12話 人の本性
「すまない、待たせたな」
俺は小走りでマアラに近づきながら言った。
「そんなことより早く始めましょう?私さっきから戦いたくてウズウズしてるのよ」
マアラは身体を小刻みに震わせながら言った。
「戦いは遊びじゃない。本気でいかないと死ぬぜ」
俺は拳を構えると、またさっきのようにジリジリと間合いを詰めていった。
両者の額には汗が浮かんでいる。いつもとは違う、妙に冷たい汗。
…肩に力が入り過ぎだ。少しリラックスしないとな。
俺がリラックスするために構えをといた瞬間、マアラは俺に向かって飛び出してきた。ッ!しまった!
彼女は手に持った注射器を俺に突き刺そうとしたので、俺は間一髪避けた。しかしそれで終わりではなく、彼女は次々に攻撃を繰りだしてくるので俺は今、攻撃を受け流し、バランスを崩すどころではないことに気づいた。
ならば選択肢は一つ…。俺は防御を忘れて必死に彼女に近づいた。そして横腹を右手で殴ると、また距離をとって構えなおした。
「女だろうと御構い無しね」
マアラは額にあぶら汗を浮かべながら言った。どうやらかなりのダメージだったらしい。
「お前は人を何人も殺した。奪ったんだ、命を。なら逆に奪われても文句は言えねえし、奪われる覚悟があるということだ」
俺はただひたすらに復讐のために村を襲った白人を殺しまくった日のことを思い出した。俺はその時、奪われたから奪い返すということしか頭になかった。でも今は奪う立場だ。だからそれなりに失う覚悟はある。
覚悟でさっき俺がヴェイン班長に指摘した内容が脳裏をよぎった。
「俺は他人に、覚悟から目をそらすなと指摘した者として、お前の覚悟から目をそらす訳にはいかない!例え女であってもだ!」
俺は強い口調で言った。するとマアラは少し笑いだした。
「熱いオトコ…。嫌いじゃないわよ」
マアラはしばらく不気味に笑い続けた。
…これは夢?オレは夢を見ているのか?
「隊〜長!」
隣から声が聞こえる。この明るく弾んだ声…、まさか!?
「ウォーリー…?」
「隊長、今日の私何か変わってませんか?」
「変わてるって…。お前がオレに告った時からお前は変わったよ」
オレがそう言うとウォーリーは頰を赤くした。
ウォーリーがオレに告白してから、以前まで冷静さと賢さの塊だった彼女が、なんかその…言い表しにくい女の子に変わってしまった。
……これはグリズリーに彼女が連れ去られる前の記憶だ!何なんだオレは急にこんなこと思い出して…。
「隊長!どこが変わってるかって聞いてるんです!」
「ごめんごめん…。でもオレが見た限りどこも変わったように見えないんだが」
「隊長って本当に女心の分からない人っすね…」
「ごめん…」
オレは急に悪いような気がして謝った。
「バンダナですよ!いつも私バンダナしてるのに今日はしてないんですよ!」
バンダナ!?こいつバンダナしてたか?でもまあ下手に何か言ってもまた怒るかもしれないしなぁ。適当にあわせとくか。
「あ、ああ、バンダナね!いやぁいつも見てる筈なのに!」
「…あのバンダナは私の大切な人から貰った物なんです。両親が、最近私がずっと帰ってこないから寂しいって言ったんで、バンダナを私の代わりにって」
ウォーリーが照れくさそうに言った。
「へ〜。その大切な人って?」
オレがそう言うと、ウォーリーがオレに向かって指をさした。
「お、オレ!?」
「はい、あのバンダナは隊長と私がまだ兵士になる前にくれた物です。思い出せませんか?」
オレはしばらく思い出そうと頑張ったが何も思い出せなかった。
「いや、思い出せん。そもそもお前とオレが知り合ったのは、割と最近じゃないか」
「そうですか…。まあ、そんなことは置いといて今度一緒に行きたいところがあるのですが、よかったらいきません?」
「それはいいが、その行きたい場所とはどこだ?」
「それは…」
ウォーリーが言いかけると突然耳鳴りがして、この世界から離れていくような感覚に襲われた。夢から覚めるのか!?
「待て!俺にはまだ彼女と話したいことが」
「ウォーリー!ってあれ?」
朝目が覚めると、オレは身体中汗でびっしょりになっていることに気づいた。
「オレと行きたい場所…!そこってどこだ!」
オレはウォーリーが言いかけた行きたい場所のことについて必死に思い出そうとしたが、結局無理だった。
「クソ!オレは忘れっぽすぎる」
朝から嫌になるようなことばかりだが、悲観することばかりではない。
目が覚めたら、オレの脚が思い通り動くようになっていた。
「やったぞ…。脚が動く!これで作戦に参加できる!」
オレは飛び跳ねながら喜んだ。こんなに脚が動くことに幸せを感じたことはない!何より嬉しいのは、作戦に参加できることだ。
早速作戦本部に向かおう!オレは待てない。
オレはすぐ制服に着替えると、部屋の扉を開けた。すると食事を持って部屋に入ろうとするエリーとぶつかりそうになった。
「に、兄さん!?」
エリーは制服を着て出て行こうとするオレに余程驚いたのか、食事を全部こぼしてしまった。
「あ!すまん…。大丈夫か?熱いものは…」
「大丈夫かってききたいのは私だよ、兄さん!」
エリーはオレに向かって怒った。エリーは今まで一度もオレに怒ったことがなかったので、オレは何か悪いことしてるんじゃないかとつい思ってしまった。
しかしオレはどんな悪事でも、ウォーリーを助けるためならやると決めたのだ!妹だろうと邪魔させるわけにはいかん。
オレはそこらへんを飛び回って見せた。
「大丈夫だよエリー!ほら、脚だってこんなに動くし、昨日ダンベルで鍛えたからって、エリー?」
オレが必死に身体の機能が回復したことを証明しようとしているうちに、エリーは静かに泣いていた。
「兄さんは他人のことばっか考えて…。少しは自分のことも心配してよ!お医者さんは兄さんは驚くべき回復力だって言ってたけど、まだまだ身体に毒が残っていることぐらい私にもわかるよ」
エリーは必死に訴えた。オレの心はさらに締めつけられた。
「ねえ、兄さんがそんなに無理しようとしてまで助けたい人って誰なの?それは必ずしも兄さんがやらなきゃいけないことなの?」
「…オレにとって大切な人なんだ。いや、この際はっきり言おう」
オレは深呼吸をするとエリーに向かって言った。
「オレは彼女が好きだ。オレは今まで人を好きになったことがないからわからないけど、助けたいと思うんだ。一緒にいたいって思うんだ」
オレは誰かに自分の愛を示すことがどんなに勇気が要るかを理解した。ウォーリーもこんな気持ちだったんだろうか?
「だから、行かせておくれ。必ず帰ってくるから」
オレはそう言うと、玄関から飛び出した。
「あ!兄さん!」
オレはエリーを振り返りもせず、作戦本部に真っ直ぐ向かった。
マアラは女だ。だから俺が何発も殴るのは兵士以前に、男としてどうなんだってなる。だからなるべく殴る回数を少なくしたい。
「3発だ。これから3発でお前をノックアウトさせてみせる」
俺は拳を構えたまま言った。
「3発?」
「ああ、その代わりメチャクチャ痛いぜ?」
俺はそう言い終える前にまた真っ直ぐ彼女に向かって突進すると、そのまま顔を殴った。
「ッ!全く酷い人。3発だろうと女を殴る男は最低よ」
「じゃあカッコつけるために女に暴力をふるわず、大人しく殺されろってか?笑わせるな。男は女を殴らなければ根性なしと言われ、殴れば人でなしと言われる。世の中ってのは女にえらく優しいんだな!」
「そうは言ってないわ。でもあんた達兵士は大人しく死んでればいいのよ!」
マアラは注射器の針を俺に刺そうと何度も突いてきた。俺はそれを避けて次の攻撃に繋げようとしたのだが、マアラの攻撃の方が出が早く、結局避けてしまった。そしてまた攻撃しようとすると攻撃してくる。彼女は攻撃の隙を攻撃で埋めてると言っていい。
マアラが攻撃し続ける限り攻撃のターンはずっとマアラのままなので、どうにかしてこの悪い流れを断ち切らなければいけない。
このままマアラが疲れるのを待ってもいいが、ジーマの身体でどこまで避けれるかわからない。ならばいっそ、さっきと同じように防御を捨てた一撃を喰らわせるのも悪くなかろう。
…いや待てよ、それでは針を刺されて毒を注入される危険がある。さっきは運が良かっただけと言う可能性も…。
もし俺が毒に侵されても、彼女が解毒薬を渡すわけがない。いや、もしかしてセイントに渡したのが最後のやつかも。そうなればおしまいだ。俺は確実に死ぬ。俺はこのまま守ればいいのか?それとも攻めればいいのか?
どうすればいい、俺は。今この状況で何が正解なんだ?彼女に勝つには。
俺は一旦彼女と距離をとると、落ち着いて深呼吸した。
「フフ…。私におされて攻撃の間合いから離れるとは、さっきまで覚悟について熱くなってた男とは思えないわね」
マアラが憎ったらしく言った。
俺はその言葉を聞いて、笑うことしか出来なかった。
「覚悟か…。カッコつけるには良い言葉だ」
俺はそう言うとまた笑った。その瞬間、俺のなかの全てが決まってしまった。命懸けの戦いなのに、一瞬で決断してしまうとは我ながらおかしいと思った。しかしそれ以外に回答が思いつかないのであれば、進むべき道は一つ…。大丈夫さ。どちらが正解でも不正解でも、俺はきっと不正解を正解に変えることができる。
「決めたぜ。俺は男としてカッコのつく方を選ぶ」
俺はそう言うと、また思い切り彼女に向かって何の考えも無しに突っ込んだ。
そして俺が攻撃しようとしたその時、彼女は咄嗟に反応し、俺の肩に注射器を突き刺した。
「うお!?」
「貰った!」
マアラの顔は突然明るくなった。しかし彼女がどんなに勝利を確信しても、俺は決して諦めなかった。
「負けるかぁああああ!」
俺は拳に熱い魂を懸けた。自分の選択は間違ってないと、ノーガとマアラに証明するためである。力強く歯をくいしばって目を大きく開いた。
俺は拳をそのまま振り切り、見事彼女のこめかみ付近に重い一撃を浴びせることが出来た。バキッという音とともに彼女はそのまま6メートルぐらい吹っ飛び、ぐったりとしてしまった。
「ジーマ!毒は大丈夫か!?」
ノーガが走ってこちらに向かってくる。
「あ、ああ。どうやらあいつ、毒を注入する前に俺に殴られてたらしいな。彼女の注射器を見てみてくれ」
ノーガは急いで彼女の注射器を確認しに行くと、やはり毒は俺に注入されてないことが確認出来た。
「じ、ジーマ!お前凄いよ!本気で俺なんかよりスゲェよ!」
「たまたまさ。さて、さっさと拘束して作戦本部に持って帰るか」
俺が拘束するために彼女に近づいたそのとき、突然彼女は立ち上がり俺達を凄い目つきで睨みつけた。
「アンタ達…。本気で許さないから!」
「お、俺も!?」
ノーガは驚きながら言った。俺は気の毒だなと思った。
「私今、きっと酷い顔をしてる!私はグリズリー様から見放されるんだわ!」
マアラは涙を流しながら言った。どうやらこっちの方が気の毒だった。
「どれもこれもアンタのせいよ、ジーマとかいう奴!私はアンタを生かして帰さないから」
「フー…。そういや、俺はあと1発殴れるんだった。次ので大人しくなってもらうぜ」
そう言うと俺は拳を握りしめた。するとマアラはビクッと震えた。
「じ、じ、じ、ジーマ!?ダメだ、そんなこと!」
ノーガは慌てて言った。そして俺の腕に掴まるとはなさなかった。
「なっ、ノーガ!何をしてるんだ!」
俺はノーガを引き剥がそうと必死になって頑張ったが、彼は死にものぐるいではなさなかった。
「彼女はグリズリーに恋をしている!恋をしている女性をこれ以上殴るなんて最低だ!そりゃ2発目までのパンチは仕方なかったと俺も目をつぶろう。しかしお前が今から3発目を殴ることなど決してあってはならない!」
「そいつは敵だ!庇うんじゃない!」
「恋に敵味方などあるものか!」
「今は恋の話をしてるんじゃない!」
俺とノーガがしばらく揉み合いを続けていると、やがてマアラは力ない声で言った。
「もうやめて2人とも…」
「やめるだって!?このクソノーガ……って、え?」
俺はあまりに突然で、状況をしばらく理解出来なかった。
「私の負けだわ。特にノーガ…あなたの恋する女性を庇う気持ち、本当に感動したわ」
マアラはおっとりとした口調で言った。
「じ、じゃあ、何も抵抗しないで俺達についてきてくれるか?」
ノーガは緊張しながら言った。するとマアラは黙って頷いた。
「良かった〜!」
ノーガは凄く感激したようであったが、俺には彼女が何故急に大人しくなったのかわかる。
彼女はただ、俺の一撃を喰らいたくなかっただけなのだ。彼女と目を合わせた瞬間わかった。
…殺し屋やってるとこういう人の本性がわかるようになるから、この状況みたいに俺だけ場の空気を読めない奴になりかねないので困る。
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