S#2 「ツヨっさん」… 垣谷 剛志
俺よりも頭ひとつ以上背が高い、というか学年で一番デカい。
もちろん力もケンカも強かったが、根がまっすぐな奴で滅多な事では怒らなかった。
今では親友だが、初めて便所で遭遇した時には、あまりのデカさにテンションが上がった。
*
その日、給食の余った牛乳を飲みすぎ我慢の限界だった俺は、授業終わりのチャイムが鳴るや否や 猛烈な勢いで男子便所にダッシュした。
が……先客がいた。
(デッカ! こいつ知っとるわ。殆んど喋ったことねぇけど、同じバス通の垣谷って奴だ……)
スラリと伸びた脚の向こうで勢いよく用をたしている。俺は閃いた。
(背の低い俺なら、こいつの後ろからションべンできるんちゃうか?)
便所内には二人きりだ。当然小便器は後四つも空いている。
だが、好奇心が常識的判断を鈍らせるタイプの俺は、存在を悟られる前に実行に移した。
「シャーーーーーーー!!」
(!?)
驚いたのはツヨっさんだ。自分の股下からもう一本オシッコが出てきたのだ。
状況が把握できずにパニックになる。
「誰やお前! しばくぞ! やめれぇや!」
用を足している真っ只中で後ろを振り向くわけにもいかず、ただただ叫んでいる。
「クククッ……」
俺は笑いを堪えるのに必死だった。
しかし、ここで悲劇が起きる。股下の攻撃を避けながらの姿勢維持に耐えられなくなったツヨっさんが、体を大きく振った。
とたん……。
「ジョロジョロジョローーーーーー。」
当時流行っていたジーパン生地の半ズボンから伸びる、長い長いツヨっさんの生足を俺のオシッコが直撃した。
俺は、そこまで深く考えていなかった。用が済めば手を洗い、颯爽と教室に戻るつもりでいたのだ。
さすがにキレたツヨっさんが、俺を突き飛ばす。
「痛えなぁ!」 掴みかかる俺。
「うるせぇ!頭沸いとんか おめえーー!」
迎え撃つツヨっさん。
感情もあそこも、いろんな物が丸出しのケンカが始まった。
暫く取っ組み合いの殴り合いが続いたが、所詮は小学生同士のケンカだ。
「やめれぇや!!」
明確な勝敗が付く前に騒ぎを聞いて駆けつけた担任のジャカルタに、俺達は引き剥がされた。
二人で職員室に呼ばれ、しこたま怒られた後でツヨっさんは言った。
「おめぇ……チビのくせに強ぇやん」
この頃の俺達は、相手を自分より強いか弱いかで判断していた。野生動物と一緒だ。
それに、背が高く どこか大人びた空気をまとっていたツヨっさんには、六年生でさえ正面からはケンカを売らなかった。
そこに自分より遥かに小さい俺が向かっていき、互角の戦いをしたもんだから、ツヨッさんは一目置いてくれたようだった。
「でも、あれはねぇっちゃ」
「やっぱり?」
俺達は大笑いした。あの時の自分達の姿を思い出せば、笑うなという方が無理な話だ。
そしてこの日、俺達は初めて一緒に帰った。
だが、ツヨっさんの歩き方が何処かぎこちない……。
チビな俺に合わせて、歩幅を小さくしてくれていたのだ。
俺も少しだけ歩幅を大きくしてみた。
少しの大股歩きと、少しの小股歩き……。
後に癖になるこの歩き方が、お気に入りの靴を初めて履いた日の様に
何だかとても 嬉しかった。
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