすことこそが自分の役割だと思っていた。
しかし、ウォーリーが死んでから、オレは自分を見失った。いや、きっと自分を見失ったのは、彼女に恋をしてからだろう。それに早く気付けていれば、もっと彼女を大切に出来たかもしれない。
何故気付けなかったんだ!自分のことじゃないか…。
「ウォーリー、お前には今のオレがどう映って見える?」
オレはウォーリーに質問した。しかし、彼女はそこにいない…。返事を待っても、返ってこない…!
彼女は常にペンと手帳を持ち歩いていた。制服の胸ポケットに手帳を入れ、いつでもメモ出来るようにしていたらしい。しかし、オレは彼女がメモをとっているところなんて見たことないし、兵士として働いていく中でメモをとらなきゃいけない機会なんて、そうないだろう。オレはずっと不思議に思っていた。
彼女の遺品の1つを、実はオレが持っている。それは彼女の制服だ。
オレが彼女を発見したとき、彼女は裸の状態であったが、その近くに彼女の制服が投げ捨てられていたのだ。
…彼女の両親に渡すべきだろうか?オレは自分の部屋にある彼女の制服を眺めながら、ふと思った。
出来れば渡したくない。制服以外の遺品は、全部渡すつもりだが、この制服が近くにあると、オレは少しだけ彼女を感じることが出来る。おそらくそれは、オレが制服姿のウォーリーを、1番近くで見ていたからだろう。
「オレはダメだな…。本当は君の両親に渡すべきなのに。何故だかこの制服を見ていると、君を思い出すんだ。どんなことも、たった数分前のことのように」
オレはウォーリーの制服に触れながら独り言を言った。すると胸ポケットに妙な膨らみを感じた。これは…まさか!
オレは急いで胸ポケットに手を突っ込むと、中に入っていたものを取り出した。
「手帳だ…彼女の」
オレは震えた声でそう言うと、ウォーリーの手帳をゆっくりとめくり始めた。
彼女は案の定メモなんてとってなかったが、代わりにこんな文章が書かれてあった。
私の命は、もうすぐ終わります。でも、そのまえに隊長に伝えたいことが、いくつかあります。
まずは、ごめんなさい。あなたのことだから、例え何があっても私を助けに来てくれるでしょう。でも、きっと私は助からないから、無駄足を運ばせたことをここで謝罪しておきます。
2つ目は、ありがとう。あなたが私を助けてくれたあの日から、私はあなたが好きだった。何年経っても、例えあなたが私のことを忘れてしまっても、私はあなたが好き。今まで好きでいさせてくれてありがとうございました。
オレがウォーリーを助けに行ったとき、彼女は拘束されていて、いつこの文章を書いたのかは知らないが、この字は間違いなくウォーリーだ。
…力が抜けていく感じだった。彼女の想いが、オレの心を激しく揺らした。正面は涙で見えなくなり、手はブルブルと震えた。
「感謝するのはオレの方さ…!お前はオレに恋を教えてくれた。…こんなにも人を好きになったことはないよ、ウォーリー…!」
オレは掠れた声で必死に叫んだ。いつだってオレはお前に助けられて、お前と一緒に正義の為に戦っていたじゃないか!
「なんで、お前みたいな奴が死ぬんだよ…!おかしいだろ!」
オレはウォーリーとオレを引き裂いた運命を呪いながら言った。
文章にはまだ続きがあるそうだ。オレは震える手でもう1ページめくった。
オレはそのページの文章を読むと、思いきり目を開いて驚いた。
その文章は、オレがこの前夢で見たウォーリーとの約束のことについて書かれていた。
「これは…!?」
オレはすぐ、クローゼットの中にある私服に着替えると、手帳をポケットにしまった。そして、家から飛び出すと、手帳に書かれていた”約束の場所”に全力疾走で向かった。
隊長は忘れん坊だから、きっと私との約束を忘れてしまってるんでしょうね。そんな隊長のために、私が隊長と行きたかった場所の行き方をここに書いておきます。
まずは、トラミッコ広場に向かう。広場に着いたら噴水の正面から、向かって右側に曲がる。まっすぐ行くと森があるが、構わずそのまま進み続ける!
昼間だというのに、森の中はとても暗かった。でもオレは引き返さないで、彼女を信じてまっすぐ進んだ。
走り続けている途中、木の根に足が引っかかって、こけてしまった。
膝からは血が出てきて、身体中泥まみれになった。しかし、オレはすぐに立ち上がるともう一度走り出した。
何かを追い求め過ぎると、人は何かを失う。オレは彼女に何を求めたのだろうか。でも、今だけは何を失っても構わない。オレはオレの中にライトフォースとしていつまでも存在し続けるウォーリーと、一緒に辿り着きたいんだ!二人の”約束の場所”へ…。
ジョセフは人が思ってるより弱い。
だって奴は普段から皆に完璧を要求されるから、結果奴が傷つき、みるみる弱くなっていく。
でもさ、俺はそれでも信じてみたいよ。俺がジョセフに近づいたとき、溢れるばかりのライトフォースを感じた。自分のダークフォースが吸い込まれていくような感じだったから間違いない。おそらく、あのライトフォースはウォーリーの物だろう。人から人へフォースが乗り移るなんて聞いたこともないが。
俺は彼女がジョセフに渡したライトフォースが、奴自身を変えてくれると信じてる。奴をもっと強い男へと。
「ハァ、ハァ」
オレが走り続けていると正面から突然、光が見えた。オレにはそれが、この暗い森をオレとして、射し込む光をオレの希望に例えていると感じた。
「ハァ、ァァァァアアア!!!」
オレはその光めがけて余っている自分の体力を全部使ってダッシュした。
オレが森を抜けると突然暖かい光が、オレを包み込んだ。
「これは、日光…?」
オレは日光が眩しすぎて、一瞬目を瞑ってしまった。するとオレの心臓の鼓動が、さっきよりずっと速くなっていることに気づいた。この希望を受け入れることを、自分自身が拒んでいるのか…?オレは心臓に手をあてると、小さな声で語りかけた。
「ジョセフ…これはお前が今、1番拒んではいけない物だ。この希望には、愛があり、勇気がある。拒んではいけない、自分を好きになりたいのなら」
オレはそう言うと、ゆっくり目を開けた。この景色が例え何であっても、オレはそれを受け入れるさ。
「これは…!」
そこには辺り一面に花が隙間なく咲いていた。ここは花畑か?この花畑の壮大さは、おそらく誰もが虜になるに違いない。自分は花に興味がないのだが、この美しい景色だけはずっと見ていられるような気がした。
「綺麗だ…!ウォーリーはこれを?」
オレはしゃがむと、そこに咲いていた赤い花を抜き取った。いい匂いだ。
オレは立ち上がるともう一度辺りを見回した。オレは言葉に出来ないほど感動した。
しかし、オレは次の瞬間から前があまり見えなくなった。
「どうしたことだ!?」
オレはパニックになりながらも必死に考えを巡らせた。
「そうか…泣いているのだな、オレは」
こんな美しい景色の筈なのに、もっと眺めていたい筈なのに、何故だろう。オレの心は、もう希望で満たされてしまって、これ以上受け付けないそうだ。
これが彼女のお気に入りの場所。オレと一緒に行きたかった場所!
「ウォーリー…!ありがとう…!」
オレはそう言うと、声をあげて泣きだした。構わないさ、この花畑にはオレとウォーリーしかいないのだから。
オレはウォーリー奪還作戦で死んでしまった先輩方の墓に訪れた。
「こんにちは、先輩」
オレはそう言うと、さっきの花畑で摘んだ花を墓に1輪ずつそなえていった。
「すみません。オレはこの間から希望を失い、何もできてませんでした」
オレは1番お世話になった先輩に向かって言った。
「既に樽が溢れるほどの涙を流しました。本当にこの一週間は辛かった。だからオレの涙は枯渇寸前です。ウォーリーのために流す涙も、先輩のことをおもって流す涙も、もうありません。悲しみで流す涙は枯れてしまいました。だから、これからは嬉しくて流す涙しか流しません。きっとウォーリーもそれを望んでいる筈だ」
オレは立ち上がると先輩方に敬礼をして、その場を後にした。
嫌いだったさ、先輩方は。何があっても金のことしか考えてなくて。でもな、彼女のために皆が命を捨ててくれたんだ。感謝しないとな。
…まだオレ達の戦いは終わってなかった。
グリズリーの最後の幹部がまだいるのだ。終わらせてやる、こんな戦い。
今ある希望を忘れず必死に立ち向かえば、例えグリズリー以上の実力者が来ても上手くやれるよ、オレなら。
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