15話 作戦失敗
グリズリーは、縄をとこうとするオレをおかまいなしに、引きずりまわした。
オレは引きずりまわされながらも必死に、ポーチにしまっている短刀を取りだすと、足の縄を切った。そして、その短刀をグリズリーに向かって投げると、縄でこかされた拍子に手から離した剣を拾った。
グリズリーは縄を手離すと、右斜め前に進むと左斜め前に進むというステップでこちらに近づいてきた。そのまま彼はオレにナイフを刺そうと振りまわして来たが、動きが単調だ。隙を見て斬ってやる!
オレは一歩退がると、グリズリーの攻撃に余裕を持って反応し、上半身をまわすことで攻撃を躱した。
「今だ!隙あり!」
オレはグリズリーが態勢を崩した隙に、剣を思い切り縦に振りきった。すると確かに肉を裂いた感触が、剣から伝わってきた。
やったか!?オレが確認しようと振り返ろうとしたそのときだった。
「ッ!?」
突然腹部に激痛が走った。この感覚は!ナイフだ!今でも覚えている。これと同じナイフでこれと同じ場所に刺されたことを!しかし、この前と違うのはそのダメージの大きさだ。オレが腹部を治療して間もない場所に刺してきたので、痛みも出血量も尋常じゃなかった。
「うああああ!!!」
オレはあっと言う間に顔を蒼くして悲鳴をあげた。そんなオレを見て、グリズリーは本当に嬉しそうだった。
グリズリーは少し距離をとると、そのまま笑いだした。
「う〜ん。イイ悲鳴だ!ナイスだよジョセフ!…でも、こんなものじゃなかったなぁ、あのウォーリーとかいう女の悲鳴は」
「クソッ!お前って奴は!」
オレはすぐ立ち上がると、グリズリーの方に向かって飛び出そうとした。しかし、今度は全身が重くなる感覚に襲われた。
「こ、これもまさか…!」
オレはこれも覚えている。これは…昨日までオレの身体を麻痺させてた毒だ!
「絶望の2段重ねだ!どうだ?緊急事態なのにもかかわらず、身体が動かないという絶望の味は?」
グリズリーが憎たらしく言った。
「ぐ、グリズリー!お前だけは、オレの手で必ず裁くと…」
オレはもう一度立ち上がろうとすると、今度はもっと全身の力が抜けて、地面にそのまま倒れてしまった。
ウォーリー、オレはもう…ダメかもしれない。ご…めんな。
「おいジーマ!助けに来たぞって…」
俺が下っ端を全滅させて休憩している途中に、ノーガが俺を助けに戻った。
「おお、ノーガか。遅えよ」
「これ全員お前がやったのか?」
ノーガは辺りに倒れてる死体を見て、驚愕した様子で言った。
俺は持ってきたパンをかじりながら質問に答えた。
「お前らが出て行ったあとは、敵が急に弱くなってよぉ。俺1人でも余裕だったぜ」
「だとしてもスゲェよ!おい皆、ジーマが下っ端を全滅させたってよ!」
ノーガが興奮した様子で皆に言うと、ぞろぞろと様子を確かめに入ってきた。
「どうせ何か姑息な方法で勝ったに違いないさ。なにせジーマだからな」
班員の1人が馬鹿にした口調で言った。
「な、なにを…」
「いいさ、ノーガ。俺は誰かに認められる為にやったんじゃない。お前らに楽をさせる為にやったのさ。たとえ姑息な手段を使っていたんだと言われても、大して気にならんさ」
そうは言っても俺は頭の中で、「多分姑息じゃないよな?」って考えていた。
しばらくして、ドシーンという大きな音が、建物に響いた。ジョセフか!?奴の身に何かあったのだろうか…。
「ノーガ、ジョセフのことが心配だ。一緒に奴の様子を見に行こう」
「あ、ああ。よし!行こう」
俺とノーガは、音のした方向に、急いで向かった。
グリズリーは本棚を倒すと、その本棚の後ろから毒のような物を取りだしてナイフに塗った。
…奴はジリジリと距離を詰めてくる。脚の力が抜けて、オレはもう立てない。
せっかくウォーリーに力を貰ったのに…。すまないと謝れば、彼女は許してくれるだろうか?ハハ…無理だろうな。
彼女はきっとオレを憎むだろう。でもすまない…!オレはもう、戦えない!
グリズリーはオレの近くで足を止めると、額にナイフを向けた。
「何か遺言はないか?」
グリズリーは静かな口調で言った。
「お前にも、今から死にゆく者の遺言を、聞いてやれるだけの慈悲があるのか?」
「いや、ただ絶望に打ちひしがれた者の最期の言葉ってどんなのかなって」
グリズリーは嬉しそうに言った。
「…個人によって違うだろうが、オレは今、死んでからのことしか考えてないよ。遺す言葉なんて…」
オレはぼーっとしながら言った。しかしその直後、突然ウォーリーの笑顔を思い出した。
「そうだな…。遺言ではないが、自分の今の気持ちなら話せるぞ」
「それは?」
グリズリーはニヤニヤいている。急にオレの目から涙が溢れてきた。
「ただひたすらに、悔しい…!何よりも彼女の笑顔を守りきれなかったことが!きっとこれかも笑えるはずだった未来を救えなかったことが!本当に…本当に悔しいんだ」
「そうか…。死ね」
グリズリーはナイフを振り上げた。
ああ、オレは死ぬんだ…。思えば悔いしか残らない人生だったな。オレは自分の人生を、与えられた一瞬のうちで思い返してみた。
ウォーリーがオレに告白している。ウォーリーの両親は、彼女を溺愛しているから、きっと自分達で決めた男と結婚させるんだろうな。でも、オレはそれでも嬉しかった。
人生最初で最後の恋、悪くなかったぞ。
オレはそのあと、ゆっくり目を閉じた。ありがとう、ジーマ、ノーガ、エリー。ウォーリー。
すると今度は、彼女が泣いているときの顔が浮かんだ。う、ウォーリー…。せっかくの美人が台無しだぞ。泣いてていいのか、お前は。泣いてて、いいのか…?
「いい訳ないだろ!」
オレはそう叫ぶと、剣を握ってグリズリーの腹に突き刺した。
「ッ!な、な、なにぃ!!」
グリズリーはひどく驚いていた。彼は後ずさりすると、その場で腰をぬかした。
「諦めていたよ。お前を倒すことを。でもやめた!オレはもう諦めない!今度こそお前を裁いてやるぞ、グリズリー!」
オレはグリズリーに向かって、大声で言った。グリズリーは顔を真っ青にして言った。
「ば、馬鹿な!あの毒は、体内に入ると身体が麻痺して動けなくなるはず!」
「変えたのさ、彼女がくれたライトフォースが、オレ自身を」
「これがライトフォースだと言うのか!?」
グリズリーが驚愕した様子で言った。
「さらばだグリズリー!あの世で皆に謝罪しろ!」
「く、クソ野郎がァー!!」
グリズリーの全身に汗がふきだし、彼の表情は恐怖に怯えていた。
彼はナイフでオレを突き刺そうと、真っ直ぐ突進してきたが、オレはその攻撃を横に躱して、グリズリーの両手を切り落とした。
「うわアアアアア!!」
「お前をこの世界から追放してやるぞ!グリズリー!」
オレは彼の顔面を殴って正面を向かせると、剣をしっかり握って、何度も何度も斬り刻んだ。
「ヤァーーー!!」
オレは思いきり叫んだ。ありったけの怒りを込めて。斬り刻んでいくうちに、やがてグリズリーは人の形ではなくなった。それでも斬り続けた。例え骨ごと粉微塵になったとしても構わず続けた。
2分後、彼は血と混ざり、液体のようになった。オレはふとウォーリーの方を見た。彼女の亡骸にも、グリズリーの血が飛び散っている。オレは飛び散った血を拭くために彼女に近づいた。
血を拭いたら、遺体を作戦本部に持ち帰るために彼女を抱き抱えた。すると、抱き抱えるまで気づかなかったが、彼女は少し笑っていた。最期は幸せだったのか?彼女に質問したくても彼女はもういない。するとさっきまで、戦いに集中しすぎて忘れていた悲しみが、急にオレを包み込んだ。
オレはその場にしゃがみ込み、堪えきれないほどの溢れる涙を流した。
「ウォーリー…!ウォーリー…」
オレは何度も彼女の名前を叫んだ。しかし、自分の声だけがその場に響き、あっという間にオレを虚しい静寂が包むのであった。
俺達がドアを開けると、とてつもない臭いが俺の鼻を突いた。ノーガは吐きそうなのを必死に堪えている。
奥にジョセフがいた。何か様子が変だ。
「ジョセフ!ウォーリーは?」
俺はジョセフに向かって大声で言ったが、無反応なのでもう一度言った。
「ジョセフ!ウォーリーは無事か?」
すると今度は反応した。ジョセフは、何やら抱き抱えてこちらに向かって来る。俺とノーガは顔を合わせて、首をかしげた。
ジョセフが抱き抱えていたのは、女性の遺体だった。何故だ?ウォーリーはどうしたんだ?
「あの、ジョセフ?ウォーリーは…」
「ウォーリーは死んだよ。こいつがウォーリーだ…」
ジョセフは暗い声で、そう言った。ノーガは非常に驚いていた。
「嘘だろ…!?なあジョセフ!」
ノーガはジョセフの肩を掴んだ。するとジョセフは肩を沈めた。
死んだのか…ウォーリーは。俺は他人が死んでも何も感じない奴だから、ウォーリーが死んでも別に悲しくはないのだが、ジョセフの表情は実に悲しそうだった。
「作戦は失敗した。本部に戻ろう」
ジョセフは出口に向かって、ゆっくり歩き出した。
本部に戻るとジョセフは皆を集めた。そして、その前でウォーリーを抱き抱えたまま、いつもとは違う静かな声で言った。
「この作戦の犠牲者は25人だ。ウォーリーが死に、作戦は失敗に終わった。でも彼女はオレにライトフォースを託してくれた。オレは死んでいった班員と彼女の分まで、しっかり仕事しなくてはならない。力ある者として。しかし、死んだ者の遺志を引き継ぎ、これまで以上に作戦に真剣になる必要があるのは皆も一緒だ」
ジョセフはひとりひとりの目を見て言った。そして視線をウォーリーの遺体に移すと、彼女の顔を見ながら言った。
「彼女のために、多くの兵士が勇敢に戦って死んだ。でも戦っていたのたは俺達だけじゃなくて、彼女だって必死に戦っていたんだ。だから…例えその勝敗が敗北だったとしても責めてあげるな。安らかに眠らせてやっておくれ…」
ジョセフは決して、皆の前では涙を流さなかった。しかし、皆気づいていた。あいつが1番辛いってことぐらい。
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