S#6 「ドマソン」… 堂前 友明


「おい!島井!」



その日、たまたま一人での下校途中に 呼び止められた相手を見て、俺はギョッとした。


歩道脇の電柱からドマソンが顔を覗かせたのだ。全く見たくない顔だった。



城西小のアンタッチャブル、堂前 友明。通称ドマソン。


気がつけば、いつも一人でシャドーボクシングをしているドマソンと、当時、最強の名を欲しいままにしていたボクシング世界ヘビー級チャンピオン、マイク・タイソンとをかけ、揶揄したあだ名だ。


友に明るいと書く名前が、友達のいないドマソンを いっそう卑屈にさせているようだった。



この城咲(しろさき)町には温泉街だけあって、小さいながらも歓楽街がある。射的場、スナック、キャバレーもどき、ヌード劇場等々。


ちなみに このさびれたヌード劇場は、メイクのドギツイ受付けのおばちゃんが、一人きりの踊り子として そのまま舞台に上がってくるというオチがついていた。


そして、歓楽街があれば 当然そこをシノギにしているヤ〇ザもいる。堂前組、組員総数6名。ドマソンは この組のひとり息子だった。


やはりというべきか どうなのか、先生達の接する態度も 周りの皆の接し方も、何処か壁を感じずにはいられなかった。


卵が先か鶏が先か…。相当な乱暴者だったが、人と暴力的にしか接触できないドマソンが悪いのか、周りが心を見せてくれない事で

ドマソンがこうなってしまったのか、学年下の俺には わからない。


だが、今 ドマソンが呼んだのが俺の名前なら、知らないふりで通りすぎるのは 違うと感じた。



「なんじゃい!」



俺は俺で、素直に返事してやれよと、今は思う。



「なんじゃいって、なんじゃい! しばくぞ ワレェ!!」



当然こうなる。だが、この日のドマソンは いつもと少し 様子が違っていた。



「ちゃうちゃう、アホか。今日はケンカしに来たん違うわいや。 お前とは会話になれへんわ」



呆れた顔をされたが、あんたにだけは言われたくなかった。



「ほしたら 何の用事なん?俺 早よ帰って 金さんの再放送観たいんやけど」


「そんなもん ワエのウチで観たらええがな。ちょっと話があるで、寄って帰らへんか?」


「えっ。寄るって、ドマソン家にか?」


「気安くドマソン言うな! まあえぇ、今日は許しちゃる。来るんか、来えへんのか? やっぱ怖いんか?」



ドマソンがニヤッと笑った。


最後に怖いか?と聞かれ、俺は少しカチンときた。それに、組事務所という漫画やテレビでしか知らない所を ちょっと見てみたい気持ちもあった。



「怖ないわいや!ちゅうか、何かの罠違うだろうなぁ?」


「ホンマにアホやな。何でワエがお前みたいなもんに、いちいち罠とか めんどくさい事せなあかんのや」



それもそうだ。被害から言えば、罠をはりたいのはこっちの方だった。またまた好奇心が勝った俺は、ドマソンの家に行く事にした。


ドマソンと並んで街を歩く。知った顔もずいぶんいたが、話かけて来る奴は誰もいない。


そう言えば、登下校中のドマソンの おはようやサヨナラを 誰も聞いたことがなかった。



(気ぃつけて帰りんちぇ~よ~)



いつもは聞こえてくるはずの大人の声も、今日はしない事に気がついた。



堂前組は、かなり町から外れにある。だが、バス通の俺とは違い ギリギリ徒歩通圏内だった。



「そこや」



ドマソンが指さした方向には、とても立派とは言えない長屋風のアパートがあった。そこを借りきり、住まいと組事務所に分けているそうだ。


一番手前の角部屋に、当時まだ一般住宅には珍しかった 防犯カメラが備えてあった事で、そこが組事務所だと すぐにわかった。


意外な事に、俺が勝手にイメージしていた ○○組というような大きな看板は 付いていなかった。


なぜか全開になっているドアの前を通る時、恐る恐る中を除いてみた。当たり前だが、怖そうな人が沢山いた。



「ボン、お帰り!」



中から、パンチパーマで鼻ヒゲ細マユの 漫画から飛び出して来たような男が出てきて、ドマソンに挨拶した。



「ただいま…」



何処か よそよそしい。どうやら この ボンという呼ばれ方が、ドマソンは嫌いなようだった。そう呼ばれる自分を 俺に見られるのも。


ただ、ボンと呼ばれている事を俺は知っていた。運動会の時、堂前組は組員勢揃いで ドマソンの応援に来る。そして



「ボン!こっちこっち!」



と言いながら、下っ端と思われる組員さんが、ありえない所まで近づいて来て、写真を撮りまくるのが通例だった。



「ただいま」



ドマソンが普通に挨拶する事に、俺は単純に驚いていた。誰かと目があえば メンチギリだと すぐに噛み付く、どこか壊れた奴だと思っていたからだ。



「おかえり友くん!」



中から金髪ロングにパーマという、これまた漫画から飛び出てきたような 綺麗な人が迎えてくれた。いい匂いがした…。



「ドマソンの姉ちゃん?」


「オカンじゃボケ!しょうもない事言っとらんと、早よ中入れや」


「お姉ちゃんだって 友くん! 君ええ子やねぇ」


(!?)



オカンという生物は、ウチのみたいに、モジャモジャパーマの口うるさい おばちゃんしかいないと思っていた俺は、軽いカルチャーショックを受けた。


だが、ドマソンの母親は、組長さんと再婚して間もない 育ての母親だと 後で知った。



「友達って初めてちゃうん! 入って入って」



にこやかに迎えてくれる綺麗なお母さんに、最初の俺の緊張感は 何処かにいってしまった。



「アホみたいな顔しとらんと、ワエの部屋はこっちやぞ」



初めて接する大人の女性の色香にポ~っとしていた俺は、半ば呆れたドマソンに 奥へと通された。



「ちょっと、そこに座って待っといてくれぇや」



おもむろに押入を開けたドマソンは、一心不乱に布団を殴り始めた。



「日課だでな」



ドマソンが布団をサンドバッグにしている間、暇になった俺は 部屋の引き戸を開けて居間の方を覗いてみた。



「オカンなら買いもん行ったで」



俺は引き戸を、そっと閉じた。 が、閉じきる前に 男の浪漫が飾ってある事に気がついた。



「日本刀やん!」


「刀好きなんか?」


「好きっちゅうか、やっぱ侍は男の憧れやん!」



両親共働きで、根っからの婆ちゃん子だった俺は、一緒に時代劇の再放送を楽しみに観ていた。特に杉良の金さんは最高だ。



「だったら、後で触らしたるわ」



そう言ってからも暫らく布団を殴り続け、満足した様子のドマソンが、やっと俺の前に腰を下ろした。



「島井、いや シマダイって呼んでえぇか?」


「えっ。そんなもん 好きに呼んだらえぇがな」


「よっしゃ! ほんなら、シマダイ。よう聞いてくれ」



畏まるドマソンに訝しがる俺。ドマソンは続けた。



「ワエは来年 城咲中に入ったら てっぺんを取っちゃる。城東小出身の奴にも負けれへん自信がある。


ほんで、城咲中の後は、北中、南中と攻めていって この辺の中学全部を締めちゃろう思っとるんだ。」



城咲中学校には、城西小と川向こうの城東小の2校の生徒とが、入学して通う事になる。


ドヤ顔のドマソンはさらに続けた。



「ほんでも、お前も知っとるだらぁけど、ワエにはツレがおらへんやろ?」


「おらへんなぁ」


「ハッキリ言うなや ボケ」


「あんたが先に言うたんやん」



言葉だけはキツイが 自分の家という事もあってか、どことなくドマソンも穏やかだった。



「締めた半分は お前にやってもえぇ。ワエの右腕になってくれへんか?」


(!?)


「ちょ、ちょっと待ってぇな。だいたい俺、一個下だで」


「そんなもん、わかっとるがな。ほんでも ワエの同級はアカン。根性ない奴ばっかりだわいや。


ほんだし、さすがのワエも 一年でいきなりは無理かもしれんしな。地固めしといて、お前が中学来たら 一緒にドカンや。」


(ドカンって…。それに 地固めって何だいや)



ドマソンは、夢の話でもするように 目をキラキラとさせていたが、正直 俺には全く響かない話だった。


だいたい 勘違いしているようだが、俺は好きこのんで ケンカばかりしているわけではなかった。


そこには何かしらの理由が必ずあったし、意味もなく人を殴る事は大嫌いだった。

そこは、ツヨっさんも同じはずだ。



(そうだ、ツヨっさん!)



「ちゅうか、何で俺だけなん?根性だったら、俺よりもツヨっさんの方があるで」


「あいつはアカン」


「何でぇ?」


「あいつは イケメンだで アカン!」


(!?)


「俺はどうなるんだいや!」


「お前は程良いから、合格や!」


( ・・・・・・・!!!)



ドマソンが親指を立て、気持ちの悪い笑顔で こちらを見ている。



「俺の顔面見て、グッジョブみたいな顔すんのやめろや!」



この瞬間、俺の心はハッキリと決まった。



「お断りします」


「何でだいや! 二人で てっぺん取ろうでぇ!」



冗談ではない。よしんば中学統一が成ったとして、こんな歳からドマソンとつるみ続ければ、そのまま本職の道へ……なんて事にもなりかねない。


それは困る。俺にはオトンの跡を継いで、立派な大工になるという夢があるのだ。



「わかった、ほんなら刀、刀ちょっと触ってみぃや!」



それとこれとは話が別だとは思ったが、刀の誘惑には、どうしても勝てなかった。



「触るだけだで? ほんまに触らして貰うだけだで?」



俺はそう言いながら居間に移動し、ドマソンに促されるまま 初めて刀を抜いてみた。



「おお~~」



思わず声が漏れた。さすがに飾り用の模造刀だろうが、なにぶん場所が場所だ。


腕全体に伝わるズッシリとした重みと 緊張感が、俺の心を躍らせた。



「振ってみいや」


「いや ええっちゃ」


「ええから、振ってみいや!」


「ホンマにええっちゃ!!」



お互いどんどんムキになり、ついにはドマソンが俺の手元から刀を奪い取った。



「刀は、こう降るんだわいや! チェエストーーー!」



次の瞬間、刀の先っぽが高級そうな堂前家のソファーにブスリと刺さった。



「あぁ!!」


「最悪やあーー! 親父に殺されるぅーー!!」



ドマソンが うろたえている。この家で、殺されるという言葉ほど、聞きたくない言葉はなかった。


俺達は、慌てて刀を鞘に収め 元あった棚に片付けた。幸いソファーも刺し傷程度だったので、セロハンテープで応急処置をした。



「お前のせいやぞ!」


「何でだいや! 刺したのはドマソンやんけ!」


「アホか、お前に触らせたったから、こうなったんやんけぇ!」



普通の奴ならゴリ押しでいけそうだが、相手はドマソンだ。それに、実際に自分も刀に触っていた以上、全く責任がないとも言い切れなかった。



「もし これが親父にバレたら、俺達は絶対にバチバチにされる。ほんでも、さっきの中学の件を のんでくれたら、お前の事は絶対に言わへん。」



困った。 どうにも 上手く言いくるめられた感じが拭えないが、ドマソンの親父は怖すぎる。なんてったって、本物の“オヤジ”だ。


ただ、このまま向こうのペースだけにハマるわけにもいかない。



「わかった。ほんだけど 俺の条件も一個だけ聞いてくれへんか?」


「何だいや? 言うだけ言うてみいや」


「ヒガヤンを 解放したってほしい」



ヒガヤンとは、俺と同じクラスの気の弱い奴で、事あるごとにドマソンの餌食になっている 一番の被害者だった。


前々から、何とかしてやらねばと思っていたのだ。


ドマソンからすれば思いがけない提案だったらしく、暫らく考えた後にこう答えた。



「わかった。アイツにはもう絡めへん」



意外にあっさりと話がついた事に驚いた。中学のてっぺんとは、それ程までになりたいものなのか。



「ホンマやなあ? 約束やぞ」


「ホンマだわいや、しつけえなぁ!」



ここまで来ると俺は、もう少しだけ ドマソンと腹をわって話がしたくなってきていた。



「それとなあ……」



「何でだいや! 条件は一個って 言っただらぁが!」


「ちゃうちゃう。これは条件じゃなぁて、俺の願望やけどな」


「あん?」


「俺にだって ツレを選ぶ権利はあるやろ? 俺は 弱いもんイジメる奴が 大嫌いだでな」


「ああ? 調子乗っとんなよ!ケンカ売っとるんか?」


「まあ聞けって! 嫌いっちゅうか、わからへんのんだけどな、何がオモロイのか」


「……」


「だってそうやろ? 絶対勝てるケンカしたって、何にもワクワクせえへんやん。 まして無抵抗の奴を殴ったって、この手が痛なって終わりやん」


「チッ。まぁ……な」


「俺が、ようけ ドマソンと今までケンカしてきたのだって、あんたが城西小で一番強いからだで」


「お、おう……」



ドマソンの鼻の穴がプックリと膨らんだ。だが、これはお世辞でも何でもない。

実際にドマソンは それほど強かった……心以外は。



「ほんだで、明日から見とくわ。 約束した ヒガヤンの事だけちゃうで。 ドマソンが卒業までに、どんな男になっとるんか。 中学の話は、またその後しょうや!」


「お前 めっちゃ上からやなぁ。 ふん、まぁええ。 そうやな、そういう事に しといちゃるわ」



初めて本心を搾り出す作業に少しだけ照れをまといながら、ゆっくりと ドマソンは答えてくれた。



「ほんなら 今日は帰るわ。 また家呼んでや、絶対 お母さんがおる時にな!」


「うるさいボケ、早よ帰れ!」


「あーーー!」


「まだ 何かあるんかい!」


「金さん観んの 忘れてたわーー!」


「フッ。 お前って、ホンマ変な奴やな。バス停は、わかるんか?」


「わかる わかる! 余裕だで。 ほんなら またなぁー」


バス停……この男は、意外とツンデレなのかもしれないと、この時思った。


玄関を出た所でドマソンのお母さんが立っていた。



「ありがとうね……」



一言そう言って、頭をポンっと撫でてくれた。やっぱり、いい匂いがした。


              *


次の日の朝、校門でドマソンを待ち受けていた俺は、姿が確認できると 大声で叫んだ。



「おーい! ド マ ソーーン! お は よぉーーー!!」



俺から、変われるかもしれないドマソンへの不器用なエールだった。


周りの奴等が、ギョッとした顔で俺を見る。



「なんべん言わすんじゃあ シマダイ!! 気安くドマソン言うなぁ!!」



そう叫んたドマソンの顔は、眩しいくらいに笑っていた。

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