第2話 麻美と賢斗

 国際線到着口を出ると直ぐに賢にぃの姿が見えた。

 賢にぃは私たちに気づくと軽く手をあげ合図をくれた。

「賢にぃ向かえに来てくれたの…。」

 すっと麻美が前に出て、私より先に賢にぃの元へ行く。

 えっ!麻美、なにやってんの?

 よく見れば賢にぃも麻美を見て微笑んでいる様にみえなくはない。

 まるで私は居ないかのようだ。


「おかえり。」

「賢斗さん。」

「んっ?」

「私と結婚して下さい!」

「えっ⁈」


 えっええぇぇーーーっ!

 麻美、なに言ってんの!

 確かに機内で結婚する宣言はしてたけど、なんで賢にぃなのよ!

 賢にぃもいきなりプロポーズされて、面食らってる。


 アッハハハハァ。


 賢にぃは突然笑い出した。

 そりゃあ笑うしかないわ。


「笑うところ?」

「まったく!せっかちだなぁ麻美は。」

「だって…。」

「はい。喜んで!結婚しよう麻美。」


 ええぇぇーーー⁉︎

 なんなの、この展開!

 なんなの、この二人?


 麻美が振り返り、ただただ唖然としている私を見た。それにつられて賢にぃも私に笑いかける。

 やっと私の存在を思い出してくれたようだ。


「夏、そういう事だから!よろしくな。」

 賢にぃは満面の笑みを浮かべ、麻美は私に向かってピースサインをする。

「何がそういう事なん?何をよろしくしたらいいワケ?」

 私は怒りが沸々と沸いてきて、そう冷たく言い放った。

「夏って怒った時も関西弁になるんだあ。」

 麻美は呑気にこたえる。

 それが無性に腹が立った。

「そんなん今関係ないでしょ?いきなりどういう事。私二人からなんも聞いてないよ。」

「内緒にしてるつもりは、なかったんやけど…、ごめんね。夏機嫌なおして。」

「まあ、そう怒るなって。とりあえず車に乗ろう。帰り道で説明するから。」


 幸せそうに並んで歩く兄と麻美の後ろを、イライラしながら駐車場に向かった。

 賢にぃは麻美が普通の人にはない能力があることを知っているんだろうか?

 麻美から聞かされていたとして、それを受け止められるんだろうか?

 ためらいもなく助手席に乗ろうとする麻美を、後部座席に押し込んで隣に座った。

 今はまだ二人がイチャイチャしているのを見たくない。ヤキモチ?全然違う。だけどこれじゃあまるで意地悪な小姑だ。それでもいい。


「いつから?」

「元町商店街の夜店で会って、送ってもらった時。私から交際を申し込んだの。」

「なんでよ?なんで賢にぃなん?」

「紹介された時、すぐにわかった。この人だって。」

「そんな…、麻美は…、賢にぃなんかでいいの?」

「賢にぃなんかで、悪かったな!ちょっと言うタイミング逃しただけやろ。」


 コートのポケットから携帯の着信音が響く。

「夏、携帯鳴ってる。」

 レオンからだ。なんで今このタイミングで…!


「はい…。」

「ナツ、無事に日本に着いたかい?」

「ええ、大丈夫よ。さっき着いたところ。あのね、せっかく連絡をくれて悪いんだけど、今取り込んでるの。また後で掛け直すわ。ごめんね。」

「何かトラブルか?」

「いえ、たいしたことじゃないのよ。心配しないで。じゃあ後でね。」


 こんな話の途中で気まずい…。


「レオンから?」

「ええ、まあ…。」

「おまえの隠し事に比べたら、俺たちの事なんか可愛いもんやぞ。」

「賢斗さん!」

「いきなりハリウッドスターが、自分の妹に会いに来て対応させられた俺たちの身になってみ?」

「私は隠してなんかないわ。レオンとは別に何でもないんやから…。」

 ほら、やっぱり痛いところを突いてきた。

「何でもないわけないやろ?わざわざLAから会いに来るぐらいなんやから。家族がどれだけおまえの為に気ぃつこた思ってんねん?

 帰ったらしっかり話聞かしてもらうからな。」

 レオンの名前が出たことで、立場がすっかり代わってしまった。

 賢にぃは昔からそうだ。私の弱いところを突いて絶対優位に立とうとする。

 くやしいーー。

「賢にぃなんか大嫌い!」

「ほら、出た。おまえは小さい時から、都合が悪くなると大嫌いって言うんだ。つまり負けを認めたってことやな。」

 賢にぃは勝ち誇って、ふっふふんと笑う。

「賢斗さん、話をすり替えないでよ。今は賢斗さんと私の話でしょ?夏とレオンのこと持ち出すなんて、ひどいわ。」

 思わぬところから助け船がでた。

 さすがの賢にぃもぐうの音も出ない。


「そうよ。麻美、賢にぃは自分の都合が悪くなると話をすりかえる卑怯な人なの。それに人の嫌がることして楽しむタチの悪い性格なのよ。わかったでしょ?早まっちゃダメよ!」

「夏ったら…、兄弟喧嘩はやめて。今はどうして私が賢斗さんを選んだかが問題なんでしょ?」

 麻美の指摘は正しい。今の言い方だと兄弟喧嘩ととられても仕方ない。

「私は夏も知ってる通り、普通とは違ってる能力がある。

 ずっと思ってた、他人のことはわかるのに何故自分のことはわからないんだろうって。

 夏に出会った時、初めて強く感じた。なんていうか…、コンセントがプラグにカチッと嵌る感じ、私の人生に必要不可欠な人。そう感じた。夏のおかげで私は変われたの。」

「そんな…、私は麻美に何もしてあげてない。能力のことだって打ち明けてくれるまで、悩んでいるのをわかってあげようとしなかった。」

「でも、受け入れてくれたじゃない。私、夏のおかげで誰かに甘えたり、頼ったりすることが出来るようになったんだよ。

 それは夏がありのままの私を受け止めてくれたから。

 賢斗さんもそうなの。こんな私をしっかり受け止めてくれるの。」

「そんなん、たいしたことないって。そりゃあ死んだ人を生き返らしたりしたらドン引きやけどな。はっははは。」

「賢にぃ、笑うとこちゃうよ!」

「二人ともアホやなぁ。麻美の能力が犯罪につかわれたり、誰かを傷つけることになるんやったら使たらあかんけど、そんなんちゃうやろ?人を幸せにできるんやったらええやん。

 それに、そんな力やったら麻美には及ばんけど、親父にかってあるし、夏にかってあるやないか?俺もいつかそうなってみせる。」

 賢にぃは父の揺り籠のことを言っているのだ。

 父の作った揺り籠で育った赤ん坊は、丈夫で元気な優しい子供に育つと口コミで広がり、海外からも注文が入いっていた。


『使う人の立場に立つて物作りをしろ。それが職人の誠意だ。』


 それが父の口癖。

 父のそんな誠意が伝わって揺り籠は、海外からも注文が入るぐらい愛される物になったのかもしれない。

 父を尊敬し後を継いだ賢にぃと、インテリアデザインの道に進んだ私に、父は口を酸っぱくして、その口癖を教えてくれた。


「私にはお父さんみたいな才能ないよ…。」

「アホか?才能って言ってない。人を想う気持ちや。誰かの為を想って作る。自分の都合やセンスを押し付けるんやなく、寄り添う気持ち。それが愛される物になる。そんなん誰でも出来るわけやないやろ?立派な能力やないか?今回のLAの仕事もそれを買われたんやろ?」

「賢にぃ…。賢にぃにそんなん言われたら…、…キモイ。」

「ほんまにお前は素直やないな!麻美を見習え!」

「ふーんだ、麻美のことは賢にぃより私の方が、よう知ってるんやからね!」

「そうかもね。夏、ちょっとは気持ち落ち着いた?」

 麻美はクスクス笑いながら言った。

 そうだった。今は麻美と賢にぃのことを話してたんだった。

「ごめんね麻美。賢にぃと話すと直ぐに話が脱線するの。」

 麻美はまたクスクス笑って言った。

「いいよ。

 賢斗さんに能力のこと打ち明けた時、そんな能力もあってまるごと麻美やったら、そんな麻美が好きやって言ってくれたんだ。

 それでも私たちのこと反対?」

 そうだ。賢にぃはそういう人だ。

 いつもふざけてばかりで軽薄そうにしてるけど、慎重に他人を見極めて、しっかり受け止める。父譲りの懐の深さがある人だ。

「反対とかじゃないの。ただ麻美の能力からして相手はきっとすごく素敵な人なんだろうなって想像してたから、自分の兄貴が相手と知って、なんだかあまりに身近すぎて戸惑ったの。

 でも、麻美の隣に知らない人がいるのは嫌。賢にぃで良かった。麻美、賢にぃのこと宜しくね。」

「まかせて。」

「麻美、いらん事言うなよ!夏は妹やぞ。」

「賢にぃ、照れなくていいやん。早くお父さんとお母さんに報告しないと。」

「夏、いらん事言うなよ!」

 バックミラー越しにジロリと睨む兄に、ニンマリと含み笑いを返す。


 麻美とはずっと友達だと思っていた。

 まさか姉妹になるなんて考えもしなかった。

 だけど、それもいいなぁと思える。

 賢にぃの隣にいるのが麻美で良かった。

 心からそう思えた。


「さあ、ついたぞ。」


 久しぶりの我が家。

 土産話が沢山ある。

 ジュリアのこと。仕事のこと。ああ…、レオンのことはなんて説明しよう。

 麻美と賢にぃの話でレオンのことまで気が回らなかった。

 しばらくは賢にぃと麻美の婚約で話は持ちきりになるだろうから、その間に言い訳を考えよう。


 賢にぃが私の荷物を持って、先に玄関を開け家に入った。


「ただいま。母さん、婚約者連れて来た!」



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