S#9 「ナオチ」…上坂 直樹

この日、城西小学校と城東小学校合同での運動会開催が 全校朝礼で発表となった。


初めての試みとなる城咲連合運動会である。スポーツ交流を通して両校生徒の親睦を深めるという説明があったが、要するに西と東で対決しようというのだ。


俺達が燃えないはずがなかった。そして同時に、連合運動会で「健康優良児」として表彰される我が校唯一の表彰者の名前も発表された。



「上坂 直樹、この者は連合運動会の表彰式において、競技入賞者と別に健康優良児として表彰されます」



講堂がガヤガヤと沸き立つ。一様に、やっぱりな流石だな……という反応だった。


健康優良児とは、身長体重が基準値以上で健康かつ運動能力優秀、おまけに勉強もできて性格も明瞭快活でなければならない。


全く、一周まわって笑えてくるほど俺にはかすりもしない対象基準だった。


そして、朝礼が終わり各教室に戻ってから詳しい競技説明が行われた。それからというもの休み時間の度に、クラスは連合運動会の話題で持ちきりとなった。



「オモロなってきたなー」


「どの競技に立候補するか決めたか?」


「俺、何の競技に選ばれるんだらぁ」



皆口々にそんな話をする中で、何か意味ありげに声を掛けてきたのは ナオチだった。



「シマダイ、ちょっとええか?」


「ミスター健康優良児が、俺なんかに何の用だいや」


「ハハ…、ありゃ参ったわ。それはそうと、ちょっと便所まで付き合ってくれぇや」


「ん?何かマジな話なんか?」


「まぁ、ええしけぇ。ちょっと来てくれっちゃ」



普段からあまり表情豊かな奴ではなかったが、今日は特に真剣な顔で軽口にも乗ってこない。


あまり乗り気しなかったが、俺はしぶしぶナオチに付いて行く事にした。


タイミングがいいのか悪いのか、便所には俺たち以外誰の姿もなかった。



「ワリィな、呼び出して」


「まぁーええっちゃ。ほんで何なん?こんな二人で話すのって、初めてやん」


「うん……まあ、あれだ」


「あれ?」


「も……」


「も??」


「本山の……ことなんやけどな」



やっぱり来たか…と思った。最近のナオチが、事あるごとにカコを目で追っているのが俺は気になっていたのだ。



「お前らのことは、何となく…ちゅうか、本山を見とったらな、わかるわ。もう皆もな、そういう扱いしとるし……」


「……」


「ほんでも、好きになっちまったもんは……しゃーれへんやろ?」


 (!?)



俺は、黙ってナオチの話を聞くしかなかった。



「シマダイにはスマンけど、やっぱワエ……告白しょうかと思ってな。一応スジは通しとくべきやろ?お前ら、どう見てもアレやし……」



俺は、どう返事をすればいいのか分からなかった。カコに真っ直ぐな想いをぶつけようとしているナオチを止める権利なんて、自分にはないのだ。


告白して、相手も自分を好きなら両想い、ダメなら片想い。彼氏彼女になるわけじゃない……。それが、小学生の恋だと思っていた。


それに俺は今のカコとの関係を、ちゃんとぶつかって掴み取ったわけじゃない。迎えに来てくれた初恋の手を そっと握り返したに過ぎないのだ。


でもどうだろう、あのナオチに告白されたら大抵の女子は嬉しいはずだ。カコの気持ちが揺らぐことだってあるのかもしれない。


苦手な算数よりも社会科よりも、よっぽど難しい。そんな事を頭で考えるうちに、またナオチの方から口を開いた。



「ワエだって、これが無茶な告白だってわかっとるで? ほんだで、ちょっと自分に賭けてみようかと思ってな」


「賭ける?」


「あぁー。今度の連合運動会で、学年ごとの代表で走る短距離走があるやろ?」


「城西と城東各学年三人ずつ出して、百メートル走るっちゅうあれか?」


「そうそう、その代表になって一位を取ったら、その日のうちに行動に移そうかと思ってな」


「ちょ、代表の花形だったら、リレーの方ちゃうんか?ナオチの実力だったら絶対そっちだろ」



我ながらトンチンカンな質問をしたもんだ。相当テンパっていた…。



「アカンアカン!あくまで個人優勝できる種目でないとな。ほんで止めたかったらなぁ……、シマダイ」



俺は黙ってナオチに視線を合わせた。



「お前も代表になって、ワエに勝ってみいや」 


(!?)


「もしも短距離走でシマダイに負けたら、ワエは本山を諦めるわ。それが……ワエの賭けだっちゃ」


「いやいや、勝手に決めんなや。カコの気持ちだってあるし、俺は……」


「逃げるんか? それでお前がええんだったら、ワエは構わへんけどな」


「あぁ? 誰が逃げるって言ったんだいや!」


「よっしゃ。ほんだったら約束したでな。絶対代表になれよ!」


「なったるわいや……、クソッ」



まんまとしてやられた……いや、ナオチなりに真剣に考えての事だろう。何にでも本気で取り組む奴だって事は、学校中が知っている。


問題なのは、いかんともしがたい俺達の実力差の方だ。俺よりもタイムの早い奴らがリレーに選ばれれば、何とか代表にはなれるかもしれない。


だが、相手は野球部のエースで健康優良児。本番で勝てる可能性となると、限りなくゼロに近かった。



「シマダイちゃん、どないしたん?」



ツヨっさんだった。ナオチに呼び出された俺が気になって、便所の外で待っていてくれたのだろう。



「いや別に……。何でもないっちゃ」


「らしくないで、そんな顔。勝った負けたは、やってみた後のことやろ?シマダイちゃんがやりたいんか、やりたないんか…大事なんはそっちちゃうか?」


「そうやんな……ちゅうか、聞いとったなツヨっさん!」


「何の事だいや、知らん知らん!」



そうだ……。大切なのは、今俺の気持ちが真っすぐ何処に向かっているのか。走ろう……全力で。守りたいものは、その先にあるのだ。


そして、週末の体育の授業。各種目の代表が発表された。



「次は、短距離走の選手を発表するぞー」


「上坂 直樹!」


「菱村 陽一郎!」


「後は……」


「島井 大地!」


「ハイ!!」


「いやいや島井、ここは返事いらんぞ! まぁー気合が入っとるのは、ええこっちゃな」


「ギャハハハハハハハハ……」



大きな笑い声に包まれる中で、俺とナオチの顔だけが真剣だった。





城咲町の中心を走る小谷川が街外れまで流れると、観光客に海と間違われる程大きな円谷川に合流する。


そして円谷川に架かる城咲大橋を渡った所に、城咲連合運動会の会場である城東小学校はあった。


鉄筋コンクリート造三階建て、運動場は城西小学校よりもかなり大きかった。



「スゲーーーー! 見てみいツヨっさん! あれ、バックネットちゃうん?」


「ホンマやな、ど田舎のくせして本格的やん」


「後で、どっちが早よーに上まで登れるか競争しょうか!」


「島井ーーー!垣谷ーーーー!ちゃんと並ばんかアホタレ!!すぐに入場行進やぞーー!!」



快晴の天気の中 ついに迎えた連合運動会当日、初めて見る小学校に興奮する俺達めがけて、ジャカルタの怒鳴り声が響いた。


両校による盛大な入場行進の後、両学校長の挨拶へと続いた。気絶しそうなくらい長かった城東小の校長挨拶に比べ、島井校長の挨拶は端的だった。



「君達の本分は学ぶ事です。しかしながら、それは机の上で勉強する事だけを指しているんじゃありません。まずは今日の運動会を精一杯楽しむこと。そして、その中で感じた事を絶対に一つ、持ち帰って下さい」



それだけ言うと、さっさと指揮台から降りてしまった。教頭は渋い顔をしていたが、俺達生徒は拍手喝采だった。どうだと言わんばかりに城東の生徒をチラ見した。


そしてプログラム一番のラジオ体操が終わると、それぞれ自分達の席に退場となった。ここからいよいよ競技がスタート、両校意地と意地とのぶつかり合いである。


プログラム二番、低学年による短距離走。その後、綱引き、玉入れへと続いた。


そして、エキシビジョン的な両校の先生による障害物競走で、大いに盛り上がりを見せて午前の部は終了となった。



「危なぁー、もうちょっとでジャカルタに見つかるとこだったちゃう?」


「ギリのチョンやなぁー。あれ?……そう言えばアイツらは?」



弁当を食べ終わった後の昼休憩、バックネットを制覇してきた俺とツヨっさんが席に戻ってみると、カコとミサコの姿が何処にもないことに気がついた。


何処に行ったのだろう……。今はトランペット鼓隊がドリル演奏しているが、それが終われば もう午後からの競技がが始まってしまうのだ。


そして午後のプログラム最初の競技こそ、俺とナオチの勝負の場。高学年の短距離走だった。



「アッコ!カコとミサコが何処行ったか知らんか?」


「さっき二人で便所行く言うとったで。そんなに心配だったら、ずっと手つないどったらええやん」


「うるせぇ!それよりアッコ、リレー頑張れよ」


「うん。あんたこそ百メートル頼んだで」


「おう!」



トイレならすぐに戻ってくるだろうとも思ったが、胸騒ぎがした俺はツヨっさんを誘って二人を探しに行く事にした。


案内板通りにトイレを探すと、すぐに二人は見つかった。入口前に立っているのは、間違いなくカコとミサコだ。


だが、その前には やたらとニヤついている城東の男子生徒が二人。


一人はツヨっさんと同じ位に長身で、その上横幅がかなりデカイ…色白で体操着を着た姿は、まるでシロクマだった。


その隣には小柄なトサカ頭、立ち姿といい、こちらはイワトビペンギンと言った所か。



「おめぇらーー!うちの女子に何しとんだいやーーー!!」


「シマダイ君!!」「ツヨっさん!!」



カコの顔が怯えている。俺が盾のようにシロクマの眼前に立つには、十分過ぎる理由だった。気づけば隣で、ツヨっさんが同じようにミサコの前にそびえ立っていた。



「なんじゃいお前ら! ワシらはこの可愛い子らぁーを便所まで案内したっただけだわいや!」


「そうじゃそうじゃ! 感謝せぇや!」



案の定シロクマとペンギンが怒声を浴びせてきた。



「うそ! トイレの場所わかるって言ったのに、アンタらぁーが勝手に着いてきたんやんか!変態!」



駆けつけた俺達に安心したのか、いつものミサコ節が響いた。



「とにかくお前ら、先に席に戻っとれぇや」


「え? だって……」


「ええから、早よ!」


「カコ!行こう!ウチらがおったら二人の邪魔だって!」



そう言いながら、渋るカコをミサコが引っ張って行った。こういう時に、ミサコの判断の早さは助かる。



「クソ!お前ら格好つけやがって!」


「あ!こいつらぁーまだ五年やん!」



体操着の胸に縫いつけてある名札を見て、ペンギンが叫んだ。そこにはクラスと名前が書いてある。そう言えば何故か城東の二人の胸には名前が付いていなかった。



「なんやとーー!六年相手にクソ生意気な奴らやなー!!」



名札が付いていなければ判断出来るはずもないのだが、この二人はどうやら六年生らしい。だが、ここで怯む訳にもいかない。



「あぁー?」



俺は思いっきり上を向いて シロクマの目を睨んだ、息がかかる程そらさずに睨み続けた。


だが、それがいけなかった。



(グチャ……)


「痛ってーー!!」



大きく膝を振り上げたシロクマに、右足のつま先を踏み抜かれてしまったのだ。



「シマダイちゃん!」


「あぁークッソ!シバクぞ!!」



俺はシロクマの胸に、思いっきり頭突きを喰らわしてやった。



「う!」



まさか反撃を喰らうと思っていなかったシロクマは、胸の辺りに手を添えたまま思わず仰け反り数歩下がった。



《ピンポンパンポーーン♪》



ここで突然、場内放送が俺達の耳に飛び込んで来た。



《短距離走の選手は、至急入場門まで集合して下さい》



「シマダイちゃん、これって…」


「うん…俺のことやな」


「ここはええから、行ってくれぇやシマダイちゃん!」


「さすがにこの状況で、ツヨっさん一人置いて行かれへんちゃ」


「ほんでも、走らへんかったらナオチがカコに……」


「あれ?やっぱ聞いとったなツヨっさん」


「言うてる場合か!」


「あーん?お前ひょっとして短距離走選ばれとるんか?……行かせるかいやボケーー!!」



シロクマに気づかれてしまった。こうなると、こちらの焦りが何もかも城東コンビに有利に働いてしまう。



《繰り返します。短距離走選手の島井大地君、至急入場門まで集合して下さい》



再びの呼び出し。今度はご丁寧なことに、フルネームのオマケ付きだ。


早く行かなければ、ナオチとの約束が果たせない。だが、そう簡単にこの場が収まるとは思えなかった……どうすれば。



その時だった。



「楽しそうやなーシマダイ! ワエも混ぜてくれぇや!」


「ドマソン!!」



声の主は、まさかまさかのドマソンだった。



「ド、ドマソーーン!?」



意外にも、俺達よりさらに大声で驚いたのは城東コンビの方だった。何やらヒソヒソ話を始めている。



(お、おい。城西のドマソンて言ったら、あのリンゴ飴事件のドマソンちゃうんか?)


(え!? 去年の温泉祭りで、城中のタカ君をボコボコにしたって噂の……)


 (そうや、あのおっかないタカ先輩にガン飛ばされたのに、ビビる所か逆にシバいてリンゴ飴まで買わしたらしいで……)


(リンゴ飴ってめっちゃ高級やん!なんちゅう恐ろしい奴だっちゃー)


(どうしょう……そんな奴と揉めたないわいやぁー)


(ここは穏便に引き取ってもらった方がええんちゃうか?)


(あぁー。あくまでビビってへん「テイ」でな……)



どうやら密談は終わったようである。



「お、おい!何やお前……。関係ない奴は、すっこんどいてもらおうか」


「そうだっちゃ。だ、誰か知らんけど自分の場所に帰れや」



「気安う話しかけんな! 黙っとれーー!!」


「いいぃぃぃぃぃぃーーー!?」



ドマソンの迫力満点過ぎる声で、城東コンビはさらに縮み上がってしまった。帰りたいのは、もうコイツらの方に違いない。



「まだこっちの話が終わってへん。ちょっと待っとれ」


「そ、そういう事やったら、ちょっと時間やってもええかな。なぁ?」


「う、うん。ちょっと待っといちゃろうか」


「フッ……」



ドマソンは少しニヤっとした後で、俺に話しかけた。



「シマダイ! 見ての通りや。ここはもう大丈夫だで、後は俺と垣谷に任せて お前は早よ入場門行けぇや」


「そうだでシマダイちゃん! 急がな短距離走、入場してまうで!」


「……うん、わかった。ありがとうな二人共、俺行くわ!!」


「急げ!!」


「おう!……あ、シロクマにペンギン! 俺は逃げるんちゃうぞ!もっと大事な勝負しに行くだけだでな!!」



俺はそう叫ぶと、入場門めがけて全力で走り出した。



「ちょ、待てや!誰がペンギンだいや!なぁ?」


「城東のシロクマ……か」


「めっちゃ気に入ってるやん!」


「さてお二人さん、待たせたなぁ。こっちも始めよか」


「いいぃぃぃぃぃぃーーー!?」



ここでドマソンが意外な質問をした。



「所でお前ら、胸に名札付いてへんな? 何でだいや」


「そ、そんな恥ずかしいもん、ハサミで切って捨てたわ!」


「オカンがせっかく作って縫い付けてくれたもんを、お前らは自分で取ったんか……。ほうか……わかった」


「え?わかった?」


「おぉー、そんな奴らはワエが今からギタギタにしちゃる。全力で潰しちゃるでな……。 来いコラーーーーー!!」


「ヒィィィーーーーーーーーーーー!!」



ドマソンが叫ぶと、城東のシロクマとペンギンは悲鳴をあげながら一目散に逃げ出してしまった。短距離走の代表に選ばれていないのが不思議なくらいの超絶なスピードだった。



「あ、ちょー待て!お前らー!!」


「垣谷やめとけ、追わんでええ。アイツらも これでちょっとは懲りたやろ」


「あ、うん…。だけど……プッ!」


「なんじゃい?」


「あんた、ホンマ変わったなぁー? 前のドマソンだったら、絶対アイツら逃がしたりせえへんかったやろ」


「あ?知るか、シバクぞ。イケメンは嫌いなんじゃ」


「おお怖わ……ほんでもホンマ助かったで、ありがとうな」


「……。ワエなぁ……垣谷」


「え?何?」


「ワエ……ちょっと前まで、自分のこと…透明人間やと思っとったんだ」


「透明人間?」


「おぉー。学校でも街でも、自分からワエに話しかけてくる奴なんて一人もおらんかった。登下校中の挨拶もあらへん。なんかの用事で話しとっても、誰も目も合わさへん…先生でさえなぁ」


「うん…」


「あーコイツらには、ワエが見えてへんのんやな。ワエの体は きっと透明なんや……てな。」


「あぁ…」


「ほしたら、ワエのことが見えるまで、どつき回したるしかないやろ?」


「……」


「そんな時にな、アイツが…シマダイが言ってきたんや。俺の事 ずっと見てるでって……ドマソンおはよーって、アホみたいに…デッカイ声でな」


「うん…シマダイちゃんらしいな…」


「そんな物好きでアハァな後輩ができたら、下手な背中は見せられへんやろ?なぁ…垣谷」


「ド、ドバゾーーン」


「うわッ、何だいや! 抱きつくなや、イケメンは嫌いだって言うとるだらぁがーーー!」



そんな二人のやり取りなど知るはずもなく、ようやく俺は入場門まで到着しようとしていた。



「コラー!何しとったんだ島井ー!行くぞー!」


「すんませーん!ちょっと便所行ってましたー!」



すんでのところで列に潜り込み、何とか入場には間に合った。



「なっがい便所やなぁ…逃げたんかと思ったで。その方がよかったんとちゃうか?」


「アハァ言うなや、誰が逃げるか」



言葉とは裏腹に、ホッとした表情で話しかけてきたのはナオチの方だった。


正々堂々と勝負をしようとしているナオチに、トイレ前での出来事を伝えるわけにはいかない。もちろん、さっきからズキズキ痛み始めているこの右足の事も…。



「よーい……」


(ダーーーン!!)



高学年の短距離走は、四年五年六年の順番で行われる。四年生代表がスタートして、いよいよ俺達の出番となった。


先ほどまでの余裕は何処へやら、その強張った表情からナオチの緊張がビークに達しているのが見て取れた。


もちろん俺も緊張していないわけではなかったが、シロクマにやられた足の痛みからか、かえって開き直った気持ちでスタートラインの前に立てていた。



「よーーい!」



ゴールを見据えようとしたその瞬間、俺の方を向いたナオチが何かを囁いた。



(ダーーーン!!)



圧倒的だった……。


大地を蹴り掴み、視界を切り裂き、躍動するその腕と脚からは風が巻き起こった。


ほんの一瞬で俺を……いや、俺達を置き去りにしてゴールテープを切ったナオチの姿に、誰もが見惚れていた。


次いで菱村ヨー君、城東の三人、ダントツ最下位の俺へと続いた。足の痛みは限界に近かったが、それを言い訳にはしたくなかった……。


だが、これでナオチは……、これで……ナオチは……。



「シマダイ!」


「お、おう。やっぱ速いな、全然かなわへんかったわ!」


「当たり前だ」


「そうやな、もうちょっと勝負になる思っとったんやけどなぁ」


「ちゃうわ!そんな足で無理しやがって!走れんで当たり前だって言ったんだ!」


「ナオチ お前…足のこと知っとったんか…」


「それだけちゃうわアホ。だからさっき走る前に言うたやろ。……降参だって」



ナオチは、あの時先に戻ったカコとミサコから全てを聞いていたのだ。



「あーアホらし。あんな顔して待っててくれるんやったら、俺も派手に転んだらよかったわ。見てみぃ?」



退場門には、心配そうな顔で俺を待つカコの姿があった。



「まぁー、俺じゃあアカンか。自分の出番そっちのけで、アイツのピンチに駆けつけられるような奴でないとな!」


「シマダイ君!!」


「カ、カコ…ちょ、やめれぇや!自分で歩けるっちゃ!」


「あかん!ひどなったらどうするん!」


「ちょーーー!! ツヨっさん、ドマソン! 笑っとらんと、早よ助けてくれーやーーーー!!」



その後、ナオチがカコに告白したのかどうか俺は知らない。


悔しいけど知っているのは、この日を境にナオチが更にモテモテになってしまったということ……だけである。

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