16話 落ちこぼれ兵士卒業!

その日は王に仕える兵士達が最も絶望した日となった。歴史に残る、後味の悪すぎる結末。俺達はその後味をじっくりと味わいながら、2週間を過ごした。

2週間も経つと次第に兵士達の顔にも、笑顔が戻るようになる。今日は久しぶりに仲間と談笑したものだ。

しかし、依然ジョセフは心から笑っていない。俺達はジョセフのことが心配だった。

「そういえば今月の成績発表って、今日だったよな?」

仲間の1人が突然思い出したように言う。

「別に見なくてもいいさ。どうせ成績は上がってないんだし」

ノーガはつまらなさそうに言った。

「だけどお前とジーマは、ウォーリー奪還作戦に参加したんだろ?成績が上がってないわけないじゃないか?」

「確かに…。ジーマ、一緒に観に行こうぜ」

ノーガは俺の手を引っ張ると、成績が貼り出されている場所に向かった。

「ハー…。自分の悪い成績をわざわざ見るために歩かされるとは…」

俺は溜め息混じりに言った。

「そうヘコむなよ!1つや2つ上がってるかもしれないじゃねぇか?」

「どうかな」

俺は成績発表の紙を見た。するととんでもないことを発見し、驚愕した。

…び、ビリじゃないだと!?お、俺がビリじゃないなんて奇跡だ!

「お、おいノーガ!お前はどうだよ」

「俺はあまり変わってないかな。お前の方こそ何位なんだよ」

「それが見つからないんだよ。下の方を探してもなぁ」

俺は何度も繰り返し下の方を探したが、自分の名前が見つからなかった。

「下じゃないってことは…」

俺達は上の方を探した。あったぞ!俺は自分の名前を見つけると、順位を確認した。

「な、何位だった?」

ノーガが緊張した様子で言った。

「4位…!4位だ!一桁だァー!!」

俺は物凄く興奮した。ノーガは驚いているというより、俺の成長ぶりに恐怖しているような顔をした。

「す、凄いなー。めちゃくちゃ活躍したもんなーお前」

ノーガが感情のこもってない声で言った。

やったぞ!これでやっと、落ちこぼれ兵士は卒業だ。どんどん仕事が入ってきて、どんどん儲かるぞ!もう本業で貯めた貯金で食っていかなくてもいいんだ!いや、もしかしたらこっちが本業になるかも…。俺が殺し屋をやってるのは、グリズリーのように快楽を求めるためではない。全ては金儲けのためだ。しかし、殺し屋として活動するのはリスクが大きい。つまり殺し屋として働く必要がなければ、働かないほうがいい。アメリス王の暗殺依頼のときの貯金がまだあるし、俺には恋人がいるんだ。殺し屋は、しばらく休業になるかもしれん。いや、休業にすべきなのだろう、幸せをもっと追求したいのであれば。

「しかし、4位なのであれば、報酬も凄いだろう。仕事だって増える。お前はその金で何をしようってんだ?」

「まずは美味いものを、とびきり食べようかな。今週はずっと堅いパンだったし。そのあと、自分の気になっている小説を一気読みするんだ。で、最後にいつかエリーに渡す結婚指輪を購入するよ」

「順序間違ってね!?」

ノーガが突然ツッコミを入れてきたので、俺は驚いた。

「何か間違ってるのか?」

「…あのな!普通は最初に結婚指輪を買って、余ったお金で自分のやりたいことをするものじゃないのか!?余ったお金で買った結婚指輪なんて、エリーちゃんは欲しくねえよ」

「そうかなぁ…」

俺は首を傾げた。するとノーガの方向からジョセフが歩いてきているのが見えた。

「ジョセフ…」

俺は1人で呟いた。ジョセフはこちらを向いて、無理矢理作った笑顔を見せると、そのまま去った。

「あいつ本当に元気なくなったよなぁ」

ノーガが心配そうな声で言った。

「ウォーリーって奴は、ジョセフにとって、何か特別な存在だったのだろうか?なあ、ジーマ。お前、ジョセフやエリーちゃんから何か聞いてないか?」

「確かジョセフは彼女のことを、良きパートナーだと言っていた。よほど大切にしていたのかもな」

俺は物凄く気の毒な気持ちになった。そして自分の中で、ある決断をした。

「決めた。報酬金は、ジョセフを慰めて立ち直らせるために使う。例え俺達がウォーリーの代わりになれなくても、あいつの中で俺達が大切な何かになれるならそれでいい!」

「結婚指輪はいいのか?」

ノーガが面白そうな顔で言った。

「そうだなぁ…。ジョセフを立ち直らせたあとに、余ったお金で買うか」

「だから順序間違ってるって!!」




オレは今手元にあるウォーリーの遺品を、彼女の両親に渡すために彼女の実家に向かった。

ドアの前で落ち着いて深呼吸すると、ゆっくりドアをノックした。出てきたのは、彼女の父親のエレバーさんであった。以前、エレバーさんと会ったことがあるが、そのときと比べて今はげっそりと痩せていた。オレは申し訳なくて目を合わせることが出来なかった。

「隊長さんでしたか。今回はどのような件で?」

「その…遺品を渡したくて…」

オレは俯きながら、ボソボソと言った。

エレバーさんは、絵が部屋中飾ってある部屋にオレを招いた。

「凄い…」

オレは思わず呟いた。きっと有名な画家によって描かれたのであろう。影の表現がとてもリアルで躍動感があり、色づかいが素晴らしく鮮やかだ。一体誰の作品だろう。

オレが作品に見惚れていると、エレバーさんは自分の妻を連れて、部屋に入ってきた。ウォーリーの母親は敵意を持った眼差しでこちらを睨みつけた。

「紹介します。妻のフーレイです」

「初めまして。ハンター討伐隊隊長のジョセフです」

フーレイさんはまたオレを睨みつけると、エレバーさんに向かって言った。

「この人ですわね。ウォーリーを助けられずノコノコと帰ってきたという愚か者は」

フーレイさんは小刻みに震えながら言った。

「ウォーリーさんを救えなかったこと、本当に後悔しています。我々に出来る限りのことは全てやったのですが」

「では何故あの子を助けてあげられなかったんですか!?聞いた話によるとウォーリーは見るも無惨な姿だったそうですね。あの子がどれだけ苦しんだかあなたにわかるんですか!」

「わかりません。だから気がすむまでオレを殴ってください。あなたは知っているんでしょう?ウォーリーさんがどれだけ辛い思いをしたか。それならあなたが彼女が傷ついたぶんだけ殴ればいい。オレは何発だって受けてみせる」

オレがそう言うと、フーレイさんはオレに近づき、オレの頬を思いきり殴った。1発2発…とオレがボロボロになるまで殴り続けた。

「もうやめないか!」

黙ってその光景を見ていたエレバーさんが、フーレイさんの腕を掴んだ。

「はなしてください!まだ終わってないのです!」

「隊長さんは出来る限りのことはやったと言っていた。だから彼だって真剣にウォーリーを助けたかったのだ!私達に彼を裁く権利はどこにもない。だから…もうやめるんだ」

エレバーさんは拳を固く握り締めた。するとフーレイさんは突然ウォーリーのことを思い出したのか、涙を流しながら部屋を出ていった。

「すみません。うちの妻が」

エレバーさんが頭を下げた。頭を下げるべきなのはオレなのに…。

オレはこの落ち着いた雰囲気で遺品を渡すのがよいと考えた。オレはポケットから遺品を取りだすと、エレバーさんに渡した。

「これは?」

「彼女のハンター討伐隊バッチです。これぐらいしか今は準備できなくて…」

オレがそう言うと、エレバーさんは首を振った。そして、部屋中に飾られた絵を眺めながら言った。

「これらの絵は私とウォーリーが描いたものです。私は画家で、ウォーリーは才能のある子供でした。私としては彼女に画家になって欲しかったのですが、ジョセフ隊長に影響を受けたらしく、急に兵士を志すようになったんです」

「オレに影響を…?」

オレはこの前、夢で見たことと関係しているような気がした。なんとなく気になったので質問してみた。

「そのきっかけというのは?」

オレが質問するとエレバーさんは奥の部屋に入り、何か細長い布を持ってきた。

「あなたでしょう?このバンダナをあげたのは」

よく見るとどこか見覚えのあるバンダナだった。しかし、オレはこのバンダナについてよく覚えていない。なんだか懐かしい気持ちがしなくもないが…。

「よく教えてくれませんか?このバンダナのこと」

「いいでしょう」

エレバーさんは静かにそう言うと、ゆっくりと話し始めた。


あれはいつだったか忘れましたが、ウォーリーがまだ小さかった頃、あるとき悪いいじめっ子に暴力をふるわれたそうです。しかし、弱いものいじめを楽しむ彼の前に、バンダナを頭に巻いた少年が現れたのでした。そうあなたです。あなたはなんとかいじめっ子を撃退すると、泣きじゃくっている彼女に、勇気のバンダナと名付けられたバンダナを巻いてあげたそうです。それ以降彼女は、あなたを勇気溢れる尊敬すべき人だといきいきと語るようになり、あなたを何年後かに見つけたときは泣いて帰ってきましたよ。彼女はあなたが兵士になったことを知ると、彼女もまた兵士を志すようになりました。あなたはそれだけ憧れの人物だったってことです。


思い出した。あのバンダナのこと!恥ずかしいが誇らしい記憶だ。でも、この出来事がなければ彼女は死ななくて済んでいたかもしれない…。

オレはその後もエレバーさんと話すと、しばらくして自宅に帰った。そして着替えもせず、そのままベッドに倒れると、2時間ほど眠った。

オレはそのとき夢を見た。楽しくて心が晴れるような美しい夢だった。オレは起きてから何度も、それが現実だったらどれだけよかったかと思った。

オレの中で現実は絶望の連続で、醜い自分を鏡で見ているように感じるのだ。

教えてくれウォーリー。君のいない現実で、希望を見つける方法を…!




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