S#4 「カコ」… 本山 夏純
この街は、日本海に程近い盆地にある。夏はとびきり暑く、冬はめっぽう寒い。
校庭に、ひと晩で一メートル以上の雪が積もる事も珍しくなかった。
なので、冬の体育の授業では よく雪合戦をした。一回戦ずつ男女混合でチーム分けをする。
俺が初めてカコを意識したのは、そんなある日の体育の授業だった。
*
「よっしゃー、まずチーム分けをするぞー!」
背の順で2列に並び、隣の奴とグッパをする。
「グーチームは校舎がわ~。パーチームは道路がわな~」
2チームそれぞれ配置に付き、臨戦体制が整った。
「まだやぞまだやぞお……。よぉーい……」
〈ピーーーーーー!〉
合図の笛で一斉に雪玉が乱れ飛ぶ。
この雪合戦の勝敗は単純だ。雪玉に当たった奴は自己申告で退場。
人数が多く残っていたチームが勝ちだ。
我慢できない俺は、接近戦で一気に攻める事にした。
パリパリになった雪の上を そうっとそうっと歩く。バランスを崩せば、ズボッと腰まで一気に埋まってしまう。
だが俺は、雪上歩きが大の得意だった。
ある程度距離が縮まった所で、あらかじめ作っておいた雪玉を、まるでショットガンのように乱投した。
〈バッシーン!〉
その中のひとつが、運悪く女子の顔面にヒットした。
ショートカットのメガネっ子、……カコだった。
無言でうずくまり、顔を両手で覆っている。
肩が震えている、……泣いているのか?
「カコ!だいじょうぶ?」
女子のリーダー的存在で仲のいいミサコが、肩を抱き心配そうに顔を覗き込んでいる。
その間も雪合戦は進行中だ。雪玉の降る中で、2人を気にする者は殆どいない。
まして、カコに命中した雪玉を投げたのが俺のしわざだった事など、わかるはずもなかった。
俺は自分から言い出す事もできずに、二人の様子を伺っていた。
そして暫らくたった頃……。
「う~ん……。よし!」
そう言うと、カコはすっくと立ち上がり メガネをポケットにしまった。
「ミサコ ありがとう、もう大丈夫……。こんなのかけとったんが アカンかったんだ」
まだ少し涙の溜まった瞳でカコは微笑んだ。胸の辺りが、何だかチクッとした……。
〈ピーーーーーーーー!〉
「よっしゃぁ~、しゅう~りょお~!」
1回戦の終わりの笛が鳴った。なぜか一瞬カコと目があった。いや、気のせいかもしれない…。
2回戦目、俺はグーチーム 校舎側になった。
ふと見ると、カコが隣に立っていた。焦った俺は
「が、がんばれよ!」
と言ってしまった。
「うん、あたりまえやん!」
カコは笑ってそう答えた。
「ピーーーーーーーーーー!」
2回戦が始まった。1回戦の後ろめたさが残る俺は、作戦を変える事にした。
今回はカコの援護にまわり、狙ってくる奴を片っぱしから迎撃する事にしたのだ。
斜め後方から、誰にも悟られないように 狙いすまして雪玉を投げつける。
名付けて、スナイパー作戦だ。
そんな中、眼の前の光景に俺は目を疑った。カコが1回戦のショットガン作戦よろしく、雪玉を蓄え前へ前へ出始めたのだ。
(おめえは天然か! 守っとるこっちの身にもなれやぁ~!)
と思ったが、勝手にやってる事なので、もちろん言えなかった。
ショットガン作戦は、俺の雪上歩行の技術があったればこその作戦だ。未熟な女子に遂行できるはずはない。
みすみす敵の的になるだけだ。
案の定、カコは何メートルか進んだ先で腰まで沈み、ニヤニヤしたパーチームの男子から一斉放火を浴びはじめた。
(くそ! 間に合うか……)
俺は雪の上を小走りしながらカコを助けに行った。時々踏ん込んだ長靴に雪が入ってきたが、気にしてはいられない。
「うおりゃぁーーーーー!!」
注目を惹きつける為に、あえて大声で叫びながら、狂ったように雪玉を投げ続ける。
「シマダイが来たでぇーーーー! 狙えーーーー!」
日頃のいたずらの恨みからか、おびただしい数の雪玉が一斉に俺めがけて飛んできた。
〈ピーーーーーーーーー!〉
「終了やぁ~!」
(何とか助かった……)
と思った瞬間、バシッと後頭部に雪玉が当たった。
(!?)
ビックリして振り返ると、埋まったままのカコから顔面にもう一発雪玉をくらった。
「なんだいやぁ……?」
「なんだいやって……、さっきのお返しに決まっとるっちゃ!」
そう言ってカコは笑った。
「えっ、俺が当てたって……知っとったんか?」
「そりゃぁ……まぁ……。ずっと、見とったしけぇ」
「見とった?」
「そ、そんな事より、めっちゃ寒いんですけど!」
「す、すまん!」
埋まったままジタバタしているカコは面白かったが、このまま放置もしていられない。
俺はカコの片方の手を持って引っ張ってみた。が、抜けない……。
今度は両手を強く掴んで思いっきり引っ張った。
(ズボッ!)
抜けた。
「……ありがとう」
「えぇっちゃ、でもあん時……」
あの時泣いていたのか聞きかけた……が、やめた。
「よかったなぁ、カコォ……」
恐ろしくニヤニヤしたミサコが声をかけてきた所で、俺達はハッと気がついた。
いつの間にか、かなりの人数に周りを囲まれている。
つないでいた手を お互い急いで離したが、もう遅かった。
一部始終を、皆に見られてしまっていたのだ。
「ヒューヒュー、あついねあついねぇ~!」
(何てベタな冷やかしだ……)
「二人の熱さで雪が溶けちゃうよ~!」
(お前、方言はどうした……)
「あ!」
しばらく騒ぎが続いた後、照れるのを通り越して困り顔のカコが叫んだ。
見ると、片方の足から長靴が消えていた。引き上げた時に、脱げ落ちてしまったのだろう。
「もぉ~、なんでだぁ~」
ふてくされたようにカコが言った。
冷やかされて照れているだけでは負けだ。閃いた俺は、お返しに皆に見せつけてやることにした。
雪の中に腕を突っ込み長靴を探す。幸いすぐに見つかった。
中を覗くと、案の定 雪が詰まってパンパンだった。自分の膝で叩き出してから、残った雪を 丁寧に手で取り除いた。
そして膝をつき、カコの足に履かせてやった。
「あ……ありがと……」
カコの頬は、これ以上ない程に赤く染まっていた。俺もまんざらではなかった。
むしろ最高に不細工なドヤ顔になっていた。
だが、周りの奴には 王子様とお姫様に映ったに違いない。
名付けてシンデレラ作戦。ストレートすぎるが、そこがいいのだ……。
「ワァ……」
女子からため息が漏れた。冷やかす男子も、もういなかった。
中途半端はダメだ。要は突き抜けてしまえばいいのだ。我ながら勉強になった。
〈キーンコーンカーンコーン♪ キーンコーンカーンコーン♫〉
終業のチャイムが鳴った。皆が一斉に教室に戻り始める。
カコが一瞬何かを言いかけた気がしたが、俺は構わず 走りだした……。
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