11話 グウタラ号とノーガ

「さあ、薬を渡せ。そうしたら10秒間だけ時間をやる。その間は俺達は何にもしない。その隙に逃げろ」

俺は落ち着いた口調で言った。

「10秒間だけ?ちょっと少なすぎないかしら」

「お前に他の選択肢があるようには思えないんだが」

俺はニヤっとしながら言った。マアラは周りを見た後、俺を睨みつけた。

「確かにね〜。はい、どうぞ」

マアラは胸元から解毒薬を取り出すと、俺に渡した。

「言っておくけど、その解毒薬が必ず効くとは限らないわよ。私の毒はオリジナルで、そっちの解毒薬は市販だから。市販ってのは当然、既に毒として一般に知られているものでしか解毒薬として販売してないの。でも私の毒はその解毒薬が効く毒を、ある手段で強めただけだから、多分効くと思うわ。その解毒薬が優秀ならね」

マアラは不気味に笑った。

「10秒間だけだ。早く逃げな」

俺はそう言うと10秒を数え始めた。

マアラは素早く近くに停めていた馬にまたがり、兵士が壁になっていても構わずそのまま真っ直ぐに走らせた。

俺は薬をヴェイン班長に向かって投げた。

「おい、ジーマ!敵を逃すとはどういうことだ!」

ヴェイン班長が俺に怒鳴った。

「ノーガが仲間に知らせて、テントを囲むまでの時間は1分くらいでした。だから当然兵士達が銃に弾をこめる時間はなく、せいぜい弾なしの銃を相手に向けて威嚇することぐらいしか出来ませんでした。つまり俺達に与えられた課題は、空砲であることを気付かせず威嚇し、薬を手に入れるということだったのです」

俺は近くの馬に乗りながら説明した。

「よし、10秒経ったな。皆、馬に乗れ!奴を追うぞ」

ノーが指示すると、他の兵士も一斉に馬に乗った。

ノーガは先頭に立つと、ヴェイン班長に代わってGOのサインをだした。

すると兵士達のまたがる馬は一斉に駆け出した。


時刻は既に午前4時であった。周りは薄暗かったが、俺達の目には100メートル先にいるマアラの姿がはっきり見えていた。

「なあノーガ、あの解毒薬効くかなあ」

俺はノーガになんとなく聞いてみた。

「さあな。だけど、わからないこそマアラを追ってるんじゃないのか?もし解毒薬が効かずセイントが死んだら、3人目の幹部を捕まえて吐かせるより、マアラを捕まえて吐かせる方が早いし楽だろ?」

ノーガは適当そうに答えたが、俺は納得した。

マアラは俺達の方を振り向かず、そのまま全速力で走らせた。俺達もまけじと馬を走らせる。

「見ろ、ジーマ!あいつ、森に入っていくぜ!?」

ノーガは俺に、森を指差しながら言った。

あの森は馬を走らせるのには非常にテクニックのいる場所で、俺は一度もあそこで馬を転かさず走りきったことはない。

しかし見た感じ明らかにマアラの乗馬の腕は、馬に乗ったことがある程度の素人である。

足場の悪い森に向かっている、果たしてこのことが吉と出るか、それとも凶と出るかはこのときの俺には全く分からなかった。


マアラと俺達は既に、馬を森のど真ん中まで走らせていた。

ノーガの馬は既に疲れており、彼はいつの間にか1番後ろにいた。

「クソ!あいつ、良い馬もって行きやがった!足場が悪くてもスイスイ進んでいくぜ」

「馬ってそんなに違いがあるのか?」

俺が尋ねるとノーガは何故かキレ気味に答えた。

「あったんめぇだろ!!馬だって生き物なんだからさ!特にコイツは一日中食っては寝てを繰り返していた、グウタラ号なんだからよ!」

「グウタラ号!?」

「それに比べてあいつの馬は、走ることを生き甲斐とする、春風号だぜ!」

「なんでガチの日本語なんだよ!」

俺とノーガが、そんなやりとりをしてるうちに石か何かにつまずいたのか、グウタラ号はこけてしまった。グウタラ号がこけたと同時にノーガの脚は、グウタラ号の下敷きになってしまった。

「ギャああああ!グウタラ号ーー!!」

ノーガは思いっきり悲鳴をあげた。

そんな彼に構わず皆走り続けるから、彼はぽつんと置いて行かれた。

俺は乗っている馬がグウタラ号だったらと想像するとマジでゾクッとした。

俺は前を向くと、春風?号との距離が徐々に縮まってきていることに気づいた。例えどんなに馬が良くても、素人が乗りゃあ遅くもなる。

あと少し!俺達は速度をさらに上げて、マアラに追いつこうとした。

「速いわね…!これじゃあ追いつかれるわ。速度をあげなさい!」

マアラは馬に向かって言った。

「馬に言葉が通じると思うのか?」

俺は嫌味ったらしく言った。

「そうね…、なら私はここで降りるわ」

そう言うとマアラは春風号から飛び降り、道として全く整備されてない方向に向かって走った。その走りは女のものとは思えないほど凄まじいスピードであった。

「クソっ!あいつ、森の奥に!追うのは馬じゃ厳しそうだな…」

班員の1人が悔しそうに言った。

「任せろ…」

俺は馬から飛び降りると、足場の悪いところもヒョイヒョイと飛び越え、彼女を追った。

「は、速え!お前ホントにジーマかよ!?」

後ろから声が聞こえても構わず俺は走り続けた。


気がつけば既に陽は昇っており、昨日から一睡もしていない俺の疲れはピークに達していた。

だが彼女に逃げられる訳にはいかん。解毒薬が効くということが彼女にも保証出来ないから。

一刻も早く取り戻さねばならんのだ、ウォーリーとかいう女を。

マアラはその後しばらく俺から逃げ続けたが、若干拓けた場所にたどり着くと足を止めた。

「邪魔者は消えたわね。実は貴方と一対一の勝負をしてみたかったのよ」

マアラは楽しそうに言うと、毒の入った注射器を取り出した。

「女にしては素早かったな。しかし毒が入っているとはいえ、注射器で俺に勝てるとは思わないことだ」

俺は拳を構えながら言った。

「あら、貴方トマホークを投げたまま置いていってしまったわよねぇ。貴方こそ勝てないんじゃないかしら」

「この俺を見くびるなよ…!俺は拳の方が強いんだぜ」

「ウフフフ」

マアラは少し笑うと、俺から距離をとった。それに対して俺はジリジリと間合いを詰めた。これは攻めているようでそうではない。この戦術は自分から攻撃しようとしているのではなく、相手の動きを待っているのだ。ジリジリと攻撃の構えをとりながら前進することで相手にプレッシャーを与え、相手がプレッシャーに押しつぶされて攻撃してくるのを待つ。そして攻撃してきたところを上手く受け流して隙をつくり、その隙に攻撃をするという戦術である。

しかし相手も微動だにしなかった。もしかして奴も俺の動きを待っているのか?そうであればプレッシャーの我慢対決ということか…。

俺は奴に確実に勝たねばならん。この身でどこまでやれるか分からない以上、慎重に攻めなければ勝てん!

一瞬一瞬が緊張の連続、果たして先に動くのは…

「じ、ジーマ!忘れ物!」

えッ!どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。まさか…。

俺は声の聞こえた方向を向いた。

「おーい、ジーマ!こっちこっち」

の、の、ノーガ!!ノーガはたった1人で手を振りながらジャンプしている。なんであいつが…。

マアラは舌打ちすると構えをといた。どうやら本当に一対一で勝負したいらしい。

俺はノーガの方に向かって走った。

「いやー。グウタラ号から脚を抜いて、ずっと走ってたらB班の班員が森の奥に入っていくのが見えてよ〜。で、合流して適当に探していたら、お前が見つかったってわけ」

「そ、そうかい。他の班員は?」

「はぐれちまった」

「……お前だけか」

「そうそう、お前1番忘れちゃいけないもの忘れているぜ」

そういうとノーガはトマホークを取り出して俺に渡した。

「お前トマホーク忘れるとかどうかしてるぜ?いつも腰につけてるお前のホルダーにトマホークが入ってないんだからすぐわかったぜ。というわけで俺の貸してやる」

ノーガはそう言うとニカっと笑った。

い、いらねぇー!ライトストーンを使用しているトマホークはガチでいらねぇ!

なんとか受け取らないようにしないと。

「あ、ありがとう。でも今回はいいや」

俺はトマホークをノーガに返した。

「な、なんで?」

ノーガが不思議そうに言った。

「ほ、ほら、俺達の目的って、目標をなるべく傷つけず捕まえることだったよな。俺はセイントを捕まえるときうっかり傷だらけにしてしまったから、その反省を活かして敢えて置いてきたんだよ」

「本当かなぁ?」

ノーガが疑いの目でこちらを見る。

「それに、俺は奴をグーでボコボコにしたい」

「いや、今さっき言ったことと違うくね!?」

ノーガが俺に突っ込んできたので、俺は笑ってごまかした。

「でも本当さ。今のはな」

こう思ってしまったのは何故だか俺にもわからない。もしかして俺は名前も知らないような死んでいった先輩方のために敵討ちでもしようとしているのか?そうだとしたら俺は少なくとも人の死に何も感じない冷たい男ではなくなったということになる。…さあ、どうかな。俺にはわからない。

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