10話 仇

俺達はその後も現場を探索したが、特に何も見つからなかったので、結局30分くらいで本部に帰ることにした。

ウォーリー奪還作戦の本部は、複数のテントを張っただけの場所だが、きちんと目的を達成できるよう少し工夫されている。

ヴェイン班長がいるという尋問用のテントに俺達が近づいた瞬間、バキッと耳に残るような、人を殴る音がしたのでノーガが震え上がった。

「失礼します」

俺達はテントの中に入った。まず目についたのが、ボコボコの顔をしたセイントだった。

ヴェイン班長はすでに、自分自身が息切れするほど殴ったり蹴ったりしていた。

「ハァ、ハァ、ジーマとノーガか…。何のようだ?」

「え?あ、そのー…俺達、A班の帰りがあまりに遅いからA班の様子を見に行ったんです。そしたら…」

ノーガは続きを言いかけると突然、口を手でおさえたので、吐き気のするほどのショックだったんだなと俺は思った。

「A班の行方不明者は3名、それ以外は全員死亡してました」

俺は辛そうなノーガの代わりに言った。

すると隊長が目を思いきり開いた。

「本当…なのか?」

「はい、受け入れがたいですが…」

ヴェイン班長は顔を真っ赤にすると、セイントの顔面を思いきり蹴った。

「グゥア!」

「吐けよ早く!お前は奴隷商人だったよな!?自分のためなら、大切な人の人生を売りさばく大悪党だよな!?だったら最低は最低らしく自分のためにグリズリーの居場所を吐いたらどうなんだ!」

ヴェイン班長は何度もセイントを殴った。

俺はさすがにマズいと思い、ヴェイン班長の腕を掴んだ。

「止めるな!俺はこいつに、死んでいった先輩方のためにもグリズリーの居場所を吐かせなければならん!」

「殴られっぱなしの状態では何も言えるわけないでしょう!少し落ち着いてください!」

俺はそう叫ぶと、そのままヴェイン班長をテントの隅に投げ飛ばした。

「…ッ!ジーマ…!」

「先輩方を殺したのは、こいつじゃない!八つ当たりは、よしてください!」

俺は、頭に血がのぼったヴェイン班長に向かって叫んだ。

ヴェイン班長はしばらく俺を睨みつけたが、やがて自分が取り乱していたことに気づいたのか俺に謝りだした。

「すまん、俺としたことが…。でもお前も、焦る気持ちは同じの筈だ!A班全滅という被害をだしたんだ。一刻も早くウォーリーを奪還し、ハンター討伐に命を捧げて貰わねばならん。どこまで役にたつのか知らんが」

ヴェイン班長はさっきより息切れした状態で言った。

「ノーガ…、しばらくここは、お前に任せる。それとジーマ、少し外に出よう」

ヴェイン班長は俺の手を引っ張ると、ノーガに向かって言った。

外に出ると冷たい空気が俺を、突き刺すようにふいた。

「その…何か…」

「俺はな、ジーマ」

ヴェイン班長は俺の言葉を遮るように言った。

「実力はどうであれ、ウォーリーという女の命が、この作戦で失われた命と釣り合うとは思わない。いくらでも代えはいる。ハンター討伐作戦だってジョセフという強力なリーダーがいるんだからな」

「確かにそうかもしれません、ヴェイン班長」

俺はヴェイン班長の意見を聞いて、頷いた。

「でもだからこそ、失われた命を無駄にしないために、彼女を奪還しようとは思えませんか?俺はどうしてもそんなことを考えてしまう。この作戦に参加したってことは、例え金のためであっても、それなりに死ぬ覚悟は出来ていたはずです。隊長はその覚悟から目をそらすんですか?」

俺は言ったあとで、上から目線っぽいことに気づき、少し後悔した。しかしヴェイン班長は、さっきの言葉に感心したようである。

「俺は…隊員の覚悟から目をそらそうとしていたのか?」

「い、言いきれはしないけど…多分」

俺はさっきと比べて、小さな声で言った。

「だめだな俺…。後輩に説教されるようじゃあ」

「説教だなんて!そんな…」

「ありがとな、ジーマ。俺を叱ってくれて」

「いやだから、そのー…」

俺は追い込まれてはいないのに追い込まれた気持ちになった。

「逃げ出してェ〜!」

俺は頭の中で思いきりそう叫んだ。

すると突然、テントから人が飛び出してくる音がして振り向くと、そこにはノーガがいた。

「どうしたんだ、ノーガ!」

ヴェイン班長が、ノーガに向かって叫んだ。

「せ、セイントが、セイントがグリズリーの居場所を吐くそうです!」

ノーガは飛び跳ねながら言った。するとヴェイン班長は思いきり驚くような顔をして言った。

「なに!行くぞ、ジーマ」

ヴェイン班長は俺の腕を握ると、全速力で尋問用テントに向かった。


「さあ吐け!グリズリーの居場所を…」

ヴェイン班長がしっかりセイントの目を見て言った。

「そういやお前、どうやってセイントに吐かせる気にさせたんだ?」

俺はノーガにどうしても気になったので聞いてみた。

「ああ、俺はまず普通に尋ねてみたんだ」

「しかしそれだけじゃあ、吐かないだろう?」

「まあ…」

ノーガが俯きながら言った。

「それでな、それだけじゃあ吐かなかったから、条件付きで吐いてもらおうと思ったんだよ」

「条件付き?それってどんな…」

「その条件てのは…」

俺は何かイヤな予感がした。いや、その内容はきちんと想像できてないが、俯いたり声を小さくしたり…怪しすぎる!

「そのー…。怒るなよ?」

「怒らねぇから早く言えや!」

「わかった。言うぞ?俺、あいつの尋問が終わったら、あいつ逃すから」

「ハアアアア!?」

俺の血は一気に頭にのぼり、顔を真っ赤にして俺は叫んだ。

「バッカじゃねえの!?オイオイ!いけねぇだろ、そんなこと独断で決めちゃあよ!」

「グリズリーの居場所の方が今は重要だ!それに怒るなって言ったよな?!」

「そりゃそうだけどさぁー…」

確かに今はグリズリーの居場所を知ることが最優先だ。だが凶悪な犯罪者を逃すってのはどうなんだよ!兵士としてどうなんだよ!

「オイお前ら静かにしないか!聞こえないだろ」

ヴェイン班長が怒鳴った。

「す、すんません!」

ノーガが背筋をピンとしながら言った。こいつビビりすぎじゃね!?いや、しょうがないか…。だってこいつ、逃す気なんだからな、セイントを。

「で、どこなんだ居場所は?」

ヴェイン班長がさっきとは少し落ち着いた声でセイントに質問した。

「グリズリーの旦那の…居場所は…」

そこにいる3人がセイントの言葉に耳を傾けた。

「居場所は…!」

次の瞬間、突然テントの灯りが消えて、セイントが悲鳴をあげた。

「ッ!!?ギャアァア!」

「!?誰だ!」

俺は素早くトマホークを構えた。まあ、投げ捨てるためだけど。

「ダメじゃない、グリズリーさまの居場所を教えちゃあ」

女!?灯りが消されて、薄暗くてよく見えないが、確かに女の声が聞こえた。

「マアラ!なんで…」

セイントが力の抜けた声で言った。な、何が起こってるんだ?

「あなた、あたしを愛してるって言ったわよねぇ。でもね…、あたしグリズリーさまのことが好きだし、安い誘惑に負けるようじゃあねぇ」

「ま、まだ言ってない!だからワタシを見捨てないでヨ!」

「もう遅いわ〜。だってあなたに打ったのは毒で、あたしが調合した自信作だもの。あと少しで死ねるから安心して」

するとセイントが目を大きく開けて、口から泡を吹き出した。

「セイント!」

俺は毒で苦しむセイントをみて何かを思い出した。さっきあいつは毒と言った。まさか…。

「セイント、こいつは?」

俺は冷静を装って質問した。セイントは息絶え絶えで返答するのにも苦しそうであった。

「彼女は…、グリズリーの幹部の一人、マアラだヨ…。さっきワタシが使っていた催眠ガスや、旦那がナイフに塗る毒を作っているのは彼女ネ…」

ノーガが灯した蝋燭によって、その姿が見えるようになった。妖気に満ちた顔に、男を誘惑するような身体。しかしその容姿は、今の状況もあってか俺達の目には不気味にしか映らなかった。

「グリズリーの幹部…?まさかお前がA班を全滅させたのか!?」

ヴェイン班長は拳を強く握りしめながら質問した。

「さあね〜。だってA班てのが何のことかわからないもーん。でも、さっき私は20人近く毒殺させたわ。もしかしてそいつらだったりする?」

こいつだ!A班の班員を殺したのは!

「お前…」

ヴェイン班長は怒りに満ちた顔で剣を抜いた。

「ヴェイン班長!殺してはダメですよ!」

ノーガはヴェイン班長に向かって言った。しかし、その言葉は彼の耳には届いてなかった。

ヴェイン班長は雄叫びをあげながら、マアラに突撃した。

ヴェイン班長はまず、大振りの水平斬りでマアラを攻撃した。マアラはそれをひらりと避けると、隙だらけのヴェイン班長に毒のような液体が入った注射器を刺そうとした。

「ヴェイン班長、危ない!」

俺は素早くヴェイン班長に近づき、彼を突き飛ばした。そしてマアラの攻撃を手首を掴むことで防ぎ、そのまま流れるように、肘で彼女の鼻を殴った。するとマアラは舌打ちしながら少し俺と距離をとった。

「ヴェイン班長!無事ですか!?」

「ああ。…俺も学習しないな。2度も我を忘れるとは。あと足もやっちまった」

ヴェイン班長は情けなさそうに言った。

「本当に情けないよ、あんたは…」

俺は1人でそう呟いた。

「おい女、セイントにうった毒の解毒薬はあるのか?」

俺はマアラに質問した。

「女って…、まあいいわ。あるわよ一応」

そう言うとマアラは、胸元からそれらしき薬を取り出した。

「セイントは重要な情報源なんだ。そいつを渡せ」

「偉そうな態度ね。そんなんであげるとでも?」

彼女は薬を胸元にしまった。

「偉そうな態度?こっちの台詞さ」

俺は彼女に向かってトマホークを投げた。彼女は咄嗟にそれを避けたが、意識をそれに集中しすぎて一気に間合いを詰めた俺に気づかなかった。これはさっき、セイントが俺に使った戦法だ。

「ッ!しまっ…」

彼女は一瞬、恐怖で顔を引きつらせた。

俺は彼女の腕を掴むと、そのままテントの外に放り投げた。

「グッ、ああ!」

マアラが苦しそうな悲鳴をあげた。

「周りを見な。お前に逃げ道はない」

俺は少し笑いながら言った。周りを見渡すと、そこには俺とヴェイン班長以外の班員23人が、銃を構えて合図を待っていた。

「よくやったぜノーガ!あんな短時間で全員を集めてくれるとは」

俺はノーガに向かって大声で言った。ノーガは、俺達2人が戦っていた短時間でテントから抜け出し、皆に銃を構えて尋問用テントを囲むように指示してくれていたのだ。ああ見えてノーガは、結構リーダーシップのあるヤツだ。

「俺が信頼されてる証拠さ。さてマアラちゃん、おとなしく解毒薬をそいつに渡しなさい。でないと撃つよ?俺は女を殺したくない。だから俺に君を撃たせないでおくれ」

ノーガはニヤつきながら静かに言った。

「彼女出来たことないくせに、なんで紳士ぶってんだ?あいつ」

俺は1人でそう呟いた。

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