8話 プロの誇り

トマホークは剣と比べて、間合いをかなり詰めなくてはならないし、まともに防げない。だから攻撃を受け流すのだ。トマホークの間合いにさえ入れば、剣相手など訳ない。訳ないのだが…、相手も小刀じゃあなあ〜!

小刀も基本は、トマホークと同じである。つまりこの戦いは…超至近距離での戦いになることが考えられる。

大丈夫さ、何故か自信だけが溢れている。過信にならない程度の自信は、勝利への執念になる。戦闘には大事なのだ。過信するギリギリの俺の自信は、果たして役に立つのだろうか…?

至近距離対決、果たしてどっちが勝つかな?俺はそんなこと考えているうちに、両者があと一歩前にでれば、決闘のゴングがなる、そんなところまで前進していた。しかしまだ両者とも踏み込まない。相手の動きを見ているのだ。

俺のこめかみ付近から汗が、たらりと流れ落ちる。次第に呼吸のペースも上がってきた。

ハンターであればこんな緊張、相手の首と共にぶっとばせるのだが…。俺は、だんだん考えれば考えるほど、不安が増していくことに気づいた。…こんなこと、せっかく湧いてきた自信を無駄にするだけだ。

考えるヤツは馬鹿だ!だから俺は今日だけ天才になる!俺は俺の直感を信じればいい。

俺達はもうしばらく睨み合った。そして、こめかみ付近の汗が床に落ちたと同時に、セイントが大きく口を開いた。

「ヒャアアアア!!」

セイントが奇声をあげると、2歩の間合いを素早く踏み込んできた。縦の振り!?俺は攻撃を受け流すと、相手の横側に立った。今だ!

俺が横腹を切り裂こうとすると、セイントは驚くべき速さで攻撃を防いだ。

「くッ!速え!」

俺は少し退がると、ふと思い出したことをそのまま言った。

「そういや俺達の目的って、お互いを無傷で捕らえるだったよな?お前ガッツリ攻撃しちゃってるけどいいの?」

俺は少しでも相手に攻撃を躊躇わせるために言った。こうしている間にも、イヤな汗は流れるというのに。

「それはあなたも同じネ。あなたは私のガスに、ただ1人反応した男ネ。無傷で捕らえるのは無理だと思ったヨ。強い奴でも確実に相手を捕らえる、それが私のプロとしての誇りネ」

「御大層なこったな、じゃあ俺も!」

俺は脚を狙ってトマホークを振ったが、ギリギリで避けられた。

身のこなしが達者だ!中々手強い。だが、これくらい対応できる!

俺は彼の利き手である左腕を掴むと、そのまま脚を払って倒した。そのまま顔面を3発殴った。

ぐったりしたセイントに手錠をかけようと一度手を放した瞬間、小刀で横腹を刺された。

「ぐッ!?」

俺は痛みでしゃがみこんだ。今まで溜まっていた汗が急に噴き出し、呼吸のテンポは、より早くなった。

「どうしたことだ!?」

「やめたネ」

「え?」

「あんたに手加減はしないネ。てかあんたは、危険すぎるヨ。あの顔面パンチ、ものすごく痛かったネ。こんなんじゃ商品にならないヨ。というわけであんたを殺すから、そのままでいてほしいネ」

気が変わるの早すぎだろ!?

セイントは一気に俺との間合いを詰めると、小刀を素早く振った。

俺はギリギリで避けたものの、さっきの痛みもあって、その場にバランスを崩して倒れてしまった。

い、痛ぇ!まともに小刀を刺されたことは、今まで一度もなかったからな。

奴の攻撃は急所は外していたが、痛みが俺の動きを制限しやがって、まともに動かん。

「もう終わりネ、あんた」

気がつくとセイントは、俺のすぐ側まで来ていた。いつでも刺せるよう、小刀を構えて…。

「逆転する術はないヨ。みたでしょ、私の素早い動きヲ。とっとと諦めるんだネ。ま、あんたに何か策があるならば試してみたら?」

「諦めるか…。是非ともそうしたいんだがな…」

俺は痛みに苦しみながら言った。

「でもそんなことしたら、俺の親友と、すぐそばに寝ているヤツに怒られるんでな。だから…、俺も少しだけ本気をだしちゃうぜ」

そう言うと俺は立ち上がり、セイントの顔を間近で見ると思わずこみ上げてくる笑いに堪えきれず、少し笑った。


「!? な、何がおこっているノ!」

セイントの顔は恐怖でひきつってるようで、驚いてもいた。

その間も見逃さず俺は、何度も斬った。

「こたえろヨ、アンタ!さっきから姿を消したりして!」

「別に消したりなんかしてないさ。ただ、ちょっと本気をだしてるだけだよ?」

俺は特別なことをしていなかった。いや、していたか。

セイントの素早い攻撃と防御、あれをジーマのままで戦うのは少しマズイと思った。だからハンターに変身した。奴に見られないよう、隠れて。

ハンターに変身すると具体的には、反射神経UPに身体の筋力大幅UPなど、俺のスペックが非常に上がる。

奴には消えてるように見えるのも、脚の筋力を大幅にあげて高速移動しているだけなのだ。

ハンターに変身していると言っても、奴を傷つけ過ぎないよう若干手加減はしているがな。

「い、いい加減にするヨ!姿を現わすネ!」

セイントの顔にはもはや恐怖しか残っていなかった。

このままハンターのままで戦ってもよいのだが、もし何かの拍子でハンターの姿を見られたら、いろいろのな特徴と照らし合わされ、すぐわかることだろう。

さっき名前も言っちゃったしな。尋問中にジーマはハンターとか言われたらマジにヤバい。

大丈夫さ、奴は十分に傷つけてある。ジーマの状態でも戦えるさ。


俺は、物陰に隠れて変身をといた。すると今まで我慢できていた横腹の刺し傷の痛みが、一気に俺を襲った。

「ぐッ!ったく…、二回目でも慣れるようなものじゃないな…」

俺はふとセイントの方を見た。やっぱり、奴の方がボロボロだ。

「油断したな…セイント。ハァ…ハァ、その、なんだっけ?逆転する術はないとか言っちゃってたけど、案外簡単に逆転しちまったな」

「す、姿を現したナ?化け物メ!」

セイントは全身血まみれだった。まだ動けそうな雰囲気ではあるが…。

そんなことは問題ではない。1番の問題は、俺が少しやり過ぎちまったってとこだ。……まあいっか!皆が倒れて、仕方なかったって言えば。皆が倒れたのは事実だし。

俺はセイントの方に近づくと、手錠を取り出した。

「これからもう少し戦うと思ってたけど、お前がそんな様子じゃあ戦うことは出来んだろ?大人しくしな。暴れても無駄だぜ」

「私は…プロ。奴隷売買の…」

「すまんが、閉店してもらうぜ」

「ふざっけるなぁ!」

セイントは思い切り叫んだ。その気迫におされて俺は少し退がった。

「こんなことで…、こんなことで、私は負けないヨ!!」

「全身血だらけのお前がか?フン!笑わせるぜ」

セイントは俺の方に向かってくるなり、小刀を横に振った。

俺は咄嗟にそれを避けようとしたが間に合わず、防ぐことしかできなかった。

クソ!ハンターの感覚のままではダメだ!

戦闘中に変身し、それを解除するとこうなる。ジーマとしての自分と、ハンターとしての自分の差が、戦闘を大きく変える…自分でもイヤな程に。

しかし防いだときにわかった。奴は確実に弱っている。

俺は間合いを一気に詰めるとそのままスライディングし、足を斬った。

セイントは悲鳴をあげると同時に、立ち上がろうとする俺の首をつかむなり壁にぶち当てた。

俺は相手の顔面を蹴ると、首を絞めつけたままの手をトマホークで斬り、なんとか自由になった。

周りは異常なほど静かで、お互いの荒い呼吸の音しか聞こえない。

セイントは俺の方に小刀を投げてきた。

俺はそれをなんとか弾いて、ふと前を見るとすぐそこにセイントがいた。

「しまっ…」

「遅いヨ!」

セイントは思いきり俺の顔面を殴った。

強烈な痛みとともに俺の脳は激しく揺れた。

「…ッ!?」

俺はふらつきながら倒れた。

そして、トマホークをその場に落としてしまった。

しかし、とてつもないダメージを負った俺を待たずして、次の攻撃は襲ってくる。セイントはもう一度殴ろうと俺に近づくと、右手で殴ろうとした。俺はその攻撃を危機一髪避けると、相手に背を向けて逃げだした。

「逃がすかヨ、このインポ野郎!」

セイントは俺を追うと、あっという間に俺を捕まえた。

「死ねえェエ!」

セイントは俺の胸ぐらを掴むと、思いきり殴りかかろうとした。


…周囲にバキッと骨の砕けるような音がした。

殴ったのはセイント…………ではなく…俺だった。

「な、な、な!なにィ!!?」

セイントは悲鳴に近いような叫び声をあげた。

「うるせぇよ…!班員が起きちゃうだろ?」

俺はそういうと、もう一度殴った。

「なっ、なんで…!?あんたは脳震とうを起こして、そんなまともに動けないはずヨ!?」

「もうおさまったんだよ、脳の揺れはよ」

俺は冷たく言い放った。

しかし、脳震とうがおさまるには早すぎる時間である。何故おさまったのかは、きっと向こうにあるトマホークが関係しているのであろう。

ライトストーンはダークフォースを吸収する。ダークフォースの塊の俺からしたら邪魔な存在なのだ。

だから向こうにおいてきた。咄嗟に思いついたにしては簡単すぎる答え、こんなこと思いつかなかった俺は、きっと大バカだろう。考えすぎるゆえ見逃していたのかな。脳震とうで考えられなくなった俺の頭は、俺より賢かったってことか。さっき考える奴は馬鹿とか自分に言い聞かせてたのになぁ〜!

しかしこれでいい。これで、奴をやっとぶん殴れそうだ!

「まっ、待つヨ!大人しくするから!もうこれ以上は勘弁してほしいヨ!」

セイントは恐れしかない目を隠さず言った。

「本当に?」

「本当だヨ!本当だヨ!許してくださぁ〜い!」

「そうだな…。これ以上やりすぎるのもちょっとな…」

俺はやっと本来の目的を思い出した。

俺って忘れん坊なのかな?この短時間で何回思い出して、忘れてを繰り返したんだろう?

俺はセイントを拘束するために、手錠を取り出そうとポーチを探った。

「今ヨ!」

セイントは俺の不意をついて、小刀で攻撃しようとした。

俺はその攻撃を、相手の手首を握ることでいとも簡単に防いだ。

「諦めの悪い…。覚悟は?」

「は、はい…」

俺は返事を聞くなり、もう一度本気で殴った。

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