13話 ジョセフの涙
他の班員は、俺とマアラの決着がついてからしばらくして俺達3人を見つけてくれた。俺達はマアラを拘束した後、彼女を連れて作戦本部に戻った。
マアラを牢屋に入れると、俺とノーガはそのことを伝えるために尋問用テントに向かった。
「ジーマとノーガ、只今戻りました…って、え?」
俺がテントに入って直後に驚いたのは、何故かジョセフが制服を着てヴェイン班長と話していたからだ。
「よう、2人とも」
ジョセフは何事もなかったかのようにこちらを向いてニッコリ笑った。
「じ、ジョセフ!?大丈夫なのか、もうベッドから起きて!」
ノーガは心配そうな顔で言った。
「平気さ。エリーは信じてくれなくて必死に止めようとしていたがな」
ジョセフは俺達から視線を逸らしながら言った。まあ視線を逸らす理由もわからなくはないが、俺は来たからにはジョセフを心配しない。あいつもそれを望んでいるはずだ。
そうだセイントは!?セイントの姿が無い!セイントは生きているのか?セイントは毒を注入されて間もなく泡を吹き出したからマアラの作った毒が身体中にまわるのに確か時間はかからないんだ。解毒薬は効いたのか!?
「セイントは無事なのか、ジョセフ?」
「無事さ。そんなことより、セイントがやっとグリズリーの居場所を吐いた。2人とも、直ぐ作戦が開始できるよう準備しろと皆に伝えてくれ。それとノーガ、後衛を増やすから、メモに書いてある奴に準備するよう伝えてくれ。これからはヴェインさんに代わってオレが作戦の指揮をとる」
ジョセフはいつもよりはっきりした口調で言った。ノーガはメモを受け取るとポケットにしまった。
そうか…セイントに解毒薬は効いたのか。何より情報を聞きだせてよかった。
医者は治るまで3日と言っていたが、まさかオレがこんなに早く毒から解放されるとは。きっとオレの信念の賜物だろう。
ジーマとノーガが皆に、オレが言ったことを伝えに行くと、オレは別の場所に移されたセイントのところに行った。そして彼に質問した。
「グリズリーの弱点とか無いか?よければ教えてくれ」
「…弱点は特に無いヨ。だが奴はとんでもなく腕利きの殺し屋を雇っているヨ。自分の邪魔となる存在を消すためにネ。グリズリーより強いから注意したほうがいいネ」
「その殺し屋って…もしかしてハンターか!?」
「いやそうではないヨ。ハンターは奴の命を狙う側だヨ。ついてないよネ、よりにもよってハンターに狙われるなんて。現にあいつの部下はハンターに殺されているからネ」
そういえばそうだった。グリズリーをハンターが殺そうとしているところをオレが目撃し、ハンターは何故か逃げ出したんだ。…いったい何故?
まあそんなことは今どうでもいい。役立つ情報かどうかと訊かれてもどうかわからないが、とにかく些細な情報でも知れてよかった。しかしグリズリーが雇ってる殺し屋が奴以上の実力と言うとかなり厄介だな。
あ、そうだ。あいつらの幹部について情報を手に入れなきゃ。
「なあ、お前ら組織の幹部って一体何人いるんだ?」
「全員で6人だけど、そのうち3人はグリズリーから離れない奴らネ。私とマアラ、そしてその殺し屋が主にグリズリーから離れて活動する幹部ネ。さっきヴェインとかいう私にキツい拷問をしてきた奴は、この作戦開始以前はグリズリーの居場所はわからないけど、離れて活動する3人の幹部の居場所ならわかっているという状況だったって言ってたけど、他の3人の幹部の居場所がわからなかったのは当然だったて訳ネ」
オレは惜しみもなく組織の情報をベラベラと吐きだすセイントの姿にある意味感心した。
…セイントが何から何まで話してくれなかったら今頃マアラを拷問中か、3人目の幹部のもとに向かっていたであろう。
オレはセイントに感謝しなくてはな…。オレは女を拷問なんかしたくないし、1番ホッとしたのは実力者である3人目の幹部を捕まえに行かなくてよくなったことだ。きっと3人目の奴と戦っていたら、オレ達兵士側の犠牲者はバカにならなかったであろう。
「ヴェインさんが殴ったり蹴ったりしていたときは、お前グリズリーの居場所を吐かなかったそうじゃないか。何か理由はあるのか?」
オレはなんとなくきいてみた。
「失恋だヨ…。ノーガって奴が訊いてきたときは嘘を言おうって思ってたけど、もうどうでもよくなったヨ」
「…そうか」
どのタイミングで失恋したか分からないが、とにかくドンマイ。
「ジョセフ!皆出撃準備できたってさ」
ジーマがオレに向かって言った。
「ああ、わかった。今いくよ」
そう言うと皆が待つ待機場所に向かった。
俺は馬に乗ると、隣にいる、ノーガのグウタラ号をチラッと見た。
「ジーマ、俺のグウタラ号って可愛いか?」
「なんだよいきなり」
俺は突然の質問に戸惑った。
「まあ、戦場に向かう兵士の馬なのに、グウタラしてるって中々可愛いとは思うけどな俺は」
「お前、この馬乗っちまったらそんなこと言えねぇぞ?そもそも兵士の馬なんだから他の馬と差があっちゃダメだろ」
ノーガはため息をつきながら言った。
「平等じゃないんだよ、この世界は!王家や地位の高い家に生まれた奴らは、楽で幸せな人生を送れるが、俺みたいな貧乏出身はこんな人生しか送れないんだ!不平等というのを身にしみて感じるくらいな!そもそもここはキリスト教の信者が多い国だ!なんで平等であるとか言っておいて平等じゃないんですか神様!」
「なんで馬の話から社会の話になって、最後は神様の話になってんだよ…」
俺はボソッと呟いた。
「なあどう思うよジーマ!俺の考えはおかしくないよな?」
「ハア!?俺に聞くかね?」
突然話をふってきたので、また俺は戸惑った。仕方なく俺は答えた。
「俺はキリスト教信者だって胸を張って言える立場じゃねえんだ。過去のこともあってな。でも人は皆平等って言うのは信じる。今は不平等に感じるかもしれねぇけど、過去は周りの誰よりも幸せだったり、未来は不幸だったり、長い人生というもので見てみると、人は今が不平等じゃないと平等ではないんだろうな」
俺がそう言うと、ノーガは納得したように頷いた。
「…そうだといいなぁ。今がこんな感じなら未来はきっと大富豪だぜ!」
そんな会話をしているうちに、馬に乗ったジョセフが先頭に立って作戦の説明をしようとしていた。
「作戦を説明する。グリズリーの居場所をセイントが教えてくれた。場所はサン・ジェリーから少し離れた灰色の建物だそうだ。中々広い建物らしいから前衛を少なくし、後衛の列に4人ほど増やそうと思う。新たに後衛を担当するようになった者には事前に伝えておいた。後衛は横一列に並んでノーガの合図があり次第一斉に発砲しろ。前衛はとにかく突っ込んで、出来るだけ多く敵を倒すようにすること。危なくなっても後衛がきっと助けてくれるから心配するな。これで終わりだ。準備はいいか?」
ジョセフは周りを見渡すと準備万端であることを確認した。
「出撃!!」
ジョセフがそう叫ぶと皆目的地に向かって馬を全力で走らせた。
オレ達はセイントの言っていた、サン・ジェリーから少し離れた、灰色の建物に辿り着いた。
朝10時くらいなのに、ほとんどの窓がカーテンを閉めてあり、建物に近づいただけで気分が悪くなるほどの臭いがした。たったそれだけでも容易に、この建物から放たれる異様なオーラを感じとることができるのが、恐ろしいところだ。
オレは建物のドアに鍵がかかっていることを確認すると、持参したピストルでドア鍵を撃った。
「行くぞぉおー!!」
オレが叫ぶと皆も思いきり叫んだ。それと同時にオレを含む前衛が一斉に突撃しだした。
建物に入ってくる、とてつもなく大きな足音にグリズリーの下っ端が気づいた頃には、班員全員が建物に入っていた。
後衛が列を作っているうちに前衛は、慌てて武器を構えようとする下っ端に襲いかかっていた。
辺り一面に血が飛び散り、下っ端の悲鳴は、その場を揺らすように響いた。
オレは大人数で一気に攻めてくる雑魚を、剣で流れるように全員斬り伏せた。
後衛はノーガの合図で一斉に発砲し、一気にグリズリーの下っ端を撃ち殺した。
オレは少し手強そうな奴に飛びかかると、剣を互いにぶつけ合った。そいつを倒すためにその場の戦いに集中し過ぎたから、当然後ろの注意は甘くなる。そして、その隙にグリズリーの下っ端は、オレを背後からナイフで切りつけようとしていた。
「しまっ…」
オレがそれに気づき、顔を蒼くした瞬間、突然トマホークが横から飛んできて、下っ端の頭を割った。
オレは今相手している奴を、隠し持っていたナイフで刺し殺すと、トマホークが飛んできた方向を向いた。そこにはジーマが拳でひたすら殴り続けている姿があった。ジーマはアッパーで相手を行動不能にすると、オレに向かって叫んだ。
「ジョセフ!ここは俺達に任せて、お前はウォーリーを助けに行け!」
「ジーマ…」
オレはジーマが行けと言っても、急に皆のことが不安になったので、皆の顔を見渡した。
班員の全員が無傷ではない。皆は死ぬかもしれないという戦いに勇気を持ってのぞんでいるのだ。ならばオレも班員にこの場を任せるという勇気を持つべきだ!全ては彼女を助けるために。
「すまない、皆!ここは任せたぞ!」
オレはそう言うと、ウォーリーを探すために、血まみれの戦場をあとにした。
オレは彼女を見つけるために部屋を、一部屋ずつ探しまわった。
「ウォーリー!?ウォーリー!」
オレは何度も彼女に呼びかけた。しかし返事がないから、ひょっとして彼女は、もう死んでるんじゃないかという思いが、脳裏をよぎった。するとオレはさっきよりも声を大きくして彼女に呼びかけるようになった。
そうしているうちに、一階の最後の部屋に着いた。オレはドアを開けると、また彼女に呼びかけた。
「ウォーリー!」
「隊ちょ…う…?」
…!今かすかに女の声がした!どこかで聞き覚えのある声。まさか!
「…ウォーリー!?」
オレは感動のあまり涙を流してしまった。オレは彼女の姿を思い浮かべながら、声がした方に走って向かった。すると突然ひどい臭いがした。鼻をつくような刺激臭や何かが腐ったときの臭い、そして何と言っても生臭い臭いが、そこらじゅうにしていた。
オレは、裸の状態で拘束されて身動きのとれない女を見つけた。女の右目はえぐり取られており、髪はグリズリーに引っ張られたのか、ところどころ薄くなっていた。身体中のいたるところに切り傷があり、腹からは内臓が覗いていた。女の股間からは血が出ており、グリズリーからよほど無惨なことをされたのであろう。
その女を自由にするため、手錠を外そうとしたそのときだった。
「隊長…」
突然女がオレに向かって言った。
「え…?そんな、まさか」
オレは思わず後ろに退がってしまった。
目を何度も擦って確認したが、彼女とは似ても似つかない。そんなわけないとオレは自分に言い聞かせたが、それでもオレの額からは冷たい汗が流れていた。
「助けに来てくれたんですね…、隊長」
女が力ない声で言う。
この声はやっぱり…。確かに彼女とは別人くらい似ていない。それでもこの女は…。
オレの目から涙が、一層増して流れ出した。
「お前は、ウォーリーなのか?」
オレが静かに質問すると、彼女は黙って頷いた。
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