6話 ウォーリー奪還作戦

「それで、ウォーリーという女性を取り戻すために、ハンター討伐隊と一般兵が共同でグリズリーの居場所を探すのですな。あなたもその作戦に参加すると」

俺は今日もイリーナのオヤジのところにきていた。

「私にはただ、その女性を取り戻すためとは言えども必死過ぎる気がしますな」

「いや、親友によると、そいつはマジで重要な戦力らしい。ハンター討伐作戦のな」

「それなら謎が増えました。ハンター討伐作戦の重要戦力なら、あなたがその奪還作戦に参加することは、あなたにとって不利ではありませんか」

「不利も有利もない。はじめから俺のビジネスは1人で、敵は大勢いる。1人や2人増えただけではなんともないさ。なにより俺の親友が、そいつのこと助けたがっていた」

俺は、昨日のジョセフのことを思い出していた。あの涙にどんな意味があるのか、未熟な俺にはわからない。でもそれはきっと、大切な人を想う涙だ。

「優しいんですね…。私しばらく、あなたが殺し屋であること忘れていました」

「ハハハ、俺もだよ。最近はギャラも受け取らなかったりしてな。ボランティアみたいになっちまった。こんな感情、殺し屋には邪魔なだけなのに」

「冷酷なだけが殺し屋じゃありませんよ。あなたは殺し屋の鏡だ」

「アンタなに言って…。いや、ありがとな、オヤジ」

俺は腕時計を見た。そろそろ時間だ。

「時間だ。またなオヤジ」

「待ってますよ、ハンターさん」

俺はすぐに出発しようとしたが、あることを思い出し、立ち止まった。

「そういやアンタ、名前」

「え?」

「この前、捨てちまったとか言ってたな。俺が次来るときまでに考えとけよ」

俺はオヤジに近づきながら言った。

「人の名前は、閉ざされた成功の扉の鍵だ」

俺は良いこと言ったげに鼻を鳴らして言った。

俺はジーマという名前を考えるのに、毎晩眠らず考えていた頃のことを思い出していた。




この辛い時間をオレは、どう過ごせばいいかわからなかった。ウォーリーのことを想像すると、胸が張り裂けそうになって、死にたくなる。エリーにも、彼女のことを想うのは禁止された。

オレが本を読んでると、部屋のドアがノックされた。

「入れ」

そう言うとドアが開いた。ジーマだった。

「具合はどうだ?ジョセフ」

ジーマは、無表情で言った。

「脚がまだ動かん。腕だけならなんとか動かせるのだが」

「今日から彼女の奪還作戦が始まる。お前は十分に動けるようになり次第、捜索班に加わってくれ」

「まだ見つかってないのか!?」

「当たり前だろ?どこに逃げたか分からないのに。だが、奴らの幹部の居場所なら突き止めた」

「なに?」

「奴らの幹部を捕まえて、無理矢理にでも口をわらせる。奴らは罪人だ。だから多少やり過ぎても、誰も注意しないに決まってる」

「そうか…」

オレがうかない顔をしたのを、ジーマは気づいていた。

「大丈夫さ、俺達が必ず探し出してやる。奴らに止めを刺すのはお前さ、ジョセフ」

「そうだな…。オレが、こんなこと終わらせないと」

オレは笑顔を作って言った。

「じゃあ、そろそろ時間だから」

ジーマは椅子から腰をあげると、ドアに向かった。そして、最後にオレに向かって手を振ると、部屋を出た。

ジーマ、変わったな。オレはしみじみとそう思った。この前まで、完全に孤立したような状態だったのに…。

また、ドアをノックする者が現れた。

「お邪魔します」

エリーだった。エリーはドアを開けると、茶菓子をオレに差し出した。

「コレ、最近兄さんが健康を気にして、一切食べてなかった、兄さんの好きなお菓子。よかったら食べて」

エリーはそれだけ渡すと、部屋を出た。

袋を開けると茶菓子の他に、手紙が入っていた。ノーガからだった。


ジョセフへ

お菓子は喜んでくれたかな。

このお菓子は、エリーちゃんとジーマと、あと俺が話し合って買ったものだ。

健康を気にして、食べてなかったそうだが、健康を気にすることだけが、自分自身を気遣うことではない。

よかったら食べてくれ。

また今度な。


ジーマを変えた人間は、誰かは分からない。しかし、きっと彼を変えたのは、エリーとノーガだろう。




これからウォーリー奪還作戦が始まる。

グリズリーには何人か幹部がいて、そのうち3人の居場所がわかった。その3人のうち、誰か1人が口をわればいい。

どんな手段を使ってもウォーリーという女を奪還せねば。

このウォーリー奪還作戦は俺達の兵士長が作戦の指揮をする。なんやかんや言って、彼女の重要さに気づいているのはジョセフ1人じゃなかったってことだ。

「これより作戦を説明する」

いつもはふざけてる兵士長も今回はマジだ。

「本作戦の参加者は50名。今日は、それを半分に分け、25名の2つの班で3人の幹部のうち、2人を拘束する。敵の居場所は、サン・ジェリー付近の廃墟、それとエンスタン地区のデカイ豪邸だ。詳しい場所は各班の班長に知らせてある。そのあとは、なんとか口をわらせるだけだ。25名で1人を拘束するとは言っても、相手はグリズリーだ。どんな手段を使うかわからんし、複数の仲間がおるかもしれん。決して油断はするな」

油断なんかせんよ。全力じゃないとマジで俺死んじゃうし、全力じゃないとジョセフに怒られそうだからな。

「あと、なるべく相手は傷つけすぎないように。情報を探るために、どんなに痛めつけても、痛がる余力が残ってないようじゃあ無駄だ。できれば無傷で拘束したいが、多分無理なんでね。それに自分達の実力をアピールしなきゃ、なめられちまう」

痛めつけすぎては駄目なのか!?

…まあ、自動的に手加減するようになるだろう。ジーマだからな。

「時間もかけたくない。なるべく高速に拘束したいな!」

辺りはシーンとしたままだった。

兵士長…、それ日本語じゃないとジョークにならんやつじゃないのか?

「と、とにかく分かれて、捕らえれて、吐かせればいいんだよ!」

兵士長は焦っていた。

大丈夫なのか?この作戦。


2つの班に分かれると俺達は、敵がいるという廃墟に向かった。

俺はノーガを見つけた。ノーガもこちらに気づくと、俺の方に向かってきた。

「よお、ジーマ。まさかお前が同じ班だったとは」

「おう。しかし驚いたぜ、お前もこの作戦に参加しているとは」

「驚く必要もねーぜ、ジーマ。金のためだよ、金のため。誰が命の危険をおかしてまで、慈善行為を行うか」

「ここは、ほとんどがそういう奴らなんだが…」

とか言って、ジョセフが毒に倒れて、1番心配してたのは、ノーガだ。兵士の中では1番ジョセフと付き合いが長いからな。だから、ウォーリーとかいう女が、ヤバイ奴らに連れ去られたことに責任を感じていたジョセフを1番に気づき、真っ先にウォーリーを救うためこの作戦に参加していた。

彼は決して、この作戦に金を求めていない、ホントにいいヤツだ。

「お、おい、見ろよジーマ。可愛い女の子達だぜ!いいなあ、作戦なんかなければ俺がナンパしてたのになぁ…」

「オイ…」

まあ、ホントにいいヤツなのだ。女癖が悪いところ以外は。




「兄ーさん、食事もってきた…ってなにしてんの!?」

エリーがせっかく作ってくれた食事をエリー自身が床にひっくり返すと、オレの方に向かってきた。

「見ての通り、ダンベルを上下させてるだけだが?」

「筋トレしてんじゃない!!もう何回目なの?私が、体に無理させてはダメだって…」

「何を言ってる!ダンベルを上下させてるだけだって言ったろ!?」

「それが筋トレよ!まったく…」

エリーが、ダンベルを無理矢理オレから引き剥がして、窓から投げ捨てた。

「今度やったら、マジで怒るからね。覚悟しておきなさい」

「すまない…。ただオレは」

オレは俯きかげんに言った。

「皆がウォーリーのために何かをしている。でもオレは、彼女のために何も出来てない。ハハ、オレは隊長という立派な役職という立場でありながら、隊員のために何もしてやれない、無能だ」

「そんなことない、兄さんは…」

「だが、いつまでたっても無能のままでは終われない。自分を信じて自分のために何かしてなきゃ落ち着かないんだ。そうやってオレは今の立場を築いてきた。だからオレは自分の努力を信じる」

「アツいね〜。でも、かなり汗かいてるよ。麻痺してる身体にはこたえてるんじゃない?」

「そうかもしれないな」

オレはしばらくエリーを見つめたまま動かなかったが、エリーの変化に気づくと、突然笑いが込み上げてきた。

「な、なによ、急に笑いだしたりして」

「エリー、お前太っただろ?」

「え?」

2人だけの空間が凍りついた。しかしすぐ溶けた。

「ハアーー!!??」

エリーは突然怒りだすと、その場にあったクッションでオレを殴り続けた。

「ちょっ、何すんだよ…!エリー!」

「うるさい!こっちは幸せ太りしたんじゃ!」

「意味わかんねぇよ!」

「もうしらない!筋トレでもしながら、満足しとけば!?」

そう言うと荒々しく部屋を出て行った。

「何だったんだ…?まったく、女心っていうのはわからん」

オレはそう呟くと、お言葉に甘えて、腕立て伏せをしようとした。しかし足が自分を支えきれず、その場に倒れてしまった。

「クソ!まだ足は動かんか!」

オレは何度も何度も繰り返し挑戦した。しかし結果は変わらず、記録は1回にも満たなかった。

ダメだ!オレ1人では満足に身体を鍛えることすら出来ない。これ以上、皆の世話にはなりたくないのに!

オレはベッドに這い上がると、妄想ダンベルで筋肉をトレーニングし始めた。


〜10分後〜


「1078…、1079…、10…80!10…」

「何してんの…?」

み、見られた!ヤバい、完全にアイツの中でオレのイメージは、妄想大好きの変態野郎ってイメージになってしまった。

「ち、違うんだ!これは…」

「何が違うのよ」

ヒイ!もうダメだ!完全にひいちゃってる!

「お願いだ!このことは誰にも言わないで!」

「い、言わないわよ。そんなこと」

エリーは、持ってきた紙袋から何かを探し始めた。

「あった!はい、ダンベル!」

彼女はオレに向かってダンベルを差し出した。

「え?」

「そんなに筋トレしたいなら、まずは軽いのからいきましょ。いくつか、持ってきたから、一緒に鍛えよっ」

「いいのか!?それに一緒って…」

「いいわよ…、少しくらい。いきなり実践で、実力が出せなくても困るし。あ、あと兄さんに太ってるって言われたから、鍛える訳じゃないからね!」

なんか勘違いしてないか?まあ、これはこれでよし!

「エリー…。ダンベルじゃ痩せないぞ?」

「え!?マジで…」

「ほら、オレに太ってるって言われたからじゃないか」

「クソ〜、許さん!」

彼女は叫ぶとオレの方に飛びかかってきた。

「ちょっと待て!オレ、病人!怪我人!ヤバいって!」

オレは、エリーと久しぶりに、筋トレしながら沢山話した。こんな時間だけが、戦いだけを考えていたオレの心に一瞬だけ安らぎを与えてくれた。

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